2・僕の世界
あらすじ
子供の頃「盲目さん」と出会った。
「アネット君~ ご飯出来たわよ~」
女の人の暖かな声で僕は目を覚ます。眼を開けても僕の見る世界は真っ暗だけど、窓から差し込む日温かさが今日も快晴である事を教えてくれた。
『おはよ~ アネット~』
「おはよう 盲目さん」
“盲目さん”それが僕の出会ったスキルさん。彼と出会ったその日から僕の世界は暗闇に包まれた。今まで当たり前の事が当たり前ではなくなって、憧れた冒険者の姿も今ではおぼろ気に脳裏を漂うばかりとなった。
それが辛くて悲しくて悔しくて、何日も泣いて過ごしたのを覚えてる。でも“盲目さん”を受け入れたのは僕自身。それを誰かのせいにする事はできない。
『スキルさんと一緒に辿り着く世界』それを見たいと言ってから約7年。その間“盲目さん”は色々な事を教えてくれた。
暗闇の中でも生きていく術。耳の使い方。においの変化。生命の温もり。心の温かさ・・・ 根気よく根気よく何度も何度も。
そのお陰で今では外を歩く事ができている。相変わらず僕の視界は暗いけど、冒険者への道程はほんのり光が差している気がした。
「ちょっとアネット!? スープ冷めちゃうじゃない! とっとと起きなさい!」
中々起きない僕に業を煮やした従兄弟のマルティナがズカズカと部屋に入ってきた。彼女は小さい頃から一緒に育った年上の女の子。一通り身の回りの事ができるようになっても、毎回彼女の手を煩わせてしまう。
でも何だかんだ世話を焼いてくれる人が近くにいてくれるのはありがたい事なのかもしれない。だって世の中には僕のような問題を抱える人に手を差し伸べてくれる人は少ないと聞くし・・・
彼女が手を引いてくれるから僕は迷わず歩いていける。僕の焦がれた英雄像。それに向かって邁進する事ができるんだ。
「冒険者? そんなの無理に決まってるじゃない!」
「冒険者になりたいんだ」と言った直後には全否定されてしまう。でもどうだろう。目の見えない僕が自分の足で家の中を、町の中を歩けるようになったのは、ひとえにマルティナとその家族のお陰なんだけどね。
見えない優しさは家の中にも溢れてる。それは僕が生活しやすいよう家具が配置され、色々なものが使いやすく考慮して置かれているところ。マルティナもたまにつっけんどんな物言いをするけれど、温かくもあるんだ。
「アネットー」
マルティナに急かされるまま食堂にやって来ると、トタトタ小さい足音がやって来て僕の腰にペタりと張り付いた。
「おはよう ソフィリア 今日も甘えん坊さんだね」
「えへへ~」
この子は従兄弟のソフィリア。まだ身長が僕の半分くらいしかない女の子だ。少し前まではハイハイをしていると思っていたけれど、月日が経つのは早いもので今では家中を元気に走り回っている。
「さぁさ 皆そろったところで いただきますしましょうか はい いただきます」
「「「いただきます」」」
叔母のオフェリナさんの朝の挨拶からこの家の1日が始まる。ここは従兄弟の家。僕はあの日から数年間ずっとこの家のお世話になっていた。
「マルティナはお姉さんなんだから 食事はもっと綺麗に食べなさい ほら アネット君なんか少しもこぼしていないじゃない」
「うっ・・・ わ 分かってるわよ」
「ソフィリアもお兄ちゃんを見習ってこぼさないで食べる練習ね」
「はーいっ」
「ご馳走さまでした」
「あら アネット君早いのね やっぱり男の子だからかしら」
「今日はこれから仕事があるので」
「むぅ~~~・・・」
そう。僕は普通に歩けるどころか手に職つけるまでになっている。家族はみんな「無理しないで」と言ってくれるけど、成長するにつれてただ家で養われるのも辛くなってきた。
それにこの仕事を選んだのにも理由はある。薪割りは広背筋? を鍛え、冒険者に必要な筋肉を育てる事ができると聞いた。トレーニングしながらお金も貰えるなんて、こんな美味しい話は他にない。
全ては冒険者になる為に、そして憧れた英雄像に近付く為に。
善は急げ。さっそく身支度を整えて部屋を出た。自室から廊下に出て右に5歩、ここが食堂のテーブル。そのテーブルから右に6歩で玄関だ。
いつもこんな感じで頭に大まかな地図を描いて生活している。その範囲は家の外にまで及んでいた。
『アネット~ 扉~』
扉の前まで来るとドアノブを握る。高さは大体腰の位置。扉を開くと途端に音の波が家の中に流れ込んできた。
人の声。足音。馬車の走る音。馬の嘶き。雑多な音が僕に色々な情報をもたらしてくれる。今日も普段と変わらない1日だ。
「アネット! 1人で大丈夫? ついて行こうか?」
「うん大丈夫 もう一人でも行けるよ それじゃ行ってきます」
「気を付けてね 仕事が終わったら真っ直ぐ帰って来るのよ」
僕はいつもの「行ってきます」をして家を出た。家の直ぐ前は小道になっている。その小道を歩いて町の大通りへと歩く。僕の暮らしている家は旧市街と言われる地区にあった。
そこは昔からある区画で総じて古い建物がズラリと並んでいる。そんな場所からこの町『ハルメリー』のメインストリートをコドリン洞穴方面へ、人の流れに身を任せながら仕事場まで向かった。
今僕と同じ方向に歩いてる人の多くは冒険者達だ。ハルメリーを一躍有名にした切っ掛けがコドリン洞穴と言うダンジョンの発見に由来している。
しかしこのダンジョンが人を惹き付けて止まない理由は夢とロマンだけではない。鉱物資源が採れる事で国の重要な資金源になっているからだ。
つまり仕事がある。
ダンジョンはそれがダンジョンと言うだけで人々を潤す基盤となるのだ。そしてダンジョンが近くにあれば、ハルメリーのように発展したり新しく町ができたりする。
僕が冒険者と言う存在に憧れたのも、探窟家コドリンが近くにダンジョンを発見してくれたからでもある。ありがたい話だ。
『アネット~ 右前から人~』
外を歩けるようになったと言っても健常者のようにはいかない。どうしても細かいところでミスがうまれる。なので“盲目さん”にサポートしてもらいながら日々を過ごしていた。
「ありがとう 盲目さん」
『おまかせ~』
でも悲しい現実もある。僕のように体が不自由になるスキルさんを連れた人を世間は『マイナス等級』と蔑称し、周囲からはあまりよく思われない。僕がマイナス等級と分かるとちょっかいを掛けてくる人もいる。
もちろん道を譲ってくれる人もいるんだけど。
そんな感じでトラブルを避けながら僕は仕事場のある雑木林まで歩いた。
薪割り場は雑木林の中にある。コドリン洞穴に向かう道から横に反れて小道に入っていくと、親方のモーリスさんが僕を出迎えてくれた。
「おはようアネット 今日も時間通りだな 目も見えないのに全く大したものだよ 他の連中にも見習わせたいもんだな」
「おはようございますモーリスさん 今日もよろしくお願いします」
「おう 怪我にだけは注意するんだぞ?」
「はい」
『は~い』
彼にも僕の家族と似た暖かさがあった。道具の整理や仕事をしやすい環境を整えてくれたり、でも特別に便宜を図るとかじゃない。普通に接してくれる。つまりマイナス等級と差別しないでくれる。
僕は斧を手に取ると丸太に向かって刃を振り下ろしていった。
仕事を始めた当初はそれはそれは酷い有り様だった。上手く丸太に当てれなかったり、飛んでいった薪が行方不明になったりと。でも“盲目さん”との二人三脚で、今ではいくらか様にはなっている・・・筈だ。
仕事が終わると日当を貰う。そしてここからが家族にも言ってない僕の本当の目的を果たす時間が始まる。
冒険者ギルド。
そこは様々な冒険と夢や仕事を求めて集う冒険者達のオアシスだ。新人もベテランも皆ここから冒険を始めるスタートラインでもある。
「いらっしゃいアネット君 ジョストンさん もういらしてるわよ?」
僕に声を掛けてくれた女性はポリアンナさん。ギルドの受付の仕事をしているギルド職員だ。彼女はカウンターからわざわざ僕のところに来ると、冒険者ギルドの奥にある訓練所まで連れていってくれる優しい人だ。
今でこそ良くしてくれるけど、最初に声を掛けた時には大層驚かれた。誰だって盲目の人間が冒険者になりたい何て言えば目と耳を疑う。
さて・・・訓練所にやって来て何をするか。
ここ訓練所では冒険者達の訓練の他に、将来冒険者になるべく養成を受けてる訓練生達がいる。僕は彼等に混じって・・・ではなく、先程名前があがったジョストンさんから指導を受けていた。
「おうっ やっと来たか 待ちくたびれたぜ」
「こんにちわジョストンさん 今日もよろしくお願いします」
「ちょっとジョストンさん! アネット君にあまり無理な事をさせちゃダメですからね! それとくれぐれもっ! 怪我なんかさせない様に!!」
「はいはい わかってるよっ それじゃアネット 準備はいいか!?」
「はいっ!」
ジョストンさんに促され僕は手持ちの木剣を構えた。
★
最初は何の冗談だと思ったものだ。相手が子供だからじゃない。実際こいつと同い年のひよっ子共がここで特訓に明け暮れてるしな。
だが盲目が「冒険者やりたいです」なんて誰が予測できるよ。
ぶっちゃけ冒険者になる事自体は簡単だ。年齢がいってて、後は書類にサインすればいい。それで今日から冒険者だ。だからってさすがに盲目はねぇよ。
でもポリアンナのヤツが連れてきちまったからなぁ。まあアイツも痛い思いさせれば諦めると思ったんだろう。ったく嫌な役目を押し付けやがって。
まぁ仕事だしやる事はやるけどよ・・・
『右~』
「はぁ?」
『左~』
「おい」
『後ろ~』
「ちょっ・・・」
何だ? こいつ・・・俺の振った剣に反応しやがった。“盲目さん”の言葉に従って動いてるだけだがちゃんと躱してる。何だこれ。不思議な事もあるもんだ。
マイナス等級なんて呼ばれてる奴に未来はない。周囲からは嫌われて世界から突き放されて、そんなんじゃ心も成長しない。心が育たなきゃスキルさんは応えてくれない。それが・・・
「ハッハッハ 面白いなお前 名前は何て言うんだ」
「アネットです」
「そうかアネット 次はフェイントかけるから上手く躱してみろよ?」
別にこいつが冒険者をやってけるかどうかなんてどうでもいい。こんなのは適当にボコって終わらせればそれでよかったんだ。だができなかった。
もしかしたら俺は、同じ毎日の繰り返しの中でちょっとした変化ってやつを、どこか切望してたのかもしんねぇな。