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007 桜ヶ丘結奈7

 他愛ない話をしていると、さっきのウェイトレスさんがやってきて、数人分の食事をテーブルに並べていった。……食べるのは二人なんだけど。食後に抹茶パフェと飲みものが来るから、まだこれで全部じゃないんだった。


 いただきます、と手を合わせようとすると、だしぬけに奏乃ちゃんが言った。


「あーんしましょうか」

「あ、あーん……?」 

「一口交換しましょう、って意味です」

「それくらい知ってるよ! こ、ここでやるの?」


 並んでいるお客さんこそいないものの、店内はかなりにぎやかだ。バカップルでもないし、あーんをするのは、ちょっと。


「じゃあどこでやるんですか?」

「やるのは決定なんだ……」

 あんなにわたしと違うものを頼みたがったのは、あーんのためだったらしい。あそこは意地でも同じものを頼んでおくべきだったのかもしれない。


「べつに、あーんじゃなくても」


 わたしが渋ると、奏乃ちゃんは上目遣いにわたしを見つめてくる。

「……あたしにされるの、そんなにいやですか?」


 うぐぐ。


 普段はわたしを年下みたいに扱ってからかってくるのに、いきなり後輩らしくふるまうなんて、ずるい。

 どうしたらいいのかわからなくて、窓の外に目を逸らした。行きかう女の子たちさえ、ガラス越しにわたしたちに注目しているような気がしてくる。


 奏乃ちゃんをがっかりさせたくはない。でも、「あーん」は恥ずかしい。他人(ひと)に見られるかもしれないし、それに、そんなことをするのは小さいこどもとお母さんくらいなのだ。高校二年生のわたしが気軽にやっていいことではないと思う。奏乃ちゃんは、そうは思ってないかもしれないけど。


「……いやじゃないよ。でも……」

 視線をテーブルの木目にさまよわせる。

 こういうとき、わたしのことばは何の役にも立たない。何を伝えても、奏乃ちゃんに残念な思いをさせてしまう。

 わたしは放送部で、毎週のようにお昼の放送をしている。ふつおたとか、お悩み相談とか、そんなコーナーだってある。だから、しゃべることに関しては、ひとよりもすこしだけ得意だと思う。


 でも、いまわたしに使えることばはほとんどない。せいぜい、恥ずかしい理由を奏乃ちゃんに説明するくらいのことしかできないし、奏乃ちゃんを落胆させてしまうなら、そんなことに意味はない。


 奏乃ちゃんの手が伸びてきて、わたしの前髪をかきあげた。そしてくすっと笑う。


「ふふ。じゃあ、あーんは今度に取っておくことにします」


 今度に取っておく。それが一番いい解決策かもしれなかった。

 奏乃ちゃんは、「今度」をやるかやらないか決められるし、わたしは「今度」までに覚悟を決めることができるから。


 ラザニアを食べ終えた後、約束どおり、抹茶パフェを一口もらう。奏乃ちゃんが店員さんに頼んで、スプーンを二つつけてもらった。


 食事を終えて、飲み物がなくなるまでしゃべってから、レジでお会計をしている時だった。


 ドアの鈴が鳴って来客を告げる。カップルだってことが視界の端で分かった。目を向けなかったけど、女のほうがフローリングにヒールを鳴らしてわたしに近づいてくる。


「あら、久しぶり」

「………」

 彼女がわたしのカーディガンに触れる。むせかえりそうなほどきついユリのにおいがする。奏乃ちゃんのきんもくせいの香りを(しの)いでしまう。


「触らないで」


 無視して、彼女はわたしの腕をさすった。触られたところから、じわじわ鳥肌が立つ。財布をポシェットにしまい終えたわたしには、彼女の手を振り払うこともできたはずだった。でも、しなかった。


「レズの学校はどう? おともだちはできた?」


 耳元で囁かれる。わたしだけでなく、クラスメイトや奏乃ちゃんをも侮るような彼女の言葉で、頭に血が上っていく。


 もちろん、星花女子がそういう学校(・・・・・・)だっていうのは知ってるし、わたしの友達にも付き合ってる子はいる。彼女の言い方にあざけりが含まれていることが、わたしには許せなかった。


 手のひらに爪が食い込むくらいこぶしを握る。奏乃ちゃんの前でみにくいところを見せたくない。それが理性を保つ支えだった。


 奏乃ちゃんがわたしの肩に手を回して引き寄せる。それでだいぶ落ち着く。


「……早くどいて。ほかのお客さんの邪魔でしょ」


 低い声音で言った。彼女は「またね」という言葉と耳に引っかかるような笑いを残して、わたしから離れていった。


 ……二度と会いたくない。


 奏乃ちゃんとカフェの外に出る。まだ暑いはずなのに、指先も体も冷たくなっている。彼女の気がかりそうな視線を感じたけど、わたしは何も言うことができなかった。

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