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さよなら、わたしのラプンツェル  作者: 新井すぐ
3 寝不足の解消法
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008 桜ヶ丘結奈8

 寝ぼけまなこではしごを下りる。こういう朝、二段ベッドの上のほうは危険なのだ。ちゃんと目が覚めていないと、たまにどきっとすることになるから。


 あんまりいい目覚めとはいえない。先週の日曜日から──奏乃ちゃんと一緒にカフェに行った日から、うまく寝つけない夜が続いていた。


 片倉(かたくら)沙希(さき)のことは、つい最近まで思い出さなかった。いやな記憶ほどすぐに忘れてしまうっていうのはほんとうらしい。奏乃ちゃんとこの部屋で暮らした数ヶ月のあいだ、わたしは一度も彼女のことを考えなかった。


 でも、あの日彼女に出くわしてから、気を抜くといやな思い出がよみがえってくる。静かな部屋でベッドに横たわっていたり、ぼーっとテレビを見ていたりするときに、ふと浮かんできてしまう。まるで見えない手に沼へと引きずり込まれるみたいに。


 おかしいくらい心臓がばくばくして、眠れなくなってしまう。


 木目の床に裸足で降り立つ。足の裏がひんやりした感触にふれる。心地よくて、すこしだけ心が安らぐ。

 なんてしていたら、わき腹に白い手が伸びてきて、強い力で引っ張られた。なすすべなく、下のベッドに引きずり込まれる。


 いつもの匂いと柔らかさ。


「……、おはよ」

「おはようございます」


 奏乃ちゃんの体温が残るベッドと、あたたかい彼女の体にすっぽりくるまれる。眠たい朝には、睡魔と一緒にわたしのあたまをむしばもうとしてくる。ここで寝るのは絶対にだめだ。悪魔のベッドだし、何よりいいんちょからも二年一組のみんなからもブーイングをもらう。


「……ちゃんと寝られましたか?」

「………」


 いやな質問だった。たぶん奏乃ちゃんには、わたしが遅くまで寝つけなかったのがわかってるんだろう。でも、認めたくもないから、答えなかった。


「先輩はわかりやすいですねー」


 そんなことないって言いたかったけど、否定できる根拠が見当たらない。


 奏乃ちゃんは物憂げに息をつく。


「ひとりで寝られるようにならないとダメですよー。あしたから、あたし、しばらく空けるんですから」

「え?」


 びっくりして奏乃ちゃんのほうにからだを向ける。勢いあまって鼻の頭どうしをぶつけてしまった。痛い。奏乃ちゃんもちょっと涙目になっている。


「あ、ごめん……」

「いいですけど……言ってませんでしたっけ」

「聞いてないよ! なんで!?」

「なんでって、実家に帰るからですよー」


 当り前じゃないですか、って言いたそうな顔だった。

 部活やらクラス企画やらで忙しいからつい忘れちゃうけど、もう夏休みも中盤だ。親元を離れて桜花寮で暮らしている生徒が実家に帰るのは、べつにふしぎじゃない。


「遠いの?」

「うーん……まあ、遠いといえば遠いですねー。東京です」

「めっちゃ遠いじゃん……」


 電車で数時間はかかる。すぐに行き来できないなら、結構長い間むこうにいるのかもしれない。また、しばらく、この部屋でひとりになるのか……。


 やだな。桜花寮の部屋は二人用に作られているから、ひとりで生活するには広すぎる。


「いつ帰ってくるの?」

「一週間とか、その辺かな……えー、ちょっと、なんでそんな顔するんですかー」


 ぷにぷに頬をつつかれた。わたしには、自分がどんな顔をしているのかわからない。


「お土産買ってきますから」

 聞き分けのない子供をあやすように言ってくる。だだをこねても仕方ないので、しぶしぶうなづいた。


「……ばななとごまたまごとひよこは禁止だよ」


 はいはい、と笑われる。


 奏乃ちゃんのベッドから出て、学校に行く支度をする。今日は劇の配役を決める日だ。うまく目立たないところに入れてもらえたらいいな、なんて考えていた。

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