14・戦いの翌日
あらすじ
初めて実戦を経験した。
僕は薪割り場にやって来た兵士達や冒険者に現場を任せて急いでギルドに向かった。そこは冒険者達の巣窟とは言え、彼等を唸らせる程の獣がその関門を乗り越えてこの場所までやって来たんだ。
ギルドが無事と言う保証は無い。そんな考えが脳内を巡ると僕の足は自然とマルティナの元へ駆けていた。
ギルドに着くと怪我人と思しき多く人達が運び込まれ、ホールは横たわる人達で埋め尽くされていた。
「マルティナ! マルティナ!!」
僕はこの現状にいたたまれなくなり思わず大声で叫んだ。
「アネット君!? あ~良かった~無事だったのね!」
ギルドの受付ポリアンナさんは必死に叫ぶ僕に気付いたのか小走りに駆け寄ると思い切り抱きついてきた。苦しい・・・・
「ポリアンナさん! マルティナは!? マルティナは無事ですか!?」
「えぇ ここは大丈夫よ モンスターは裏通りを通っていったみたいだし・・・ でも生きた心地がしないわ もう少し遅かったら子供達をお外に連れ出して散歩している時間だったもの・・・
それよりも外の出たら駄目じゃない! まだ危険なモンスターが彷徨いてるのよ!?」
「それなら大丈夫です 薪割り場で仕留めましたから」
「え・・え?・・・仕留めたって・・・薪割り場で・・? ちょっと・・大丈夫なの!? どこか怪我は無い!?」
「僕は大丈夫です モーリスさんは怪我を負ってしまいましたけど ミスティラさんが薬草を塗ってくれたお陰で事無きを得ました でもお2人が助けに来てくれなかったら僕は今頃獣に倒されていたでしょうね・・・」
「ちょっとぉ~~~~~ 変な事言わないでよぉ~~~~~~」
ポリアンナさんは腰が抜けそうな程驚いていた。どうやら言い方を間違えたらしい。
「アネット!? ちょっと駄目じゃない! 警報が解除されるまで避難してなきゃ!!」
「マルティナ!? 良かった・・無事で・・」
自分が思うよりも気が張っていたのか、マルティナの無事な様子を確認できた途端、全身の力が抜けその場にへたれ込んでしまった。
この後メチャメチャ説教されたけど、今の僕にはそれすら心地よかった。
家に帰るとオフェリナ叔母さんが僕達を力強く抱き締めてくれた。ソフィリアは状況が分からず「キョトン」としていたけど、涙ぐむ母親につられてワンワン泣き出してしまった。
あんな事があったからか夕食はちょっとしんみりとした雰囲気になってしまった。でもそんな今が迎えられるのも、あの時立ち向かえたからで、冒険者に憧れる僕としては充実感に満たされてもいた。
食事が終わった丁度その時、家のドアが数度ノックされ入り口近くにいたマルティナが応対に出た。
「はい どちら様ですか?」
「こちら冒険者のラッソルと言うものです 夜分遅くすいませんが そちらにアネットと言う方はご在宅でしょうか・・」
「はぃ アネットは僕ですが・・・」
入り口から顔を覗かせ僕を見たラッソルさんは「まさかそんな!」と言う感情で驚いている様子だった。
「まさかそんな! 君が・・・確かに少年とは聞いていたが・・・ いや・・そうか・・君がワイルドウルフを倒してくれたんだな・・ありがとう仲間の仇を討ってくれて そして町にいる家族を守ってくれて・・・
俺は仲間達を置いて町に知らせに行く事しかできなかった 兵士達を連れて戻ったときにはもう・・・・・・」
ラッソルさんは僕に深々と頭を下げた。
「はぁ!? 倒したってどう言う事よ!! ずっと隠れてたけど怖くなってギルドに逃げてきたって言ってたじゃない!!」
ポリアンナさんに対する失言を反省した僕は、本当の事は言わないでおこうと心に決めた・・・のだけど、その思惑は見事に崩れさってしまったようだ。
「た・・戦いはしたけどモーリスさんやミスティラさんの助力があればこそだよ・・・
それにラッソルさん・・・ あなたがこうして町に知らせてくれたお陰で家族は全員無事でした 此方こそありがとうございます」
「いや それは此方の台詞だよ 今日はどうしてもお礼を言いたくて寄らせてもらったんだ・・・ 君は・・・
良い冒険者になれるかもな───────」
そう言い残しラッソルさんは帰っていった。
自室に戻りベットに横たわって今日1日あった事を振り返り反省点を洗い出す。上手くできた事もあれば危なかったところもある。ミスティラさんの言う通り獲物の息が止まるまで気を抜くべきではなかった事とか。
「はぁ・・・ 盲目さん 今日は助けてくれてありがとう 盲目さんが居てくれなかったら 早々にやられていたところだったよ」
『いいって~ でもあの子何だか変な感じがしたんだ~ ミーメに会いたがってた事は分かるんだけど』
「ミーメ・・・確か精霊さんだったよね 会いたがるって 会ってどうするんだろう」
『アネット達が言ってるモンスターって 精霊さんの子供なんだよ? でも子供達は親が見えないの 精霊さんが親だって事も分からないんじゃないかな でもね 何と無く探しちゃうの』
「親を・・・ だからミーメがいるダンジョンに向かっているのか だったらあのモンスターもミーメが産んだの?」
『たぶん違~う 何か分からないけど普通じゃない感じ?』
「普通じゃない・・・だからはぐれモンスターなんて呼ばれたりするんだろうけど」
その普通じゃない理由は“盲目さん”でも分からないみたいだ。今日は怖い思いをしたけれど、また1つ僕の頭の中の地図に書き込む事が増えて嬉しくもあった。
それと「ダークビジョン」と「プチダーク」
それが今使える“盲目さん”のスキルだ。その2つは何の脈絡も無く『使えるよ~』と突如として教えてもらったものだった。
スキルと言うと長くは辛い修行の果てに手に入れる究極の力! みたいなイメージだったので、食事中にいきなり言われても「え?」っとなるのは当然だろう。
一通りスキルの説明を聞いたとは言え、今まで試す相手がいなかった為、今回ぶっつけ本番での行使となってしまった。でもおぼえたスキルの性能は実際に試しておいた方が良かったと痛感した。
「ダークビジョン」に関しては再使用に時間が掛かるとは思ってもなかったし、「プチダーク」は黒い靄を出すのだけど、それがどれ位の範囲でどの程度保つか等々。事前に分かっていれば使いどころも自分で考えられた筈。
それに今回の戦いは運が味方してくれたのが大きい。薪割り場に来る前に消耗していた事。モーリスさんのお陰で戦えた事。近くにミスティラさんがいた事。このどれか1つでも欠けていたら僕は無事ではいられなかっただろう。
翌日────────
流石に今日は朝の鍛練をする気分にはなれなかった。それはマルティナも同じなようで、早朝に僕の部屋がノックされる事はなかった。
それでも日常は回るもの。
「マルティナ・・・? その 怒ってる?」
「別に 怒ってない」
ムカムカした色合いでそう言われても、どう受け止めて良いか分からない。こう言う時はソッとしとくに限る。
朝食を済ませた僕達はソフィリアを連れてギルドへと向かった。道中、昨日の事は尾を引いて住民達の噂の種となっている。
小さなソフィリアもこのちょっとした変化に敏感になってるのか、不安気に僕の手を強く握った。
それに反してギルド内はいつも通りの装いだ。異常事態が起こったものの、職員達が夜通し頑張ったお陰で普段のギルドが戻っている。これならソフィリアを預けても大丈夫そうだ。
「それじゃ僕はここで」
「うん アネット・・一応気を付けてね 薪割り場って森にも近いんだから」
「うん」
「お兄ちゃん・・・」
この子なりに心配してるんだろう。僕にベッタリと張り付いて離そうとしない。
「大丈夫だよソフィリア 悪いモンスターが出たって お兄ちゃんはもう戦えるんだから ね?」
「うぅ~・・・」
何だかますます不安な気持ちにさせちゃったけど、何とかソフィリアをなだめると、僕は急いで薪割り場へと向かった。
到着した薪割り場は討伐したモンスターも片付けられて静寂が広がっている。いつもならモーリスさんの大声が響くのに、まるで違う場所に迷い込んでしまった感覚になる。
それでも微かに血の臭いは残っていた。そんな中を自分の斧を探して小屋の周りを巡る。確かにこの辺に放ったらかしにしてある筈。
この仕事場がいつ元通りに戻るのか分からないけど、モーリスさんが臥せってる今、僕が薪割りを頑張らないと。僕は自分の斧を探しだすと、それを手に丸太に斧を振り下ろした。
今日だけは頑張ってもいいんだけど、帰りが遅くなるとマルティナが心配するので、ノルマを終えた僕はいつもの時間で切り上げる。お疲れ様でした。
それに今日はジョストンさんに稽古をつけてもらう日でもあった。強敵“はぐれモンスター”を倒した事もあって気も大きくなってるのか、今なら対等に戦えるかもしれない! と言う気分に沸く。
僕がはやる気持ちでギルドの扉を開けると、そこにはもう一枚分厚い壁が立ち塞がっていた。こんな壁あったっけ?
「ほう! お前が例の小僧か ちと訓練所まで付いて来い」
「・・・・・・・はい?」
何だろう・・・年配の人の声だ。その割には大柄でガッシリとしている。何だかお断りした方が良さげな雰囲気だけど、行き先が訓練所では断れない。
「悪いなアネット しばらくジジイの悪ふざけに付き合ってやってくれねぇか?」
「ジョストンさん?」
「昨日の事聞いたら ジジイがどうしても手合わせするんだって聞かねえんだよ・・・」
「はぁ・・・」
何と言うか前を歩くお爺さんの背中が「NO」と言わせてくれない様に感じる。僕は半ば諦めると渋々彼の後をついていった。
訓練所に着くと、いつもより人で溢れてる気がする。訓練生達? 冒険者も結構混じってるんだろうか。これから何が始まるんだろう・・・
僕は壁にあるいつも使っている剣を手に取ると、お爺さんも武器と思しきものを手に取って構えた。ん? 剣・・・じゃない?
それを何気なく振った時の音には聞き覚えがある。これ・・・物干し竿だ。僕が面白半分でオモチャにしてた時に聞いた音だ。
「長もの?」
「ほぅ 目が見えんと聞いていたが 良くわかったな こいつは槍だ ワシの最も得意とする武器よ」
物干し竿の長さなら知っている。戦った事はないけれど・・・ でも明らかに剣とは比較にならない尺の差だ。僕は覚悟を決めて剣を構えた。
長ものと戦った経験はないけど、長いなら懐に入ってしまえば良いのでは? 安直だけどそれしか思い付かない。
構えた時点で戦いは始まっている。僕はジリジリと相手との距離を縮めていった。
『右~』
すると突然“盲目さん”からの指示が出た。僕は半ば条件反射で右に避ける。すると僕の頭のすぐ横を何かが通り抜ける音がした。
間違いない。これは槍の一突き。
と言うか、音が聞こえなかった。普通なら剣を振る音、足を踏み込む音、一撃放つ時の息遣い、それら諸々が僕に相手の予備動作を教えてくれるのだけど、それが無い。
つまり“盲目さん”の声がなければ今のでやられていた。周囲の人達もザワザワとしている。
こんな人もいるのか・・・
気を取り直してもう一度剣を構える。でも懐に入るのは難しそうだ。だったら自分の全部を音に集中しよう。
ススス・・・
僅かに聞こえたこの音。槍を弄った時の音だ。この人にとって攻撃の所作はこれで十分なのかもしれない。でも覚えた。
あとは距離の修正だ。相手は僕の倍以上のリーチがある。ここはジリジリと距離を詰めて一気に間合いに入ってしまおう。ジリ・・・
『右足~』
狙ってきた? 僕は咄嗟に体を捻る。ここからどうしよう。後ろに退くか? ・・・それはダメな気がする。だったら前!
槍が引き戻されると同時に大きく踏み出して一気に距離を縮めた。接近を試みるけど、それよりも早く槍は僕の攻撃を防いでしまう。でも彼が武器を扱う時「カツカツ」と言う音を小さいながらも聞き取った。
どうやら彼は槍を手のひらで扱うのではなく指先で操っている様だ。
後少しで剣先が届くと言うところで、彼の左足は地を離れた。同時に僕の左側から槍を振るう音が聞こる。左下から右肩までを切り上げる動作であったので、それを体の回転を駆使して避けると、その遠心力を利用しそのまま攻撃に移った。
相手も片足のまま回転して僕の攻撃を避けるとそこから槍の後ろ、石突の部分で突いてくる。
僕はその突きの下に潜り込み軸足を狙う。彼は石突を地面に突きたてると今度は槍を軸に飛んで躱し、その回転を利用して先端の刃、穂で斬りつけるように縦に凪ぎはらってきた。
それを剣で受け流す。でも決して力で張り合わない。数合で分かったけど、手加減されてるとは言え腕力で張り合ったところで吹き飛ばされるのが落ちだ。
僕が相手の動きに合わせようとしているのと同じ様に、彼もまた僕の動きに合わせてくる。感情も僕の何処を狙うとか・・・ではなく、全体の流れを読んでいる感じで動きを悟らせない。
なので此方が打てる手立ては僅かな指先の音を聞き分けて、突きの出しづらい近距離から攻め続けるしかないのだ。
「おぃ・・あのガキ ジジィと渡り合ってるぜ・・・」
「ホントに目が見えてねぇのか?」
「俺は目が見えてても 最初の一突きでやられたからなぁ~」
僕は剣の射程に入った彼めがけて横の一閃を繰り出した。彼はそれを後方に跳びつつ同時に突きを繰り出し僕を近付けさせない。
だけど後方に跳んでいるお陰でその突きに威力はない。でもまた距離を詰めても同じ事の繰り返しだ。それでは絶対彼には届かない。予期しない1手が必要だ。ならば・・・
『ぷちだーくぅ』
そこで彼が着地した瞬間を狙い闇の霧を彼の前方に展開した。剣でその霧の左側を刀身の平たいところで団扇の様に扇ぎ対流を作ると霧越しに剣を振った。
健常者に対する僕なりの囮を使った賭けだ。
彼が引っ掛からなければ無防備なところに攻撃を食らう事になるが、半ば捨て身にならなければ僕の攻撃は彼に届かない。
僕は僕の体のすぐ横を剣で靄を扇いだ。対流を作ってそこに僕がいると思わせる。すると・・・相手の槍がそこを突いたのを僕の耳が捉えた。
賭けは勝った。後は全力で剣を突く。
「うぉぅ!?」
攻撃の種類を突きにしたのは極力霧の形を変えたくなかったから。剣を振り下ろすように激しく動いたら靄が動いて相手に気付かれてしまう。
しかし彼も暗闇での不意の攻撃を警戒していたのか、これを警戒していたのか体を斜に構えていて、結局僕の渾身の突きは残念な事に彼の胴を掠めるにとどまった。
『アネット靄晴れた~』
だけどそれなりに効果はあった様で、この攻撃に肝を冷やしたのか、彼は大きくのけ反っていた。してやったり。
だけどここで彼のスイッチを入れてしまった。
本当ならここは追撃をかける場面だけど、僕は全力で後方に跳んだ。長もの相手にそれは愚策だけど、何と無くそうしなければいけないと直感した。
何かまずい・・・
「盲目さん!」
『ダークビジョ・・・・』
「神速三段!!」
相手の声を耳にした時には僕は宙に舞っていた。後から3回分の重なった音が聞こえた。槍で突かれた衝撃もないのに僕は後方に派手に飛ばされると地面に数回転がる。
正直転がってる時の方が痛かった。これ・・たぶんわざと攻撃を外したんだ。
「おぃ! ジジィ! 大人げねぇぞ!!」
「子供にやられそうになったからってムキになってんじゃねぇ!!」
「バカモン!! 当てとらんわい! 小僧 お主名は何と言う」
「・・・アネット です?」
「がっはっはっは! お前は中々良いものを持っとる様じゃな」
「ジジィ もう気は済んだか?」
「うむ アネット! 冒険者ギルドはお前を歓迎しよう!!」
その瞬間、周りから大きな喚声と拍手が巻き起こった。
「あの・・・あなたは?」
「おぉ! 言い忘れていたな ワシはこの冒険者ギルドのギルド長 ランドルフと言うものじゃ」