18・ミストリアの初仕事
あらすじ
ミストリアが家で一緒に暮らすことになった。
「その子 誰?」
僕が家の玄関の扉を開けるとマルティナがいつも通りの「おかえり」を言ってくれた・・・けど二言目に出てきた言葉がそれだった。
心なしか声のトーンが低くなったように思う「女の子には優しくしようね」とマルティナに言われたから、こうしてはぐれないよう手を繋いできただけなんだけど・・・
夕食時、家族が揃ったところで僕はミストリアの紹介と彼女の抱える問題の説明をした。彼女を預かるにあたって公爵様からは頂いた支度金と資金面での援助もある。
それらについても話したけど、彼女が公爵家のご令嬢である事はあえて伏せた。ここで生活するにあたって、いわゆる「差」と言うものは邪魔になると思ったからだ。
それと今後しばらく彼女を連れて仕事をする事も決めた。それは家で閉じ籠るより外で刺激を受けた方が良いと踏んだから。
多少荒療治になるとは思うけど、結局のところ自分の体験した事や、思った事を実行するしかない。
それにギルドでの会話の末、僕の手をとったのだから本人も全てを諦めてしまった訳ではない筈だ。後はその意思を上手い事引き伸ばしてあげるのが僕の役目になるだろう。
「なるほど そう言う事なのね アネット君の決めた事だし私はとやかく言うつもりはないけれど ミストリアちゃんはそれでいいの?」
「・・・・・・・・・・・・・」
オフェリナ叔母さんは優しく彼女に問い掛けたけど聞こえているのかいないのか、無反応といった案配だ。
「自分でもどうしたら良いのか まだ決心がついていないのだと思います しばらく・・・ 様子を見たいんですが良いですか?」
「私は構わないわ 生活費も頂けると言う事ですし」
「ちょっとお母さん! アネットもっ! 人1人の面倒を見るのって大変なのよ!? あなただって目が見えないのに他人の世話を焼くなんて事できると思うの!?」
「マルティナ・・・・」
「マルティナ あなたは子供の頃からアネット君の面倒を見てきて 人を支える事の大変さを知っていると思うけど 困難を乗り越えて強く生きる事の大切さも知っている筈よ? でもその為には本人の意思が不可欠だわ
こうなりたい あれをしたい 折角アネット君が決めた事だもの 尊重してあげるのが家族としてのつとめじゃないかしら?」
「それはっ! ・・・うぅ~」
我が家の長が優しい人だから僕も救われた。僕がミストリアをいきなり家に連れてきたのも、彼女なら受け入れてくれると思って疑わなかったからだ。
「マルティナ 別に最後まで面倒を見ようと言う訳じゃないよ ただ立ち直る切っ掛けさえ掴めればいいんだ 後は自分で何とかできるさ 人はそこまで弱くない」
「わ・・・わかったわよ~・・・」
こうして家族の了承を得、ミストリアは晴れて我が家の一員となった。とは言え我が家は決して広い訳ではない。普段からマルティナとオフェリナ叔母さん、そして妹のソフィリアは同室で寝てたりする。
「もし狭くなるようなら僕の部屋で寝てもらえば?」
「ダメ! ・・・もし狭くなるようなら 私が・・ 私が一緒の部屋で寝るわ!」
「マルティナ いくら従兄弟でも年の近い男女が同室と言うのは問題があるわ」
「じゃ ソフィーが寝るー」
「ソフィリアはおねしょが直ったらね」
「しないもん! う~・・・」
ん~・・・もっと細かいところまで考えるべきだった。
ミストリアは夕食と今日の朝食も陰鬱ながらちゃんと食べる事ができた。食事が喉を通るなら大丈夫だろう。でも美味しい食事をとっても彼女の色は優れない。
それは連れてる2人のスキルさんも同様で、ソフィリアが撫でたり抱き締めたりしても無反応だ。それだけ人とスキルさんは心で繋がっているんだろう。
ギルドに向かう頃にはマルティナの気持ちにも変化があって、ミストリアの手をとりソフィリアと女の子3人仲睦まじく並んで歩いていた。
カウンターに到着するとマルティナ達とはそこでお別れとなる。
ここからは冒険者の時間だ。
「お早う御座いますポリアンナさん 僕向けに何か仕事はありますか?」
「あら アネット君お早う っ!! そっ それとミ ミストリア・・・様 お早う御座います ・・・えぇと ご一緒されるなら比較的安全なぁ~・・・」
「ポリアンナさん 身バレはしない方向なので もっと普通に・・・」
「そ そうなの? だったら・・・コホン ・・・でもさすがに危ない仕事をさせる訳にはいかないわ その 2人とも・・・」
「分かっています」
1人は盲目、1人は無気力。こんなの外に出す事だって憚られる。なのでポリアンナさんの薦める比較的安全な仕事を見繕ってもらった。
「と言う訳で 今から薬草を取りに行くよ その薬草は紅葉影と言って丁度今の時期から木の根もとに生えてくる植物なんだけど 紅葉した木の影に自生する事から紅葉影なんて名前がついたんだ
効能としては主に毒を中和する効果があって冒険者には必須のポーションになるし 塗り薬としても消毒薬として売られているんだ 後は煎じてお茶としても親しまれているんだよ
多年草じゃないからこの時期にしか収穫できないんだけどね ここの子供達も小遣い稼ぎに紅葉影を摘みにいくのはハルメリーの風物詩でもあるのかな」
コドリン洞穴とは反対方向の町外れに向かいながらミストリアには今回の仕事の説明をした。ちゃんと聞いているのかは分からないけど、足取りに拒絶の意思は見られない。
と言うより、されるがまま引っ張られてるだけなんだけど。まるで全てに興味がないみたいだ。
この仕事を通して彼女の心に何か引っ掛かるものが見つかれば良いんだけど。
「すいません 冒険者ギルドから以来を受けたものですが あなたが紅葉影採取を依頼された方でよろしいですか?」
「お あんたら2人かい? 紅葉影なんかこの町育ちなら説明せんでも分かるわな 報酬は出来高制だからじゃんじゃん取ってきてくれよ?」
「もしこの周辺の紅葉影を全部とってきてもその分の報酬はきちんといただけるんですか?」
「ハッハッハ そんな事ができたら大したもんだが 欲を言えばそうしてもらいたいもんだなぁ
何せ紅葉影を取りに来ているのは俺だけじゃないし 町の子供達も来れば他の商人に依頼された連中もいるから どうしても競争になっちまう」
僕達は買取り業者の人からカゴを受け取ると、紅葉影を探しに雑木林の中へと足を踏み入れた。
実のところ紅葉影自体は道端にも生えてたりする。でもそんな採りやすい場所に自生してる植物は当然誰かに採られてる訳で。
「やっぱり道に面した場所のは狩り尽くされちゃってるね 盲目さんも見付けたら教えてね」
『分かったー でも周りに結構人いるよ?』
「だね シーズン中だし」
耳を研ぎ澄ますと黙々と作業に勤しむ人や、友達、家族と採りに来た人達の音が聞こえる。僕達も純粋に楽しむが良いんだろうけど、仕事として来てるので相応の量は集めなければならない。
「ミストリア 僕達はあっちの方へ行こう 実を言うと僕も家族で毎年来てたりするんだ だから群生する場所には心当たりがあるんだ」
『今年もいっぱい採れるかな~?』
「どうだろうね~ ・・・お」
日の光と木の場所から気になるところを手探ると馴染みのある感触が伝わった。
「ミストリア 見てごらん 紅葉影は葉に特徴があるんだ 葉っぱが肉厚で周りが繊毛で覆われてるでしょ? これを茎ごと引っこ抜くんじゃなくて 葉っぱだけを摘み取っていくんだよ」
僕は彼女の前で実際にやってみた。見ているのかいないのか、色も無反応だから判断がつかない。なので自分で探してやってみるよう促してみた。
「ミストリアも探してやってごらん?」
『ガンバ~』
すると無気力ながらも話は聞いててくれたのか、地面に座ると葉っぱをブチブチ千切る音がした。ただの草むしりになりそうだけど返事は返してくれたって事でいいのかな?
さて・・・僕も童心にかえって採りまくろう。彼女の分まで!
グゥ~・・・ お腹が空いた。いけないいけない夢中になり過ぎた。僕の腹時計によるとお昼はとっくに過ぎてる筈。
「ミストリアごめん! お昼にしよう」
用意していたパンを頬張りながらミストリアのとった紅葉影の確認をする。うん・・・まぁ草だよね。初心者には紅葉影と雑草の見分けなんかつかないよね。
仕方ない・・・午後も頑張ろう。
雑木林で紅葉影探しをしていると、通り掛かった地元民に「こんにちわ~」と声を掛けられる。僕はこのフワッとした空気感が好きだ。
幼少の頃からこんな環境で育ってきたからか、この薬草集めもすっかり生活の一部になっている、そんな幼少時代を懐かしんでいると、不意に道側の方からガサガサと藪を掻き分けるが聞こえた。
それと・・・
「ふええぇぇ~ グスッ グスッ・・・」
「どうしたの? 迷子になっちゃったのかな?」
『泣かないで~』
ちょうどソフィリアくらいの子がベソをかきながら僕達のいる所まで歩いてきた。1人みたいだけどご家族はどうしたんだろう。
「あの・・・こよ 紅葉影・・・どこにも ズビィ なぐっで・・・グス 私 私ぃ~・・・ぅええぇぇ~ん・・・」
あぁ子供初心者あるあるだ。そして僕のせいだ。調子にのってここら一帯採りすぎてしまった。
「よかったら僕の採ったぶん 分けてあげようか?」
「ふぇ・・・? いい の?」
「うん 沢山取ったからね」
『あげるー』
「あり ありぁとぉ・・・おかぁさん 喜んで・・くれりゅ・・・グスッ」
「・・・・・・・」
想像してしまった。たぶんこの子の家は母子家庭なんだと。冒険者の離職率は他と比べても高い。離職・・・つまりそう言う事だ。この子がそうとは限らないけど。
「そうだ 良かったら紅葉影の探し方を教えてあげようか」
「っ! いいの?」
「うん この町は互助の精神であるべきだからね」
『ねー』
「ごじょ?」
その為にもみっちり紅葉影道を教え込みたかったけど、ミストリアもいるしこの子もまだ小さい。無理する事もないだろう。
モノもそれなりに集まったところで僕達は町に戻る事にした。その前に依頼主に紅葉影を納めなければならない。
「ほぉー 結構集めたなぁ」
本当だったらこの人は依頼を出した人からの買取りなのだけど、こっそり女の子の分も買い取ってくれていた。彼もこの町の出身なんだろう。
2人とも良い色をしている。できる事ならミストリアにも見せてあげたいけど、それでもこの光景が彼女の中に何かを残せたらいいな。
★
どうして私は彼の手をとってしまったんだろう。私を蔑まなかったから? 自然に接してくれたから?
きっと目が見えないから私もどこか気を許してしまったのね。
連れ込まれた家の人は私を受け入れてくれた。まぁ私の実家からお金が出るって言うし、断る理由もないものね。
・・・雰囲気は違うけど一緒に食事して一緒の時間を過ごして。私の家族もそうだった。私がこうなる前までは。
でもどうしてこんなぎゅうぎゅう詰めになって寝なきゃいけないの? もっと広い家に住めばいいのに。
「こんな狭くて寝られるかしら」「何か必要なものはある?」この家の家長は何かと気に掛けてくれる。マルティナと呼ばれた娘は色々と説明してくるし。
まだ幼いソフィリアと言う子は、片方が“失語さん”なのに隔てなくじゃれついている。分かっていないのかしら。
でもそんな無垢な笑顔が私の心を締め上げる。
居たたまれないわ・・・
私は布団をかぶって早々に床につく事にした。
朝食になると、この家はワチャワチャ騒がしい。特に小さいソフィリアはスープをこぼす、パンに齧りついてボロボロこぼす。
その都度母親や姉が世話を焼くけど「ヤイのヤイの」と姦しい。その中でも驚いたのが盲目の筈のアネットが一番静かで一番綺麗に食べてた事。
朝食が終わると私はまた冒険者ギルドとやらに連れてこられた。どうやら彼の仕事に付き合わされるみたい。面倒くさい・・・
「と言う訳で 今から薬草を取りに行くよ」
草むしり? それって使用人の仕事でしょ? 冒険者ってそんな事もするのかしら。学園で聞いた姿とだいぶ離れてるのね。
「効能としては主に毒を中和する効果があって冒険者には必須の──────」
道中その草の事を色々言ってるけど興味も湧かない。空っぽの心は通るもの全てがすり抜けていく。
ここにいる意味あるのかしら・・・
「ミストリア 見てごらん 紅葉影は葉に特徴があるんだ」
私は言われた通り目の前の薬草の葉をブチブチ引きちぎった。他にやることもないし。はぁ・・・私何やってんだろう。
空を見上げる。本当なら今の時間、魔法に関する授業の筈なんだけど。魔法には水、火、風、土があって・・・懐かしいわ。でも私はそこにいない。
これが挫折ってやつかしら・・・
不意に涙がこぼれ落ちる。悔しくて悲しい。そしてただただ心が痛い・・・
与えられたパンを貪ってると藪の中から女の子が現れた。その子は探し物が見付からないらしい。
アネットはお人好しなのか自分の採った草をその子にあげていた。驚いたのが“盲目さん”まで優しい言葉を掛けてた事。分からない・・・
そんな言葉が出せるなら、どうして彼を盲目にしたの? アネットも何で自分を盲目にした相手と話せるの?
私には・・・無理よ。
「この町は互助の精神であるべきだからね」
互助? 残念だけど競争よ。この世の中は。負けた者、弾かれた者は落ちるしかないの。蔑まれて嫌われて、周りからは誰もいなくなる。
今の私のようにね。
でも・・・もしあの子に分けてあげたように、私にも優しさを与えてくれたなら。私の空の中にも何かが満たされるのかしら。




