179・巫女の正体
前回のあらすじ
順調にアネット一行を追い詰めてたディーテだったが、“盲目さん”の謎のスキルで過去の姿を巡回する罠にかかる。一度彼女との距離をとったアネット達だが、激昂したディーテにすぐに追い付かれてしまう。
ガァァン~~・・・・・
遠くに点として捉えていたディーテの感情は、まるで瞬間移動でもしたかのようなスピードで僕の眼前に迫った。
何の反応も出来ないまま斬られると思ったが、僕の耳元で重い金属通しがぶつかる音が響くと、ランドルフさんが窮地に駆け付けてくれていた。
「ランドルフさん!? どうしてここに」
『あ~っ この人だよ~ ボク達を遠くから意識していたもう1つの感情~』
「え? そうなの? ランドルフさん?」
そう言えばダンジョンに入ってからしばらくして“盲目さん”は『2方向から意識が飛んでくる』って言ってたっけ。
「むぅ・・・ すまんな 私情で尾行させてもらった 迷惑ついでに我が儘を言わせてもらいたいのじゃが この勝負 ワシに譲ってはもらえんかね」
「それは・・・まったく全然構いませんが」
それは途轍もなく助かるが、私情で僕達をつける? 何だろう。ランドルフさんもやっぱり“精霊さん”を追ってるのだろうか。冒険者の長として真実を確かめるのは間違いではないのだろうけど・・・
「何だ・・・今度は何だ・・・ 新しい展開? これは体験した事がない・・・ 本物か? 今度は本物なのか・・・!? このスキルも相当危険だ 止めさせなければっ!」
一方、何やらブツブツと呟くディーテだが、それは「アイ・アンノウン」の事を言っているのだろうか。確かに見えてるものが途端に見えなくなるのは危険だが、このスキル「も」って何だろう。
強いて言えば“盲目さん”が「プチダーク」を撒いただけなんだけど・・・
まぁ暗いとつまずいて転ぶかもしれないし、足の小指をどこかの角にぶつけたら大変だ。あれは痛い。経験した僕だから分かる。それなら彼女の怒りももっともだ。
「喋るモンスターか ワシも長年冒険者をしてきたが こんなのと出会うのは初めてじゃ 地元だと言うに 人生まだまだ知らん事が多いのう」
「邪魔をするな人間 私はそこのアネット坊やに用がある!」
「すまんな 狂犬の牙を冒険者の卵に噛ませる訳にはいかんのじゃよ それに・・・ワシもお主にちと用があるのでの」
「用・・・? そうかい ここで誰かに言う事きかせたけりゃ方法は1つ 屈服させる事だ」
「なるほど そりゃ分かりやすい」
戦いは次のステージに移ったのか。ディーテは僕からランドルフさんへと意識をそらした。「アイ・アンノウン」を相当警戒していた筈だけど、それを差し置いてもランドルフさんを強敵と見なしたのだろう。
どうしよう「譲ってほしい」と言われた以上邪魔はしない方が良いのかな。それとも折よく援護した方が良いのか判断に悩む。分からないので危なそうなら「アイ・アンノウン」を行使する方向で見守ろう。
静かな空間に緊張が流れる。
僕がまったく反応できなかった攻撃を繰り出したディーテ。そのディーテの攻撃を武器で弾いたランドルフさん。
静止して互いに探り合う心の流れは、不思議な事に言葉の無い会話のように干渉しあっていた。たぶんこれが読み合いと言うやつなのだろうか。
その会話が合意に至った瞬間、2人は同時に行動を開始した。これは戦いの筈なのに、命の奪い合いの筈なのに、まるで針に糸を通すような正確性で行われた。
最初こそ怒りに呑まれていたディーテも、ランドルフさんと拮抗した戦いを繰り広げていく内に、これも不思議な事だが冷静さを取り戻していった。
物凄いスピードとパワーのぶつかり合いはダンジョン通路を近付き難い危険地帯へと変貌させる。不謹慎かもしれないが、それは美しい光と音の演出となって僕の目を釘付けにした。
「驚いたねぇ! 人間はどれも鈍臭いと思ってたけど アンタみたいのもいるんだ!」
「これでも背負っとる看板があるんでの お主も十把一からげに人間を可愛がってくれたそうじゃないか お陰で冒険者の実入りが減ってしもうたわいっ」
「そりゃ~弱いからだろ? 欲しけりゃ勝って手に入れたらいい それが自然の摂理ってやつじゃないかい!」
と言う何気無い会話を挟みつつも両者は一歩も引かない攻防を繰り広げた。他の冒険者から一目を置かれるランドルフさんと、騎士団すら退ける喋るモンスターディーテ。
彼等は僕から見て遥か高みにいた。今にして見ればよく勝てたなと思う。
「確かにお主は強い 並みの冒険者では歯が立たんだろう どうしてそこまで強く どうして人の言葉を介するのか 実に興味がある
それ故・・・お主程の者をアネットの元に遣わした巫女なる存在は とてもじゃないが無視できん
教えてくれんか お主がもたらした伝言は 巫女の『予見の目』による未来の可能性か?」
「さぁ どうだろぅねぇ 私の戯れと言う線もあるぞ?」
ランドルフさんの攻撃を躱すのと同じように、口頭での会話も躱すつもりらしい。しかし「巫女」と言うワードが出た瞬間、ディーテの心境に僅かばかりの変化があったのを僕は見逃さなかった。
「名前はエレフィーネ 坊主と同じ盲目さんを連れておる 40年ほど前ダンジョンで目撃されたのを最後に行方が分からなくなった ワシの妻じゃ」
その台詞を聞いた瞬間ディーテは固まった。不意に距離をとって戦闘中だと言うのにお構いなしに腕をダランと垂らす。
そして先程まで戦いに集中していたディーテだったが、内面からはこの上無い程の嫌悪と警戒心が沸き上がった。
「あぁ・・・そう言う事か・・・ 行き掛けにあの人に会ったらよろしく伝えるように言われたけど・・・ あれはアンタの事だったのか」
「心当たりがあるんじゃなっ! お主の言う巫女とはエレフィーネで間違いないのじゃなっ!
・・・・・そうか・・・妻は息災か そうか・・そうか・・・」
その呼び掛けに無言で返したディーテに得心を得たランドルフさんもまた集中力を欠いた。溢れる感情は喜びと寂しさと悲しさと・・・そんな心が混ぜ合わさった複雑な色をしている。
でもディーテは違う。感傷的なランドルフさんによりいっそう一貫した敵意を向けた。
「で? だから何だ 巫女様はお前の元を去った 今は自らの意思で我々と共にある お前がそれを知ったところでどうする事もできない 巫女様は我々のものだ」
「何故じゃ・・・ 何故お主等なのじゃ 何故家族の元ではない・・・」
「さてねぇ 家族よりも大事な定めを背負っているからじゃないかい?」
「ここに通い続けて40年・・・ようやく手掛かりを掴めた あいつが自らとどまっていると言うならそうの通りなのじゃろう・・・しかし
その理由をお主から聞く事もない 自分の耳で直接聞く 悪いが 案内してもらおうか妻の元までっ!」
「ハッ! 未練がましいねぇ! アンタは捨てられたんだよっ! いつまでもここにへばりついてないで 老後は静かに余生でも過ごしてなっ!!」
両者の思いが衝突した瞬間、戦いは再開された。それは先程の流れと違い感情任せの荒々しい心のぶつかり合いだった。
ランドルフさんの激情は普段からは想像もつかない色をしていて「これがランドルフさんです」とパッと目の前に出されても僕は絶対に分からないだろう。
槍捌きも相手を追い詰める事だけに一貫して遊びがない。素人ながらにそう映った。
無駄が省かれた1突き1突きがディーテを攻め立てていく。一方のディーテもランドルフさんの猛攻を全て避けきっていた。しかし心に余裕は無い。
全身全霊を掛けて躱しトラップも駆使しながら攻撃を仕掛けている。今まで僕の目には映らなかった設置箇所も、ディーテが強く意識しているせいか体の一部でもあるかのようにハッキリと見えていた。
ランドルフさんにはトラップの可視化は無理なようで当然トラバサミは容赦なく発動するのだが、2つの牙が足に噛み付くより前に槍で罠を破壊している。
それら一連の動作をもって2人の戦いは拮抗していた。
けれど・・・心の攻防はと言うとその限りではない。なまじ互角なせいもあって両者は譲れない者の為に感情が沸き立っていく。
最初こそ冷静だった心も今や激情へ、それから次第に殺意まで乗り始めた。洗礼されていた攻撃も禍々しい怨嗟の渦と化していった。
そんな2人に僕は・・・
「アイ・アンノウン!」
「ぬぅっ・・!」
「くっ!! こ れはっ・・・!」
全力で「アイ・アンノウン」を放った。地面に壁。そして相手の姿まで曖昧な筈だ。その証拠に強者2人は地面に崩れ落ちる。
「ランドルフさん! 冷静になって下さい! 今の彼女を打ち負かしても 素直に奥さんの居場所を教えてくれる保証なんてありませんよ?
それにディーテさん 勝負と言うなら貴女の負けです 僕は今貴女の首元に剣をはわせています 経緯がどうであれ 他に気を取られて隙を突かれたのは貴女の落ち度
冒険者の世界でも下手うったのは本人の責任です 仕方なかった なんて言い分けは通用しません!」
「チッ ならば殺すがいいよ 2度も同じ相手に敗れたんだ そんなの誰に何て言やいいんだい・・・」
「殺しませんよ 僕は盲目ですが『予見の目』は使えません だけど貴女とランドルフさん どちらが命を落としても巫女様にとってよろしくないのは分かります
ランドルフさんが奥さんを心配するのは当然です でも貴女の巫女様を思う気持ちだって本物でしょう? 何故かは言いませんが僕には分かります
それに貴女は死に体です まずは潔く出血スキルを解除して下さい」
「・・・・・・・・」
ディーテは無言だったけど内心は諦めの色がはためいた。僕はマルティナに顔を向けるとしばらくして「止まったみたい」と返事が返ってきた。取り敢えずは一安心か。
とは言え戦いを止めたからと言って2人とも素直に納得する訳がない。どうしたらこの場を収められるだろう。もっとも僕に出来るのは話をする事しかないんだけど。
「ディーテさん ランドルフさんの奥さんがどうしてダンジョンに潜っていったのか 何か聞いていませんか?」
「なんだい 私は死に体なんだろう? 死人は喋ったりしないもんさね ・・・でもまぁ 坊やも私の質問に正直に答えると言う条件なら 私の知る巫女様を教えてやってもいい どうだい?」
「・・・分かりました」
僕はチラリとランドルフさんの方を見るが、この条件に反対の意見は返ってこなかった。彼の怒りも何とか収まり矛も下げている。どうやら僕が質問をすると言う形で取り敢えずは納得してくれたようだ。
「私も・・・いつか聞いた事があったよ 人である彼女がどうしてダンジョンなんかにってね そしたら何て言ったと思う? 自分がここにいる事がいずれ人々の助けになるんだとさ ワケが分からないだろう?」
「それは・・・『予見の目』がそう言ったからでしょうか」
「かもしれないねぇ さぁ 次ぎは私の番だよ坊や お前は『鍵』について何を知ってる 知ってる事を全て話してもらおうか」
「鍵・・・」
鍵と言うワードが出た以上、それは確実に“精霊さん”に直結する質問だ。“精霊ミーメ”の恩寵を受けたいとも言ってたし。
この場合正直に話してしまって良いものか・・・
「すいません・・・その質問に答える前に どうしても聞いておきたい事があります」
「まぁ 交互に・・・って条件でもないし なんだい? 聞きたい事って」
「貴女にとっての巫女様はどう言う存在なんですか 精霊さんを探す為の駒ですか? それとも大切な存在ですか?」
「ハハッ 人とモンスターが馴れ合うと?」
「僕は別のダンジョンで貴女のように喋るモンスターと出会いました 彼は困っていた人を助ける事に何の躊躇もありませんでした
助けられた人は盲目で 彼等との間には人とモンスターの垣根なんて微塵も存在していませんでした
形はどうであれ 現に貴女と僕は会話をしています 心があって意思の疎通ができるなら 関係が縮まる可能性だってゼロではないじゃないですか」
「お前と? ハッ 冗談っ でもいいさ答えてやるよ 彼女は我々の導き手だ まだ未熟な我々を今の姿にまで押し上げてくれた 彼女は恩人であり母でもある 悪い虫なんて近付かせるとでも思うのかい?」
ランドルフさんに対する怒り。それはまるでお母さんを他の誰かに取られたくない感情そのものだった。
少なくとも彼の奥さんに無体な真似をする集団ではないのだろう。ディーテが“精霊さん”を求めるのも案外巫女様の為なのかもしれない。
「・・・『鍵』の見当は大体ついてます 僕は王都のダンジョンで実際に精霊さんを見ていますしね」
「!! それは本当かい! どうやって! 『鍵』は3つじゃなかったのか!?」
「結論を言えば 僕は精霊さんの姿が見えただけです 精霊さんに話し掛けても言葉は届かなかったし 精霊さんの声も聞こえなかった
目と耳と口 今のところこれが3つの『鍵』なんだと考えています」
「それが・・・3つの『鍵』・・・ あと2つ 何か知ってる事はっ 誰か心当たりはあるのかい!?」
「いいえ 今のところは・・・ でもいずれ揃う時が来るのではないですか? 巫女様から預かった伝言から僕1人を呼んだって意味を為さない事は彼女も分かっているでしょう
だから伝言通りの事態が起こった時には『鍵』は揃っている事になる」
「それはっ・・・・」
「それよりも ランドルフさんを巫女様に会わせてあげる事はできませんか? 貴女にとって巫女様が大事なように 彼にとっても大事な伴侶です」
「それはおすすめしないねぇ 行き掛けによろしく伝えてとは言われたけど 連れてこいとは一言も言われてない つまり連れて来ない方が良いって事さ
仮に私が納得しても他の連中は違う 私と互角にやり合えても 多勢に無勢じゃぁ結果は見えてるだろう? ちなみに巫女様に助けを乞うのも諦めな
巫女様は自分の家族より使命を選んだんだ アンタと天秤に掛けても必要なら見捨てるだろうさ」
「ならば 伝言の時が来ればどうですか? 僕と一緒なら会わせてくれますか?」
「残念だけどね それを決めるのは私達じゃない 運命だ 運命がそれを望むなら願いは叶う」
物事はなるようにしかならないと定義するなら彼女の言はもっともだ。でも感情がそれを良しとするのかはまた別の話だろう。
僕はランドルフさんに向き直った。彼はこれを許容できるのかと。案の定彼は複雑な思いをしている。それもそうだろう。すぐ手の届くところに手懸かりがあるのにそれを掴めないでいるのだから。
まぁそれは僕のせいなんだけど・・・
だけどディーテの話を聞いて、ある程度の事情は理解したのか全てに否定的と言う訳でもなさそうだった。
これなら折衷案的なものも出せるだろうか。僕は話を纏められないかと思いつつディーテに向くと、そこに彼女の色は無かった。
代わりに僕の首筋に意思の乗った一筋の光があてがわれていた。
「流石に2回目だしねぇ いい加減慣れたよ」
気を抜いていた訳ではないけれど僕は呆気なく背後を取られてしまった。まだ「アイ・アンノウン」は効いてる筈。なのにもうここまで動けるのか・・・
その瞬間僕はハッとした。何とも抜けた話だった。モンスター相手に人間基準で測っても意味がない事に今になって気が付いた。
しかしその光の筋が首に食い込む事はなかった。
「坊やが『鍵』と言うならどうする事もない 元々リベンジと『鍵』の情報を得る為に来ただけだからねぇ 坊やは今日を乗り切った それが答えだ」
そう言うとディーテは音も無く消え去った。




