106・望まぬ来訪者
前回のあらすじ
冒険者と貴族の私兵の衝突は激化し、終には騎士団を交え大通りでにらみ合いの膠着状態となってしまった。
この日の騒動は夜まで続いて今なお継続中だ。
「お~い こっちに松明余ってね~か?」
「どうなってるんだこれは! 大通りに居座られたら馬車が通れんだろうが!」
「この前ギルドに発注した仕事はどうなってる!」
「鉄が足りん! 誰でもいい! 誰か洞穴に行く者はおらんのか!」
ギルドは半ばストライキ状態に陥り経済に影響が出始めたのか、その煽りを食らった商人や職人達が大勢ギルドに詰め掛けていた。本来は冒険者で賑わう筈のギルドホールだけど、残念ながらその多くは町中に出払っている。
外は暗いだろうに路地・大通り問わず貴族の私兵とにらみ合いを利かせてるんだろう・・・実際に抗争にまで発展してないよね? 騎士団の人達もいるんだし。でもここまでくると僕の出番はない。なので朝までゆっくりさせてもらうとしよう。
僕達は今ギルドでお世話になっているのだけど、寝泊まりする場所は本館の方ではなく、ギルドの敷地内にある訓練生達の寮だ。管理人として寮母と呼ばれる人はいるらしく、叔母さんはギルドにいる間彼女のお手伝いをするらしい。
建物はL字になっていて2階建て、男女で半々に別れている。中心には玄関と壁を挟んで食堂。他にも用途に合わせた部屋があるみたいだけど全てを把握してる訳ではない。食事の時間は決まっているらしく腹ペコ訓練生はこぞって食堂に集まってきていた。
マルティナは人見知りする性格ではないし、同じ訓練生を経験した事もあるので友達も多い。今も彼女の周りには人が集まっていた。
「やぁアネット 隣良いかい?」
「ラトリア どうぞ 君は今から食事?」
「うん 最近はこの町も物騒だからね 鍛練には力を入れようと自主練をしてるんだ アネットはどう? 何か厄介事に巻き込まれてるって聞いたんだけど」
「まぁね 原因と言うか僕達が当事者と言うか・・・そんな感じなんだけど 周りがお祭り騒ぎになってると他人事みたく感じちゃって・・・」
「そうだな まるでお祭りだ 彼等も日頃の鬱憤を晴らしたいんだろう 流血沙汰にならない程度なら良いんじゃないか? やめろと言って止まる性分でもないしな」
「冒険者はどこまで行っても冒険者 この気質はこれからも変わらないんだろうね」
ラトリアは手早く食事を掻き込むと座学の予習をすると言って足早に食堂を去っていった。彼女の家族の一件も無事解決して騎士になる夢を憂いなく追えるようになったのは良い事だ。
訓練生の寮は男女別であるけれど、僕達は家族と言う事もあって間借りした部屋は一室だけだ。初めての場所と言う事でソフィリアは不安に思うかもと心配もしたけれど、昼の託児所で遊び疲れたのか早々にウトウトし始めて、暫くしない内に寝てしまった。
「あ~あ この馬鹿騒ぎ早く解決してくれないかしら 囮なんて辞めて思いっきり体を動かしたいわ」
「この事態は領主様の一言で決着がつくと思うけど 僕達の問題はミストリアがバウゼン伯爵に目をつけられている事だよ 今回で解決しなければ今後の事を考えなきゃいけないかもね」
「・・・・全部王様がマイナス等級を差別するのが悪いんじゃない」
「そうだね でも きっとそれには理由があるって信じたい だって自分の産まれ故郷が報われない場所だって思ってしまったら ここでの生活が全て嘘に思えちゃうもん」
「アネット・・・」
それからは互いに押し黙ってしまった。
沈黙の中しばらくすると叔母さんが仕事から帰ってきた。元気な寮生のお世話は大変だったのかお疲れのご様子だ。僕達は明日の事をかんがみて早めの就寝をとる事にした。
『アネットー 起きてー・・・』
夢の中で“盲目さん”の声が聞こえる。
『起きてアネット~・・』
「盲目さん・・・?」
「おい 起きろ! このガキがどうなっても良いのか?」
「お兄ちゃー・・・むぐぅ~・・!」
「騒ぐんじゃねぇ・・」
一体何が・・・ 男の人の声にソフィリアの声もする・・・ 曖昧な意識の中で僕の見えない目には暗闇の中どこか追い詰められた感情の男とそのすぐ近くに恐怖で怯えている小さな感情があった。
そしてその小さな感情には男から伸びる刃物の形状をした意識。それが突き付けられていた。
「・・・うん~・ 何よ騒がしいわね・・」
「どうしたの・・? おトイレ?」
「チッ! 全員動くな このガキを死なせたくないならな・・・」
「・・・はぁ? 何言って・・」
「ひっ! 何ですか貴方は! それに・・ ソフィリア!!」
「む~! む~!!」
叔母さんが手元にあったランプを灯す音がして状況を理解したのだろう。僕も叔母さんの悲鳴を聞いて意識を覚醒させた。
「状況は分かったな このガキの命はお前ら次第だ 助けたきゃ俺の言う事を黙ってきけ お前がアネットだな 俺について来い 妙な事はするなよ?」
「な! 何よあんたはっ!」
「お願い! ソフィリアを放して! 私が代わりますからっ!」
「うるせぇ! 俺は黙れって言ったんだ!」
「む~! む~!!」
「皆落ち着いてっ 今は・・・ この人に従おう・・・」
どうする・・ ソフィリアの体には刃物が突き付けられてる。『アイ・アンノウン』で認識を阻害させるか? いや・・それで刃物が無くなる訳じゃない。焦ったこの人物が無意識にソフィリアを傷付けてしまう可能性もある。
プチダークで暗闇に包んでも同じだ。どのみちこの人を刺激してしまうだけ・・・ あれ? この男の人の声どこかで・・・
「あっ! あんたラトリアのお父さん!?」
「あ・・」
そうだこの声は確かにラトリアのお父さんの声。思い出した。
「あぁ? 何だ? あいつのお友達か?」
「何でこんな事を・・ あなた方が抱えていた問題は解決した筈です!」
「金の為に決まってんだろ 良いからついて来い!」
「む~! む~!!」
「うるっせぇガキ! 殺すぞっ!」
「ソフィリア・・・! 大丈夫だから・・・ 分かりました・・・ あなたの言う通りにします」
僕はランプを手に取るとそのまま部屋を出た。でも道が分からない。すると彼は舌打ちして僕に道を指示してくる。向かう先がギルドの表玄関でないのは分かった。どうやら裏手に回るらしい。こんな時間に僕を連れ出すと言う事は・・・
どうやら彼は貴族の手下になってしまったようだ。
お金に困窮しているとの事だけど、冒険者としてきちんと仕事をしていれば生活には困らない筈なのに。それがどうして・・・
僕が指示通りに歩いていると向かう先から人の歩く音に気が付いた。ここは丁度食堂の辺りか。もしかして寮母さん?
「ん? アネットじゃないか どうしたんだこんな時間に」
「ラトリアっ・・・! 君こそ どうしてここに・・・」
「べっ! 別に小腹が空いたとかではないぞっ 私はただ・・・・・・ ん? ・・・父さん? 父さんがなぜここに・・・ それに その子はマルティナの妹じゃないか どうして・・・・父さんがその子に刃物を突き付けてるんだ・・?」
「チッ 面倒くせぇなぁ 見りゃ分かるだろ仕事してんだ仕事」
「は? ・・・何を言ってるんだ・・ 仕事? 子供に刃物を向けるのが仕事?」
「しょうがねぇだろ! 父さん他にも借金があってよ そこの盲目の小僧連れてくれば全部チャラにしてくれるって言うんだから!
俺だってこんな事はやりたかねぇんだよ でも・・こっちも色々とあんだよ これが終わったらまた冒険者として1からやり直せるんだ
そしたら父さんの仕事に連れてってやるよ お前には迷惑を掛けっぱなしだったからな な? 昔みたいにもう一回ちゃんと家族になろうラトリア 賢いお前なら分かってくれるだろ?」
「本気で 言ってるのか・・? ふざけるなっ!! お金の為にこんな小さな子供を人質にとって それでやり直す・・?
酒に酔って私にお金を無心するくらいなら許せたさ 家族だからな・・・でも人様の家族に それも子供相手に刃物を向けて自分はやり直したいなんて! 許される訳無いだろっ!!」
「何だよ・・・ あぁ・・ あぁ・・そうか お前も俺の味方にはなってくれねぇのか・・アイツみたいに・・ お前も俺を置いていっちまうのかよ」
「何だようるせぇな~ こんな時間に騒ぐなよな」
「お前らか? まさか残飯でも漁りにきたんじゃないだろ~なぁ また寮母さんに怒られるぞ」
こんな夜遅く、さすがに大声を出せば寮内にも響くだろう。まだわずかに朧気な数人の訓練生が部屋から出てきて不平を洩らした。
「ガキ共が! 出てきてんじゃねぇよ!」
「わっ! 何だあんた・・」
「おい見ろよ こいつ子供に刃物向けてるぜ!」
「冒険者ギルドで強盗とか正気かよ 酒にでも酔ってんじゃないか? おい他の連中もおこしてこい ボケた頭を俺等で冷まさせてやろうぜ」
「テメェら! 何勝手な事してんだ! コイツの命が惜しくねぇのか!! おい盲目の小僧! 面倒な事になる前にとっとと歩け!!」
「駄目だ父さん! お金なら私が何とかするから! もうこんなバカな真似はやめてくれっ!」
「クソがっ! どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしやがって!!」
騒げば騒ぐほど状況は悪化していく。訓練生も自分達の安眠を妨げる不届き者に鉄槌を下したいのか、廊下から数人の足音がゾロゾロと食堂に向かって来ていた。