10・ギルドのお仕事
前回のあらすじ
マルティナが“戦士さん”“盾さん”2人のスキルさんとお友達になったようだ。
「うへへへへへへ・・・」
『キャー』
『キャー』
「お姉ちゃん 顔変・・」
家に帰ってからのマルティナは、スキルさんを撫でたり頬擦りしたり抱きしめたりと、それはそれは猫可愛がりしていた。
自分の顔がだらしなくなっている事を妹に指摘されるくらい、スキルさんの可愛さに骨抜きにされてしまったらしい。僕もマルティナのこんなだらし無い声を聞いたのは初めてだ。
マルティナについてきたスキルさんは“戦士さん”と“盾さん”どちらも戦闘系のスキルさんだ。
一般的にフィーリングが合うか否かで一緒になれるか決まるそうだけど、僕は互いの望むものが一致した場合だと思ってる。
つまりマルティナは自分の意思で戦う道を選んだ訳だ。彼女が元気なのは分かるけど、それが戦闘と直結してるかと言われると・・
「マルティナ ちょっと聞きたいんだけど 何で戦士さんと盾さんを選んだの?」
「・・・・・・・・・・・・・」
何だろう・・・心がモヤモヤしながらポカポカもしてるけど答えづらいのかな。
「守りたいと思ったの・・・目が見えないのに冒険者を目指して頑張ってるアネット見てたら 私も何かやらなくちゃって思ったのよ
今日さ・・・ディゼルのやつが近くの空き地に来たんだ それで言い合いになって あいつ・・・ここら辺を取り壊すとか言うから 木の棒持って殴り合いになったの
悔しいじゃん・・・・・私達はここで産まれてここで育って 思い出はここにしかないのに あいつはそれを笑いながら壊すって言うのよ? 打ち合って・・・負けそうになって・・・ この子達がいなければ勝てなかった」
『えへへ~』
『へへ~』
「その時にね実感したの 何かをやり遂げるにはどうしたって力はいる でもね ただ強くなるだけじゃ駄目
全ては守れなくても せめて家族やこの子達のお気に入りの場所くらいは守れる様にならないとって だから決めたんだ 私も冒険者になるわっ」
少し前からマルティナの心の色は力強く輝いていた。多分その時から決心していたんだと思う。何かを守りたいと言う強い思いがスキルさん達を突き動かしたのかもしれない。
「それでね? アネットに聞きたい事があるんだ スキルさんともっと仲好くなる為にはどうしたらいいと思う?」
「え それは・・・お友達って思えばいいんじゃないかな お互いに素直になれて相手の事をもっと知りたいと思える そんな関係になれたら理想だと思うんだ」
「なる程 うん 分かったわ!」
「で・・・でもあんまり自分を押し付けちゃ駄目だよ?」
「もちろんよ!」
う~んちゃんと理解できたのかな。何だか心がおかしな色になってるけど・・・ まぁスキンシップができてるなら問題ないか。
『キャハ~♪』
『ハ~♪』
「うへへへへへへへへ」
★
今日もいつもの朝が始まって私は母の手伝いをする。一通り家事を熟して寝ぼけ眼のアネットを起こしたら、彼を連れだって日課の体力作りに勤しんだ。
帰宅後は朝食を食べてから、今度はアネットを仕事場まで送る。そして今日。私は目的地であるギルドの門を叩いた。
「お願いしますっ! ポリアンナさん 私をギルドで雇って下さい!」
私のもう1つの決心───────
それはギルドで働きながら冒険者としての訓練を積む一石二鳥・・・いや、三鳥の生活スタイル。
私の母は生活費を稼ぐ為に働いているのだけど決して裕福と言う訳じゃない。私にアネットにソフィリアとお母さん。4人の生活を支えるには収入が心許ないのだ。
アネットもそれを思ったのか薪割りの仕事を始めたし、だったら私だって仕事を始めるのに何の問題もない・・・筈なんだけど。ここで1つの問題が生じてしまった。
それは家族が家を空ける事でソフィリアが1人になってしまう事。
留守番してる間に何かあったらどうしよう。間違って外に出て、そのまま帰ってこれなくなっちゃうかも・・・そう思うと「働きたい」だなんてとても口にはできなかった。
だがしかし! アネットからギルドの一言を聞いて天啓を得た。
それが「ギルドで働く」だ。
もちろんちゃんとした理由はある。それは冒険者ギルドには託児所が存在してる事だ。と言ってもそこは誰でも利用できるものではない。冒険者かギルド関係者以外は基本預かってもらえないのだ。
だったら私がギルドで働けばこの問題は解決する!
「えぇ~・・そう言われても・・・今は職員の募集はしてないし~」
あれ~?
「そこをなんとか!! 何でもします! 荷物運びでも何でも!!」
「どうしたの?」
あ・・・綺麗な人。長いカウンターの裏の2階へと続く階段からすらりとした知的な女性がおりてきた。
「メルタナさん えと・・・この子がここで働きたいって・・」
「へぇ あなた字は書けて?」
「え? 字? 少しは・・・・」
「記憶力は良い方かしら?」
「た 体力なら・・・」
「そう 一応聞くけど ここで働きたい理由は?」
「私・・・冒険者を目指しているんです ここで働きながら稽古をつけて ついでに妹も預けられたら最高です!!」
「随分はっきり言うのね・・・ でもここで働いても 訓練生になって更に妹さんまで預けるとなると 収入なんて有って無い様なものよ?」
「その点は家族も働いているし・・ 大丈夫です! 母とも相談しました!」
「そう・・・ふ~ん 妹さんもいる訳ね・・
かなり重労働になるけど あなた責任をもってこなす覚悟はあるのよね?」
「は・・・はい! 勿論です!!」
「そう じゃついてきなさい」
良かった。仕事はあるみたい。でもかなりの重労働って何だろう。言われるがまま1階の奥に連れていかれると何やら子供達の騒ぐ声が聞こえてきた。
「ここがあなたの持ち場よ この子達の面倒を見る事 午前中に散歩に連れてってそれから昼食 午後はお昼寝させるさせるの 年長の子達は他の職員が見ているから あなたはこの部屋の子達をお願い 重労働・・・頑張って」
えー・・・重労働ってそう言う・・・ まぁここまで来て出来ませんとは言えません。私は意を決して魔窟に足を踏み入れた。
そこに居たのは20人程の子供達。部屋に入った瞬間私に視線が集まった。ここの子達は好奇心が強いのか、見知らぬ私が入ってきても警戒するどころか、わーわー言って群がってくる始末。
これではさすがに収集つかないので私は気合いを入れて「パン」と両の手を叩き子供達の注目を集めた。
「はい! 注目! こっちにいる子は戦士さん! それでこっちの子は盾さん そして私はマルティナお姉さん!
これから皆と一緒に遊んだりお勉強したりお食事したり 共に楽しい時間を過ごしていきましょう!
それじゃぁ皆で元気よくっ!
────よろしくお願いしますっ!」
「「「「よろしくおねがいしますっ」」」」
根が素直なのかノリが良いのか、子供達も元気一杯に返事を返してくれた。たぶんここは良い環境なんだろう。私はこの雰囲気を壊さずに勤められるのだろうか・・・不安になってきた。
子供の面倒を見るってなんだろう・・・
ただ世話をするってだけじゃないダメなんだと思う。隔てなく可愛がって、いけない事をしたら注意して何でダメなのかを教えてあげる。決して雑に扱ってはダメだ。それは子供に伝わる。
ひたすら根気よく。
確かに大変だけど子供は可愛いものが好きなのか、“戦士さん”と“盾さん”に興味が集中していた。私だけだったらどうなってたか。
特に午後のお昼寝は眠そうにしてた“戦士さん”の『寝る~』にあてられたのか、子供達も釣られるように寝てくれたのには助かった。
ソフィリアもそうだったけど、子供は制御不能なところがあるので、取り敢えずトラブルもなく纏められたなら合格といって良いだろう。そう願いたい。
内心ヒヤヒヤものだけどメルタナさんから「明日からお願いね」と言われた事で私は自分の決めた道を歩ける事に胸を撫で下ろした。
★
丸太の上に木材を置く。斧を振り上げて全身を効率よく稼働させる。
勢いと斧の重量を利用して振り下ろすと、木材は「パン」と渇いた音で割れた。その音を頼りに周りの状況を把握するよう神経を集中させる。
体を鍛えるのと同時に、音が跳ね返る微妙な強弱で何がどの位置にどの様に存在しているのかを知覚する鍛練を平行して行っているのだ。
何でこんな事してるのかと言うと理由は何と無く「あ・・これいけるかも」と思ったから。
最初に気付いたのは僕がもう少し小さかった頃、自分の部屋でコップを落としたのが切っ掛けだ。そんな気付きをコツコツと積み重ねたから僕は外を歩く事ができている。
その感覚を意識しながら薪を割っていると、遠くから僕の方へ「ザッザッザ・・・」と大きな音が聞こえてきた。この音は何だろう。
誰かの足音。じゃぁ誰の足音? 薪割り場で良く聞くモーリスさんの足音だ。それに・・・
「アネット そろそろ時間だ 上がって良いぞ」
「はい お疲れ様でした ・・・それとカルメンも こんにちわ」
「え・・なによー これでもバレちゃうの?」
モーリスさんの後ろから女の子の声が聞こえた。彼女の名前はカルメン。親方のモーリスさんの娘さんだ。
僕と同い年と言うけれど聞こえる言葉が僕の口より若干高い。マルティナもそうだけど僕の背は同年代の子と比べても低いらしい。
カルメンはモーリスさんの歩調に合わせて後ろをこっそりとついてきたみたいだ。最初僕の事を知ると面白半分に忍び足で近付いてきたんだっけ。
最近は誰かの足音に自分の音を隠して近付いてくるようになった。さすが狩人見習い。
「ねーねーアネットー それだけで耳が良いなら冒険者なんてやめて狩人やってみない? 冒険者は良くお肉食べるから儲かるんだって ママが言ってたよ?」
「こらカルメン アネットを困らせるな まったくそう言う強引なとこは母ちゃんに似たなぁ・・・」
「ねーねー」
カルメンの両親は父が木こりを母が猟師をしていて、娘のカルメンは狩人の母についていって狩りを学んでいる。カルメン本人も将来は狩人になるって決めてるらしい。
それにしても狩りか・・・
僕もそろそろ挑戦するのにいい時期かもしれない。動く獲物を音で判断し狙いをつけ忍び寄る。どれも冒険者には必要な技能だ。
実のところ山菜採りで家族と雑木林に入る機会は何度かあった。だけど動物を追いかけ回した経験は全くといっていい程ない。
それにカルメンに森の中の様子を聞くと、何でも藪だらけで歩きづらいし、加えて木の根が出っ張ってたり地面がボコボコで急に崖になってたりと、僕にとっては完全に死地となっているそう。
それでも狩人に誘ったのは耳が良いからなんだって。それだけで務まるのかは疑問だけど、でも冒険者を目指す僕としては目をそらす訳にはいかない。幸いその道のプロもいる事だし体験するにはいい機会だと思った。
「狩人はともかく 僕としては森での活動を経験してみたいから 良かったらお願いできるかな」
「ホントに!? やたー!! アネットが狩人になるー!」
「おいおい 本気か~?」
「僕はあくまで冒険者として──────」
カルメンはよっぽど嬉しかったのか僕にピッタリと抱き付いてきた。何だかカルメンのスキンシップは過度な気がする。
人と人ってこんなものなのかな? そう言えばソフィリアもこんな感じだし、こんなものなのかも。
「アネットいる~? 聞いてよ今日ギルドに行ったらさぁ~─────あ゛!!?」
カルメンが僕に張り付いてるタイミングでマルティナが薪割り場にやって来た。この2人はどう言う訳か仲が悪い。特に僕とカルメンが仲良くしてると不思議とマルティナが怒るんだ。
「ちょっとカルメン! なにアネットにくっついてるのよ!!」
「えーいーじゃーん アネットは今日から私と一緒に狩人になるんだからー」
「はぁ!? アネットは狩人なんかになりません!! とっととアネットから離れなさい!」
「やーですー」
この2人は初めて出会ってからこんな調子だ。そして最後には僕の腕の引っ張り合いになる。ここは比較的安全とは言え危険な動物もいない訳ではないのだから、もう少し声を押さえてもらいたいのだけど。
でもそれが少しだけ楽しいと思えるのは今がとても平和だからなのかもしれない。