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176・ディゼルの初ダンジョン

前回のあらすじ


ウェグナスの計らいでユシュタファと勝負する事になってしまったアネット。これはお互いの為と言う事でなし崩しに了承するのだった。


コルトアの訓練に付き合うアネットだったが、コルトアから「お前のやるべき事をやってくれ」と言われ、思いがけず時間ができるのだった。

 コルトアが「自分の事をやれ」と言ってくれたお陰で思いがけず時間を作る事ができた。だからと言ってそれを休みに当てる訳にはいかない。


 僕はまだ朝方なのを確認して急いでギルドホールまで歩いた。


 ギルドの本館の扉を開くと、今まさに冒険者達が自分の食いぶちを稼ぐ為の壮絶な仕事の奪い合いを繰り広げている最中だった。


 こうも一面激しい感情が草原のように広がっていると誰が誰だか分からない。この中にウェグナスはいるのだろうか。



「まいったな・・・」


「ん? アネット?」



 僕が半ばお手上げ状態でいると、そこにラトリアが話し掛けてきた。どうやら彼女もこの喧騒の中に飛び込む気は無いらしい。開き直ったように平穏な御心だ。



「おはようラトリア 君も仕事を探しに?」


「あぁ そうなんだがアネットもか?」


「ん~ 正確にはウェグナスを探してるんだ 思わず時間が出来てね ディゼルを任せきりにする訳にもいかなし そろそろ手伝わないと」


「ウェグナス達ならあの中にいると思うぞ? マルティナも果敢に挑んではいるんだが 中々ゴールには辿り着けないようだ 私もご覧の通りさ」


「そうなんだ これは僕も通らなければならない道だよね もっと鍛えて他の冒険者よりも筋骨粒々になれば 彼等の波を掻き分けて良い仕事を選べるのに」


「え? それ本気で言ってる?」


「え?」



 何か物凄く変な目で見られてる気がするのはどうしてだろう。そりゃ他の人に比べても背は低いし体力も無いけど、諦めたらそれで挑戦は終了だ。



「これ・・・ 無理・・・」



 いつの間にか勝負がついた前哨戦はベテラン冒険者達の勝利と終わったらしく、負けた者達は冒険に出る前に白く燃え尽きていた。


 息を切らせたマルティナが僕達のいる所へとヨタヨタしながらやって来る。満身創痍とはこの事かもしれない。



「お おはようマルティナ ・・・大丈夫?」


「アネット? おはよう・・・ ごめんラトリア 仕事取れなかった・・・」


「仕方がない 他の人も言ってたが あぁ言う群衆には流れと言うものがあるらしい すんなり行ける時もあるが 無理な時はビクとも動かない」


「そうなのよねぇ 昨日は上手くいったのに・・・」



 仕事が取れなかったからと言って落ち込む事はない。何故なら素材の買い取りと言う救済措置が設けられているのだから。


 もっとも正規の仕事と比べると実入りは少ないが、それでも出来高と考えれば成果如何では並みの報酬を理論上上回れる筈。



「それだったらマルティナ 今日は僕も時間が空いたから一緒に行動しない?」


「え そうなの? 私は全然構わないわ!」


「私も構わないぞ?」


「良かった ところでウェグナス達を見掛けなかった? もし良かったら彼等も誘いたいんだけど・・・」



 と言ったところ、マルティナの感情はみるみる不機嫌色に染まっていった。



「嫌 絶対に嫌! ディゼルと一緒だなんて死んでも嫌だわ!」


「そ そこまでなの・・・?」


「昨日の2人を見ているとな・・・確執があるのは凄く伝わってきたよ」


「そう・・・なんだ 残念 ごめんね 僕はウェグナスにディゼルの事を任せちゃってるから これ以上は迷惑掛けられないんだ


 それに町長・・・ディゼルのお父さんから頼まれたって言うのもあるけど それを受けたのは僕自身だから 責任は取らないといけない


 ホントは皆で一緒に仕事したかったけど 無理強いしてもしょうがないもんね 僕は・・・ウェグナス達を探しに行ってみるよ」



 まぁギクシャクしながら仕事をしても互いの嫌な部分しか写らないだろうし、だったらしばらく距離を置くのも1つの手だろう。


 そう思ってウェグナス達を探そうと踵を返すと、焦った様子でラトリアが話し掛けてきた。



「待ってくれアネット マルティナもっ 気持ちは分かるが嫌だからと避けていてはダメだ 確かにディゼルは嫌な奴だ 私もそう思わなくもない でも悪と言う訳でもない


 私にとって悪は 笑顔で近付いて足を引っ掻けてくるような奴だ それに比べてディゼルは無軌道な子供と同じだ それくらいはいなせるようにならないと 私達はもう冒険者なんだから


 それに 実を言うと大勢でワイワイやるのも悪くないと思ったんだ」



 思いの丈を吐き出したラトリアに、嫌だ嫌だと言っていたマルティナも反論できないでいた。自身の感情か友人の思いか。


 しばらく葛藤した末、マルティナは終にその答えを出した。



「う うう~~・・・ん! 分かったわよ! も~~~! 一緒に行けば良いんでしょ!」



 良かった。ずっと騎士を夢見てたラトリアが冒険者にどんな印象を持っているか不安だったけど、皆で1つの事に取り組む事に不快感を覚えないなら、冒険者としても上手くやっていけると思う。


 それにマルティナにとっても良い影響を与えてくれるだろうし、こうして成長の為の手を差し伸べてくれる。有り難い。



「よぉ お前達もここにいるって事はあぶれ組か 俺達と同じだな」


「ウェグナス 良かった探してたんだ」


「アネット どうしたんだ お前も仕事を受けに来たのか?」


「うん そんなとこ ちょっと時間ができてね ウェグナス達と仕事をって思ったんだけど・・・ディゼルは?」


「あぁ アイツならそこで倒れてるよ 何事も経験って事で一緒に突撃したんだが ご覧の通り見事に撃沈だ」



 周囲を見渡すと激戦の末、床に突っ伏してる幾人かの冒険者の亡骸があった。ご愁傷さまです。


 その中の1人がぶつくさ文句を言いながら僕達の方へとフラフラやって来た。悪態のつき方と言い間違いなくディゼル本人だ。



「くっそ・・! こんな方法で仕事選ぶとか 冒険者ってのはどうかしてるぜっ ・・・げっ! お前らっ!」


「おはようディゼル 大変だったみたいだね」


「何でお前がここにいんだよ」


「うん 今日は時間が空いたから 君達と一緒に仕事をしようと思って来たんだ」


「はぁ!? 何でお前と組まなきゃなんないんだよ! 仕事がしたいなら他行けよ!」



 うん。まぁこうなるよね。さてどうしたものか。強引に組もうと迫っても言い争いになるだけだし。じゃぁ組まないでは意味がない。むむむむむ・・・



「いやいやディゼル これはチャンスじゃないか お前が仕事で成果を上げれば格の違いってのを証明できる


 そうすれば周りの皆もお前を認めるだろう だからその先駆けとして まずはアネットに見せ付けるところから始めればいいんじゃないか?」


「コイツにか? ・・・あぁ そうだな 俺はもう冒険者だ 昨日だって物足りなかったくらいだ 俺がその気になれば成果を上げるなんて余裕だね! 見てろアネット 俺が本物の冒険者ってのを教えてやるよ!」


「う うん よろしくね?」



 何だかウェグナスはディゼルの扱い方が上手くなってる気がする。ちょうど良いので今日はディゼル先生の胸を借りる事にしよう。



「つっても 全員仕事にあぶれた訳だが どうする?」


「ここは堅実に薬草の採集なんかどうだ? 薬の原料はいつでも歓迎されるからハズレが無いが」


「そう言えばアネット ミストリアはどうしたの?」


「ミストリアは・・・ 僕が()で仕事したいって言ったら 困ってる人の手助け程重要な仕事はありませんって断られたよ」


「そ そう・・・逃げたわね・・・」


「何言ってんだ 冒険者って言えばダンジョンだろ? ダンジョン潜ろうぜ!」


「ダンジョンか・・・ どの道いつかは行く事になるんだから 表層を見て回るのも良い経験かもしれないな」


「しかしダンジョンにはルールがある 帰りが遅くなると検疫で時間が取られるって聞いたぞ それを考えると報酬は見込めない」


「経験か 報酬かだな 皆はどうだ? それぞれ意見を言ってみてくれ」



 う~ん・・・個人的には目先の報酬よりも経験を優先させた方が良いと思う。でもダンジョンの事情を知ってしまった者としては躊躇われる。


 コドリン洞穴は生きている。それは“盲目さん”が言う通り“精霊ミーメ”がそこに存在している事の証だ。


 それに僕に伝言を託した喋るモンスターは諸々の事情を知っていたから人間に近付いたんだと思うし、だとするとそれは十中八九“精霊さん”に関連する事だろう。


 “精霊さん”を見付ける鍵となる僕が不用意に侵入して大丈夫だろうか。


 喋るモンスターは言っていた「世界に暗雲が立ち込めて・・・」とか、まだその時ではないにしても王都ダンジョンでは喋るモンスター達の意見が割れたように、コドリン洞穴でもそれが無いとも限らない。


 でももし巫女なる存在が『予見の目』ないし、それに近しいスキルを保有しているなら、僕は「その時」まで大丈夫な事になる。


 それに「会いに来い」と言うのだから強制拉致なんて事にはならない・・・と考えて良いものか。判断に迷う。 



「私はダンジョンに良い印象無いんだよね 変な喋るモンスターいたし」


「は? 喋るモンスター? 何だそれ 面白れぇ 本当にそんなのがいたら取っ捕まえてギルドまで引っ張ってきてやるよ」


「あんたなんか一撃で殺されるわよ」


「上等だ! ダンジョンに決定だ! 俺がそいつをボコボコにして誰が強いか分からせてやる!」


「お前ユシュタファにコテンパンにされてるのに よくそんな台詞が吐けるよな ある意味凄いよ で アネットはどうだ?」


「そうだね 初めから報酬で決めるより色んな事を経験した方が良いと思う ダンジョンでも表層なら人も多いし いざとなれば助けも呼べるしね」


「決まりだな」



 考えた結果ダンジョン行きを選択した。色々気になる点はあるけれど、結局喋るモンスターは僕を拉致しようとしなかった事と、表層ならばと言う安心感が決断を後押しさせた。


 それに折角ディゼルが乗り気になっているのだからここでやる気を削ぐ事もない。この際ダンジョンで思いっきり鬱憤を発散してもらって、正しく自分の限界を理解してもらった方が建設的だ。



「よっしゃぁ! お前ら俺に付いて来い!」



 意気揚々としたディゼルを筆頭に僕達はダンジョンへと向かった。


 ウェグナスとラトリアとディゼルの3人はダンジョンは初めてなようで、入ってすぐの露天に目を奪われていた。


 ディゼルなんかは冒険そっちのけで「見て回ろうぜ」と連呼する始末だ。何をしに来たのか、見かねたウェグナスがディゼルを無理やり引っ張って事なきを得た感じで僕等は奥へと突き進んでいった。


 浮かれすぎて無体な事にならなきゃ良いんだけど・・・


 コドリン洞穴表層の名物と言えばコドリンウォーボルグ。頭は獣で2足歩行のモンスターだ。ただし生まれたての彼等は、闘争本能はあっても連携はお粗末で・・・と言うかまったくその気配は無く、感情の赴くまま突っ込んでくるだけの動物と言っても差し支えないモンスターだ。


 しかしこちら側にも同じように突っ込んでいく野獣がいる。ディゼルだ。



「おっしゃーーーー!」



 と雄叫びを上げると、目の前に現れた1体の敵目掛けて勇猛果敢に突撃していった。元気が有り余ってるのか「おらぁ!」とか「この野郎!」とか一撃一撃が兎に角うるさい。


 それでも戦いと言う体は成したのか勝利をおさめたディゼルは息を切らせながらもご満悦だった。良かった良かった。このまま連戦を重ねてくれれば無駄な動きと行動と連携の大切さに気付いてくれる筈だ。・・・そう願おう。


 僕は上機嫌なディゼルをよそにウェグナスに顔を向けた。



「おおむねあんな感じだ」



 そうですか。残された3人は皆一様に辟易としている。これから気疲れする事が分かっているからだろう。


 それからもディゼルは先頭を我が物顔でズンズン奥へと進んでいく。僕もこのダンジョンの表層全てを把握している訳ではないので、今まで行った事の無い道は行かないよう止めてるが、僕に言われるのが面白くないのかその都度不平を漏らしていた。



『ん~? アネット~ 何か変~?』



 ウェグナス達がディゼルを宥めていると“盲目さん”が何やら変調を指摘した。何だろう・・・



「どうしたの? 盲目さん 僕達を意識してる存在がいる?」

『ん~ 分かんない でも途切れ途切れ意識されてるような? 薄い感じが2方向から来る~?』


「2方向・・・ 皆 盲目さんが何か感じたみたい そろそろ戻らない?」


「はぁ!? まだまだこれからだろ! 俺はまだ余裕だぜ ひょろいお前は疲れたのかもしんないけどなっ」


「ちょっとディゼル! アネットの感知能力は凄いんだからね! それで どうしたの?」


「うん 具体的じゃないんだけど 僕達は誰かに認識されてるらしい らしいって言うくらい薄いものなんだけど場所が場所だからね 注意するにこした事ないかなって」


「そうだな 雰囲気は掴めたし 後は戻りながら戦おう」


「了解だ」


「ほらディゼルの出番だ 出口まで先導してくれ」


「は? 出口って何だよ 道なんか覚えてねぇって」


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」



 これディゼルを1人で潜らせたら絶対遭難するやつだ。仕方がないので僕が道を教え戦いながら帰る事で決定した。


 帰路もモンスターは出現したが、もうディゼルには雄叫びをあげる余力は残ってはいない。無駄口も叩かず黙々とモンスターを処理していくだけになった。


 仕舞いには「おい! サボってんじゃーよ」と悪態まで飛び出しす。


 これで無駄な労力を使わない戦い方と、協力する事で互いに補い合う大切さを学べた筈だ。学んだよね?


 その間も“盲目さん”は何かに気を取られているのかソワソワと落ち着かない。僕も何者かが近付いているのかとずっと音に集中していたけどそれらしい予兆は今のとこ無い。


 しかし・・・


 “盲目さん”は帰りの道程で地面に光る何かを発見した。



『アネット~ 前の地面に何か落ちてる~? 薄く光ってる場所があるよ~』

「え そうなの?」


「・・・いや 特に何も落ちていないが」


「あ? どれだよ 金目の物か?」



 そう言うとディゼルはズカズカその光る場所まで歩いていった。しかし“盲目さん”が感知できるのは意思のあるもので、それは他者がその物体を意識しなければ形作られない。


 だったら今、見えないそれを誰かが意識していると言う訳で・・・



「ディゼル! 待って──────」











 ガシャン!


「いっ! ・・・ぎゃああああああぁぁぁああああぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!」



 聞き慣れない金属音と共にディゼルの悲鳴がダンジョン内に木霊した。



「おい何だ!? ・・・これは トラバサミ? トラップか! でも何でここに さっきまで無かったぞ!」


「いきなり現れるトラップ・・・ これは明らかにスキルだ! 講習で習ったぞ 確か狩人さんのトラップスキル!」


「狩人さんのトラップ・・・ まさか・・・」



 その瞬間僕は直感した。証拠は無いけど彼女の仕業だと。例の喋るモンスター。


 彼女であるなら僕の耳でも足音を感知できない。もしかしたら“盲目さん”ですら欺けるかもしれない。



「フフフ ずっと話を聞いていたけれど 微かでも私の気配を探れるなんて大したものねぇ オマケにトラップの位置までバレちゃうなんて」



 ディゼルの悲鳴に混じって僕の耳にハッキリと彼女の声が届いた。





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