23・とある商人の苦悩
あらすじ
兵舎に商人がやって来た。
「やれやれ どうしたものか・・・」
私は部下を数人連れ兵舎に向けて走らせた馬車の車内で思案に暮れた。
町長は町を思う気持ちはあるが直情でやや思慮にかける。自分の息子にも一方的に価値観を押し付けるだけで理解しようとはしなかったのだろう。
そんな否定的な姿勢がディゼルをあの形にした原因だ。部下が私に「ディゼル様が──」と知らせてきた時「あぁ またか」と思ったものだ。
本人に問題があれば周りも問題のある連中が集まる。それがヤツを増長させる要因になっているのだが、本人はそれを自分の魅力と思っているらしい。
救えない。
お目付け役として何とかコントロールできまいかと部下を数人張り付かせているが、親に似てとにかく上から押さえつければ気がすまない性分が新たな問題を作り出してくる。
火消しに回る此方の身にもなってもらいたいものだ。
とは言え、今回は冒険者に喧嘩を売って返り討ちにあったと言う事なので、やっていい相手、ダメな相手がいる事をいいかげん学ぶだろう・・・そう願いたい。
「そろそろ到着か 面倒事はとっとと終わらせたいものだ」
確か相手は名もない下っ端冒険者だったな。とは言え高圧的に出ては商会の名を汚す。まずは下手に出て様子見だ。
では・・・こんな顔でいいか。
私はあえてニヤけた顔を作る。
穏便に事を済ませたい時にはこの顔から状況に応じて色々と変化させていくのだ。
無論同業者相手に仰々しい演技など下策だが、総じて冒険者はプライドが高く此方が誠心誠意(演技)すれば大抵大目に見てくれる。
「さて 行くとするか 商人の戦場へ・・」
兵舎に入るとまずは瞬時に周りの状況の確認。兵士の表情、人数から相手がどういう人物か推し量る。危険な相手なら場の空気は固まり兵の数も多い筈だ。
しかし兵舎内は通常運転。彼等の顔にも緊張の色は見られない。これなら穏便に済むだろう。
さて・・きかん坊を打ち倒した英雄はどんな人物か・・・見回してもそれらしい人影はいない。この場に不釣り合いな少年少女が3人居るだけ。
まさかな・・・
うち2人は一般的な服装でこの町の子供で間違いはないだろうが、奥に座っている1人の少女の着ている服はかなり上等な仕立だ。生地も悪くない。
おそらく家が金持ちの商家か、はたまたどこかの貴族か。
ふむ・・・ただの子供であるならよしよしと頭を撫でる感じでよいが、どうにも奥の少女の佇まいが気になる。それに連れてるスキルさんは“水魔法さん”。
報告によれば辺りは水浸しになっていたと。これは確定だな。おおかた見目麗しい少女に手を出して返り討ち。そんなところだろう。
見た目で判断するのは危険だな。ここは大切なお客様に接する態度で挑んだ方が良いだろう。
「皆様どうも初めまして 私はこのハルメリーの町で商いを営んでおります カストラ商会の会頭 バードラット と申します
今回こちらに罷り越しましたのは 私目がディゼル坊っちゃんの後見人でもあるからでして・・・」
「後見人? 後見人ですって!? あんたがあの馬鹿をしっかり教育しないからアネットがいつもいつもひどい目に遭うのよ!!」
・・・そう言う事か。
ディゼルがアネットなる人物を執拗に虐めて手痛い反撃を受けたと。最近は歯向かう者も少なくなったと言うのに、中々気骨があるじゃないか。
ん? アネット? 聞いた名だな。
そうか・・・確か盲目にもかかわらず町に現れたはぐれモンスターを討伐し、ギルド長ランドルフのお墨付きで冒険者になった少年。
この子がそうなのか? こんな子供が?
ここにいる少女達よりも背が低く、線も細い少年か少女か一見して判別がし辛いこの子供が?
う~む・・・この者が本当にそうだとすると厄介だな。
町を救った英雄、マイナス等級の冒険者、噂に立つくらいには名が広まっている。そんな存在を無下にあしらったともなれば外聞も悪い。
それに極力冒険者と私との間で溝を作りたくはない。
町長の実子ディゼルと天秤にかけてどちらが重いか、と言う事だが・・・
「正直なところ私も報告を聞き 急ぎ駆け付けましたもので ただお坊ちゃんの気性ですから非はそちらにあるとは思ってはおりません ですが・・・
怪我の程度が軽微とは言えず 過剰防衛の線も濃厚でして その場合 此方と致しましても 謝罪のみ と言うのは納得する訳にもいかず・・・」
「はぁ!? 何言ってるの!? アネットは子供の頃から散々ディゼルに酷い怪我を負わされてきたんだからね! よく平気な顔してのうのうとそんな事が言えるわ!!」
つまりあれか。ずっと見下してきた相手が急に脚光を浴びて面白くなかったと。この少年は謝罪で折れてくれるだろうが、ディゼルは無理だな。
何せアネットが輝く程、ディゼルの心は歪んでいくのだから・・・
「待ってください! 彼に怪我を負わせたのは僕です 激情に駆られての事です 互いに禍根があるとは言えやり過ぎました! すいません!」
う~む・・・どう見ても激情で動くタイプには見えないが・・・
「まぁ ディゼル坊っちゃんにも町長の息子としての そして貴方にもギルドの冒険者としての立場が御座います
ここは坊っちゃんの怪我の回復を待ち 改めて話し合いの場を設けて解決の道を模索する・・・と言う運びで如何でしょうか」
「はい 僕はそれで構いません」
「ちょっと! アネットがやった訳じゃ!」
「いいんだ!」
自ら身を挺して庇うか。ディゼルの鼻に付きそうなタイプだな。だが見過ごせない事もある。それは“水魔法さん”と一緒にいる“失語さん”。
詠唱を唱えなければ魔法は使えないのが一般だ。となると彼女ではないのかもしれない。でも可能性は捨てきれない。判断に迷うな。
「大丈夫だよミストリア そんな心配しないで・・・・」
しかしこの少年は読めんな。
ディゼルの標的にされていると言うのに後見人の私に恨み言1つ言わない。むしろ掴み掛かろうとする少女を押さえようとまでする。
周りが見えていない盲目だからこそ、雑事に囚われないのかもしれないな。ディゼルにこの少年の人間性が一欠片でもあれば、私も楽できるのに・・・
数日後───────
「・・・最悪だ!」
少年の放ったミストリアと言う名。気になったから私なりに調べたが、間違いないあれは公爵令嬢だ。
幼少の頃より水魔法の使い手。王都の学園に通うも療養のため自主退学。体調不良かと思ったが“失語さん”の存在、そして身なりがその裏付けになっている。
なのに・・・
「俺はそこの女に魔法でやられたんだ! ちょっとじゃれてただけなのによ! 俺はこのハルメリーの町の次期町長だぞ! この町で俺にこんな事してただで済むと思ってんのか!? あぁん!?
出すもの出してもらわなきゃこっちだって収まりがつかねぇんだよ! じゃねぇと てめぇもてめぇの家族もこの町で生きてけなくしてやるからなぁ~」
このバカは当人を目の前に誰憚る事なくのたまった。
ディゼルの怪我の様子を見てギルドの一室で、ギルド長ランドルフを挟んでの話し合いになった訳だが「礼儀正しく」「横柄な態度も禁止」「喋らなくていい」事前に示し合わせていたにも拘わらずこれだ。
できる事なら言葉を刃にしてこのバカに「此方に御わす方は公爵家の令嬢ミストリア様だぞ」と、耳の中に突き刺してやりたい。
調べて分かったのは「彼女は遠い地で療養中」との事。つまりここにはお忍びでいらっしゃると言う事だ。
何故ハルメリーに?
簡単だ。この町にはマイナス等級の冒険者がいる。公爵閣下は娘を捨てたんじゃない。彼に託したんだ。
つまり彼女の正体は秘密と言う事。つまりこれがバレたら私の首が飛ぶ事になる。このバカの罪状、不敬罪と共に。
冗談じゃない!
「あれは僕の仕事中に起きた出来事です 彼女は僕の都合で連れ回していただけであって 責められるとしたら非は僕にあります」
・・・なる程なる程。仕事中の事故にしたい訳だな。良いだろう乗ろうじゃないかその話。
「まぁまぁご両人 そう熱くならず まずはディゼル坊っちゃんには─────」
「坊っちゃん言うなって言ってるだろうがっ!」
「これは申し訳ございません えぇ ディゼル様の言い分ですと これはあくまでじゃれ合いの延長線上で起きた事故と言う事で・・・アネット様もご自分に非があると認められておられる事ですし
ここは1つ えぇ~ 冒険者の・・ひいてはギルドの責任と言う事で この場の采配はギルド長ランドルフ様に預けると・・・・」
「ざっけんじゃねーぞっ! こっちはそこの女に複数人やられてんだよっ! このまま引き下がったんじゃ こっちの面子がたたねーんだよ!」
「まぁまぁディゼル様落ち着いて・・・ ここは町長の息子ではなく 町長の立場から物事を見ては如何でしょうか」
「あぁーーっ!?」
「えぇ~ まず冒険者のイザコザなど日常茶飯事です そんな些細な事にいちいち腹をたてるなど時間と労力の無駄
町長であるならこの様な時こそ冷静に 自分の懐にある手札を活用するものです それにアネット様は先程 自らに責任がある とお認めになった
であるならここはギルドの責任とし その後の事は彼等に任せ ディゼル様の器の大きさを見せると共に ギルドに貸しを作る・・・と言う運びが最善かと存じます」
「? っ? ? だ・・・だが俺は怪我をっ!!」
「えぇ~えぇ~ 分かっておりますとも 次期町長であられるディゼル様に対する不忠はとても看過できる事ではない! だからこそ これは大きな貸しとなるのです」
「は? か 貸しっ? だけどよっ!」
「ディゼル様は今後町長としてこの町の人間を取りまとめていかなければなりません そんな貴方が1人の・・・それも一介の冒険者如きにかまける事に何の意味があるでしょう
町長は自ら動かない事に意義がございます 人を指揮し後ろで堂々と構えてこそ町の象徴なのです」
「いや それじゃ俺の・・・」
「想像してみてください 晴れて町長になった暁には 貴方の周りには様々な人達が集まる事になるのです
上手く町を運営すればその名は貴族様にも覚えめでたく ともすれば叙爵される未来もあるかもしれませんよ?
であるならこの様な瑣末事笑って許してあげるのも町長の器と言うもの・・・ 何せ じゃれ合いで起きた事故 なのですから・・・・」
「でっ・・でも・・」
「ディゼル様 ここは1つ上の見地からご覧なさいませ 貴族は常に優雅であるもの 見習うべきは彼等であって野蛮な冒険者などでは御座いません
それにこの様な些細な事に目くじらを立てるなど・・・・・まるでお父上のようでは御座いませんか・・・」
「なっ! ふざけんなっ!! 誰があんなヤツと同じだっ!!」
「そうです ディゼル様はディゼル様です いつまでも過去のしがらみに囚われる必要など無いのです
お父様の事もアネット様の事も 栄えあるディゼル様の未来からすれば極めてちっぽけな問題 そもそもこのような案件はディゼル様がわざわざ足を運ぶ必要すらないのです
私のような者に一言ご命じくださればそれで済む ディゼル様は椅子に座り 適材を適所に使いこなせば この先憂う事など何も無いので御座います」
「お おう・・・」
自分が上で相手が下。
この手の輩にはそう思わせておくのが一番効果がある。ディゼルはこれで良いとして、問題はミストリアとアネットの2人だ。
「相変わらず饒舌じゃな」
「有り難う御座います それで此度の件どの様に幕引きます?」
「そうじゃな 冒険者として加減も覚えなければならんからな 反省の意味も込めて一週間の謹慎を言い渡す」
「はぁ~!? 何よそれっ!! どうしてアネットが処罰されるのよ! 冗談じゃないわ!!」
「マルティナ落ち着いて・・・」
まぁ普通はこうなる。積年の恨みも積もれば当然か。アネットも思うところはあるだろうに、なまじ物分かりが良いだけ損な役回りだな。
「けっ! 面白くもねぇ」
「あんたねぇー!」
「マルティナ ・・・あの バードラットさん 今日は有り難う御座いました 貴方がディゼルの手綱を引いてくれたお陰で上手く話が纏まりました」
「いえいえ 貴方の投げてくれた話に便乗したまでです」
「バードラット 小僧に商人の武器(演技)は通用しないぞ?」
帰り際にギルド長はそう呟いた。やはりアネットは彼から一定の信頼を勝ち取っているようだ。現にあの場でランドルフが口を開く事が無かったのもその裏付けか。
ともあれ今のところは私に敵意は無いと彼に思ってもらえれば、自ずとそれはミストリアにも伝わるだろう。
後はディゼルを丸め込みつつアネット達とどう付き合っていくかだ。
彼等は近い将来化ける。
ここで縁を終わらせる理由など無い。
最初はまたあの馬鹿の尻拭いかと呆れたものだが、今となってはアネット達に引き合わせてくれたディゼルに感謝しなくてはならないな。




