16・再びの洞穴
あらすじ
正式に冒険者登録をした。
アネットが冒険者になった。
私はあの日あの時アネットが決闘している様子を遠巻きに見ていた。目が見えない、私より体力もない力もないアネットだから、きっとボコボコにされて現実を叩き付けられると思った。
だけどそこにはギルド長とか言うお爺さんと真面に戦ってるアネットがいた。
華奢な体を振り回して頑張ってる姿は「こんなの絶対無理よ」と思ったけど、一生懸命なアネットは私の知らない顔をしていた。
きっと心のどこかでダメなアネットを期待してたのかもしれない。
「彼は私が守る」と心に誓った筈だけど、アネットが剣を振るう度に遠退いてく気がして怖かった。
剣を握り盾を構えて自分なりの努力をしてもこの焦りは治まらない。がむしゃらに武器を叩き付けたところでイゼッタ先生に怒られるだけだ。進歩も進展も掴める感触がない。
どうすればいいの?
何だか寂しい・・・
何でだろう。アネットが私を向いていないからかしら。私がアネットの見ているものを見れないからかしら。それともアネットとは別の世界で生きてるからかしら。
だから私も目を瞑って過ごしてみたけど、タンスの角に小指をぶつけただけだった。
私は彼と同じにはなれないのかしら。同じになれたら理解できると思うのに。でも盲目になるのは嫌だ。
まぁこんな私でも隣で一緒に歩く事はできるよね。それが彼の為私の為になるかは置いといて、私がそうしたいのだからきっとこれが正解の筈。
歩幅を合わせられるパートナーは私しか居ないんだから、そう・・・焦る必要なんてないのよ。
なんて思った矢先。
アネットが知らない女を家に連れてきた。
★
冒険者は何も資源採取の護衛をするだけが仕事ではない。
突如湧いた強力なモンスターの討伐や、未帰還の冒険者の捜索、或いはダンジョンで亡くなった冒険者や採掘師の遺留品の回収、商人の護衛、町の人達のお手伝い等々多岐に渡る。
と言うのが一般的な冒険者に与えられる仕事であって、僕にはそれが当てはまらない。原因は分かってる。僕が盲目だから。
この前は派手なお披露目となったけど、では現実で受け入れられるかと言われるとそうでもないらしい。それはそうだ。誰だって荷物は背負いたくない。
「おいおい 普段のやる気に満ちた顔はどうした?」
「ジョストンさん それがパーティーとなると嫌煙されちゃって」
「あぁ~ まぁみんな最初は取り敢えず組んでみる事から始めるが お前の場合はそれが難しいか・・・ ぃよし アネット 今日は俺について来い」
「! いいんですか?」
「ジジイから1本取った奴を腐らせるのは惜しいからな」
ジョストンさんの誘いで僕はコドリン洞穴に行く事となった。今回の仕事は採掘師達の護衛。彼等は文字通り鉱石を採掘する事を生業としている。
彼等が資源を採掘してる間、僕達が驚異から護衛する。ここではポピュラーな仕事の1つだ。とは言え護衛の仕事なんかした事がない。
「俺はお前向きだと思うけどな 普段から音を頼りにしてるだろ ダンジョンでは壁からモンスターが出現するなんて おかしな現象が発生する だからお前はそいつに集中しとけ」
「は はいっ」
「つー訳だ 飛び入りで参加するがよろしくなっ」
「よ よろしくお願いします」
「おう よろしく」
「よろしくねー」
「「「・・・・・・・」」」
「おいジョストン 盲目の子供だぞ なに考えとるんだ」
「見か感じから弱そうだぞ」
「新人でももう少しマシな体幹しとるだろ」
採掘師の方々からは言われたい放題だ。そんなに見た目弱そうかな・・・背は低い自覚はあるけど。
「冒険者の強みは何も単純な強さだけとは限らねぇぜ? 何たってコイツはランドルフのジジイから手加減されたからって1本取ってるからな」
「何ぃ? 信じられん」
「盤上ゲームか何かと勘違いしとらんか?」
「はぁ まあ来てしまったもんは仕方ない 今回は幸い浅い階層だから新人にもちょうど良い そこで自分を試してみろ」
「はいっ」
僕達はコドリン洞穴へ入って目的地の採掘ポイントまで移動する。その間もモンスターの驚異に対処するのも僕達に課せられた仕事だ。
「後方から僅かに音がしますね あと前からは足音 たぶん2体程います」
「・・・よく聞こえるわね 私にはサッパリよ アネット君 斥候役になったら?」
「ここは音が反響するからな 分かったとしても それが何処でしてるかまでは把握できんしな」
彼等はジョストンさんの固定パーティーメンバーで斥候のロゼリーヌさんと重戦士のゴドウィンさん。ロゼリーヌさんからは斥候を推されたけど、僕の目指す英雄は筋骨隆々の偉丈夫だ。
なので僕の役目は今此方に向かってくるモンスターを迎え撃つ事。相手はコドリンウォーボルグと名付けられた2足歩行の獣。
ジョストンさん曰く、この階層のモンスターは知性に乏しく本能のままに行動するので初心者にとっての登竜門となってるそうな。
確かに対峙して分かったのは対人戦であるような駆け引きの無さだろう。ただただ襲い掛かってくるだけなので盲目の僕からしてもやり易い。
「ほう 一応形にはなっとるじゃないか」
「だがパワーが足りん パワーが!」
「ダンジョンのモンスターって皆こんな感じなんですか? これだったら皆さんもっと下の階層に行けますよね でも最深部に到達したとは聞かないな・・・」
「ここらで産まれたモンスターは互いに戦って経験を積みながら下の階に降りてくんだってよ 俺達は冒険者として上を目指すが 連中は下を目指してるんじゃないか? なぁオルソン 採掘師的には下に何があると思う?」
「そうだな 夢と希望だろう」
「はぁ~? えらく抽象的だな もっとこうお宝とか伝説のとか そう言うんじゃないのか?」
「お宝だろうが名誉だろうが 夢や希望とそう変わらん ましてやモンスターが向かう先だ 連中が切望する何かがあるんだろうな」
「ま 金銀鉱石ならそこらで産み出してるじゃない わざわざ奥まで行く必要はないわよ」
「はぁ~ 冒険者の言うこっちゃねぇな~」
目的地に到着した採掘師達はピッケルを手におもむろに壁を掘り返し始めた。ここでは「接合石」なるものが採れるらしい。何でも金属と一緒に精錬する事で独特な粘りが出るとか何とか。
そして僕達の仕事の本番でもある。
「ロゼリーヌさん! 上に羽虫 数は2!」
「了~解っ」
ここでは採掘する音に反応して次々とやって来るモンスターを撃破していく。彼等にとってこの音が不快なのかは分からないけど、敵意向きだしで襲ってくるものだから此方としても戦わざるを得ない。
「ヒュ~ 壁に埋まったまま倒せるモンスターなんてなかなか拝めないわね」
僕の声に即座に反応して2本同時に放たれた矢は見事に突き刺さり、モンスターは地上に産まれ落ちる前に絶命した。
それにしても次から次へとやって来るモンスター相手に戦闘を繰り返しても、採掘師達は一心不乱に壁を掘り続けている。たぶんこれはジョストンさん達を信頼しているからだろう。
・・・何か、格好いいな。
「ホレ終わったぞ」とオルソンさんの声と共に今回の仕事は終了となる。もっともギルド到着までが仕事なんだけど。
「結構量がある感じですか? 何か袋の擦れる音が重そうで・・・」
「こんだけあっても実際使える量なんて知れてるがな だが自分で作る分は自分でこさえるのが採掘師のポリシーだ」
「作る?」
「オルソン達は主にアクセサリーなんかを作ってんだよ ハルメリーの宝飾品は結構有名なんだがな」
「へぇ 初めて知りました・・・」
「その地域の特産品はダンジョン資源に影響されるからな ここでは鍛冶 細工 あとは日用品なんかの製作が盛んだな」
町を歩いていると鉄を打つ音が聞こえる事がある。きっと彼等の作業場から流れてくる音だろう。僕にとっては町の一部になってる音だ。
「んじゃアネット 帰りはお前が先導しろ」
「いやいや 目が見えんもんにそれは酷だろう」
「ん? 大丈夫じゃないか?」
「はい ここまでの道のりは覚えましたから」
「覚え・・・って」
他の人達はそれに驚いていたけど、僕にとってはこれが当たり前だ。でなかったら買い物にも行けない。幸いな事に帰りはモンスターと出会す事はなかった。
洞穴の出口付近には露店が何軒も出店している。帰りがけの冒険者達を狙い撃ちにした商売人達の戦術と言うやつだ。でもそれには理由もある。
ここで採れた鉱石は資源。そして資源は国の規定で管理されている。
つまり洞穴を出る時に全員身体検査を受けなければならない。なので混んでる時は皆暇をもて余す。ここの露店の数々はそう言う事だ。
「アネット~ こっちにおいで~ ほらジョストンも!」
「お 今日は空いてるな」
出口に設けられた検疫所では設置された秤に鉱石を置く。そこで採掘量、種類が記録され違反があった場合はその分没収。悪質と判断されればそのまま逮捕となるらしい。
結構厳格に管理されてるんだ。
検査は10分くらいで終了し、僕達は晴れてダンジョンを出た。秋の風が自然の香りを運んできてくれて気持ちがいい。解放された空の下をギルドまで戻り、今度こそ本当の終了だ。
「ふぅ ・・・僕 ちゃんとやれたでしょうか」
「新人にしちゃ良くやった方だろ 連中だってお前が思ってるほど求めてねぇよ まぁ 面白い奴とでも覚えててもらえれば御の字だ」
御の字か・・・それが明日に繋がってくれればいいんだけど。
僕はカウンターでお仕事終了のサインをしてると、慌てた様子のポリアンナさんが僕を呼びに来た。
「ア・・・アネット君!? はぁ~良かった ようやく帰ってきた・・・ちょっと来て!」
いつもは温厚なポリアンナさん。でも今はモンスターに追われた一般人みたいな色になっている。何が彼女を急かすのだろう。
ツカツカと足早に歩くポリアンナさんに引かれ、僕はとある部屋の前まで連れてかれると身だしなみを整えさせられた。
「ああ ここシワになってる あと髪の毛を整えて・・・これでよしっ」
「あのポリアンナさ─────」
「し 失礼しますっ」
ん~? 何だろう。この扉の先に何が待ち受けてるんだ? それが何にせよ途轍もない重荷が待ってるような気がする。
入った部屋には計4人。テーブルを挟んで1人と3人とで分かれて座している。その1人がランドルフさん。この存在感は外さない。
で、残りの3人なんだけど・・・
「来たか まぁ座れ」
ランドルフさんに促されて長めのソファーに座った僕に興味があるのか、向かいにいる真ん中の男性が話し掛けてきた。ただ気になるのは同時に品定めをされてる色をしてる事だけど。
「君がアネット君か・・・本当に目が見えないのだな」
男性はそれを確認するかのように、僕の目の前で自分の手をフルフルと振ってみせた。
「はい 僕がまだ小さい頃盲目さんと出会い それから目は見えません・・・ ところであなたは?」
「あぁ こちらはな・・・コルティネリ領の領主ベルリンド・コルティネリ殿だ」
「は・・・はぁ・・」
領主・・・領主・・・聞いた事がある。取り敢えずここの領地で1番偉い人だと。そんな人が僕に用事? 何だろう。ますます分からなくなる。
隣では「ん~」と、ランドルフさんがくぐもった声を出しているのが面倒事の大きさを物語っていた。