370・ボスの格
前回のあらすじ
ブランディーゴファミリーと前面から衝突したアネット達は手分けして手下達を倒す事に成功した。しかし肝心のボスは別格の強さを有しており、予想外の苦戦を強いられる事となった。
完全に相手を見誤った。この街で組織を束ねるという意味をもっと深く考えるべきだった。絶大な力を持つ貴族社会の中において組織を形成・維持・運営できる人物が只人である筈がない。
逆風が吹き荒れる中で彼は圧倒的な個の力で人を惹き付け、1勢力としての権利を勝ち取ったんだ。
実益が体を表すような巨岩の如く構える組織のボス。そんな鉱物にいくら攻撃しても揺らぐ筈がない。それどころか要所要所で此方の甘い部分に的確な反撃を加えてくる。
冒険者ギルドに例えるなら、まるで教官を相手取ったような高みを見せるこの相手は、間違いなく僕等にとっての強者と言えた。
「コイツ・・どうなってやがる・・・」
「体力お化け・・か?」
「クソ・・・ダメージ与えるつもりが 逆にこっちが削られてやがる・・・」
スキルで硬化された硬い拳と関節を強化した人体から繰り出される攻防一体のスタイルは、鉄壁の防御を有しながら同時に僕等にもダメージを蓄積させていく。
ボス1人を全員で囲う現状維持に摩耗を余儀なくされる体力と、儘ならない現実に募る焦燥感が自発的に僕達の連携を崩していた。
今や各自メチャクチャな攻撃を繰り出すばかり。最初の勢いは見る影を失っている。
『マルティナ エクスパンションの効果が切れそうだって~』
『む~』
「・・・そう 分かったわ はぁはぁ」
不味い・・・マルティナが崩れたら包囲が一気に崩壊する。ミストリアも魔法を使い過ぎたせいか体力気力共に辛そうだ。そうなったらボスは厄介な遠距離狙撃手を狙うだろう。マルティナが割って入っても防戦一方になるのは目に見えている。
ユシュタファ達も手を緩める事なく武器を振り回してるけど効果の割りに消耗が激しい。心なしか勢いも落ちてきている気がする。
「僕が何とかしないと・・・ でもどうすれば・・・」
幸い相手の攻撃は見えるし予測もつく。でも体がついていけないのが口惜しい・・・ もっと走り込みに力を入れるべきだったか。
『アネットは攻撃する事だけ考えて~』
「盲目さん?」
『攻撃は最大の防御って誰かが言ってしね~』
「でも 全部防がれちゃうよ・・・」
『大丈夫~ 今ならなんとかなる気がするんだ~』
「何とか・・・ まぁどのみち彼を何とかしないと 逃げる事すらできないもんね」
“盲目さん”の言葉に意を決して攻撃の輪に加わる。僕が加わればいくらか圧せるんじゃないかと淡く思ったけど甘かった。彼の射程圏内に入った途端容赦のない拳が顔面目掛けて飛んでくる。
更には僕等の攻撃を一身に浴び続けても、彼の気力体力集中力は1ミリも死んでいない。果たしてこんな相手を真っ向からねじ伏せるなんて僕にできるのだろうか・・・
「アネット前に出過ぎよ!」
「大・・丈夫 凌いでみせるから 皆は 少し 休んでて・・・」
スキルで地面を認識できない筈なのに戦闘を続ける事で慣れてきたのか攻撃に安定感が乗ってる気がする。まだまだ本腰でないとは言え食らえば一溜りもない威力すら秘めていそう。
そんな相手とどう打ち合うか・・・ 危ない橋を渡る行為だけど、そのヒントはユシュタファが見せてくれた。
受けて攻撃────
だけど僕がそれをやったら簡単に吹っ飛ばされるだろう。なので事の起こりを事前に察知して行動する。拳が出てから避けるんじゃなく出す前には避けている。それで丁度良い。
荒唐無稽なこの作戦も、相手の意思が見える僕にとってはお誂えの舞台。決して引け目を感じる戦いにはならない筈・・・
攻撃のタイミングに合わせて躱す。躱し様に剣を合わせる。残念ながらそれでも刃は体に届かないけど何とか1対1に持ち込む事はできた。
「盲目なら普通に歩く事すら儘ならないのに 剰え俺と真正面から打ち合うだと? やはりお前は不気味だな」
酷い言われようだ。人が普通にできる事を普通に熟してるだけなのに。盲目と言うだけでそんな印象を相手に与えるものなのか・・・
「そう言う貴方も腰砕けなパンチで僕達を圧倒する力は不条理で不気味ですよ」と言い返したかったけど喋る余裕はない。
後はもう踏ん張るしかない。相手と自分との意地の勝負だ。
「くっ・・・!」
でも相手の攻撃は衰えない・・・ 苦しい・・・ 息が切れる・・・ 武器を振るう剣が重い・・・ でも対応できない訳じゃない。集中して攻撃の起こりを予測して躱す。その伸びた腕に攻撃を合わせる。決して不用意に飛び込まない。
言葉にすれば簡単だけど、でもそれが地味にキツイ。此方も懐に入れさせないよう攻撃を心掛けてもジリジリと距離を詰めてくる。脇に退こうにもそれを許してはくれないので後退せざるを得ない。
でも彼だって人。人なら限界はある。現に徐々にだけど僕の目に写る彼の意識は散漫になりかけているのだから。気力か体力か集中力か。そのどれか1つでも削れたら御の字だ・・・
後は皆がやってくれる・・・筈。
そんな攻防にしばらく終始していると、いつの間にか後退してない自分がいる事に気が付いた。心成しかボスから溢れる圧も弱くなっている気がする。
『大丈夫だよアネット このまま攻撃を続けて~』
「う うんっ!」
彼も人間・・・彼も人間・・・頭の中で必死にそう言い聞かせながらひたすら剣を振るう。その甲斐あってかボスの意識が有らぬ方向へと向かい始めた。
・・・にしてはちょっと変だ。
はじめは他の誰かの攻撃に反応してるのかと思ったけどそんな様子はない。散漫になった意識は次第に行動にも表れはじめる。
攻撃してない箇所を払うような動作をしてみたり、変なタイミングで躱してみたり、ガードするように腕が止まったりと。
的確だった挙動1つ1つの整合性が今では説明できない何かによって破綻を来している。
「むぅ・・・っ なっ 何だ! 攻撃が・・・は 速いっ!」
何かに衝撃を受けたのかボスはたまらず後ろに飛び退いた。速い? 僕の攻撃が速い? こっちも限界なのにスピードなんて上げられる筈がないのに・・・
ボスの不動の大地のような意思は、今や困惑に揺れ疑問が心を波立たせている。これは・・・僕が何かしたんじゃない。
彼に何かが起こったんだ。
『アイ・アンノウン タイムコントラクション 過去と現在と未来の事象が凝縮されて彼に見せてるだ~』
「?? ・・・何 それ ・・・よく分からないけど はぁはぁ・・彼を・・・押し退けられるスキルって事は 分かったよ・・・はぁはぁはぁ・・・」
どうやら“盲目さん”が何らかのスキルを使ったらしい。お陰で窮地を脱する事ができた。何でもいいけど一息つけるのは有難い。
「やはりお前か 警戒すべきは・・・ 無詠唱魔法も驚嘆だが お前の存在は明確に意味不明だ」
このスキルを言葉の通り受け取るにはちょっと時間が掛かりそうだけど、僕の存在までそこに位置付けないでいただきたい。
仕切り直しの空気。少し間を開けて彼の攻撃に備えたその時────
外にいるヤーデフさんの大声が僕達のいる屋内にまで届いた。
「聞けお前等!! ドメリコは討ち取った!! これで奴隷契約は破棄されたっ!! 自由を望む者は俺達に続けっ!!」
どうやら彼等は目的を完遂したらしい。後は手筈通り行動するだろう。だったらこっちも次の段階に移る時間だ。
「お前等・・・これを狙っていたのか」
「へっ ようやくかよ 悪いな・・・俺達の目的はそこで転がってる奴だけだが まぁ 外の連中はお前の言う通り利害関係ってヤツだ」
「このままナイームを抱えて逃げられると思っているのか」
「残念だけど・・・はぁはぁ 時間を掛ける訳には・・いかないんです 盲目さん」
『ダークビジョン』
「むっ!?」
「それは・・払えませんよ」
「っ! まさか直接目に・・・っ」
夜の常闇に惑うよう周囲を手探るボス。音を頼りに僕等を探すけど勘頼りじゃ届かない。その隙を突いてターヒル達がナイームを抱えると、僕達は未だ曖昧なボスを置いてアジトを脱出した。
後は時間との勝負。そして僕にとっての本番だ。




