13・アネットの実戦
前回のあらすじ
マルティナの修行が始まった。
冒険者ラッソルはひたすら走る。邪魔な鎧を脱ぎ武器を捨て凡そ重りとなる物をかなぐり捨てて、後ろも振り返らずにハルメリーの町まで脱兎の如く走った。
「あれは・・あれは・・ヤバい・・ はや 早く 町に知らせなくては・・・」
★
いつもと同じ朝が来て、いつもの様に目が覚める。だけど肌で感じるお日様は残念ながらご機嫌斜めの曇天だ。
「おはよう盲目さん」
『おはよ~アネット~』
“盲目さん”と朝の挨拶をしていると部屋の外から「ゴトッゴトッ」と、得体の知れない重い何かが歩く音がした。それは廊下の僕の部屋の前まで来るとピタリとその足音を止める。
そして・・・ガチャリッ・・・
「アネット 朝よ 起きて」
『あさ~』
『さ~』
うん・・まぁ知ってたけど。
「マルティナ・・・ おはよう」
『おはよ~』
マルティナは訓練所の先生に重りを付けて生活しろと言われたらしい。それで鍛えられるのか分からないけど、素直なマルティナは愚直に熟しているようだ。
最初あまりの音の変化に「マルティナちょっと太った?」と聞いたら怒られた。どうやら女の子に重さの話は禁句らしい。
でも朝の鍛練も重りを付けたまま走るんだろうか・・・
「はぁ~・・はぁ~・・はぁ~・・」
「はぁ はぁ・・マルティナ さすがにそれ付けたまま走るのは無理だよ」
「へ・・平気よ・・はぁ~はぁ~・・・」
いつもは僕の前を走るマルティナは、今日に限って僕に手を引かれてる。負けず嫌いな彼女は折れる事を知らないだろうけど、無理が祟って体を壊しては元も子もない。
何とか根性で大通りに戻ると、普段人がいない筈のこの時間帯にチラホラと固まって噂話に興じている住民達がいた。
その原因はこの通りを鎧の音を響かせた兵士の人達が忙しなく走っているせいだ。これではうるさくて目も覚めるだろう。
「何だろう・・何かあったのかな」
兵士達は一様に緊張した色を宿してる。そんな心境が周囲の住民にも伝染してるのか住民達にもその不安が渦巻いていた。
こんな時は早々に家に戻るに限る。
「おい! これは一体何の騒ぎだ!!」
僕達が冒険者ギルドの前に差し掛かったところで、1人の男性が声を張り上げているところに出会した。彼は相当ご立腹で職員と思われる人に食って掛かっている。
眠れない事がそんなに腹立たしかったのか、職員の人も困ったようにこの理不尽な対応に迫られていた。
「は・・はい・・それは今此方でも確認をとっている最中で・・」
「ええい! お前では話にならん! 責任者を! ギルド長を呼んでこい!!」
「いぇ・・ギルド長は事態を把握する為に外に出ておりまして・・・」
これがいわゆるクレーマーだろうか。話の中から得られる情報がないものかと思ったけど、無意味な押し問答が続くばかりだったので素直に家に戻る事にした。
自宅に到着すると慣れない重りにガッツリ体力を奪われたマルティナは、かいた汗を拭きに自分の部屋へと駆け込んでいった。
それでも朝食時にはきちんと顔を出し、しっかりと朝食を掻き込むと僕とソフィリアを引っ張ってギルドへと向かった。
今までマルティナは薪割り場までついてきてくれたけど、ギルドの仕事に妹のソフィリアも一緒なのでギルドの前でのお別れとなる・・・のだけど。
早朝やっぱり何かあったのか、ギルドの入り口には結構な人が集まって入り口が塞がれてる状態になっていた。
「何かあったのかなぁ・・・」
「わからないけど アネットも気を付けてね」
「うん わかってる それじゃ行ってきます」
『いってくる~』
「ばいば~い!」
『行ってら~』
『ら~』
マルティナ達と別れた僕は釈然としない気持ちで薪割り場まで急いだ。
「おぉアネット! 良いところに来た!」
「? ・・モーリスさん?」
到着早々焦った声のモーリスさんが僕の所に駆けてきた。何だろう。普段なら絶対に出さない声だ。町の様子がいつもと違う事と関係しているのかな。
「今朝は町もギルドも何だか騒がしかったんですが 何かあったのですか?」
「それなんだがな どうやら“はぐれ“が出たらしい」
「え・・・はぐれ・・って あのはぐれモンスターですか?」
はぐれモンスターとは読んで字の如し。群れからはぐれたり生息域から抜け出したモンスターの別称だ。
何でそんな行動をとるのか。争いに負けたとか強者を求めてとか食べ物を探しにとか色々な説があるけれど、その全てが等しくダンジョンを目指すのだそうだ。
それが何故かも不明で、でも総じてはぐれモンスターと呼ばれる個体は通常のモンスターよりも格段に強いと認識されている。
「朝早くに冒険者が町に知らせに来たらしい 聞いた話だとその冒険者のパーティーはそいつ以外皆やられたそうだ 救援を要請するのは別に特別な事じゃないが 普段と違うモンスターの行動を目にした場合は報告の義務がある どうやら今回がそれらしい」
カンカン・・カンカンカン・・カンカン・・
モーリスさんが事のあらましを説明していると、町の鐘楼が緊急を知らせる鐘を鳴らした。
「おぃおぃ マジかよ・・・」
町に設えられている鐘の音には幾つか種類がある。今鳴っているのは緊急事態。「外出禁止と近場の建物の中への避難」なんだとオフェリナ叔母さんから習った。
一般市民が避難してる内に兵士の人とか冒険者達が何とかしてくれるまで、僕達は避難しなくてはならない。
「アネット お前は小屋の中に避難していろ」
「でもマルティナが・・それにカルメンも!」
「大丈夫だ お嬢ちゃんはギルドだろ? それにうちのやつ等は狩人だぜ? 空気のおかしい日は狩りに出たりはしねぇよ」
『アネット~ 大きいのが来るよ~』
「町の方で赤の狼煙が上がった! アネット急いで小屋に行け!」
町がこれ程騒ぐって事は強いって言われるはぐれモンスターは僕が想像した以上に強いんだろう。僕もいつかはそんなモンスターを何とかする側に回るんだろうか。
僕はモーリスさんに言われた通り薪割り場の小屋に避難した。しばらくしてからモーリスさんもやって来る。手に何か持っている? たぶん薪割りの斧だろう。
内側から閂をかけて僕達は押し黙った。どれくらいの時間が経ったのか。未だ警戒解除の鐘は鳴らない。
「音が・・ 近付いてくる・・・?」
僕は注意深く小屋の壁に顔を近付けて外の音に耳をそばだてた。話の通りダンジョンに向かう性質があるのならここはその中間だ。
注意して音に集中するとまだ遠くで僅かに音がするのみ。それは人の掛け声と獣の咆哮と武器が振るわれる音。
僕達のいる小屋に近付いて来るものの、事が終わったのか次第に静かになっていった。
「・・・終わった?」
静まり返った外の様子を確認する為扉に手を掛けたモーリスさんを僕は止めた。
「モーリスさん駄目・・近くにいる・・」
ドス・・ドス・・ドス・・ドス・・ドス・・・
フゥーフゥーフゥー・・・・・
どうやら町の守り手達はやられてしまったらしい。それでも深傷は負わせたのかモンスターの息遣いは荒い。
僕は産まれて1度もモンスターと接した事がなかったけど・・・こんなに大きかったのか。足音が馬とは比較にならない。歩く感じから4足歩行と分かる。
動物とモンスターの違いって何だかよく分からないけど、動物のように草むらに潜むような歩き方じゃない。出会うもの全部が獲物。そんな印象だ。
スンスンと鼻を鳴らして何かを探すモンスター。そして時折「ドン!」と小屋に体をぶつけてくる。
これ絶対僕達に気付いてるよね・・・
「アネットお前な・・・ここにいろよ」
「モーリスさん?」
「まったく・・獣風情が 俺が木こりだと思ってなめてやがるな・・・」
モーリスさんは持っていた斧をギュッと握ると勇ましく小屋を出ていった。
「来いよデカブツ! 木こりの戦い方ってやつを思い知らせてやる!!」
と大声で叫ぶとモンスターの注意を自分に引きつけた。それに答えるようにモンスターも一声吠えると小屋に体当たりする音は止んだ。
ドゴォ・・・!
次の瞬間、重い音と衝撃が小屋の中にまで伝わってきた。互いの雄叫び声が混ざり合って激しい戦いの音を響かせる。
「ふぅー・・ふぅーふぅー・・・」
けれどそれも長くは続かなかった。モーリスさんの呼吸とピチャッピチャッと水滴の落ちる音が小屋にいる僕に届いてくる。
想像したくない・・・したくないけど、このままではモーリスさんが死んでしまう。
それだけは絶対に駄目だ!
「盲目さん・・お願い・・僕に力を貸して・・モーリスさんを助けたいんだ・・・」
『分かった~ 一緒に頑張ろう~』
僕は勇気を絞り出すように呟いた。そして小屋にある自分の斧を探した。冒険者なら剣を抜くべきところだけど、今の僕の武器は薪割り用の斧。
剣と比べてどうかは分からないけど、ずっと使ってきた分手に馴染む。予備として木を削るための短刀を腰に差してソッと扉を開けた。風向きに気を配ってモンスターの背後にまわる。
2人の姿が見えるように建物の影に潜んだ。状況は・・・最悪。弱ったモーリスさんにモンスターは噛み付こうとしている瞬間だった。
動物が目の前の事に一番集中している時。それは獲物にトドメを刺す瞬間。と本職狩人のミスティラさんから習った。
だったら今しかない!
僕は肉を堪能しようとするモンスターにタイミングを合わせて右後ろ足、その腱を狙って全力で斬りつけた。
「ギュアッ!!」
相手が油断していた事もあって、その一撃は完全に相手の虚を衝く攻撃となった。モンスターもここに来て初めて悲鳴を上げた。
でも僕はそのままたたみ掛ける事はしない。後方に退き距離を空けた。悲鳴を上げさせはしたけれど深傷には程遠い一撃だったからだ。
獣は僕の方を向くと大きく怒りの咆哮を上げる。案の定まだまだ動き回れるようだ。
しかしモーリスさん相手と違い、此方との力量差を瞬時に見極めたモンスターは躊躇いもせずに飛び掛かってきた。
僕もそれに合わせて前に出る。
狙うは相手の攻撃に合わせてのカウンター。それ以外に僕が敵にダメージを与えられる手段を持たない。
モンスターの体は大きい事もあって各所に音のヒントが散りばめられていた。つまり動きが良く分かると言う事だ。
地を蹴って大きく跳躍して、まるで小ウサギでも狩るような仕草。僕はモンスターの下を走り、走り様に先程攻撃をした箇所。後ろ足に斧をぶつけた。
でも流石はぐれと言われるモンスター。
今度は相手の勢いもぶつかって持っていた斧をどこかに飛ばされそうになった。その衝撃は腕にまで上ってくる。
獣は着地と同時に振り返った。ダメージは与えられただろうか。何と無く足を気にしているようだけど、今度は無事な足で地面を蹴って迫ってくる。
もう上に飛ぶなんて事はしない。確実に仕留める気だ。
『だ~くびじょん~ しばらく真っ暗~』
“盲目さん”のスキル発動と共に僕は横に飛んだ。スキルが効いていればモンスターは今何も見えない筈。
突然の事に勢いを殺せないモンスターは地面を転がると、困惑するように辺りをキョロキョロし始めた。
でもこのスキルに限っては振り払う事ができない。
「ようこそ 僕の世界へ・・・・」
僕はモンスターにソッと近付いて相手の眼球と思しき場所にタイミングを合わせて全力で斧を振り下ろした。
「ギュアアアアアァァァアアーー!!」
こればかりは確実な手応えを感じた。間違いなく深傷を負わせた感触だ。
モンスターはあまりの痛さに暴れまわり、斧を手放さなかった僕はその勢いに斧ごと宙に放り出された。
「うっ!」
受け身もとれずドサッと落ちる。どうやら僕を宙に飛ばすくらいなら簡単にできるようだ。
傷を負った事で我を失うと思われたモンスターだったけど、逆に冷静に周囲を確認し始めた。目が見えないなら耳と鼻で・・・ここが人とモンスターとの違いだろう。
でもこのチャンスは逃せない。相手が状況に適応するまでに、出来るだけ傷を与えなければならない。
モーリスさんを引きずって逃げる案もチラリと頭に浮かんだけど僕の力では大柄な彼を抱えて逃げる事は不可能だ。戦うしかない。
僕が斧を構えて詰め寄るとその足音を察知したのかモンスターはピクリとも動かなくなった。かなり警戒している。
そして飛び掛かるような体勢を整えたみたいだけど、一向に攻撃してくる様子はなかった。流石に真っ暗な中を飛び出す勇気はないのだろう。
なので僕はやたらめたらと斧を振り回した。
もちろん目鼻耳など感覚気管を積極的に狙っていく。モンスターも前足でそれに対抗するけど、僕ほど暗闇に慣れている訳ではなさそうだ。
その動きは破れかぶれのそれだった。
相手の動きに合わせて攻撃を繰り出していく。何度も手に衝撃が伝わるがモンスターは怯む素振りを見せない。
『アネット~ 時間切れ~』
「次・・・直ぐ撃てそう?」
『む~ しばらく無理~』
「はぁはぁ ・・・了解」
押しきれなかったか。残念・・・
闇が晴れたモンスターはしっかりと倒すべき相手を捉えていた。しかし僕とて獣の動きと攻撃範囲は捉えた。
片目を失っても自分とは明確な力の差があると判断したモンスターは、臆する事なく前足を出してきた。
けど上手く距離感が掴めないのか、その鋭い爪は虚しく空を切るばかり。でも油断はならない。何せ此方は一発でももらえばアウトなんだから。
感情を読み、音で判断してようやくギリギリ回避出来るレベル。真っ暗であった時とは違って中々攻撃をさせてもらえない。
息が上がり足も重くなり始める。
これでは時間の問題だ。
「盲目さん!」
『ぷちだーく~』
それは小さい闇の雲を大気中に発生させるスキルだ。ダークビジョンと違い完全に失明させるものではないのでモンスターはその靄を振り払おうとする。
『2発目~』
害は無いと判断したモンスターは獲物である僕を探し始めた。しかし靄のせいでにおいはあるけど姿を捉えられない事に苛立ちを募らせる。
僕はわざと足音をたてて挑発をした。
業を煮やしたモンスターの動きは段々と大きくなっていく。相手の視界に身を晒し「プチダーク」をばら蒔く。
『3発目~』
逃げるだけの僕に攻撃手段が無いと判断したモンスターは、おもちゃにジャレつく猫のようにな動きで飛び掛かってくる。
ようやく見せたその大きな隙。
僕は腰の短刀を抜き放ち深々と相手の右耳に突き刺した。
「ギョアァオォォオオ~~~~~!!!」
獣は耳に短刀を突き刺したまま「ドスンドスン」と地面にのたうち回った。
本当はもう片方の目を潰すべきだろうが、この獣は視界が奪われても冷静に耳での探知に切り替えただろう。
とにかく右。
右を潰す。
前足による攻撃から最初のクリーンヒットが右目であるのが分かった。後ろ足への攻撃も右。
そうしたのは片側を完全に潰した方が相手も嫌がるだろうと思ったからだ。
「ガルルルル」とうなり声を上げモンスターはもう怪我から立ち直っている。敵ながら凄い回復能力だ。人間ではこうはいかないだろう。
僕の体力もそろそろ限界だ。それは相手も分かってる筈。でも動こうとしない。多分次何されるのか分からないからだ。
僕が左に動くと視界から外さないよう相手も右に向く。これである程度は獣の動きを操れる訳だ。それを利用してある場所まで誘導する。
攻撃をする素振りを見せながらゆっくりとゆっくりと丁度よい位置まで移動して・・・渾身の一撃を真正面から見舞った。
「うぉおぉぉぉお!! スラッシューー!!」
それと同時に怪我から回復したモーリスさんが、僕が初撃に打ち込んだ右後ろ足の腱に渾身のスラッシュを撃ち込んだ。
「ダァン!」と木こりの本領。まるで木をこるような大きな音をたてモンスターは「ドスン」と地に伏した。
多分もう足が使えない状態になったのだろう。敵が2人もいるのに起き上がろうとしない。
勝負は決した。
「モーリスさん・・はぁはぁ・・・良く右足の事わかりましたね・・・」
「そりゃ~・・・母ちゃんの狩りに散々付き合わされたからなぁ・・・こいつの動きがちょっとおかしかったのが分かったぜ・・・ それにしても・・・おめぇ大したものだなぁ」
「それより・・・怪我は大丈夫ですか?」
「こんぐらいかすり傷だ ちょっと休めばホレこの通りよ 木こりはタフさが命だからなっ!」
モーリスさんは無事。危機的状況は去ったようで僕は胸を撫で下ろした。
その瞬間───────
モンスターは本当に怪我をしているのかと思わせる程の素早さで肉薄すると、目の前の間抜けな2人に爪を振りかざした。
詰まる所“はぐれ”はこの中の誰よりも戦いを熟知した生粋のハンターだった訳だ。
「カァァン・・・」──────────
僕達に迫りくるモンスターに振り向いた瞬間。小気味良い音が周囲に響きモンスターは勢いそのまま地面に転がって、今度こそ完全にその動きを止めた。
「このお馬鹿!! トドメを刺すまで気を抜くなと あれ程言ったじゃないか!!」
「かっ・・ 母ちゃん・・!」
呆然とする僕の所に声の主のミスティラさんは藪をかき分けやって来た。あの音・・・ 確か動物を矢で射った時の音。
「だ・・だって足折って倒れたし大丈夫かと」
「そんなわけ無いでしょ! 私が居なきゃどっちかやられてたんだよ!? あぁ アネット・・大丈夫だったかい?」
感極まったミスティラさんは思い切り僕を抱き締めてきた。苦しい・・・
そしてこの騒ぎを聞き付けた残りの兵士達や冒険者は今頃になって薪割り場までやって来た。
だけどこの出来事が切っ掛けで『盲目の少年アネット』の名は、ハルメリーの町に静に広まっていくのだった。