178・ディーテ
前回のあらすじ
ダンジョンに入ったアネット達の前に突如として現れた喋るモンスターことディーテ。ディーテは自前のスキル「罠」を駆使してアネット達を追い詰めていくのだった。
「ディーテ あの子に会いに行くつもり?」
「えぇ 今日ここに来るんでしょ? 盲目の坊や」
「・・・貴女に言っても無駄なのでしょうけど程々にね? それと・・・嫌な事があっても短気は起こさない事 一度冷静になって無事に戻ってらっしゃい」
「ハハッ 嫌な事? 前に人間の集団とやり合った事があるけど楽なもんだったよ まぁ あの盲目の坊や・・・巫女様の言うアネットには驚かされたけど
貴女からの伝言を伝えに行っただけとはいえ私に土をつけたんだ 借りは返す それがここの流儀だからねぇ それに・・・貴女の言う『鍵』が坊やなら アネットは今日を乗りきるさ
それが運命・・・でしょ?
貴女の護衛はフレンツ達に任せとくよ いくら未来が見えるからって絶対大丈夫なんて事はないんだからねぇ」
「えぇ 分かったわ それと・・・あの人に会ったらよろしく伝えておいてちょうだい」
「? 良く分からないけど分かったよ」
心配だ。
私達を導いてくれた巫女様。
もうかなりお年を召している。今日眠りについたら明日目覚めないんじゃないかと最近の彼女を見ていてとても不安になる。
“精霊ミーメ”に出会えたら願いを叶えてくれるだろうか。我々の巫女様を永遠の存在にしてくれるだろうか。
時間が無い。
いずれ鍵は揃うと言うけれど、その時まで彼女が生きていなければ意味がない。アネット坊やで1つ。残り2つ・・・まだあと2つ。2つか・・・遠いな。
坊やが『鍵』であるのなら何か知ってる事はないだろうか。噂。心当たり。何でもいい。
とにかく・・・今は坊やに接触する事。そして鍵に関する事は徹底して調べなくてはならない。
下層から指定された表層まで駆け上がる。表層は相変わらず人でごった返しているな。壁を削って鉱石を加工して武具を作る為。その営みを維持する為に人はダンジョンへやって来ると聞いた。
巫女様の知識から我々もその文明の利器を手に入れたが、しかし我々と人間とでは1つだけ違う点がある。
それは下層の純度の高い鉱石を用いる我々の武具は、人間のそれより遥かに優れていると言う事実だ。
『ん~? アネット~ 何か変~?』
そして表層をうろついてる人間共は総じて鈍臭い。私がすぐ後ろに立っても気付かずに突っ立ってる始末だ。何ひとつとして劣る部分が見当たらない。
しかし。
流石は『鍵』候補の人間。坊やの“盲目さん”は私の気配に気付いたようだ。まだ距離はある筈なのに。においか? それとも音?
人間はそれらを関知する能力が低いと聞く。ならばこの鋭敏な感覚はスキルさんの能力だろう。能力と言えばあの「物」を認識させなくするスキル。あれはヤバイ。
迂闊に坊やに近付くのは危険が伴う。あのスキルに射程距離があるのかは分からないけど、この距離で勘づく関知能力から認知した範囲が射的距離と推測しておいた方が良さそうだ。
あれに絡め取られたら立っている事すら儘ならなくなる。危険度で言うなら私のトラップの比ではない。
ならば罠を仕掛けて翻弄し、一刺ししたら即離脱。
スキルが設置タイプか自己強化でないなら総じて他者を狙う必要がある。つまりは私かアネット坊やの素早さ対決になるだろう。ちょうど良い事にお友達も一緒に来ているようだし、それも利用させてもらおうじゃないか。
でも最初に挨拶くらいはしておこうか。これは一方的な狩りではなく、あくまでも勝負なんだからねぇ。
『アネット~ 前の地面に何か落ちてる~? 薄く光ってる場所があるよ~』
「え そうなの?」
へぇ~仕掛けた罠まで看破するのか。しかし坊やの方は分かってなさそうだ。どうやら関知能力に優れてるのは“盲目さん”の方だな。
坊やに情報が伝達されるまでの間があれば一気に懐に飛び込める。これは決定的だな。
「あ? どれだよ 金目の物か? いっ! ・・・ぎゃああああああぁぁぁああああぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!」
表層ならではの阿呆は人間の側にもいるようだ。これは存外チョロいかもしれない。
まったく・・・自ら罠に掛かりに行くマヌケなんてとっとと見捨てればいいのに、こいつは戦力を1人欠いてまで助ける価値のある人間なのか? とてもそうは見えないが・・・
「悪い・・・ ちょっと休憩しよう コイツ背負いながらはさすがに キツイ・・・はぁ はぁ・・・」
お荷物を担いだお友達がそろそろバテ始めたか。こう言った小さな転機こそ気が抜ける瞬間さね。案の定注意が散漫になっている。仕掛けるなら今だ。
「そうだね 僕も何だか 疲れちゃ───」
『アネット後ろ~~~!!』
通路の角から身を乗り出して標的を定める。直接坊やを狙っても良いけれど、まずはお仲間の能力を測りたい。
“盲目さん”の声に坊やはいち早く反応したみたいだけどそれでは遅い。咄嗟に剣を放ったせいもあって剣筋もブレている。これなら余裕をもって躱せるレベルだ。
出血させて離脱。
疲れてる子は兎も角、お仲間2人は体がついてきていない。だいたい把握した。だが気になるのは坊やが剣で対応してきた事だ。仲間を斬らせてもあのスキルを使えば勝負はついていたかもしれないのに。
坊やが甘ちゃんなのかスキル発動に時間が掛かるのか。或いは相手の姿をちゃんと捉える事が発動条件か。
いずれにせよ結論を出すにはまだ材料が足らない。もう少し検証が必要だ。
『アネット~ また光ってるよ~』
「ここも行き止まり?」
『ううん~ 違う~ 何ヵ所かまばらに散らばってる感じ~』
次の罠は少々違った配置にしてある。点と点の間を縫うようにして歩かせる事で相手の行動を制限させるのが目的だ。
「盲目さん 誘導をお願い 皆 僕の後に付いてきて・・・」
身をもってトラップの味を知ってるお陰で、面白いほど思い通りに動いてくれるな。これならいい具合に死角になってくれそうだ。
『アネット 後ろから来る~~~~!!』
「ブロック!!」
最後尾のお嬢ちゃんを盾に、私の姿を坊やに捉えさせない運び方をする。お嬢ちゃんにも意地があるのか私に対処しようとするけど、体勢が崩れて坊やに視認されては敵わない。
「このっ・・・!!」
「おぉっと 下手に動かない方が良いよ トラップに掛かったらお嬢ちゃんが足手まといになっちゃうからねぇ ハッハッハッハッハ」
案の定誰も動けなくなった。坊やは・・・しばらく間があった筈なのにスキルを発動しない。どうやら相手の姿をちゃんと認識しないと使えないようだ。
ならばお仲間を盾にして坊やを狙っていく方向にシフトしよう。あのスキルは驚異だが攻略法さえ分かれば充分対処は可能と判断できた。
それにしてもあのお嬢ちゃんは少し深めに斬りすぎちゃったかねぇ。これじゃ動きが鈍臭くなっちまう。もう少し活きの良い獲物を狩るのが面白いんだけど・・・
「ラトリアしっかり! 今応急処置するからっ!」
「うぅ・・・」
「あぁ~・・・ダメ 血が止まらない・・・アネットどうしよぉ・・・」
「本当は動かさない方が良いんだろうけど・・・ ここに置いていっても標的になるだけだ 他にもモンスターは出るんだし・・・
マルティナ ラトリアをお願い 僕が敵の対処を引き受けるよ」
「そうね・・・私じゃ反応できなかったし 分かったわ」
「互いにちょっと距離をとって三角形を意識して歩こう そうすれば前後どちらから来られても対応できると思うんだ」
なるほど。お仲間が頼りにならないなら少しでも視界が開けた方が坊やにとっても都合が良いしカバーも出来るか。
メンバーが負傷していくなかで冷静に判断できるじゃないか。
『アネット~ ボクも手伝う~?』
「・・・そう だね 僕も相手の速さについていけてないし・・・ 僕も僕で頑張るから盲目さんも盲目さんで 自分が良いと思った事をして?」
『分かった~』
ふ~ん・・・スキルさんに任せるか。実質これで坊やと“盲目さん”、スキルを使える者が増えた訳だ。私の“狩人さん”とは違うのね。殺るのも楽しむのも全部私。これは気質の違いかしら。
『プチダーク~ アネット このまま先に進んで~』
「う うん・・・」
何だい? 黒い靄・・・目眩ましか。くだらない。私が目だけで獲物を捉えてるとでも思っているのか? お前達の足音は絶えず聞こえているぞ。
三叉路を左か。
精々スキルさんを頼って逃げるがいい。相手の呼吸、足運び、それらの情報から敵の状態を把握すればお前達を見失う事など絶対にない。
「それにしても一瞬で見失うような奴が相手か 正直反応できる自信が無いぞ」
「取り敢えずトラバサミを解除しよう 周囲の警戒を頼む」
「いぎっ いいいぃぃいいいいぃい~~!!」
「ディゼル静かにしてっ!!」
阿呆なのか? どうやらまたトラップに引っ掛かったらしい。痛い思いをしても学ばない奴は学ばないのだな。こんなんでよくダンジョンに挑もうと思えたものだ。
次は左折か。
重く疲れきった足取り。血の跡を見るまでもなく丸分かりだ。未だに逃げ切れると思っているのか? やれる事と言ったら精々が黒い靄を撒くだけだろうに。
カツン・・・カツン・・・カツン・・ ・・
「そんなに甘くはないか 厄介極まりないな」
「大丈夫 まだ出口までの道はあるよ」
また小石を投げて罠を発動させようって試みかい? 残念。罠が発動する条件は生命に類するものがスキルを設置した面に触れる事。
いちいち小石に反応してたんじゃ罠としての魅力がないじゃないか。まぁちょくちょく確認して歩くのは慎重で良い事だけど。
「盲目さんを疑う訳じゃないが このまま進んでも案外大丈夫なんじゃないか? 私にはただの通路にしか見えないが・・・」
「それも 彼女の狙いなんだと 思う・・・ 本来なら誰かが罠に掛かって 痛い思いをしながら 引き返すんだ
人を疑心暗鬼にかけて心と体を ちょっとづつ削りながら 狩りをしてるん だと思う・・・」
「悪趣味な奴ね」
いやいや。大丈夫じゃないだろう。2度もトラップに引っ掛かってるんだよ? 坊やの“盲目さん”は正しい。
・・・ん? この声・・・確か私が深めに斬りつけた子の声な気が・・・その割には負傷者の出す声には聞こえない・・・ 実はそれ程重傷でもなかったか?
「悪い・・・ ちょっと休憩しよう コイツ背負いながらはさすがに キツイ・・・はぁ はぁ・・・」
「そうだね 僕も何だか 疲れちゃ───」
『アネット後ろ~~~!!』
!? 何だ? 坊やにモンスターでも襲い掛かったか? その割には戦闘する音が届いてこない。静かなものだ。どうなってる・・・
ん? また歩き始めた。休憩をするんじゃなかったのか?
カツン・・・カツン・・・カツン・・ ・・
「そんなに甘くはないか 厄介極まりないな」
「大丈夫 まだ出口までの道はあるよ」
? ? この会話・・・さっきも言ってなかったか? 小石が転がる音も同じ・・・
『アネット~ ボクも手伝う~?』
「・・・そう だね 僕も相手の速さについていけてないし・・・ 僕も僕で頑張るから盲目さんも盲目さんで 自分が良いと思った事をして?」
『分かった~』
あれ? これもさっき・・・聞いた・・・
「それにしても一瞬で見失うような奴が相手か 正直反応できる自信が無いぞ」
「取り敢えずトラバサミを解除しよう 周囲の警戒を頼む」
「いぎっ いいいぃぃいいいいぃい~~!!」
「ディゼル静かにしてっ!!」
何だ・・・何か変だ・・・おかしい・・・ 私は確かに坊や達を追跡している。探知できる範囲内に常に捉えていた。足音も話し声も聞こえている。
でも何か・・・
カツン・・・カツン・・・カツン・・ ・・
「そんなに甘くはないか 厄介極まりないな」
「大丈夫 まだ出口までの道はあるよ」
「!!」
いやいやいやいや待て待て待て待て!! また同じ事を繰り返しているぞ! これは明らかに変だ! 普通じゃない! 私は知らず知らず普通じゃない状況に巻き込まれているんじゃないか!?
止めねば・・・今すぐに!
これを止めなければ不味い事になる気がするっ!!
「悪い・・・ ちょっと休憩しよう コイツ背負いながらはさすがに キツイ・・・はぁ はぁ・・・」
「そうだね 僕も何だか 疲れちゃ───」
『アネット後ろ~~~!!』
「いいや 前だねっ!」
私は全力で坊やの首を刃で撫でた。今度は反応すら許さない。正真正銘全力の攻撃だ・・・
「それにしても一瞬で見失うような奴が相手か 正直反応できる自信が無いぞ」
なのに感触が・・・無い・・・
「取り敢えずトラバサミを解除しよう 周囲の警戒を頼む」
おい・・・
「いぎっ いいいぃぃいいいいぃい~~!!」
「ディゼル静かにしてっ!!」
何で私が目の前にいるのに悠長に罠なんか外してる? 私が見えていないのか? いや・・・
私は遠慮無く真正面から何度も何度も何事も何事も斬りつけた。しかしこいつ等は反応を示すどころか何事も無く動作を繰り返すだけ。それどころか武器が体を通り抜けていく。
実体が無い。
目の前に見えてるのに。声も聞こえてるのに。においまであるのに。手を体に近付けてみれば体温もあるのに実体だけが無い・・・おかしい。何だこれ。
違う・・・おかしいのはこいつ等じゃなくって・・・私だ・・・
★
「はぁ・・・はぁ 攻撃が 止んだな・・・ どうしたんだ?」
「これも・・・アイツの 作戦 なんじゃない?」
「盲目さん どう?」
『ボク達の事は見失ってるみたい~』
「そう・・・良かった 盲目さんのプチダークが効いたのかもね」
『エヘヘ~ ちょっと工夫~』
「休む時間は 稼げそう かしら・・・」
負傷者と負傷者を抱えた4人は疲労困憊だった。出来ればディーテからもっと離れたかったけど、ずっと歩き通しではいずれ倒れてしまう。
幸い一撃入れて離れる攻撃方法をとってくれるので、僕がちゃんと対応出来れば彼等を休ませる事ができる・・・理論上は。
「皆大丈夫?」
「大丈夫な訳ねぇだろっ・・・! くっそ痛ってぇ~・・・・つつっ」
「今のところはって感じかな・・・ 出血があるっと言ってもかすり傷だ 問題は ラトリアだ 見た感じ結構ヤバそうだぞ・・・」
「はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・」
「ねぇ これ以上ラトリアを動かすのは不味いんじゃない? せめて出血さえ止められれば・・・」
確かに・・・ラトリアは苦しそうに息をするだけだ。軽い受け答えをする余裕もない。以前戦った時も多くの人達が出血スキルの餌食になった。
しかしディーテが解除したのか距離が離れたかで彼等の血は止まっていた。前者であるなら僕がディーテを倒すしかない。後者であるなら彼女が僕達を見失っている今、無理をしてでも離れた方が良い。
どっちだ・・・どうするべきか。
「どの道 罠があるなら僕達は逃げられない 僕がディーテを倒しに行く 出血スキルの持続条件が彼女の意思だったとしても距離だったとしても 誰かがやらなきゃいけない
ディーテの目的が僕なら これは僕の仕事だ 僕は戦いながらここから距離をとるように立ち回るよ」
「そんな・・・ アネット1人だけなんて無茶よっ!」
「マルティナは皆を守ってて ここはダンジョンなんだから 敵はディーテだけじゃない・・・でしょ?」
「それはっ! ・・・うぅ・・・」
無謀なのは理解できる。でも僕1人ならディーテの姿を捉えやすい。
「盲目さん 彼女の意識を捉えられる?」
『ん~ 何かね 凄い速さで意識があっちこっちに飛び回ってるんだ~』
「探し回ってるって事? なら都合がいい 此方から出向けば向こうも気付いてくれるよね」
『でもね とっても怖い色をしてるんだよ?』
「怒ってる・・・のかな 怒られる理由なんてそもそも無いんだけどね・・・」
怒っている・・・冷静さを欠いてくれてれば良いんだけど。
『わっ!』
「!? ・・・盲目さん?」
『ダメっ! アネット! 見付かった!』
「え!! そんなっ もう!?」
僕がここから立ち去ろうとした矢先。“盲目さん”は大声で注意を促した。“盲目さん”が緊迫した声なのも納得だ。
今まで余裕の色を漂わせていたディーテだったけど、遠くにチラリと見えた彼女はとても怒っていた。怒り狂ってると言ってもいい。
冷静さを欠くどころか能力が向上しているようにも思う。
「アネットォォォオオオオォォォォオオオオオオオオォォォオオオォォォオオオオォォォォオオオオオオオオォォォオオオ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
僕達を見失った事がそこまで彼女のプライドを傷付けてしまったのか、ただでさえ尋常じゃない感情が更に訳の分からないものへと変貌していた。
しかし通路は一直線。怒りに任せてこのまま突っ込んできてくれるなら「アイ・アンノウン」を叩き込んで────────
と思った瞬間。彼女は僕のすぐ目の前にいた。
え・・・速っ 過ぎ・・・
ガァァンン~~~──────
くると思った痛みが無い。
変わりに金属と金属のぶつかり合う轟音が、僕の耳元近くで鳴り響いた。
「やれやれ危なっかしいのぉ」
この声・・・
「ランドルフさん!?」




