21・夕刻の裏路地
あらすじ
ギルドの仕事はなんとか無事に完了した。
「全くどう言う事だ 奴等も一度に複数子供を産む生き物だが この数はいくらなんでも多すぎる まるでここら一帯のキラーラビットが一斉に集結したみたいじゃないか」
倒したキラーラビットを台車に乗せながら、冒険者達は今回の仕事についてあれこれ考察を交わした。
どうやら経験豊富な彼等でさえも不測の出来事だったらしい。結構深刻に受け止めている。
「そういやぁ 1年ほど前に西の町でモンスターの大量発生があったよな それからじゃないか? 討伐依頼の内容が食い違う事が多くなったのは」
「あぁ それ俺も気になったからちょっと調べてみたんだ どうやらその西側の討伐依頼の食い違いが多くて 次第にこちら側に広がってきているみたいなんだよ」
これは現場の人間の貴重な情報だ。冒険者達は情報交換を密に行っている。
以前までは「武器を持って突撃するのが冒険者!」と思っていたけれど、彼等は仕事の前の打ち合わせを本当に重視している。
たぶん今回起きたケースにも対応できるようにする為の準備の1つなんだろう。僕もこの姿勢は見習わなくちゃ。
例えそれが扉の向こうの内緒話だったとしても・・・
「だがまぁ 今回の仕事は成功だな 家畜も無事 肉もこんなに手に入ったんだ 露店に並ぶときは価格も下がるだろうぜ よくやったな坊主共」
「「「はいっ」」」
ギルドに到着した僕達はそれぞれ書類にサインして報酬を頂いて仕事は終わる。今回に限っては危険手当ても追加されて、思わぬ臨時収入となった。
「こうやって実際に報酬を手にすると達成感を感じるね」
『そうなのー?』
「うん 自分もこの中でやれるんだって気持ちになれるもの」
「アネット 今日はありがとう 君がいなければこの仕事は失敗に終わっていた」
「だねー 私達だけだったら牛さん達 全滅してたかも」
「オルソンさんの言ってた 言い得て妙 とは本当だな」
「ううん 此方こそ 僕も良い体験ができたよ また機会があったらよろしくね」
「・・・ホントの事言うとさ お前に声掛けたのって 興味と嫉妬だったんだ」
「?」
「俺のじっちゃん・・・オルソンって 人を誉める人間じゃないんだよ ガキの頃から一緒だったけど 良く言ってもらった記憶なんて覚えてなくてさ
それが 面白い奴がいるって言うんだ 誰って聞いたら新人の冒険者だって どんな凄い奴なんだって興味が沸いたよ でも来てみたら目が見えないって言う 正直面食らった」
「アハハ それは私もー」
「まぁ何が言いたいかと言うと 俺もまだまだなんだなって気付かされたんだ だからお互いに頑張ろう 色んなものに惑わされないようにな」
「・・・うん」
『アネット よかったの~?』
「・・・言えなかったね」
「パーティーに入れてほしい」って。喉元まで出掛かったんだけどな。やっぱり自分が盲目である事に、どこか引け目を感じちゃう。
真っ直ぐ僕を見てくれたからこそ一緒にと、そう思えたんだけど。僕も世界を真っ直ぐ見れる日がくるといいな。
「それじゃそうお家に帰ろうか」
『帰る~』
僕はミストリアを連れてギルドを出た。肉の積み込み作業に追われて、今はそれなりに日も暮れている。早く帰らなければ「仕事で遅くなった」が通用しないのがマルティナだ。
なので人で混まない裏通りから帰ろうとすると、突然“盲目さん”から待ったがかかった。
『アネット その道不吉~』
「え? 不吉って・・・この道何かあるの?」
『ん~ 分かんない でも嫌な感じ?』
いまいち要領を得ない。暗くて狭くて危ないからと言いたいのかな。僕はマルティナと“盲目さん”とを秤にかけるとマルティナが下に傾いた。
お小言は勘弁願いたい。だって今日は疲れてるし・・・
「よぉ アネット」
「ディゼル・・・」
・・・これかー。ゴメン“盲目さん”君が正しかった。
★
「ディゼル~」
「ディゼル様」
「お坊ちゃん」
何で俺の周りに人が集まるのか。今までそんな事考えた事がなかった。みんなでワイワイやれてればそれで楽しかったんだ。
でもフトした切っ掛けで気が付いた。コイツ等俺を見てるんじゃねぇって。俺は町長の息子。あいつ等が見てんのはそれだ。
俺じゃねぇ。それが気に食わねぇ。
コイツ等は俺を利用してるんだ。権力ってものを振るいたいから。だったらおれもコイツ等を利用してやる。お互い様だ。
だがこれが力ってヤツだ。だからこれで良いんだ・・・
「お前のつるんでる友人はどれも碌でもないが・・・なんだ 中にはまともな奴もいるじゃないか お前も彼を見習って少しはマシな人間になれよ?」
ある飯時になって親父はそんな事を言い出した。
「は? 誰だよ」
「それと言葉遣いも正せ 人はそういう部分でも評価されるのだぞ・・・ まぁいい 確か名前は・・・・そう アネットだったかな 盲目にも関わらず町に出没した“はぐれモンスター”を討伐してみせた少年だ」
「は!? 何であんな奴が・・・!」
「そればかりではない あの堅物のギルド長と手合わせして その腕を認められたと言うではないか
お前の事も気にかけていたぞ? どうせお前の事だ 目が見えないのをいい事にイジメているんじゃないのか?
年はお前より下みたいだが お前の方がよっぽど子供に見えるな 冒険者になったそうだが あれならそこらのボンクラよりよっぽど功績を上げられるんじゃないか?
今の内から目を掛けておいても良い逸材かもしれないな お前も彼を見習って───」
何だそれ・・・
親父は事あるごとに冒険者なんかクズとか散々罵ってきたじゃないか! 俺が“戦士さん”を選んだ時なんか怒鳴り散らしたくせに!
なのにあいつの事は認めるってか!
ふざけんなよっ!!
俺の友人はどれも碌でもないだぁ? 皆あんたの権力に群がってきた連中ばかりだよ。肩書気取ったって同じ穴の狢なんだ。
あぁ・・・そうか。そうだよな。証明すれば良いんだ。モンスターを跳ばしたアイツを跳ばせば親父も俺を認めるだろう。
他の連中だって町長の息子じゃなく俺を見る筈だ。
そう言やぁ冒険者になったんだっけ? ガキの頃から冒険者になりたいって言ってたもんなぁ。
じゃ~ 祝ってやらないとなぁ~。
あいつが実は大した事ないって分かれば親父も目を覚ますんじゃないか? 俺が何かデカイ成果を挙げりゃ親父も気付くだろうぜ。自分も人をみる目がない盲目なのはてめぇだったって事をよぉ~。
★
こう言う輩は学園の外にもいるものなのね。せっかく普通の人生を送れているのに、わざわざ無駄な事に労力割いて。こう言うのをバカと言うのだわ。
「待ってたぜアネット 冒険者になったんだって? でもなぁ お前みたいなのが冒険者になられると迷惑に思う奴も居るんだわ
お前だって分かるだろ? 冒険者に憧れる奴も多いのに盲目のお前なんかが冒険者やってちゃ夢も冷めちまうってもんだ ウゼェんだよ」
突然絡んできた男はアネットに難癖をつけている。いったいこの男は何を言ってるのかしら。
少なくとも今日、彼が盲目で困った人はいない。むしろ貴方と言う存在で私達が困ってるんだけど。
「そうなの? でもごめん 僕は自分のしたい事を諦めるつもりはないよ 僕が憧れた冒険者は必死になって夢を諦めない英雄なんだ ディゼル・・・君はどうして冒険者ギルドにいないの?」
「俺はな 次期町長だぞ 冒険なんぞにかまけてる暇なんかねぇんだよ 俺のやるべき事は人を取りまとめる事だアネット これは町の総意だ」
いつの間にか道の後ろにも凶器を持った人達が現れた。これって最初から彼を待ち伏せてたって事よね。執念深い事。醜さは学園の子達と引けを取らないわ。
こんなのが次期町長とか地獄じゃない。
町を取り纏めていくのなら、アネットのような人物こそ奨励するべきよ。必死に生きる姿を手本にしないで、一体何の成長が見込めるのかしら。
貴方は彼にも町にも相応しくない。
「アネット! お前も冒険者なんだろ!? だったらこの状況を何とかしてみろよっ!」
自称次期町長は町中でも平気で剣を抜いて襲ってくる。信じられない! 本当にアネットを殺すつもり!? あんな太くて大きな剣、当たれば大怪我だわ!
でもアネットはそれを真正面から受けてみせる。でも体格差は覆せない。小柄なアネットに巨漢の男がのし掛かるような勢いで迫る。
ギシギシと鍔迫り合う2つの剣。押されるアネットの苦悶の声が聞こえてきそうだわ。避ければいいのにっ。避けてっ!
あぁ・・・そうか。避けた先に居るのは・・・
「ディゼル・・・君は 何を迷っているの? 君の心はいつも 行き場を探しているよう に見える・・・」
「あぁ!? なに言ってんだてめぇ! 俺はこの町の頂点になる男だぞ!」
「だったら僕にかまける 暇はないよ 君が町長になるのなら・・・今困っている人に 耳を傾けなきゃっ ・・・そういう人と人との繋がりが いつか君の為にもなる 筈だよ・・・」
「あ? なに上からもの言ってんだっ いちいちムカつくな てめぇはよぉ!」
どうしてあなたは自分を貶めるような人間にもそんな言葉を掛けるの? 遠ざけるでもなく。その目には何が写っているの?
それは今の私には分からない。でも・・・ここで彼を失う訳にはいかない。
★
やっぱり単純な力じゃ敵わない。周りにも僕達を取り囲む人がいるみたいだし。何とか窮地を脱さないとミストリアも無事では済まない。
ディゼルは僕が邪魔だと言う。でもその怒りの矛先は僕に向いていない。これじゃまるで八つ当たりだ。答えが出ない理由を人のせいにしてるだけ。
「ディゼル 君は何がやりたいの・・・ 側に連れてる戦士さんは 何の為に 選んだの・・・ 町長なんて権力を 振り回したいからじゃ ないんでしょ・・・?」
「ああぁ!? 力だよ 力があれば何だってできるんだ!」
「そう だね 力があればできる 事もある でもできない事もあるよ だって僕は君ができる筈の力に 抗ってるんだから・・・」
「んじゃぁ てめぇの存在事叩き斬って証明してやるよっ!!」
激しい感情が周囲にまで飛び火していく。一時の熱に当てられてみんなが同じ色になっていった。それは引火していく火の粉のように止められない。
「良いぞ! やっちまえ!」
「殺せ殺せぇ! ギャッハッハ・・ぶへぇ!」
「なん・・ ぎゃっ!」
ん? 何? 人の嗚咽が聞こえる。
「あ? なんだ・・・これ・・・・ぶぎゃ!」
「お・・おぃ! どうなって! おぼっ!」
「なんかおかしいぞっ!! ぎぇっ!!」
─────バシャッ!
重くはぜる・・・聞き慣れない音。固いような固くないようなものが次々と周りの人達にぶつかっては散っていく。
それらのものが僕のすぐ横を凄い速さで通り抜けていった。その際に顔に感じる飛沫は・・・水。
「何だこいつ! ふざけ・・ぐふぅ!」
「おい! ちょまっ・・べへぇ!」
水・・・塊になって纏まった水が、大きめの石を投げるようにディゼル達に襲い掛かっていった。
バン! バン! バン! バン! バン!
それは何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も・・・絶え間なく・・・
いつ途切れるとも分からない投擲を前に、僕はただ立っている事しかできなかった。音が止んだ時、周りには静寂とポチャポチャ滴る水の音だけが聞こえていた。
地に伏したディゼル達の熱い炎は、大量の水によって完全に鎮火されてしまった。
「ミ・・・ミストリア?」
彼女は激しく肩で息でもするかのように「ふぅふぅ」と呼吸している。怒っていながらどこかスッキリもしている。不思議な心境だ。取り敢えず・・・
彼女を怒らせる事はしないようにしよう。




