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174・ジュレアスの娘

前回のあらすじ


アネット達の元に教育係の3人がやって来た。立候補するだけあってやる気は十分らしい。議論は白熱していくのだった。

「なるほど・・・これは・・・確かに厳しいですね・・・」


「そうですね・・・怖くて普通に歩けません」


「目が見えないと周囲を把握する事が如何に重要かが分かりますね でも慣れれば歩けなくもな・・・痛ったーーー!! 手ぶつけっ・・・」



 3人が3人とも教育方針に若干の隔たりがあるようなので、意見を纏められるよう実体験してもらう事にした。


 取り敢えず全員目隠しをしてもらって放置。


 するとじっとしてる事に耐えられなくなったのかエマリエさんが「え・・これ どうなってるの?」等と言いちょこまかし始めると、それを皮切りにキュレオさんとイメリアさんも宙に腕をバタつかせ始めた。


 案の定。手に触れたものにおっかなびっくりで、普段なら数歩の距離をえらい時間を掛けて徘徊していた。


 次に“失語さん”体験と言う事で全員で沈黙。


 とは言えただ黙ってるだけでは無意味なので人間関係の肝、共同作業をしてもらう事にした。寮で出来る共同作業。寮母さんのお手伝い。



「なるほど そう言う事でしたら是非もなしなのですよ~」



 と、ふたつ返事で夕食の準備をする事に。今日のメニューは具沢山野菜のスープ。育ち盛りの訓練生を満足させる厚切りステーキ。拵えてあったパンの生地を使ったベーコンとスライスチーズを挟んだ焼きたてのパン。


 それらを教育係りの3人で作ってもらう事になった。もちろん一言も喋ってはならない。口頭での質問反論もっての他。



「・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・」



 3人とも大人なので料理自体は問題無く熟していたが、如何せん大量に作らなくてはならないのと味付けや野菜の切り方等々、瑣末な部分で次第に意見が食い違ってくる。


 それを補う工夫として彼等は紙とペンでのやり取りをし始めた。


 しかし細かい箇所での意思疏通までは上手くいかないようで、子細を書き込んでいくにつれ段々心にイライラが蓄積されていった。


 筆談でのやり取りなど普段からやり慣れてないのと時間も切迫してる事もあって、荒々しい走り書きの音と力任せに野菜が切断されていく音だけが食堂に響く。


 それは感情を目視するまでもなくここが修羅場である事を教えてくれた。


 自分で提案しておいてなんだけど居たたまれない。


 普段とは違う仕事を普通ではない方法で終えた彼等は、やりきったとは別の意味でぐったりしていた。色で言うなら形容しがたいまだら模様か。 ・・・お疲れ様です。


 さて皆で味見と言う段になってマルティナ達が寮へと戻ってきた。僕も進行具合に気を取られていたせいか、気付けば冒険者が仕事を終える時間になっていたらしい。僕もまたやり慣れない事をして感覚が狂っていたようだ。



「アネットただいま 今から夕食?」


「うん 職員の人達と一緒に作ったんだ 無言で」


「え? 何で? ・・・もしかして悪い空気?」


「いえいえ違いますよ アネット君達と同じ体験をしてみようと言う事になりましてね 今は失語さんを連れていると言う体で共同作業に従順していたところなんです」



 空気を読んだイメリアさんが帰還したマルティナ達に今日1日の出来事を説明してくれた。



「いやぁ 喋れないってなると人とのコミュニケーションが一気に難しくなりますよね 相手に気付いてもらう為に壁トントンしたり 私なんてキュレオさんに肩を叩かれた時にはセクハラ! とか思いましたもん」


「わっ 私はそんなつもりで体に触れた訳ではありませんよ」


「まぁまぁ これでこいつ等の不便さは理解できただろうから これからはそれを踏まえて各自どうしたら良いかの模索だな」



「体験しよう」の段になって急に用事を思い出したジュレアスさんだが、夕食時にはいつの間にかひょっこり現れて会話に加わっていた。


 教育係りの3人は疑わしい感情を彼に向けていたが気にしてはダメなのだろう。これは悪い空気だ。



「マ・・・マルティナ達はどうだったの? 仕事の成果はあったのかな?」


「最悪よっ 何処かの誰かさんは連携を無視してモンスターに突っ込んでくわ それを指摘したら突っ掛かってくるわで モンスターより味方に気を取られたわ!」


「あぁ~!? 何だよ! あんなの動物だろ 徒党を組んで戦う相手じゃねぇよ!」


「まぁ 大体こんな感じだ でも初仕事にしては成果が出せたと思ってる ここでの特訓も役に立ったし」


「こんな疲れるとは思わなかったがな・・・」



 大変な初仕事になったみたいだけどラトリアはそれでもきちんと仕事を熟せた事に満足してるようだった。


 夢叶わず冒険者の道を選ばざるを得なかった彼女だけど、共に訓練に明け暮れた友人達とまた同じ時間を過ごせた事がその後押しとなったのかもしれない。


 一方のウェグナスは気持ちがぐったりしている。



「お疲れ様 僕もこっちの事が一段落したら仕事に復帰するから その時はよろしくね 夕食は出来てるから一緒に食べない?」


「そうだな そうさせてもらおう」


「私達は家に帰るわ ソフィリアも迎えに行かなきゃいけないし ミストリアも帰るわよ」


〔折角お食事を準備してくれたのだからご相伴に預かりたいわ〕


「太るわよ」


〔アネットに皆様 私達は家人が待っておりますので お先に失礼させて頂きますね それではごきげんよう〕


「お疲れ様」

「おやすみ~」

「ミストリアさん また明日もよろしくお願いしますね」



 彼女達を見送った僕達は揃って夕食を食べた。最初は軽い話題がテーブルを囲ったが、冒険者とギルド職員が同じ席につくなど中々無いらしく、ウェグナスとラトリアは「ギルドのナゼ?」を聞くチャンスとばかりに質問を浴びせた。


 しかしギルドとしては秘匿しなければならない諸事情が多いらしく、やはり「答えられない」と返される回数の方が多かったように思う。


 しかしそんな中で分かったのは事務仕事をしていたキュレオさんも、いわゆる中枢と言われるギルドの要ではなかった事。


 では中枢を担う人物とはどう言う人達を指すのか。疑問が深まる。



「あれ? そう言えばウェグナス達は冒険者になったんだよね 寮で食事しちゃって大丈夫だったの?」


「あぁ 冒険者登録をしたからってすぐに追い出される訳じゃない 実際に仕事をしてみてやっていけそうかお試しの期間が儲けられてるんだ


 でも・・・そうだな 大体2ヶ月ってとこじゃないか? いつまでも訓練生のままって訳にもいかないし


 その間に住む場所も探さなきゃならない 俺は実家があるから良いが・・・」


「私の場合は・・・ ここが家みたいなものだからな」



 ラトリアは家の事情で母が出奔。父は酒に逃げたあげく事件を起こして捕まっている。昔の家はあるのかもしれないけど彼女の言葉の通り、心はこっちが家だと告げている。



「駆け出しが家を借りるとなると まぁ 相場は決まってるよな」


「そうですね ギルドでも新人冒険者には賃貸契約の家も紹介してますし ・・・と言っても値段相当なので どうしても旧市街に片寄りがちですが」


「大丈夫だよ 確かに家は狭いけど僕達は家族5人で暮らせてるから」



 う~ん・・・ やっぱり旧市街って安いのか。ではハルメリーの平均的な家賃ってどのくらいだろう。今暮らしてる家の家賃もオフェリナ叔母さんに任せきりだから幾らなのか分からないや。


 僕ももう働いてるんだし家にお金はいれないといけないよね。親戚と言ってもこの歳になるまで育ててもらったのだし。


 僕達は自分等のこれからについて話していると、夕食時と言う事もあってかお腹を空かせた訓練生達がぞろぞろと食堂に集まってきた。


 その中の集団の中にまるで肩で風を切って歩く複数人が混じっている事に気が付いた。周囲の人達は心なしかその集団を避けているような、そんな印象を受ける。



「ウェグナス? もう帰っていたのか 初仕事はどうだった?」


「ユシュタファか まぁ失敗はしなかったな そっちはどうだった?」


「上々だ 今回は森での狩りがメインだったが やっぱり冒険者にとって本番はダンジョンじゃないかな 次はダンジョンに潜る予定だ 良かったら一緒に・・・」



 ウェグナスから意識が僕達へと反れたユシュタファは、それが僕達であると言うだけで難色を示した。



「まさかマイナス等級と付き合ってるとか言わないよな やめとけやめとけ そんな役立たずに関わるのは時間の浪費だ」



 と言う台詞を本人達を目の前に臆面なく言い放った彼の心境は、しかし不思議な事に僕達への侮蔑ではなく他者を気遣う親切心のそれだった。


 きっと彼の中で僕達とは完全に線を引いてるのだろう。これが世間の基準でもあるので遺憾ながらある程度受け入れるしかないのか。


 悲しいけど・・・



「アネットは弱くないぞ? 歴とした冒険者だしな 今はその後進を育ててる最中だ これが上手くいけばお前が嫌煙してる人達が人の役に立つ日もくる」


「俺はお前の事を思って言ってるんだぜ? 世の中は綺麗事で成ってる訳じゃない 表を見るなら裏も探れってな 忠告はしたぜ?」



 そう言うとユシュタファ一味は夕食の席についた。しかし僕達とは随分と離れた位置に座ってしまった。これが今の彼等との距離だろう。


 僕達への感情はあまりよろしくないが、ウェグナスに対しては本当に気遣ってる辺り、彼等は気の置けない友人通しなのかもしれない。


 なのでユシュタファと言う人物を、友人と言う視線からどう写っているのかそれとなく聞いてみる事にした。



「ねぇウェグナス ユシュタファってどう言う人となりなの?」


「ん? そうだな 一言で言うなら真面目 だな ただしラトリアから融通と甘さを引いた感じだ」


「その認識で引き合いに出された私はどう反応すればいいんだ?」


「ご覧の通りアイツは認める奴と認めない奴とで明確に線引きしてるからな 認めない奴には まぁ大体あんな感じだ


 ディゼルがここに来て即行で喧嘩になったもんな 出会った直後にいがみ合えるって お前等どんだけ気が合うんだよ」


「あぁ!? ふざけんな! あんなのと気が合うとかねーよ! 訓練所でいきなり俺に斬りかかってくる奴だぞ!?」



 ディゼルも以前僕に同じ事をした筈なのにそれはカウントされないらしい。人を値踏みするところと言い。やはり気が合うのではないだろうか。



「そりゃお前は悪い噂が絶えないもんな仕方がない だが強かったろ?」


「くっそ! 何なんだアイツ! 剣とか槍とか弓とか色々持ち出しやがって!」


「え? そんなに? 確かスキルは分散させると中途半端になるって聞いた事があるけど」


「アイツの場合 身体強化に全部振って武器は持ち前の技量で補うスタイルだな 何と戦うつもりか知らないけど 素手もいけるんだぜ?」



 モンスターは硬くて強い。だから人は武器を持ってこれに対処する。彼の身体強化がどれ位の強度かは分からないけど、たぶんどんな状況にも対応できるよう考えての事だろう。


 他の寮生から意識高いと言われるのも納得だ。



「あー!! こんな所にいたーー!」



 僕達が今日あった出来事を話していると、耳がつんざけそうな元気な女の子の声が食堂全体に響いた。



「お どうしたんだ? ミオリネ パパに会いに来てくれたのか?」


「もー ギルドの人がパパに用事だって 私もそこらじゅう駆けずり回って探してたのに こんな所でご飯食べてるしー」


「悪い悪い こっちも仕事だったんだ 昨日話したろ? 困ってる人達を助ける為の支援をしてるんだって」


「え? じゃー じゃー アネットって人ここに居るの?」


「? ・・・お おぉ ここに居るぞ?」



 この元気そうな女の子はジュレアスさんの娘さんらしい。そしてジュレアスさんは娘さんに好かれたいのか、声のトーンが上がって言葉も選んでいる。


 しかし何故娘さんは僕の事を?



「あの 僕がアネットですけど・・・貴女は?」


「あ 私がミオリネって言います あなたの事はカルメンちゃんから聞いたの 森の歩き方が上手いって誉めていたわっ


 それでね 良かったら私ともお友達になってくれませんか? アネットちゃん」


「うん ・・・え? ちゃん?」


「ぷっ フフフフフフ・・・」

「ギャッハッハッハッハ アネットちゃんだってよ ハッハッハッハッハ!」

「ふふ まぁ 見てくれがこれじゃぁな」


「え? ? ?」



 えぇ・・・これ本気で女の子と間違われてる? おかしいな。少女との旅路でモンスター肉も沢山食べたのに・・・


 偉丈夫はまだ遠いにしても女の子と本気で間違われるなんて・・・



「おぅおぅ 娘もこう言ってるんだ 是非とも仲良くしてやってくれ? アネット()()()?」



 声は笑ってるが心が笑ってないジュレアスさんは僕の肩に手を置いて力一杯握ってきた。





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