369・ベネデット・ブランディーゴ
前回のあらすじ
入念に準備をしヤーデフ達の策に便乗してアジトへ侵入したアネット一行。表の騒がしさに難なく最上階ボスの元まで辿り着いた彼等は、そこにいたナイームの確保に成功する。しかしそれを見過ごせないファミリーの面々と戦闘に入るのだった。
「お前等 ショーの時間だ」
「「「へい!」」」
ボスの一声で周囲の構成員達はスラスラと鞘から武器を抜く。
事前の話だとファミリーは30から40人で構成されてると聞いたけど、この騒ぎで残りのメンバーは外に出払っているのか、ここにはボスを含め7人しかいない。
今の僕達と同人数なのは喜ばしい誤算だ。
「マルティナ!」
「1人を除いて全員戦士さんよっ ボスっぽい人は・・・格闘さんねっ」
「格闘さん・・・素手って事だよねっ」
「ええ 素手だわ」
“格闘さん”か・・・初めての相手だ。ユシュタファも素手での戦闘はできるけど、相手が本職ともなれば単純な比較はできない。只でさえ取っ組み合いになれば力負けするのに、男性のそれも体格的に優れている相手ともなればますます気が抜けない。
「ターヒル! ラフィー! ワリード! 周りの連中にあたれ! ボスの相手は俺とマルティナ! アネットとミストリアは状況に合わせてサポートしろっ!」
ユシュタファの指示と同時に敵味方が同時に動いた。ボス以外の面々はやや短めの剣やナイフと、屋内で取り回しの利く武器を中心に拵えているようで、外でも脅しに使いやすそうなラインナップで整えられている。
ボスの側回りだけあって先日殴り負けてた人達とは気構えが違うのか、本丸に攻め込まれてもどっしりと構えて揺るがない。
とは言えだ。
無詠唱魔法を連発する相手とは流石に経験がないのか、ナイフ一本構えるだけではどうにもならず、前後左右に上下と全方位の無慈悲な攻撃に晒されて蜂にでも群がれた人のように敢えなく崩れていった。
「ブフッ! なんっ! ぐえっ・・!」
1人目脱落。
「チッ ガキがっ やってくれたな!」
「気をつけろっ コイツの魔法普通じゃねぇ!」
「めんどくせぇな その女から殺っちまうぞ!」
この中で厄介な相手をミストリアと定めた彼等は一斉に狙いを彼女へと移す。さしもの無詠唱魔法も5人同時は仕留めきれず彼等の行動を阻害にするにも至らない。種が割れれば対処法はあると言わんばかりに距離を詰めていく。
「おいおい こう言う時こそチームワークだぜ ラフィー ワリード そっちは頼む! アネットは俺とこっちだ!」
「おうっ」
「任せろ!」
そんな時は皆で対応。時間も掛けていられない。なので速攻『プチダーク』を撒く。それに怯んだ相手にターヒルが刺す。ターヒルの存在に意識が散漫になった相手を僕が討つ。
即興の連携だけど僕とターヒルの相性は意外と良いかもしれない。逆に正攻法で攻めるラフィーとワリードは五分の勝負を強いられた。
「加勢するぜっ」
「調子に乗んなやっ・・・へぶぅ!」
気を散らしたところに水の塊が顔面を殴打する。搦め手の前に組織を束ねていた幹部達は成す術なく次々と瓦解していった。
これで側回りの計6名は討ち取った。残るはボス1人だけ・・・
「こっちは片付いたな」
「問題は向こうだ 何かヤバそうだ」
「早く加勢しよう!」
此方の戦いの最中、離れた場所から重い衝撃が奏でる音が僕の鼓膜に響いていた。まるで工事でもしているような激しさは、そのまま状況の深刻さを物語っている。
「くっ! ・・・ブロック! ブロック! ブロッ・・・ク!」
ガンガンガンガン・・・と凄い速さの衝撃音が止めどなく室内に響く。本職格闘家の拳はマルティナを完全に盾役に終始させた。足らない攻撃を補うようにガードの隙間からユシュタファが矢を放つ。でもボスの拳はそれを的確に打ち落としていた。
単純な強さも然る事ながら特筆すべきはその集中力だろう。ここまでの意識の高まりは今まで見た事がない。他のファミリーの人達とは違う。比類なく別格だ。
「ザコは全員倒したぜ! 後はお前だけだっ」
「ジョイント・ストレングス ナックル・ハーデニング」
一瞬で状況を読んだボスはスキルを発動する。そして次の瞬間には意識がミストリアに飛んでいた。そこから流れるような極最小限の動きで彼女の眼前にまで迫る。
〔!〕
今まで一方的に攻撃を放っていた側の彼女にとってこれは想定外の出来事だったのか、自身の窮地を意識できても体は固まって行動に移せない。
「ミストリア!!」
腕を大きく振りかぶって今にも拳を叩き付けようとするボスの背中に、僕は渾身の力で地を蹴って剣を突き立てた。でもその一撃はいとも容易く躱されて、ミストリアに向けられる筈だった攻撃は間合いに入った僕に向けて放たれた。
ブンッ・・・!
間一髪。
相手の意識を察知して足にブレーキを掛けた僕の鼻先に、拳から放たれた衝撃が届く。触れるか触れないか。そんなギリギリの距離にも拘わらず突き抜けるような痛みがまるで頭全体をなぞるように走り抜けた。
『プチダーク!』
反射的に敵の視界を奪う行動に出た僕は、たぶんこの一発で心が怯んだんだと思う。「近付かれたくない」そんな思いを僕に抱かせるのに十分な脅威を見せ付けた。
ブンッ・・・!
「え・・・」
ボスが自身の眼前で虫でも払うような動作をすると、僕の『プチダーク』はあたかも煙が消えるように霧散していく。
「不思議そうな顔をしているな この奇妙な現象はこれまで敗れた事がないんだろう ただ これがスキルなら同じスキルで払えない道理はない それは魔法も同様だ」
バシャッバシャッバシャッバシャッ!
我にかえったミストリアの放った水の連弾も、ボスは冷静にかつ的確に打ち落としていった。躱して躱して弾いて弾いて・・・彼女も僕もそれぞれの持ち味が、たった2つの拳によって次々と殺されていく。
「おらああぁぁーー!!」
剣に持ち替えたユシュタファもまた全力で刃を振り下ろすが、鉄か鋼にでもなったボスの拳は重い音をたてながらその意識ごと全てを防ぎきった。と同時にもう片方の手には既に意識が乗っており、瞬く間に凶器と化したそれはユシュタファの顔面をえぐっていた。
「がっ!」
殴られて吹っ飛ぶと思われたユシュタファだけど、しかし同時に剣を振り上げて意地の反撃を繰り出す。繰り出された反撃はわずかにダメージを与えたのか、ボスの感情に傷を付けた。
「ほう 首を捻って衝撃を和らげた直後に反撃か 喧嘩慣れしてないとこうもいかない」
彼なりの称賛だろうか。しかしそのわずかな傷がボスの燃える殺意に薪をくべた。まだ足腰が不確かなユシュタファに腰の乗ったパンチを放つ────
「ブロック!! シールドエクスパンション!!」
ゴンッ!!
まだ動けないユシュタファを庇うようにマルティナがその間に入った。それでも構わず打ち込まれる速くて重い拳の連打。
ドンドンドンドンドンドン!!
しかし今度は怯まない。マルティナの盾の範囲を拡大させたスキルによって、それら悉くは効力を発揮する事なく防がれた。
「生憎アンタみたいなタイプの相手は初めてじゃないんでねっ」
「俺達も忘れるな!」
間髪入れずラフィー達が戦闘に参加していく。曲刀をまるで舞いの様な不規則さで振るラフィーにその間を突いてのワリードの刺突。潜伏からターヒルの放つ視覚外からの一撃。
三位一体から繰り出される連携を、しかしボスは拳と体捌きのみで次々と打ち破る。このボスは1人で強い。取り巻き達の存在が無意味になる程に。
『ダークビジョン』で完全に目を潰せば逃げる事はできるだろう。でもまだ時間じゃない。ヤーデフさん達の作戦が完了するまでここは離れられない。
この戦い・・・後どのくらい続ければいいのか。
観察して分かったのは拳の脅威も然る事ながら、その攻防の的確さ、認知能力にあるんだろう。それに付随して超集中力。このどれかを崩さない限り突破口はない。でも幸い僕にはその手段がある。認知を歪める・・・それは──────
「盲目さん!」
『アイ・アンノウン!』
「っ!?」
このスキルは効いたのかボスの意識が曖昧になって人地一体だった体幹が揺らいだ。彼は今地面を認識できない。
「皆! 今の内に!!」
僕の言葉を皮切りに総攻撃を掛ける。アーキア人組の猛攻にマルティナの盾によるガード。攻撃の合間に挟むミストリアの魔法。そして僕のスキル。
しかしそんな止めどない攻撃にも彼は随時反応して捌いてくる。でも足腰に力が入らないのか先程までの鋭さはない。今のボスは曖昧な地面のバランスを取りながら上半身だけで攻防を行ってる状態だ。
そんな状態であるにも拘わらず、僕達の未熟な部分に的確に攻撃を合わせて着実にダメージを蓄積させていく。
つまり1対7の人数差で、しかもハンデを背負いながら僕達と互角かそれ以上の戦いをしている事になる。
「ハァハァ・・・ったく 何でこんな商売してんだよ あんたなら・・冒険者でも大成できたろうに・・・」
「生き様の問題だな 組織を存続させる為に必要なのは善意でも悪意でもない 内と外の利害関係だ 俺はその結節点に未来を見たに過ぎない お前がここにいる理由もおおよそ似たようなものじゃないか? よそ者のアーキア人」
「はっ 全くその通りだぜ 俺は・・俺の望むもの以外 切り捨てる覚悟でここにいるんだ だからこそ 得るものはしっかり持ち帰らなくちゃなぁ!」
「勝負事はよく勝敗の2つで分けられるが 俺達にとっては奪うか奪われるか 重さが違う この街では通貨と命は同等だ 俺達のメンツを潰したお前等に払えるのは命しかない」
彼はプライドの為に死力を尽くすだろう。僕達は目的の為とは言え彼の人生を蹴りつけてしまった。でも彼はそれを善悪で判断しない。
取るか取られるか・・・
この勝負の結末はつまりそう言う事になる。




