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105・自身の立ち位置

前回のあらすじ


路地を進む事を余儀なくされたアネット達は、飛んでくる無数の矢と追っ手達の手を“盲目さん”のスキル、ダークミストで切り抜けるのだった。


一方のミストリアは出先の店で1人の女性に目を奪われるのである。


「あら 新人の子?」



 階段から降りてきた女性に不意に話し掛けられた私は、彼女に目を奪われていた事もあって不覚にも水で文字を再現しそうになってしまった。ここでの私は“失語さん”に魅入られた身重で問題を抱える可愛そうな女の子。可愛そうな女の子・・・と。


 気を取り直して私はポケットから紙とペンを取り出してツラツラペンを走らせる。



〈はい ミルティーと言います〉



 もちろん偽名だ。



「そう よろしくね 身重じゃこの階段はきついでしょう 私から上の人に言って・・・あら 貴女顔立ちが整ってるのね 血色も良いし体の方も申し分ない 女中をするよりこっちで稼いだ方が稼げるんじゃない?」



 普通なら返事を紙に書いてよこす相手なんか変な顔をしそうなものだけど、この女性は気にしないのかしら。でもできないわ。私にはアネットがいるもの。と言うかそんな話をいきなりフルとかどうかと・・・



「そう? 演技が得意そうな貴女なら 案外上手くやってけると思ったのだけど」


〈どうしてそう思うのですか?〉


「マイナス等級のスキルさんを連れている子はもっと打ちひしがれるものよ そう言う子を何人も見てきてるから分かるの 貴女は十分立ち直ってる その上でここで働くと言うのなら娼婦の道も悪くないって誘ってみただけよ だって 私もベットの上ではよく演技してるから」



 夜中に聞こえていたあれらこれらは演技も混じっていたのね。知らなかった。もう慣れたものなのかしら。でもこの声ならコロッと騙されるんでしょうね。男共は・・・



「貴女を見てるとあの子を思い出すわ 体も重ねていないのに 私の言動を偽りだと見抜いた子 貴女と同じマイナス等級を連れているのだけど とても良い顔をしていたわ」


〈それは私も良い顔をしていると言う事ですか?〉


「支えてくれる人の大切さを知ってる顔 だから貴女は自分の足でここに立っていられる それを良い顔と言わないで何て言うの? だから先を見つめる事もできる 目標を持って生きていけるのは幸せな事だわ」



 そう言った彼女はここではない遠い所でも見るような顔をしていた。何かを渇望しているような、それでいて満たされているような。でもどこか儚くも見えるそんな顔。



〈正直に言うと娼婦と言う仕事を私は健全だとは思いません でも私はそんな貴女に目を奪われてしまったわ 貴女にもあるの? 何かを望む想いが〉


「想ったところでそれが叶う日は来ないわね 私にとってのこの道は天職だけど人生の終着点でもある 枷をつけられた牢獄の中 行き場なんか無い・・・ そんな感じかしら」


〈抜け出せないと言う割には 貴女はとても輝いて見えるわ それも演技?〉


「たった1人だけでも・・ 自分を認めてくれてる人が居るから私は立っていられる 必要とされているのが分かるから自信も持てる 本人はそんな事絶対に口にしないけど」


〈好きな人?〉


「罪な男よ」



 そう・・私がこの人に惹き付けられたのは単に容姿だけではなく・・・そう言うところなのね。



「ミルティーさん ここにいらしたのですか そろそろ仕事の時間が始まりますよ」


「あら マデランじゃない 貴方がここに来るなんて珍しい・・・ そう・・なるほど この子は彼のお客さんって訳ね」


「えぇ そう言う事情です」


「だったら娼婦には誘えないわね 残念」


〈娼婦にはなりません 既に心に決めている人がいるので〉



 そう言えば以前アネットが歓楽街に一泊した日があったんだっけ。あの時はギルドの人がしきりに匂いを嗅いで香水の話をしていたけど。彼女から香る香水もかなり上質なもの・・・



〈貴女が先程言ってたマイナス等級の人って 盲目のアネットと言う名前ではありませんでしたか?〉


「あら あの子の事を知ってるの?」


〈お腹の子は 彼の子供ですから〉



 彼女とアネットの距離は分からない。でも女として牽制せずにはいられなかった。悔しいけど魅力的な大人の女性として私は彼女を認めてしまったのだから。私の隣で男の人が残念そうに頭を傾げているけど気にしない。こう言うのは言ったもの勝ちなのよ。



 ★



「うぅ・・・ アネットと2人きりのデートの筈が・・・」



 僕達の今日の予定は昨日と変わらず2人で大通りを練り歩く事・・・の筈だけど、昨日と違うのは屈強な冒険者達が僕等をガッチリ取り囲んでいる点だ。向こうも出方を隠さない以上ギルドも堂々とする。と言う方針に出たらしい。


 これはもうお出掛けと言うより抗争一歩手前では? この出来事もたった1人の、或いは少数の思惑から始まった事だろうに、今ではそれが切っ掛けで大勢が振り回されている。



「それでは皆さん行きましょう 大通りをぶらぶらするだけなので退屈かと思いますが 曲がり角から急に貴族の私兵が飛び出してきたり 所によっては矢が飛んでくるかもしれないので 心の準備はしておいて下さいね」


「おう 任せとけ」

「お前らのデートは俺らがしっかり見守っててやるからな? 遠慮しなくても良いぞ?」

「でもあんまりイチャイチャされちゃうと 俺達そっちに意識がいっちまって注意が散漫になるからな? 程々にしとけよ?」


「うぅぅぅ・・ せっかくのデートが・・」



 僕達の役目は囮。それで大通りを練り歩いた訳なんだけど、心なしか昨日と比べて人の往来が少ない気がする。やっぱり世情に聡い住民達は町の空気に外へは出てこないようで露店の数まで減っていた。


 お出掛けと言う名の散歩だこれは。何処から現れるかもしれない驚異を気にしながら歩く、盲目の僕からしてみればダンジョンそのものじゃないか・・・


 冒険者vsモンスターの図。そう考えればギルドにも利があるんだろう。そう思うようにしよう。しばらく歩くと明らかに僕達を意識する色が現れた。往来する他の人と違うのは苦々しい色彩を放っている事。それらがまばらに散らばって此方の様子を窺っていた。


 僕にはそれがどうしても目につくのでお出掛けを楽しめない。って言うより僕を先頭に大通りにいる人達が横に反れてくものだから目立つのなんの。この現状にマルティナも素直に楽しめないみたいだ。


 そんな僕達の行軍に終止符が打たれたのは、物陰から様子を見ていた苦々しい色をした人達が全員僕達の前に立ちはだかったからだった。



「おい! 貴族の名を語る犯罪者共が! 雁首揃えてどこへ行く気だ!」


「お前らが洞穴を占領したせいでこっちは仕事にあぶれたんだ だからこうやって町の治安維持の為に哨戒してるだけだが? 何か問題でもあるのよ!」


「占領など聞き捨てならないな! 誰もお前達冒険者を追い出したりなどしてないだろう!」


「銀貨5枚も請求されちゃぁ 貧乏な俺らは洞穴になんかとてもとても入れなくてよぉ 文句の1つもたれるのが人情ってもんだろが」



 人の迷惑も省みず大通りを二分するように別れた両陣営。そもそも彼等はミストリアに繋がりのある僕達を狙ってるんじゃないの? それが二言目には冒険者の不平不満にすげ変わっている。


 何かこの両者。理由なんかどうでもいいんだろうな。暴れられれば・・・



「ねぇちょっと 何なのよこれぇ~」


ランドルフ(ギルド長)さんはちょっと大変になるかもって言ってたけど・・・ どう見てもちょっとじゃないよね・・・」


「へっ 気にする事はねぇぜ コイツらとはいずれこうなる運命だったんだ」

「あぁ 権力にあかして効率の良い場所の独占やら 冒険者を見下した言動と言い お前らの産まれるずっと前から何も変わらねぇ」

「お前達をダシに使う形になっちまって悪いが こっちは端からこうするつもりだったんだよ」



 ずっと続いてきた両者の確執。大小問わず今までこんなやり取りがあちこちで繰り広げられてたらしい。僕の知らなかった冒険者の側面を見た思いだ。


 つまり今回の件は燻っていた薪の中に火種を投げ入れたと。これ何かあった時に僕達がスケープゴートに使われませんかね? 話し合いで解決できないものか。



「お前達! 往来の真ん中で何をやっているかっ!」



 今まさに戦いの火蓋が切って落とされようとしていた矢先。この町の第三の勢力イーブル騎士団の団長エルヴィラさんが割って入った。



「双方そこまで! これ以上騒ぎを起こすようなら騒乱罪で連行するぞ!」


「これは丁度良い コイツらは貴族の名を語る不届き者! 騎士団の方々 今すぐコイツらをしょっぴいてもらいたい!」


「いぃや! コイツらこそ不当に金を要求する野党とおんなじだ! 本来野党の討伐は俺等の仕事に含まれてんだが あんた等の仕事でもある 本来善良な市民を守る為にいるのが騎士団なら 自分達のやるべき事は分かってるよなぁ!」


「ええぃ! 静まらないか! この場は大人しく解散しろ! その上で互いの代表が話し合えばすむ話だ!」


「おいおい何言ってるのか分からねぇなぁ 俺達は仕事がねぇから町の警備をしてるだけ ギルドの正式な仕事を熟してるだけだぜ?」


「俺達も貴族の私兵として町の安全を守ってるだけだ 貴族様の命だ 解散する理由はない」


「お前ら・・・! 騎士団として命令する! 即刻解散しろ! 解散せぬ場合は軍令違反としてこの場にいる全員を連行する!」


「連行するつったって おたくら人数足りてんかい? 何なら俺等もそれに手を貸してやっても良いんだぜ?」


「何を言う! 騎士団は国に使える組織だ ならば我々に帰属するのが当然だろう!」



 2つの勢力に挟まれるエルヴィラさん。全く引く様子のない両者。三つ巴の関係は膠着状態の体を見せ始めた。



「ねぇアネット 私もう帰りたいんだけど・・・」


「おい騎士団の姉ちゃん 冒険者側につけば今度俺がデートしてやるぜ? 見たところ独り身っぽいしな」


「確かに騎士団長のエルヴィラ殿はまだ未婚と聞く 我々に味方すれば貴族様から良い縁談の話がいくよう尽力しようではないか!」


「あぁ!? そんなナヨナヨしたモヤシ貴族より 男らしい冒険者の方が良いに決まってんだろ!? 俺が本物の男ってやつを体で教えてやるぜ!」


「なんたる不敬! 齢にしてやや行き遅れ感は否めないが それでもギリギリ潤いは保たれてる! ここは貴族に嫁がれるのが妥当な落とし所ではないか!」


「お前ら人の事を好き勝手言ってるんじゃない! おいアネット! お前からも何か言ってくれ!」


「あぁ!? こんな子供が良いってか!? 夢見てんじゃねぇよ!」

「そうだ! もっと現実を見ろ! そんな子供より俺の方がまだ立派なものを持ってるぞ!」


「貴様らぁー! 大人しく聞いていればつけあがりおってー! 全員そこになおれ! 成敗してくれる!」



 権力闘争の争いがいつの間にやら下世話な痴話喧嘩に変貌を遂げていた。不毛な言い争いは終わる事はなく睨み合いならぬいがみ合いに発展を遂げて汚い火花を散らせてる。



「ん~・・・ うん 帰ろっか」





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