371・作戦遂行
前回のあらすじ
ファミリーのボスと対峙したアネット達は相手が一人にも拘わらず苦戦を強いられた。しかし戦闘の中で“盲目さん”の成長により窮地を脱したアネットはヤーデフの合図でアジトを脱出するのだった。
単身で僕等を圧倒したボスだけど、目が封じられれば流石になす術がないらしい。頭上に向けて注意を払って階下を走っても、一向に僕等を追う足音は聞こえてこない。
どうやら1つ目の作戦は無事成功したようだ。
それにホッと胸を撫で下ろしながら建物から出ると、目の前には衆目を集めるヤーデフさんと、彼の発言に困惑するアーキア人含め別勢力の面々が、突然の出来事に戸惑う状況が広がっていた。
「え どう言う・・・」
「ほ 本当だ 奴隷紋がない・・・本当に奴隷紋がないぞっ」
「消えてる・・・俺の奴隷紋も消えているっ!」
言葉の確証を得るように体に刻まれた紋を確かめ始めるアーキア人達。傷にも等しいそれが消えてる事に歓喜の声が上がる中でヤーデフさんは更に言葉を続けた。
「奴隷紋がない それは自由の証しだっ! もうお前達を縛る鎖はない! 尊厳を踏みにじられる事もない! アーキア人が人権ある一個人として堂々と歩く権利を今 獲得したんだ!」
そう言いきった彼の心情は感無量に満ちている。虐げられ、また虐げてしまった同胞達への謝罪と宣言。ようやく内にあった本音を吐露できた彼は、どこか僕の目に安堵しているように写った。
ピュィッ・・・
でも浸っている猶予はない。此方の作戦成功と次の段階へ移行する合図をユシュタファが指笛で送る。
「付いてくる者は来い! そして決してはぐれるなっ! 2度目のチャンスは無い! この1度に自分の全てを賭けろ! 笛の音に続けっ!!」
「おい・・・ふざけるな そんな勝手 許した覚えはないぞ!」
「て てめぇ等! 俺達を裏切れば未来がない事は分かってるんだろうなぁー!!」
状況に追い付けないファミリーの人達が反射的に次々と叫ぶ。でもその言葉は皆の心に届かない。ただ自分の置かれた立場に全員が狼狽するばかりだ。
自由を手にした彼等がどちらを選ぶかは分からない。ゆっくり説得している時間もない。その判断を天に任せたヤーデフさん達は、それぞれ自分の行くべき退路に向けて散開していく。
しかし残されたアーキア人にしてみれば、あまりにも急する展開に整理できていない者が大多数だろう。彼の発破に果たして追随するアーキア人はいるのだろうか・・・
ともあれ僕のやる事は変わらない。
「盲目さん お願い!」
『は~い ダークミストー』
脱出の為の作戦第2段。
それは街全体を覆い隠す勢いで靄を発生させる事。と言ってもどこまで届くかは不明だけど少なからず目指す門まではカバーできてる筈。
「うわっ な 何だこりゃ!」
「よ 夜が下りてきた・・・っ?」
「どうなってんだよぅ!」
元々真っ暗な僕からしてみれば何の変哲のない変化だけど、彼等からすれば天変地異にも等しい世界の豹変レベルなのか、皆一斉にパニック状態に陥ってしまった。
もちろん配慮はしてるんだ。暗さの濃度を調整して黄昏時に合わせている。でないと皆が後を追えなくなるしね。と言うより追ってくるアーキア人がいるのか微妙な感じだけど・・・追えるよね?
「それじゃ皆 門のところで落ち合おう」
「分かったわ アネットも気を付けてっ」
「アネット 先導頼むっ」
「これからナイーム抱えてダッシュかよ」
「てか人って結構重いよな 走ってる最中落としそうだぜ」
脱出する人数が人数なので地上と坑道に分かれての移動となる。僕とユシュタファ組は地上から、マルティナとミストリアは坑道から門を目指す手筈となっていた。
彼女達のグループはひたすら坑道を進めばいいだけだけど、外を行く僕にはもう1つやらなければならない事があった。ユシュタファから渡された弓を番えて矢を上空へと放つ。
ピュオオォォォ~~~~~・・・・・
そんな奇妙な音を奏でながら指から離れた鏑矢は夜闇の空へと消えていく。走っては放ち走っては放ち。それを定期的に繰り返す事で脱出を試みる人全てを導く道しるべとして紡ぐ。
「こりゃ相当パニクってるな」
「まぁ この靄の正体知ってなきゃ誰だって なぁ」
天の恵み太陽を隠す夜の帳が下りてきた事で、収拾がつかない程に住民達を恐怖足らしめたのか、ひたすらに右往左往している。
何処か逃げる当てがあるのか全力で駆ける者。体を屈めて夜から身を守る者。世界の暗転に絶望の悲鳴をあげる者まで。
人間ちょっと暗くなっただけでここまで当惑するものなのか。きっと住民達は貴族の戯れが自分に向けられたとでも思ってるのかもしれない。この街ならではの恐怖の形だ。
「おいアネット 本当に門は大丈夫なんだろうな」
「一応・・ヤーデフさんが・・・はぁはぁ ギルドの伝書鳩を受け取って から・・脱出宣言する手筈になってたから・・・準備は 出来てると思う・・けど こればっかりは 行ってみない事には・・・はぁはぁはぁ」
「急がないと非常事態で門が閉じられちまうぜ」
「にしたってダーククラウドだっけか? これ反則だろ」
「ハハハ もう街中全部真っ暗なんじゃないか?」
「鏑矢射ってるとは言え 脱出組は大丈夫なんかね」
「ヤーデフ達なら兎も角 他の連中とは事前に打ち合わせした訳じゃないからなぁ まぁ 自己判断 自己責任だろ」
ヤーデフさん等にしてみれば同胞の解放は脱出の為の陽動の1つ。とは言え思うところもあるだろう。現場の状況次第で全員を救える保証はないけれど、それは彼等だって覚悟の上だ。
「もう少しで 門・・だよ」
小道からメイン通りに出てひたすら走り続けて、もう少しで門と言う所までやって来ると、そこは街の窮状から逃れる為にごった返す人で溢れている。
「これ 外出れんのかよ・・・」
「こん中こいつ抱えて突っ込むのは流石に無理あるぜ」
「頼む! 早くここから出してくれっ!」
「おい! 早く行けよ! 出られないだろ!」
「痛ぇな! 押すなよ!」
「前が支えてんだ!」
「くそっ! 早くしろよ! 門が閉まっちまう!」
どうやらこの大混乱に門を預かる兵達は、こぞって門を閉ざそうと動いてるようだった。住民達も然る事ながら兵士達もかなり追い詰められてる様子で感情は激しく昂っている。
もっともこの異常現象に・・・と言うよりも、任された仕事への失敗を恐れている雰囲気だけど。そんな混乱の中、門の所では何かが道を塞ぎそれが交通渋滞を引き起こしていた。
「おい! 早くこの荷馬車をどかせっ!!」
「そうは言っても前も後ろも支えて動けないんだっ」
「くそっ! 構わん! 馬車ごと押し潰せ!」
「冗談じゃねぇ! こっちがハルメリーから貴族様に献上する武具を運んできたんだぜっ 傷物にしたらお前どう責任とるつもりなんだ!」
「うっ! ・・・だが如何なる理由でも ここを無許可で通す訳にはいかないのだ! 門を下ろせー!! 早くしろー!!」
どうやらハルメリーからの荷物は間に合ったようだ。でも時間も差し迫ってる感じで猶予がない。それに皆が出口で固まってるせいでヤーデフさん達の脱出口も閉じている。
先ずはそこを何とかしないと。
「盲目さん! 濃いのをお願い」
『了解~ プチダーク!』
夕闇が怖いならもっともっと深い闇を門から手前に流してあげればいい。“盲目さん”に頼んで覆い被さるような深淵の闇を演出してもらう。
「ここを出れさえすればいい やっと助かる」そんな光明の差していた街の出口から、今度は地獄の釜が蓋を開けてやって来る。その光景を目の当たりにした人達は、恐怖が思考を停止させ絶望が心をゆっくりと、それから急速に押し潰していった。
「・・・ひっ おい どけ 後ろ! 早くどけええぇぇーーー!!」
「ぎゃああぁぁーー! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!!」
「戻れ! 戻れよ!!」
「押すな! 潰れっ・・・ぶ!」
「どいて! どいてよおぉぉーー!!」
何か・・・凄い事になっちゃった。今まで門に向かってぎゅうぎゅうになってた人達は、今度は蜘蛛の子を散らしたみたいにあちこち逃げ回っている。
でもこれくらい隙間ができればヤーデフさん達も逃げられるだろう。
「何だ 何だこれは・・・くっ 門を・・・門を下ろせええぇぇーーー!!」
自分も怖いだろうに恐怖よりも使命を優先させる門番達は敬意に値する。でも僕達にとってそれはまずい状況だ。
「ヤーデフさん! 門が閉じちゃいます! 今の内に行ってください!」
「分かった! 恩に着る!」
徐々に門が下りる中、ヤーデフさんを先頭にアーキア人達が連なるように外へと解放されていく。しかし暗闇の中そんな事が起こってるとも露知らず、門は無情にも閉ざされようとしていた。
バキッ ・・・バキッ バキバキッ!!
どうやら仕込んでいた荷台に門が接触したらしい。もちろんこれは時間稼ぎの一環で、最初から門の下に荷馬車を停車させるのが目的だった。だから今回の作戦は時間的タイミングが命だったりする。
遅くてもダメ。早くてもダメ。つまりそう言う事。
当然この荷馬車も今回の為に設えた特別頑丈な造りになっている・・・なっている筈。変な音たててるけど・・・
バキバキ・・バキッ ギシ・・バキッ!!
見立てが甘かったのか門は容赦なく荷馬車を押し潰していく。軋む音を聞く度に僕の心もへし折れていきそうだ。
『キャッスル・オブ・プロテクション!』
別行動をしていたマルティナが到着したのか今にも閉じようとする門を妨害するようにスキルを発動した。モンスターの大群を塞き止める程の防壁を有するこのスキル。効果があったのか荷台のあげる悲鳴はどうにか鳴り止んだ。
「早く・・・行って 重い・・・」
「アネット! こっちだ!」
「ジョストンさん!」
冒険者ギルドとのやり取りで有志を募ったところ彼が名乗りをあげてくれた。今回この荷馬車を運んできてくれた人達は全員が冒険者。事前のやり取りで僕が何を仕出かすかを教えてあった為、恐怖で染まる民衆の中でも彼等の存在は一目で分かった。
「荷物は無事か?」
「はい 何とか」
「コイツさっきからピクリとも動かないけど 大丈夫かな・・・」
「ま そん時はそん時だ 運がなかったと思って天に召されてくれ」
ターヒル達が荷物ことナイームをぞんざいに渡すとジョストンさんは「受領した」とだけ言い、今にも閉ざされようとする門へと駆けた。
彼の身柄は複数台用意された後方のまだ門の外にある荷馬車に押し込まれてハルメリーまで運ばれる事となっている。
「も・・・無理・・・」
マルティナも限界がきたのかスキルは唐突に解除された。その瞬間、阻まれていた門と言う名の重りはスキルから解放され、自由を手にした彼は自身が持つ重量の赴くままに地面へと落下した。
ドオォォン・・・!!
この音と衝撃に伴ってここら一帯は外界と完全に隔離された。脱出を望むアーキア人は全員逃れる事ができただろうか。その答えを正確に知る事はできない。
そして僕達もまだここを去る訳にはいかない。
何故ならこの一連の出来事は暴走したアーキア人達の仕出かした事になるからだ。僕達がここにいる理由は故郷ハルメリー産の武具を確かめに来ただけ。
たまたま現場に居合わせただけなのだ。




