3・マルティナの気持ち
前回のあらすじ
盲目が日常のアネットは冒険者を目刺し、薪割りの仕事をしながら冒険者ギルドに通っていた。そこでベテラン冒険者のジョストンの指導の元、アネットは剣を振るうのだった。
「それじゃアネット 準備はいいか!?」
「はいっ!」
ギルドの訓練所で僕はジョストンさんと向かい合っていた。これは僕が冒険者になる為の特訓だ。物凄い手加減してくる目の前の彼がそれをどう思うかは分からないけど、僕はいたって真剣だ。
まずは音に注力した。
それだけでも相手との距離がおおよそどの程度離れてるかは分かる。
ザッ・・・
軽く踏み込む音。ジョストンさんはそのまま僕に近付くと、手にした木刀を振り下ろしてくる。
『右~』
“盲目さん”の声に僕は咄嗟に右斜め上に剣を構えてジョストンさんの攻撃を受ける。「カツッ」と音がしたと同時に僕の手に掛かる重圧が消えた。下方で「ジャリッ」と靴底が一点で擦れる音がすると僕は後方に退いた。
「良くわかったな~」
足払い。ジョストンさんはこんな感じで変則的な攻撃を仕掛けてくる。彼曰く「これが冒険者の戦い方だ!」との事。僕の頭の中の英雄像はこんな動きはしないのだけど、本職の言う事なのでここは素直に学ぶとしよう。
受ける躱すだけが特訓じゃない。今度は此方の番だ。教えられた通り、力み過ぎずそれでいてしっかりと剣を持ち振り下ろす。縦に横に斜めに上に下に・・・ その殆どは軽くいなされてしまう。
「どうした~ そんなんじゃハエも落とせないぜ?」
それは単純に体の仕上がり具合の問題ではなかろうか。小さい頃から拾った枝で素振りをしてたけど、それだけでは足らなかったらしい。
『むぅ~』
「まだまだー」
早さでは追い付けないのは分かった。じゃあどうしよう。なので前々から考えていた戦法を今試そうと思う。
「盲目さん タイミングよろしく」
『お任せー』
僕はその時がくるまで攻撃を続けた。当然これは実践的な訓練なので一方的に受け続ける訳ではない。僕のがら空きな隙を狙ってジョストンさんは剣を振ってくる。
『今ー!』
ヒュン・・・
「うおっ 危っぶねっ」
彼の攻撃に合わせて僕も剣を振る。つまりはカウンターだ。僕も当たるかもしてないと思うと怖いけど、今の僕がジョストンと渡り合うとすればこれしかない。
「へへっ 案外度胸あるじゃないか ・・・それとも目が見えないとそれ程でもないのか?」
「はぁ はぁ はぁ・・・」
タイミングは完璧だと思ったんだけど避けられてしまった。それにがむしゃらに剣を振り回したせいでスタミナが切れそう。これは走り込みも加えた方が良いのだろうか。
「あっ! アネット君!? こんなクタクタになって! ちょっとジョストンさん! もう少し手加減してあげたらどうなんですっ!?」
「いやいやいや これ以上どうやって手加減するんだよっ」
「うっ・・・」
その言葉は僕に刺さるので止めて下さい。ポリアンナさんは僕を気遣って空いた時に様子をちょくちょく見に来てくれる。それだけ心配を掛けてしまってるんだろう。言い換えればそれだけ僕がよわよわって事でもあるんだけど・・・
「でもそろそろ時間よ?」
「そう ですか・・・もうそんな」
「夢中になると時間なんて経つのが早いからなぁ」
ジョストンさんにお礼を言って訓練所を後にした僕は、夕刻の大通りを自宅に向けて歩いた。この時間になると仕事帰りの冒険者とすれ違う。そして通りの露店達はそんな彼等を狙い打つようにのれんを開けた。
「良いにおい これから夜が始まるね」
『何処か寄ってく~?』
「ううん すぐに家へ帰るよ 家族が心配しちゃう」
『はーい』
朝は凛と張り詰めた空気の中を冒険者達が冒険を求めに出掛け、昼は住民の穏やかな空気が流れ、夜は仕事を終えた人達の陽気な空気が町を賑わす。少しお酒臭いけど。
でもこの雑多な空気が僕は好きだ。
そんな人混みに身をゆだねながら家路を歩むと、家の前の小道からマルティナの大きな声が聞こえてきた。
「やっと帰ってきた! こんな時間になるなんて また冒険者ギルドに行ってたのね!? 真っ直ぐ帰って来いって言ったのに! あ~ぁ こんなヨレヨレになって」
「ご・・・ごめん・・」
「謝るくらいなら 初めからこんな事しないのっ ほら 早く家に入って 今盥とタオル持ってくるから 大人しく部屋で待ってなさい 背中拭いてあげるからっ!」
マルティナに引っ張られて家に入ると、その瞬間スープのいい香りが鼻をくすぐった。
「どうしたの? アネット?」
「何でもないよ ただ 家もいいなって」
「・・・ふ~ん」
何気ない会話に染々感じ入ってると、トテトテと可愛い足音が僕に向かって走ってくるのに気が付いた。
「お兄ちゃんっ」
「ただいまソフィリア ちゃんと良い子にしてた?」
「うん! ママのお手伝いしてた!」
「そう 偉いね~」
頭を撫でてあげると「キャッキャ」と喜んでくれる。小さなソフィリアまだまだ甘えん坊さんだ。その純粋な感情は疲れた僕を癒してくれる。
マルティナに言われた通り部屋で待っていると「ちゃぷんちゃぷん」と水を湛えた盥を持った彼女が入ってきた。
「さ 上着脱いで ここに座って」
僕は言われるままに上着を脱いで椅子に座る。すると程よく濡れたタオルが僕の体にあてがわれた。マルティナは僕を気遣うように優しくタオルを体になぞらせていく。
「ここ・・・赤く腫れてる こっちも」
「そこはちょっとぶつけちゃって・・・」
「嘘っ どうぶつければこんな痕が出来るのよ ねぇ・・・いつまでこんな事続けるの? 目も見えないのに・・・」
僕が冒険者ギルドに通いだしてからずっと同じ台詞を繰り返す。心配から出る言葉なのは分かるのだけど、それでも人間譲れないものはあるものだ。特に僕なんか目標がなければ何も残らないのだもの。
「もう嫌よ! これ以上アネットが傷付くとこなんて見たくない! どうして冒険者なのよ! 危険なの! 分かってる!? ・・・こんなスキルさんが取り憑いたばっかりにっ」
トゲのある言葉に“盲目さん”は僕の後ろに隠れてしまった。
周りの人が言うマイナス等級は残念な事に避けられている。何故かはご覧の通り。だからみんな忌み嫌っている。スキルさんも、そのスキルさんを連れてる人も。
「僕がまだずっと幼かった頃 両親と一緒に散歩した時の事を覚えてるんだ 町からちょっと離れた所でさ 男の人達が数人で集まって何かやってたんだ 僕はそれが気になったからしばらくそれを見てたんだけど・・・
その男の人達は口々に「あっちへ行け!」とか「ここに近寄るな!」って怒鳴りながらスキルさん達を蹴っていたんだ 僕は両親に「助けてあげよう」って言っても「あれは悪いスキルさんだから近付いちゃダメよ」って言われて手を引かれたんだ
スキルさん達は怖がってただただ震えながら固まってたのを今でも鮮明に覚えてる 僕がね 盲目さんを受け入れようと思ったのは 出会った時にこの子が怯えている様に見えたからなんだ 何となくあの時助けてあげられなかったスキルさん達の事を思い出してね
僕から声を掛けたんだ
まさかこんな事になるなんて思ってもみなかったけど それでも付き合っている内に 僕と盲目さんはどこか似てるんだなって思えてきたんだ
弱くて周りに受け入れられない自分と その力のせいで嫌われている盲目さん そのくせ僕も盲目さんも叶えたい夢があってさ それが自分と似てるなって・・・だから一緒に頑張ろうって思えたんだ」
「何よ・・・その答え・・・卑怯だわ」
それ以降マルティナの口から言葉が洩れる事はなかった。静かになった部屋に盥でタオルを洗う音だけが響く。
彼女の家族に迷惑を掛けている自覚はある。でもここまでマルティナを傷付けてしまう事になるなんて思ってもみなかった。冒険者の道を諦めるか突き進むのか。
答えは決まっている。“盲目さん”と出会った時に道は選んだんだ。共に生きていく。いいじゃないか。“盲目さん”に魅入られた僕らしく、盲目的に邁進していけば良いだけなんだから。