183・アネットのウサギ狩り
前回のあらすじ
ラトリアのお見舞いから帰ったアネットは勇んで勝負に望むも、噂が噂を呼びかなりの人数に知れ渡ってるようだった。賭けまで成立する中カルメンが審判役にアネットは森へと進むのだった。
僕とユシュタファ、そして審判役のカルメンと付き添いでミオリネ、ウェグナスの5人は試合会場となる森の境目へとやって来た。うっそうと茂る下草はウサギにとってかっこうの隠れ蓑になるだろう。加えて人間の歩く足音はその大きな耳にさぞやうるさく届く事だろう。
だからこそ狩人独特の森の歩き方が雌雄を決するのだが、目の見えない僕にはかなりの高難易度でこの試合会場自体僕にかなり不利な状況だ。
「まったく勝負場所に森を選ぶなんてウェグナスも人が悪いな だが冒険者なんだから森は無理ですとは言わせないぜ」
「アネットは森の歩き方上手だもんっ それに君の方はそんな装備で大丈夫なの? 弓や短剣は分かるけど剣の他にも色々持ってるよね」
「森って言っても動物だけじゃない モンスターだっているんだ もしもの時の備えだ それよりもお前の方は剣一本で良いのか?」
「う・・・うん 大丈夫 だよね?」
『お任せ~』
「・・・だってさ」
「ケッ 絞まらねぇな」
本当なら弓も短剣も装備したい。だけど“盲目さん”が剣だけで大丈夫と言ってきたんだ。本当に大丈夫なのかとても心配だけど、“盲目さん”の提案なので乗ってみる事にした。
ぶつけ本番でそんな賭けみたいな事をするのもどうかと思うけど、窮地に立たされた時こそスキルさんが成長するチャンスなのではと、僕はディーテとの戦いの中で感じた。
『アイ・アンノウン』を獲得した時もさる事ながら、2度目の戦いも“盲目さん”が何らかのスキルで助けてくれたと思ってる。
不利な状況ならそれに賭けてみるのも冒険では? と、不安を押し殺しながら選んでみた次第だ。
「ん~・・・ 何だか今日は森が静かなんだよね~」
「静かだったらウサギも見付けやすいんじゃない? 逃げた時の足音とかさ」
「ま~そうなんだけど~」
「だったら絶好の勝負日和なんじゃないか? アネットもユシュタファも心置きなくウサギを狩って俺にウサギ肉を食わせてくれ」
「・・・この勝負仕掛けたのって ウェグナスがウサギ肉を食べたかっただけじゃ・・・」
「任せろっ 俺がお前にたらふく肉を食わせてやるよっ」
「しかし自分で勝負の場所を指定しておいて今更だが アネット本当に大丈夫か? 普段のお前を見てるとどうにも目が見えないように思えなくてな つい森でと言ってしまったが・・・」
「たぶん何とかなるよ 森は初めてじゃないし 本職の狩人にも誉めてもらえたしね」
「ならいいんだが・・・ もしダメそうなら助けを呼べよ? 森にはモンスターもいるんだからな?」
「だ 大丈夫だよ ウェグナス心配性───」
「おい! 2人でくっちゃべってないでとっとと勝負するぞっ!」
「そうだな」
「じゃ~もう一回ルールの確認ね ウサギを多く狩った方が勝ちだけど 時間内に戻れなかったら沢山狩ってても負けだからね~」
「おう」
「うん」
「それじゃ始めるけど用意はいい? 試合開始っ!」
「ユシュタファ君~! 勝ってダンジョンに連れてってねー!」
「アネット~頑張ってね~!」
カルメンの掛け声と共に僕達は森へと足を踏み入れた。入った側から草を踏む音が静かな森で際立つ。そんな事はお構い無しなのかユシュタファはどんどん奥へと進んでいった。
さて。ここからが本番な訳だけどどうしよう。適当に歩いてみるか。動物なら自分より大きい体の捕食者が歩けば一目散に逃げる筈だけど。それとも見付からないよう息を潜めるか?
ともあれジッとしてても獲物が現れる訳じゃない。モンスターならそれでも良いけど相手は小動物だ。自分の足で見付けるしかない。僕もユシュタファに習って奥へと進む事にした。
この静かな森を歩いて気付いた事がある。それは無風である事。森の中どころか上空にも風が無いので葉が揺れる音がしない。従って森の上手な歩き方は息をしないようだ。
幸い風上風下を気にしなくて済みそうだけど、この場合動物達は何を基準に危険を察知してるんだろう。やっぱり音かな。それとも無風ならではのにおいを感知するのだろうか。
この状況下。やっぱり弓くらいは持ってきておくべきだったか? もっとも上手く的を射れるかは不明だけど・・・
『アネット~ 右を向いてしばらく歩いててね~』
「うん」
僕は“盲目さん”に促されるままに動いた。言われた通り右を向いたり左を向いたり、かと思えば引き返したり。一連の行動がウサギ狩りと何の関係があるのか分からないけど、正直僕個人では今のところ打つ手無しなので素直に従ってみる。
すると“盲目さん”は次の指示を出した。
『そこで止まって剣を上に上げててね~』
「・・・うん」
何だろう。何も無い所で剣を上に構える? これじゃまるで向こうから獲物がやって来るみたいじゃないか。相手は小動物。殺る気満々のモンスターとは違うと思うのだが・・・
と、内心思ってると遠くから微かに小型の生き物の足音が聞こえた。そして信じられないがその足音は僕の方へと近付いてくる。好奇心に急き立てられたと言うより何者かに追われてるような必死さがその足音から察せられた。
『今だよ~』
僕は近付く足音と“盲目さん”の合図に合わせて構えた剣を振り下ろした。ザクッとした感覚は地面を切ったそれではなく、明らかに命に刃を突き立てた感触だった。
「・・・・・・・・・偶然 じゃないよね」
『アネット~ 次は左を向いてちょっとだけ歩いてね~』
「・・・う うん」
僕はその指示に従ってまた剣を上に構えた。すると今度もさっきと同じ現象が起きた。警戒心が高い筈の小動物が僕のいる方に走ってくる。
“盲目さん”が何かをやっているのだろうけど、自分でも何をされているのかが分からないと正直言って不気味だ。
2羽目。
僕は難なくウサギを狩る事が出来た。苦労したところと言えば藪を掻き分けて歩いた事くらいか。これで良いのだろうか・・・良いんだろうたぶん・・・
「盲目さん さっきから何が起きてるの? ウサギが僕の方に走ってくるんだけど」
『ん~ ウサギ達に記憶を見せる? 驚いたウサギ達をアネットの記憶を見せる事で良い感じに誘導したんだ~
この前アネット達が戦ったモンスターにも使ってみたんだよ? 記憶の迷宮メモリー・オブ・ラビリンス』
「メモリー・・・オブ・ラビリンス それが新しいスキルなんだ ディーテが本気で怒ってたのもそれが理由か 足の小指を角でぶつけたからじゃなかったんだね」
『アイ・アンノウン』に引き続き彼女を本気にさせるなんて、これもこれで途轍もないスキルなのかもしれない。もっとも相手がどう言う状況下に置かれるのか僕には想像するしかできないのだけど。
その後も“盲目さん”の誘導で自分でもビックリする程のウサギを狩った。どれくらい狩ったかと言うと、これ以上の殺生は無益だと罪悪感を覚えるくらい。
どうしよう・・・これ以上はさすがに殺り過ぎな気もする。ユシュタファはどうだろう。彼もこれくらい狩ってるのだろうか。
「ねぇ盲目さん ユシュタファがどこら辺にいるか分かる?」
『ん~ 分かんな~い 僕達を意識してる線は沢山あるからね~ 向こうも僕達を意識してくれないと~?』
「そう・・・だよね でも僕達って結構意識されてるんだ」
『うん 小さい生き物も大きい生き物も変な生き物もいっぱいいるよ~』
確かに小さい生き物にとって相手が人間ってだけで驚異だ。大きい生き物は鹿とかモンスターかな? 変な生き物って何だろう・・・
そう言えば時間は大丈夫だろうか。狩りに・・・と言うよりかスキルに夢中になって時間を気にしていなかった。森の中と言う事もあって昼間でも平地に比べて気温は下がる。
暗くなっては日の暖かさで判断する事も難しい。あちこち歩いたとは言え町のある方向は意識していたから戻れるとは思うけど・・・もう戻った方が良いだろうか。
よし戻ろう。
ただでさえ曖昧なのだから、目の見えない僕が時間いっぱい狩りに費やしても確実に戻れる保証は無い。ならばここは確実性を取る。仮にそれで負けたとしても、これだけ狩れればユシュタファも見直してくれるだろう。
僕は覚悟を決めて帰路に全力を注ぐ事にした。
しばらく歩いていると静かな森にまた音がした。しかしこれは小動物の足音ではない。位置的にはかなり遠く。無風なお陰かそれがよく分かる。
これは・・・戦ってる音だ。重い音。モンスターか? 冒険者・・・もしかしたらユシュタファかもしれない。
僕はどうしても気になったので極力気取られないよう音の発生源に近付いてみる事にした。近付くにつれ音も大きくなる。やはりこれは戦闘音だ。重い金属がぶつかる音がする。
相手は人と大型の生き物。僕は両者が見える位置まで進んで静観すると対峙してる色はモンスターである事を如実に表していた。
一方は人間のようだが息が荒く余裕が無い。苦戦しているのだろうか。冒険者界隈では獲物の横取りは御法度となっているが、救援行動ともなればその限りではない。
僕は相手方の状況から助太刀する事に決めた。
「大丈夫ですか!?」
大声で此方に意識を向けさせる。モンスターもこれで迂闊に動けないだろう。
「お前っ! 何しに来た!」
声の主はユシュタファだった。どうやら運悪くモンスターと鉢合わせてしまったらしい。僕は彼と手合わせした事が無いので強さの程を知る術が無いが、ウェグナスが一目を置くなら彼と同等と見て良いだろう。
つまり訓練されてるとは言え新人冒険者を苦戦させる相手と言う事だ。このモンスターは完全に戦闘状態に入ってるせいか色が体全体に行き渡ってシルエットになっている。
体は僕等よりも大きく手が長い。2足で立って尻尾がある。初めて見るモンスターだ。ここら辺に出没するモンスターは頭に入れているけど、これはそのどれにも当てはまらない。
「ユシュタファ! このモンスター知ってる!?」
「・・・キラーエイプ だけどここいらのモンスターじゃねぇ・・・ それにこんな大きくもない コイツは・・・はぐれモンスターじゃないか!?」
「はぐれ・・・」
と言うと少女作のモンスターか? それとも言葉通り群れからはぐれたモンスターか。どちらにせよ強敵なのは間違いなさそうだ。僕は急いで周囲の状況を確認する。
地面は相変わらずの藪。足場は悪い。木々はそれほど密集してないとは言えやたらめたらと大振りはできなさそう。相手の動きもさる事ながらユシュタファと上手く連携がとれるだろうか。それが肝要だ。
「ユシュタファ! 一緒に戦おう!」
「・・・くそっ! お前となんかお断りだがそんな事言ってる余裕は無さそうだな 正直盲目に期待してないが足だけは引っ張るなよ!」
勝敗を決める筈の勝負が奇しくも共闘と言う形になってしまった。




