11・雑木林の狩り
前回のあらすじ
カルメンに催促されて狩りをする事になった。
今日の薪割りはお休みだ。僕だって毎日欠かさず働いている訳じゃない。月に何日かお休みの日がある。その日を利用してカルメン親子の狩りに同行させてもらう事になった。
マルティナは自分も行くと駄々をこねたけど「ギルドのお仕事をサボっちゃいけないよ」と納得させるのに時間が掛かった。
渋々折れたマルティナだったけど「危ない事はしない」「危なくなったらすぐ逃げる事」を耳にタコができるくらい延々と聞かされた。
カルメンの実家は薪割り場から程近い雑木林のすぐ隣にある。鼻の利く狩人達の家は町の防衛も兼ねて大体が森の近くにあるのだそうだ。日々の平和は彼等のお陰でもある。感謝。
「アネットー おはよー」
「おはようカルメン 今日はよろしくね」
カルメンはちょっと舌足らずな話し方が印象的な元気いっぱいの女の子だ。そのせいなのか僕と同い年でも何故か年下の子と会話してる気になってしまう。
しかも事あるごとにベッタリしてくるものだから、どうしてもソフィリアと重なってしまうのだ。
「あれー? なんでマルティナがいるのー?」
「私はアネット見送りに来たのよ!」
「じゃーマルティナはここまでだねー バイバーイ」
「ここまでじゃないわよ! 私だって本当はついてきたいわよ!」
初めての狩りに緊張する僕とは裏腹にこの2人は朝から元気がいい。カルメンは慣れっこなのか緊張しないのかな。
「おや あんたがアネットかい? 娘から話は聞いてるよ ホントに盲目さんを連れてるんだねぇ 私はこの子の母でミスティラだよ」
ザッザッザッザ・・・と言うしっかりとした足取りで近付いてきた女性はカルメンの母親らしい。雑木林の悪路を歩き、時には何時間も獲物を追い、仕留めて持ち帰るお陰か足腰がとても丈夫そうな足音をたてていた。
「初めまして僕はアネットと言います それとこちらの子がマルティナで 僕の家族です」
「おや? 今日ついてくるのは1人だけと聞いてるけどねぇ」
「いぇ・・マルティナは見送りに来てくれただけです その・・心配性で・・・・」
「ふ~ん 良い子じゃないか」
「ほら カルメン! とっとと行くよ! えぇとマルティナちゃん? 今日は1日この子を借りるわね」
「あ はい! アネットの事よろしくお願いします!」
「それじゃマルティナ 行ってくるね」
「怪我とかしないようにね あと迷子にも!」
「にっししー じゃーねー」
と言うとカルメンは僕の腕に絡み付いてきた。後ろからは「ちょっと! 腕組む必要無いでしょ!」とマルティナの大声が聞こえてきた。家に帰ったらマルティナの小言が待ってそうだ。
雑木林の入り口・・と言っても明確な道は無い。何せ藪なので。その藪をミスティラさんは慣れた様子で掻き分けて入っていく。
カルメンがそれに続き僕も音を便りに後を追う。それにしてもこれが藪。歩きにくいったらない。更には悪路なせいもあって段差に足をとられてヒヤッとする瞬間が何度かあった。
それに歩く度にガサガサいうのもだから、音を頼りに周囲の状況を把握するどころではない。カルメンとの差も開いていってる気がする。
それでも幾らか歩いて気付いた事もあった。それは森の音。
風に靡く葉っぱ。虫の音。森を通る風。それらが賑やかになる度、前を歩くミスティラさんは僕との距離を開けていった。たぶん周囲の音に自分の足音を隠してるんだと思う。
これが狩人の森の歩き方なんだろう。是非とも見習いたい。
「アネット止まって かがんで」
僕のすぐ前にいたカルメンから指示が出た。ミスティラさんから何らかのジェスチャーがあったんだろう。実はここに来る前に幾つかの決め事をしていた。
その内の1つ。ミスティラさんが前方で合図を送りそれをカルメンが僕に伝えると言う決まり。何せ僕は目が見えないので送られる合図がわからない。
初心者とは言え狩人としての能力が欠如してるように思うんだけど、カルメンが僕を推した理由が分からない。
「アネット そのまま左斜め奥の方向・・・わかる?」
静かに周囲の音に聞き耳を立てていると、微かな葉音に混じって「カサッ」と何かが藪を移動する音が聞こえた。獲物だろうか。距離は結構ある気がする。狩人はここからどうするんだろう。
屈んでジッとした時間が続く。不意にミスティラさんのいる方から弓を絞る音が聞こえた。
でも直ぐに射る事はしない。何やら様子を窺ってるようだ。タイミングを見計らってるのかな? そう思った次の瞬間、ミスティラさんは番えた矢を射った。
その矢がおそらく木では無い何かに当たる音がすると、雑木林中に動物の悲鳴が響き渡って同時に大きな「ドサッ!」と言う重たい音も聞こえた。
一撃・・・
「さっすがお母さん 下手なとこ射つと手負いのまま逃げられるからねー」
つまり急所を正確に射抜き一撃で獲物を仕留めた訳だ。これが狩人・・・ 仮に僕が狩られる側だったら生きて森を出られる気がしない。
それに急所を突かなきゃいけないとなると、音と心の色でしか判断できない僕にはますます不向きな職業じゃ・・・
ミスティラさんは仕留めた獲物を手早く縛り上げるとヒョイと背中に抱えた。手慣れたものなんだけど・・・気のせいかな、この獲物は結構重いんじゃなかろうか。
「さて 一旦戻るよ」
「続けて狩りをしないんですか?」
「ん? 死んだ獲物をほったらかしにしとくと 肉食の動物が持ってっちまうからねぇ それにこいつの悲鳴で他のお仲間達は皆逃げちまってるさ だから時間を置くか別の場所に行った方が建設的なんだ 肉の方も早く処理しないと血生臭くなるからね」
「なる程」
帰りは行き以上に周囲に注意を払えと忠告された。何せ荷物を担いでる分移動も遅くなって、音とわずかな血の臭いで肉食動物が寄ってくるらしい。
何て諸注意もあったけど僕達はトラブルに見舞われる事もなく無事カルメン宅に到着した。ここまで藪との格闘だったけどミスティラさんは獲物を抱えたまま先陣を切っていた。
重い獲物を担いで歩く筋力とガッシリとした体格。カルメンも狩人の道を歩んだらミスティラさんみたくなるんだろうか。
到着早々。僕は家の離れにある小屋に案内された。小屋に入った瞬間何とも言えない臭いが僕の鼻を襲った。
「ハハッ 最初はまぁそんなもんだ ここは解体場だよ 仕留めた獲物をバラすのさ カルメン 手早くやっちゃいな」
「う・・うん」
言われたカルメンは躊躇いながら手に取った刃物を獲物に突き刺した。「メリメリ」と生々しい音が聞こえて次いで水が滴る音がした。
これたぶん全部血なんだろう・・・ 僕の記憶の中にある赤。ここは今赤色に染まってるんだろうな。
一通りの処置が完了すると、外にある小川らしき所に捕まえてきた獲物を「ドボン!」とつけこんだ。
「何をやってるんですか? 確か動物は捕まえたら吊るして血抜きをするって聞いた様な気がするんですが・・・」
「ん? 重要なのは体温を下げる事さ 矢で射るとどうしても体毛や泥を巻き込んじゃうからね そうすると血液のなかで微生物が増殖しちゃうのさ
そのせいで血が腐敗しやすくなって ほっとくと血生臭い肉になっちまう 内蔵を抜いた後に体温を下げるのはその微生物の増殖を阻止するためなんだよ」
普段食べてるお肉が美味しいのは、彼らの知識と手際と手間のお陰なのだろう。良く冷やした後に素早く獲物を解体すると、ミスティラさんは僕には弓を渡してきた。
「次はやってみるかい? 獲物のいる近くまでは案内するよ」
「僕に出来るでしょうか・・・」
「目が見えない状況であそこまでついてこれたんだ 音で判断してるんだろ?」
「アネットは凄いんだよ? お父さんの後ろを同じ歩幅で合わせて歩いてたのにバレちゃうんだもん」
「へぇ ものは試しだ 何事も経験するのは良い事さね」
「大丈夫だって お母さんのスキルさんなら直ぐに獲物が見付かるよ あーぁ 私も狩人さん欲しいなぁー ちゃんと考えて言ってるのに お母さんいつも駄目って言うんだもん」
「確かにスキルさんの力は便利さ でもそればかりに頼りすぎると他の事が疎かになっちまう 実際使ってる私が言うんだから間違いない
まずはみっちりと狩人の体と感覚と知識を身に付ける事 スキルさんはその後だよ」
「ちぇーっ」
職を極める為の修めるべき基礎・・・と言うやつなのだろう。となると僕が修める基礎とは一体。先駆者がいないとこう言う時に困る。
つまり習うより慣れろっ! そう言う事だ。
僕達は再度森に入っていった。隊列は先程の同じ。今回はミスティラさんが先を離れる事はなかった。歩くスペースもゆっくりな気がする。
でも歩き方に迷いがない。もう獲物の見当がついているのだろうか? たぶんその秘密が“狩人さん”にあるんだろう。
彼女の“狩人さん”は今ミスティラさんの傍らにはいない。では何処にいるのかと言うと森の上空に浮いている。
上から獲物を探してるって訳だ。
「見付けた・・・アネット ここからはあんたの出番だよ 集中して周りの音を聞き分けるんだ」
「は・・・はい」
「アネット 頑張って・・」
狩人が見付けたと言ったんだ。獲物は必ずいる。僕は信じて周囲の音に耳と神経をそばだてた。
「・・・・・・・」
いるの? 本当に? いくら待っても音がしない。相手も僕達に気付いてるのかな。色を見ようにも木が邪魔をして位置を確認できない。
となると待ってても無駄か。
なので僕は敢えて自ら動く事にした。こっちが音を立てれば向こうも反応して音を立てるかもしれない・・・と言う算段だ。
音を立てると言っても派手にガサゴソするのはまずい。怖がりな動物は逃げるだろうし、お腹を空かせた肉食系はご飯と思って寄ってくる。
僕はミスティラさんの歩き方を思い出した。確か周囲の音に自分の音を潜ませる。それを意識してしばらく歩いてみる事にした。ちゃんとできてるかな・・・
そうやって歩いていると枝から何かをむしり取る音が聞こえた。何だろう。まるで木の実でも取ったような音だった。
細心の注意を払って音のした方ににじり寄る。弓を手に取り矢を番えた。
さてここからどうしよう。
大体の音の位置は分かる。でも相手が誰でどれくらい大きさで急所が何処かが分からない。これ絶対に分からなきゃダメなやつなんだろうけど大丈夫?
矢を射って当たらなければ逃げられる。下手に当てても逃げられる。ダメだ大丈夫じゃない。
つまり僕はミスティラさん並みに獲物の急所を射ぬかなければならない訳で。
次の音を待つ。
ガサッ・・・
見えたっ!
ほんの一瞬色がチラついたので、その瞬間矢を放ってみた。でも狙った位置で獲物に当たる音がしない。代わりにそれに気付いた獲物はその場から逃げ出してしまった。
だけど・・・
音が明確に奏でられるならそれは僕の領域でもある。蹄と藪の音が織り成すリズムを計る。
ドドド・・・ガサガサ・・・ドドド・・・
逃げるのに必死なら音を変化させようとは思わない筈だ。
ドドド・・・ガサガサ・・・ドドド・・・
「捉えた!」
次の瞬間。僕は意を決し引き絞っていた矢を解き放った。
バチィィン!!
「いったあああぁぁあぁ~~~~~~っ!!」
当てる事に夢中で弓の扱いをミスってしまった。体をそらしすぎたせいか、弦は僕の右の頬にヒットして思わず大声をあげた。
『はわぁ~ アネット~ 大丈夫~?』
「アネット! 大丈夫かい!?」
「あちゃー それ・・・私もやったわー」
結局獲物には逃げられ手痛い教訓を学び今日の狩りは終了した。
「こりゃ しばらく腫れはひかないね・・・」
家に戻るとミスティラさんは薬草を煎じた薬を塗ってくれた。ひんやりとしてハッカの匂いがする。
「それにしても良いところまでいってたじゃないか 普通ならあそこまで近付いたら気付かれちまうよ」
「ほんとー やっぱり音に敏感になると動き方も変わってくるのかなぁー」
「アネット あんた最後に矢を射った時 相手の動きをちゃんと射止めていたんじゃないかい?」
「走るタイミングは掴めたんですが・・・功を焦ってしまいました・・」
「ふ~ん あんたなら場数を踏めば良い狩人になれるかもしれないよ どうだい? ウチに来るかい?」
「やたー!」
「か・・・考えておきます・・・」
ミスティラさんからお墨付きを頂いたけど、僕が目指しているのはあくまで冒険者なので、この事は心に留めておくだけにしよう。