182・アネットの決意
前回のあらすじ
ラトリアの付き添いを申し出たマルティナの代わりにミストリアとソフィリアを迎えにいったアネットは、自宅で彼女等が寝るまでついていてあげる事にした。
家を出る際にはもうかなり時間が経っていたが、大通りではミオリネがアネットを待ち構えて「自分をダンジョンに連れてって」と言う。
「別に君の冒険者としてのあり方をどうこう言うつもりはないよ でもミオリネさんを連れていくのだけはダメだ
ユシュタファはまだ冒険者になりたてなんでしょ? 自分の実力もダンジョンの怖さもまだ分かってないんだ まずは自分がダンジョンで何処まで通じるか それを確かめてからにしよう? ね?」
「ここで人の心配かよ 随分と余裕じゃないか 俺の実力を知りたいならたっぷりと教えてやるよ お前との勝負でな!
もっと早くやってれば良かったんだ ウェグナスの隣がお前じゃなくて俺だったら アイツがダンジョンで怪我を負う事なんてなかった お前じゃアイツの隣に相応しくないんだっ」
ユシュタファは真っ直ぐ僕に怒りをぶつけてくる。友達思いなのか彼は随分とウェグナスを気にかけているようだ。
だったら勝負なんて回りくどい事をしないでさっさとパーティー組んで苦楽を共にすればいいのに、やたら人を遠ざけようとする。これはどう言う心境だろう。ウェグナスを独り占めでにでもしたいのかな? う~ん分からない。
「ふ~ん ユシュタファ君にウェグナス君か~ 訓練生上がりの期待の新人って噂は聞いてるよ そっか~勝負するんだ 冒険者って何だかんだで実力が全てだからね 我が儘を通したいなら勝ち取るしかないんだよ
だから私はダンジョンに連れてってくれるユシュタファ君を応援しようかなっ」
「ハッ 任せろっ おいアネット聞いての通りだ 自分の思い通りにしたいならお前が俺に勝つしかねぇ 何なら不戦勝を譲ってやってもいいんだぜ? 今後2度とウェグナスには近付かないって誓えばな」
「え~! 何よそれー!」
「・・・勝負は 受けるよ 元々そう言う約束だったし 明日の午後からでどう? 午前中はラトリアのお見舞いに行きたいからさ」
「いいだろう そもそも盲目のお前相手に負ける道理なんかないけがアイツの提案だからな 明日のウサギ狩りは俺が勝たせてもらう!」
「・・・え? 冒険者同士の直接対決とかじゃないの? 何か可愛い勝負方法ね」
個人的には勝敗に関わらず互いに善戦して「いい勝負だったね」と健闘を称えあえれば普通に会話が出来る間柄になれるかなと思ったけど、ミオリネが巻き込まれたとあっては本当に負けられない戦となってしまった。
それにしてもユシュタファもミオリネも短絡的すぎる。2人とも内に抱える思いは本物だったけど、もう少し熟慮してから行動していただきたいものだ。
一方的にまくし立てられて再度勝負の約束をさせられて僕はようやく2人から解放された。フラフラの足で何とか自分の部屋まで辿り着くと、そのままドサッとベットに倒れ込んだ。
何だかコルトアが「お帰り───」とか言ってたみたいだけど、僕は彼に返事を返す事もなく深い眠りへと落ちていった。
薄れゆく意識の中で思ったのは、この勝負もう何日か先にした方が良かったんじゃないかって事・・・
僕の見る夢の景色は2種類だけだ。1つ目はまだ目が見えていた頃の覚えのある景色。2つ目は暗がりの中の色が言葉を話す景色。
優しい色に包まれる時もあれば、怖い色が迫る時もある。そして今目の前にあるのは途轍もなく恐ろしい色だ。それが僕を上からじっと見下ろしてくる。
それがあまりにも現実味を帯びていて、今日に限っては僕の体が左右に揺さぶられている感覚すら認識できる程だ。
「──い──・・お い───・・おいっ アネット! 起きろってっ! おいっ!!」
「え? ・・・あれ? 夢?」
「何言ってんだ! いいから起きろって!」
「え・・・コルトア?」
気付けば本当にコルトアが僕の体を揺すっていた。それとは別に夢で見た怖い色が上から僕をじっと見下ろしている。
「おお やっと起きたかアネット」
「えと・・・ジュレアス さん?」
「ああそうだ 寝起きのとこ悪いんだけどよ ちょっと面貸せや」
そう言うとジュレアスさんは半ば強引に僕を何処かへと引っ張っていった。寝起きで感覚が朦朧としてるけど間違っていなければ連れてかれた先はランドルフさんの部屋。
僕は何が起きたのか状況も理解できないまま強引に椅子へと座らされた。
「で どう言う事か説明してもらおうかの」
「え 何・・・を?」
到着してすぐランドルフさんが聞いてくる。ジュレアスさんはジュレアスさんで僕を威圧している。何が何だか分からないけどこれはもう逃げられない状況って事だけは分かった。
「おいおい 昨晩の事だ 勝負がどうたらこうたらって話だよ」
「え あ・・・あ~はい・・・はい 確かにユシュタファと言う新人冒険者と勝負をする事になりましたけど・・・?」
「そうか まぁ冒険者だもんな どっちが強いかって競うのは理解できる だが肝心なのはそこじゃねぇ」
「何でも勝負に勝った方がミオリネをダンジョンに連れてく約束をしたらしいの 一体どうしたらそう言う事になるのか 包み隠さず説明してもらおうかの?」
ランドルフさんは普段と変わらない口調だったが、内面は煮え繰り返る程の怒りをたぎらせていた。それはジュレアスさんも同様。どうやらミオリネをダンジョンに連れていくのが気にくわないらしい。
しかし昨日の今日でどうして勝負の事を知ってるんだろう?
説明・・・説明してもいいんだけど、取り敢えず怒りの矛先を僕に向けるのだけは勘弁していただきたい。
「え えぇっと ですね ミオリネ・・・さんは お婆ちゃんに会いたいって言ってたんです その お爺ちゃんの・・・ランドルフさんのお手伝いがしたいって・・・
か 彼女が冒険者登録しても ジュレアスさんが取り消しちゃうからって 僕にダンジョンに連れてってほしいって言ってきたんです」
「ほら見ろっ! 親父がダンジョンなんかに通い詰めてるせいで娘に悪影響が出ちまったじゃねぇか!」
「むぅ~・・・ ワシとて可愛い孫がダンジョンに入るのは反対じゃ ・・・しかし孫の意思をないがしろにする訳にも・・・のぉ」
「何言ってやがんだ! 親父がガツンと言わないからこう言う事態になってんだろうが! おいアネット! お前ミオリネをダンジョンなんかに連れてく気か!?」
「とっ とんでもないっ! 僕も反対しました! でも・・・ユシュタファが自分が勝ったらミオリネさんをダンジョンに連れてくって・・・だから負けられなくなったなって・・・」
「そりゃそうだ 死んでも負けらんねぇわな くそっ! 何でそんな話になるんだか・・・いっそユシュタファとか言うガキを裏で締め上げるか?」
「ギ ギルド関係者がそんな手段に走るのはダメでしょうっ そ・・・それに大事な娘さんをダンジョンに行かせたくないなら それこそギルド権限で勝負を無効にすればいいんじゃないですか」
「はぁ~・・・ そう言うやり方で娘が納得してくれるならとっくに諦めてんよ 思いの丈が強いから困ってんじゃねぇか」
「今回戦ったディーテとか言うモンスター あんなのが他にも沢山いるなら並みの冒険者とて道半ばで事切れるじゃろう 孫の願いなら叶えてやりたいが こればかりはのぉ」
権限を持っている彼等であっても可愛いミオリネ相手には八方塞がりになっていた。例え嫌われても一発ガツンと言って聞かせるのも愛だと思うのに・・・出来ないんだろうなぁ。
「そう言う訳だ 重要なのは娘が納得する事なんだが・・・ 勝負をして決めるって言ったな 冒険者は勝ってなんぼだ お前が勝ってユシュタファとか言うガキに2度と娘を連れ出すなと誓わせろっ」
「ぜ 善処します・・・」
「善処じゃねぇよ 死んでも勝つんだよ」
彼女が関わってしまった以上負けられない戦いだったけど、負けたら地獄を見る罰まで追加された。言われた通り死んでも勝たなきゃ死ぬかもしれない。そんな無茶な・・・
「勝負は今日の午後だったよな くそっ時間がない こっちでもウサギを狩ってお前に渡すか」
「ちょっ ちょっと待ってください 不正はダメですが 何でそんな細かいとこまで知ってるんですかっ」
「そんなの娘が危ない事に巻き込まれないように それとなく見張らせてるからに決まってるだろ」
「それは・・・さすがにやり過ぎですよ ただでさえ微妙なのに不正がバレたら それこそ確実に嫌われますよ? そもそもこれは冒険者同士の勝負なんですから横槍は御法度ですっ」
「むぅ~・・・」
「チッ!」
たぶんこう言うとこなんだろう。どうしてミオリネが「パパに知られないように」と言ってきたか理解できた。恐らくこんな事は1度や2度ではないのかもしれない。彼等家族はこれからも苦労しそうな気がする。
結局僕は死んでも勝つと言う理不尽な約束を強要され解放された。て言うか死んでも勝つって何なんだろう。精神的なアレなのかな・・・
這々の体で寮に戻り食事をとったけど何だか食べた気がしない。心なしか昨日の疲れもとれてない気がする。今日の勝負・・・大丈夫だろうか。
コルトア達には今日の予定を説明して僕はラトリアのお見舞いにダンジョンへと向かった。昨日の出来事があった為か若干体が強張ったけど、人の大勢いる場所に行くのだから万が一は起こらない筈だ・・・たぶん。
ダンジョン内部。
仕事始めの冒険者達は朝御飯をここで済ませるのか、朝にも関わらず料理のいい匂いが大空洞に充満していた。
その中を人をかき分け治療院へと向かう。治療院では薬草を調合した薬を使用する為か、近付くにつれ屋台の匂いに薬の臭いが混ざり始めた。
昨日は大事の後なので気にする余裕もなかったけど、いざ治療院に入ってみると中々鼻につく異臭にここだけ別世界に入り込んだ感覚になった。
「すいません ラトリアのお見舞いに来たのですが・・・」
「ああ 昨日の小僧か 右の奥」
ズズズズズと麺をすする音をたてながらしゃがれ声の男性は素っ気なく返事を返してきた。よくこの臭いの中平気で食事ができるなと思ったけど、もう慣れっこなのだろう。冒険者がモンスターとは言え命を刈り取るのに罪悪感を覚えなくなるのと同じなのかもしれない。
「ラトリア・・・ 起きてる?」
「アネットか 来てくれたんだな ありがとう」
「・・・うん」
返事を返してくれたラトリアだったけど、いつもの覇気が感じられない。彼女らしくないそれは弱々しい声だった。しかしいざこうして来てみても何を話して良いものやら・・・でも言わなきゃいけない事が1つだけある。
「ラトリア・・・ごめん 僕のせいでラトリアを 皆を巻き込んだ まさか彼女が私怨で動くなんて予想していなかったから・・・」
「お前達の 会話を聞いていたが 過去に何かあったのは分かった お互い・・・儘ならないな 良かれと選んだ選択が裏目に出る
私は冒険者として武器をもってダンジョンに挑んだ だけどこれが結果だ しかしまだ生きてる なら次がある 幸いダンジョンの真実の一端を見る事ができたんだ これは収穫だ
アネット そんな顔をしないでくれ 皆自分のスキルさんを選んだ時から挑み続けなければならないんだ 上は遥か高いが 目の前の壁が知れたのなら よじ登る方法を探るまでだよ」
「・・・うん」
僕はラトリアの言葉に一言簡潔に答える事しかできなかった。「これから頑張ろう」とか「きっと大丈夫だよ」とか、そんな台詞は彼女にとって不純物にしかならない気がしたからだ。
幾らか話をしてラトリアは後2日もすれば退院できると告げられた。どうもうけた傷が綺麗だった事に起因するらしい。縫合とポーションで痕も残らないのだとか。
ラトリアは僕とディーテとの間に何があったのか聞かなかった。単に疲れていたからかもしれないけど、自分の家族の事もあってか詮索は野暮と考えたのだろう。
容態も安定してるのを確認した僕は「お大事に」と言葉を添えてお暇する事にした。
やるべき事もやって気が楽になったのか僕は室内をそれとなく見回した。行きは気にも止めなかったが、改めて見ると複数のベットには空くところ無く人が横たわっている。
軽傷なのか重傷なのか。こうも怪我人でひしめいてると、ここがあたかも恐ろしい場所のように思えてきた。
「真っ当に怪我した奴より身の程知らずか 英雄になろうとした阿呆のが多いな」
僕がボ~っと感慨に耽ってると、しゃがれ声の男性。ここの先生が一人言のように呟いた。
「冒険者に夢見るのも結構だけどよ 夢見がちな奴ほど命を削りやがる そんな阿保共のせいで病床はいつもいっぱいだ」
その一言に僕は釘を刺された思いがした。夢の終着点それが治療院。もしかしたらこれが現実なんじゃないかって。
『大丈夫だよ? アネットには光の道があるの ボクはアネットが光の道を歩けるように案内してあげるんだ~』
「盲目さん・・・」
“盲目さん”は及び腰になりそうな僕を引っ張ってくれた。しかし思えば臆する理由なんてなかった。何せ僕は盲目なのだからこれまでのように愚直に進めばいいだけだ。
「うん 案内は任せるよ さぁ気合いを入れてユシュタファとの勝負に挑もうっ」
『お~』
「お 帰ってきたぜ」
「もう始めるのか?」
「勝てよアネット 俺はお前に賭けてんだからな」
「いやいや でも盲目だぜ がぜんユシュタファ有利だろ」
「で・・・この人数は何?」
僕が寮に戻ると待ってましたとばかりに方々から声が飛んだ。どうやら僕達の勝負はかなりの人数に知れ渡ってる様子だ。遠くの方ではどっちが勝つかで賭けの対象にまでなっている。
「せっかくの勝負なんだ 賑やかな方がいいだろ?」
「2人とも若いから抑えられないリビドーを持て余すのも分かりますけど~ くれぐれも怪我だけはしないように頑張って下さいね~」
ユシュタファにしてみれば僕の負けた姿を衆目に晒したいのだろう。そこまでして僕をウェグナスから突き放したいらしい。
一方の寮母さんは諸注意を促しつつ内心ホクホクだ。何せどちらが負けようがタダでウサギ肉が手に入るのだから。
「エヘヘ~ アネット今日は頑張ってねー」
「カルメン? 君まで来たの?」
「うん 勝負に不正がないかの監視役なんだってー」
「そう言う訳だ お互いにズルは出来ないぜ ルールは単純だ スタートの合図で同時に森に入る 日暮れまでに獲物を持ってスタート地点に戻ってくる 持ってきた獲物の多い方が勝ちだ
それと時間までに戻れなかった場合 持ってるウサギの数が多くても負けだ」
「・・・分かった」
「ユシュタファ君頑張って私をダンジョンに連れてってね~」
「アネット ユシュタファ 勝負に熱くなって退き時を間違えるなよ? 森にだってモンスターはいるんだからな」
ミオリネとウェグナスそして大勢に見送られながら僕達は町の外へと歩いた。厳かな勝負で終わる筈がいつの間にやらお祭り騒ぎになっている。
まったくもって気が重い・・・彼等の呑気さに先が思いやられる。




