110・思わぬ再会
前回のあらすじ
自分の発言に責任を感じるアネットはラトリアを探そうとマルティナに切り出す。“盲目さん”の手を借りると渋々折れたマルティナに変装ならぬ女装させられ、アネット達は他の冒険者を囮に外へと抜け出すのだった。
『あっち~?』
と言う曖昧な“盲目さん”の言葉に従って突き進むしかない訳だけど、道を行くにつれ段々とマルティナの感情が怪しくなりはじめた。
「ねぇ 本当にこっちであってるの?」
「と思うんだけど・・・」
僕にとっても初めての試みなので曖昧な返事しか返せない。こうなっては“盲目さん”を信じるしかないんだけど、どうにもマルティナは“盲目さん”を疑っているようで・・・
しかも歩けば歩く程不信感が色濃くなっていく。そして僕の鼻にも何やら色濃いにおいが漂ってくる。
歓楽街。
ラトリアとは縁遠い場所に辿り着いてしまった。え・・・本当にここ? 勘違いじゃなく? 生真面目なラトリアがいるとは思えないけど傷付いて自暴自棄になって・・・
「うん・・・ 盲目さん本当にこっちで合ってるの?」
『近い筈~ でもアネットの意識が散漫になっちゃうと辿れないよ~?』
「散漫にって・・ 一体何を意識ちゃったのかしら? ねぇ 他にアネットの注意を引くものがここにあるの? まさか今までラトリアをそう言う目で見てた訳じゃないでしょうね」
「ち 違うよっ 僕だってどうして歓楽街に導かれたのか聞きたいくらいだよ それに僕は目が見えないからね?」
「どうかしらっ」
「で・・でも ここにラトリアが居るとしたら とても不味い状況になってるんじゃないかな」
「それは・・・ そうかもだけど 真面目を地で行くラトリアがこんな場所に来る筈がないわ・・・ 多分」
「人間追い詰められたら何をするか分からないのは もう見た筈だよ? 彼女を信じたいのは僕も同じだけど もしかしたらが無い訳じゃないよ」
「うぅ・・・ でも・・ 本当にここに入るの? 絶対に居るのよね? 間違いないわよね?」
「その問いに正確に答えるのは難しいけど・・・ 早く見付かってほしい反面 ここに居てほしくはないと願ってる自分もいるよ」
これは世間話の一環として聞いたのだけど、歓楽街と言う区画は何処からでも自由に入れるものではなく、出入り口は何ヵ所かに分けられ周囲をぐるりと壁や建物で覆われているらしい。
それは住民や青少年そして風紀を配慮した造りにする事で、町から運営を許可された契約でもあるのだとか。だからかその区画の入り口には門番の役目を担う人達が左右に別れ、問題が起こらないよう入り口を死守している。実際僕達の前には堅牢な要塞を思わせる高さの色が僕達を注視していた。
「見ない顔だな 通行証は?」
「そんなもの無いわよ」
「ではここを通す訳にはいかないな」
「どうしてよ! 私達はこの中に用事があるの!」
「用があったとしても 一般客をこの時間に入れる訳にはいかない 規則なんでな どうしても入りたいなら夕方まで待て」
「そんなに待ってられないわよ! 友人がここに居るかもしれないの! 早く救い出さなきゃ取り返しのつかない事になるかもしれないのよ!」
「だったら尚更入れる訳にはいかない そもそも規則を守れない者を我々は信用しない ここはその性質上信用で成り立ってるようなものだからな あからさまに問題を起こしそうな者を しかも時間外に入れる訳がないだろ」
「わ 私達が怪しいって言うの!?」
「それは問題ではない 俺達は自分の仕事を全うするだけだ 通行証を持たない者を営業時間外に通す訳にはいかない」
「マルティナ ここは大人しく夕方まで待った方が良いよ」
「その夕方までに間違いがあったらどうするのよ! 私達がうじうじしてる間に見知らぬ男にラトリアの純血が散らされてっ・・・ 何処かに忍び込める場所は無いかしら・・・」
「お前らな・・・ そんな事を許す筈ないだろ 規則を犯せばここには生涯入れなくなる 出禁だ 出禁」
「私達だってこんな所 生涯用は無いわよ!」
マルティナは頑として食い下がろうとしないけど、この様子だとどうあっても通してはくれないだろう。彼等にも立場があるし貴族御用達の店もあるようなので、ここの法を破る者には相応の社会的罰が与えられるかもしれない。
「どうしたの? こんな時間に揉め事かしら」
「え あっ 貴女は! いえ そこの子供が営業時間外にここに入れろとわめいているので止めていただけです 貴女こそこんな時間に外に出られていたとは 珍しい事もあるのですね」
「ちょっと 私にしか出来ない用事を頼まれただけよ」
不意に現れた絡み付くような女性の声。その声には聞き覚えがあった。
「フォルマ・・さん?」
「あら・・・ 私の事を知ってるの? 貴女とは何処かであった事あるかしら・・・ 変ね そんな器量好し一度見たら絶対忘れないんだけど・・・」
言いながらフォルマさんはおもむろに僕の顔を撫でてくる。最初こそ不思議そうにしていた彼女だけど次第に笑いが込み上げてきみたいだ。まぁこんな変装していれば笑いたくもなるか。
「ん? 貴女・・・ いえ貴方は・・ あはっ あっはっはっはっはっは! やだ そう言う趣味があったの?」
「違います これにはちょっと事情があって」
「なるほど 大体察したわ 貴方特定の人達にずいぶん注目されてるようだしね 下手に顔を隠すよりこっちの方が効果的だわ でも丁度いいわ こちらも貴方には用事があるのよ ついてらっしゃい」
「は はい・・・ マルティナ行こう ・・・マルティナ?」
フォルマさんに付いていくようマルティナを促したけど当の本人は何故だか困惑して固まっている。
「ア アネット? ま 前に話してたフォルマって・・・ あの人?」
「え あ うん・・・」
「ぐぬぬぬぬぬぬ・・・・」
以前歓楽街から帰ってきた際、マルティナとポリアンナさんに激しく追求されて、ついフォルマさんの名前を洩らしてしまった事があった。どうやらマルティナはその時の事をしっかりと覚えていたらしい。
何をそんなに意識する必要があるのか、マルティナはフォルマさんに対抗心を燃やしていた。
僕達は揃って通行書を持ってはいなかった訳だけど、彼女の鶴の一声ですんなりと歓楽街に入る事ができた。顔パスになる・・・と言うのがフォルマさんのここでのステータスの高さを表している。
でもそんな人物が僕に用事ってなんだろう。わなわなと震えるマルティナの手を引きながらフォルマさんの後に続いた。
「それにしてもフォルマさん よく僕だと分かりましたね 近しい人でも分からなかったのに」
「快楽さんには一度でも肌を重ねた人の温もりを記憶する能力があるのよ」
「んなぁ! 肌!? 重ねた・・・!? ちょちょちょ・・ ちょっと! それはどう言う事よ! アネット!?」
「し 知らないよ! フォルマさん!? 僕達何もしてませんよね!?」
「ふふ そうだったかしら? お酒も入っていたしよく覚えていないわ」
「フォルマさん!?」
「ちゃんと説明しなさいよ! 歓楽街では何もなかったって言ってたじゃない!」
「何もなかったって! 僕もすぐに寝ちゃったし・・・・・・ 何もなかったですよね!? ちょ フォルマさん!?」
おどけるフォルマさんに導かれるまま辿り着いた先は、間違いでなければ以前バードラットさんに連れてこられた店。フォルマさんの職場のだ。
何故そう思ったのか。それはあの時嗅いだ匂いで記憶が呼び覚まされたからだ。それだけ独特な匂いなのだ。でもそれは決して臭いと言う訳ではない。
高級娼婦と呼ばれる人の勤める店であるから決して、これは安い匂いではないのだろう。品があると言って良いのかは分からないけど僕は嫌いではない。高級と名の付く人がいるような場所は高級な装いをした店なので、その高級に当てられたのかマルティナも次第に言葉を失くして萎縮してしていった。
「あなた達はちょっとそこで待っていてちょうだいね」
今は営業時間ではないらしく、夜の雰囲気と違って店の準備に勤しむ音がそこかしこから聞こえていた。こう言った場所柄だからか、昼と夜それぞれ違ったおもむきに感じるのは不思議である。
『アネット~ ボクの飛ばした意識がここで止まっちゃうよ~?』
「え? それじゃぁ・・・まさか」
ドキリとする。ラトリアに限ってそんな間違いがある筈ない。半ば自分に言い聞かせてグルリと周囲を見回した。僕が不安に思っているとおそらく「用事」なるものを連れたフォルマさんが戻ってきた。
「ミストリア!? に・・・ ラトリア!!」
「うぁ・・! マルティナ!? ど どうしてここに・・・!」
「どうしてって 貴女を探しに来たからに決まってるじゃない! まさかこんな所で遊女になってたなんて・・! 信じたくなかったわ!」
「へ? いや なってない誤解だ 私が道端で塞ぎ込んでいる時ミストリアに声を掛けられたんだ その流れでここへ・・・」
と・・・取り敢えず間違いがなくて良かった。でもラトリアでも落ち込む事があるのか。普段ハキハキしていて折れる事を知らない。そんな手前勝手な姿を思い描いていた。ラトリアの声を聞いた瞬間、僕は肩がフッと楽になるのを感じた。
「そうなんだ でも見付けられて良かった・・・ 僕は君が全て1人で抱えてしまったんじゃないかと心配してたんだ」
「・・・? 君は?」
「え? あぁ 僕だよ アネットだよ」
頭のリボンを解いて髪の毛を元通りに整える。それをつぶさに見ていたラトリアの感情はみるみる固まっていった。何故かミストリアまで同じの反応を見せたけど、そこまで意外な見た目をしていたのだろうか。
「ア ア・・・ア・・・ア アネット!?」
「ホラホラ逃げないの 折角女装してまで追いかけてきてくれた男の子の気持ちを無下にする気?」
「しかし・・! 私はアネットに取り返しのつかない事を・・・」
「言った筈だよ 提案したのは僕なんだ むしろ謝らなければならないのは僕の方だよ たった一言で君や君のお父さんの人生を大きく変えてしまったんだから・・・ 聞いたよ 騎士に・・・なれなくなっちゃったんだよね・・・ ごめん」
「いや・・・ それについてはもういいんだ 結局借金をこさえたのは父だし 自分の夢を追い掛ける事で父から目を背けていたのも事実なんだから・・・ それに気持ちの整理もまだつかないんだ 私を想ってくれるのは有り難いが 自分の進退も決めかねてるのに 今戻っても皆に甘えるだけになってしまう」
「水くさいわよ! 私はっ・・・・困ってる時だからこそ頼ってほしいって思ってる 一緒に特訓してきた仲間じゃない!」
「僕達はそのつもりでここまで来たんだ ラトリアの意見は尊重したいとも思う・・・ でもやっぱり償いたいんだ 選択を間違えてしまった僕だけど 君の人生に責任をとらせてほしい」
「アネット・・・」
ここまで言って結局自分が楽になりたいからじゃないか? と言う想いが込み上げた。事実辛い気持ちが幾分和らいだし、ラトリアとまた関係を続けられるならとも・・・
何とも都合の良いそしてずるい答えだろうか。それでも選ばなくては僕は前に進めない。そうしなければ心まで盲目になりそうだったから。
「ちょっと待った~! さっきから聞いてれば! 貴方が責任をとらなきゃいけないのはミルティーちゃんでしょ!? 女の子を孕ませておきながら本人の目の前で他の女に手をつけようだなんて 一体何を考えてるの!?
貴方みたいな女たらしが居るから 影で泣く子が居なくならないんだわ!」
いきなりズカズカと店の奥からやって来た女の人は怒り心頭で僕に突っ掛かってきた。心当たりは全く無いんだけど、これ別の誰かと勘違いしてない?
「えぇと・・・ 誰ですか?」
「私はここで働いてる女中よ! 貴方がアネットね! 話はミルティーちゃんから聞いたわ!」
「そう言えばミストリア お腹がなんか膨らんでない?」
「そうなんだ 私もアネットの子と聞かされた時は驚いた 君は見掛けによらず手が早いんだな」
「え・・・・?」
「は・・・・? アネット? どう言う事?」
「し 知らないよ! ミストリア? これはどう言う事なの!?」
〔・・・・・・・・・・・・・〕
「ミストリア!? 何か言ってよ!」
「いいえ! 何か言わなきゃいけないのは貴方の方だわ! 彼女はこんな身重で仕事を強いられているんだから! 貴方男としてそれでいい訳!?」
「えぇぇえぇ~~~~・・・!」
いくら否定しても僕の話はきいてもらえない。言葉を尽くせば尽くす程悪化していく。僕はしばし女性陣の罵声を浴びせられる事になった。




