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032 美波奏乃 14

 汐音ちゃんにお化けの役を代わってもらって、教室から出たあたしは、再び放送室に向かった。先輩を探すためじゃなくて、放送部のひとたち──特に渋谷先輩に、先輩がいそうな場所を尋ねるためだ。あたしは部屋での先輩をよく知っているけど、学校での先輩をほとんど知らない。汐音ちゃんが言っていた、今のあたしにできることっていうのは、たぶんこういうことなんだろう。


 放送室への曲がり角を曲がったところで、あ、奏乃ちゃん、と後ろから呼び止められた。凛とした、聞き覚えのある声だった。


 振り返ると、渋谷先輩がいる。魔女みたいな、紺色のつばの広いとんがり帽子を被っていた。文化祭の仮装の一環なのかもしれない。ほかにもいろんな衣装をした人がいるから、とくべつ注目を浴びるようなことはない。


 行き違いになるところだった。向こうから声をかけてくれて助かった。


「渋谷先輩! よかった、ちょうど探してたんです」

「私を?」


 うなづいて、事情を説明する。昨日から、先輩が帰ってきていないこと。おそらく自分の意志でどこかに行ってしまったこと。あたしは彼女を探しているってこと……。


 渋谷先輩は大して驚きもせず──むしろ退屈そうに、あたしの話にあいづちを打った。


 違和感を覚える。渋谷先輩は、先輩とクラスも部活も同じで、寮の部屋だってとなりで──たぶん、親友のはずだ。こないだだって、先輩と一緒にクーネルに行ったって言ってたし。それなのに、この落ち着きようはなんだろう。


「渋谷先輩、先輩が行きそうな場所、心当たりないですか?」

「あるよ」


 考えるひまもなく即答されて、拍子抜けする。教えてください、と言うと、いいよ、ついてきて、と歩きはじめる。


 あたしを焦らすように、渋谷先輩はのんびりあたしの横を歩く。先輩ほどじゃないけど、彼女もけっこう小柄だった。あたしもそんなに背が高い方じゃないのに、隣り合っていると視線の高さが合わない。


「ねえ、私たちのクラス、なんの発表してるか知ってる?」


 人のあいだを縫って階段を降りながら、渋谷先輩はそんな世間話まで振ってくる。一階につくと、校舎から出て、旧校舎のほうに向かった。先輩は旧校舎にいるらしい。


 渋谷先輩のクラスは、先輩と一緒だ。だから、あたしも知ってる。


「映画、ですよね。ラプンツェルの」

「正解。結奈ちゃんから聞いたかな? 私は何の役だと思う?」


 彼女はクイズを楽しむみたいに、あたしに尋ねた。ラプンツェルの登場人物はそんなに多くない。ラプンツェル、お父さんとお母さん、王子さま、そして──魔女。


 渋谷先輩の帽子を見れば、頭の回らないあたしにだってわかる。


「……魔女ですか?」


 あたしが答えると、くくく、と彼女は笑った。


「それじゃあ、結奈ちゃんは何の役でしょう」


 スリッパを履いて、旧校舎の階段をのぼる。旧校舎は今は部室棟になっていて、文化系の部活が星花祭の展示をしている。新校舎ほどじゃないけど、いつもよりはにぎわっていた。ところどころ、列ができている部屋もある。


 先輩は、何の役なんだろう。そういえば聞いてなかったかも。


「ヒントは、物語の主人公だよ」

 ヒントというか、それはもうほとんど答えなんじゃないだろうか。


「ラプンツェル、ですか」

 先輩はちっちゃくてかわいいし、ラプンツェルの役が似合うかもしれない。自分で言いだすようなタイプじゃないから、他薦だったのかも。主役なら、あんなに忙しくしていても納得がいく。


 渋谷先輩は、また含むような笑い方をした。あたしよりも二段上を行く彼女のスカートの裾が目の前で揺れている。


 二階まで上がると、彼女は平然と非常階段のドアを開け放って、三階へつながる薄暗い空間に足を踏み入れた。旧校舎の三階は、生徒は入っちゃいけないことになっている。当然あたしも入ったことはない。少し緊張しながら、ドアを後ろ手に閉める。


 渋谷先輩は無言で金属の階段にスリッパの音を響かせた。三階に出るとかびくさい匂いがして、しかも廊下にはうっすらとほこりがたまっている。そこに、小さな足跡が残っていた。渋谷先輩はその足跡を見ることもせず、奥まった部屋の前まであたしを連れて行く。足跡は、ちょうどそこで途切れている。


 重そうな金属製の扉の前に、小さなびんが置かれていた。あたしの手にちょうど収まるくらいの水色のびん。昨日からなくなっていた、きんもくせいのコロンが入ったもの。


「そのびんは、結奈ちゃんの?」

「いや、あたしのです。でも、昨日から見つからなくて……」


 ふぅん、と渋谷先輩は適当なあいづちを打つ。あたしはとてつもなく安心していた。先輩は、この中にいる。


 ノブに手をかけて、ドアを開けようとした。でも、開かない。押しても引いてもびくともしなかった。ノックしても、内側から反応する気配はない。先輩、と呼んで、ドアを叩いてみる。むなしく音が吸い込まれて消えていく。


 ここは昔の放送室だよ、と背後から渋谷先輩が言った。


「カギ、取りに行かないと──」

「無駄だよ」

「へ?」


 なんでですか、と尋ねると、彼女はあたしに歩み寄った。


「ここのカギは、この世界に二本しか存在しない。ひとつは桜ヶ丘結奈が、そしてもうひとつは──」


 ちゃり、と金属がこすれる音がした。ポケットに手を入れるところは見えなかった。まるで手品のように、何も持っていなかったはずの渋谷先輩の手には、カギが握られていた。


「ここにある」


 そう聞いて、自分の行動が恥ずかしくなってきた。持ってたなら先に言ってくれればいいのに。扉をガンガンした意味がない。


「持ってたなら、早く言ってくださいよ」

「ふふ。それが、そうもいかないんだよね」


 渋谷先輩は魔女の帽子を脱いで、その中にカギを落とした。帽子を被りなおしても、カギは落ちてこない。小さなマジックショーみたいだ。


 すんなりとあたしにカギを渡してくれるつもりはないらしい。渋谷先輩の楽しむような表情を見て、あたしはやっと、これが一筋縄ではいかない事態なんだということを悟った。


「ほんとはね、私は、映画には出てないんだ。桜ヶ丘結奈の代わりに放送部の仕事をしなくちゃいけなかったからね」


 たちの悪いひっかけ問題だ。そんな帽子を被っていたら、誰だって彼女が魔女役をしたと思うだろう。あたしが不満そうな顔をしているのに気付いたのか、渋谷先輩は意地の悪い笑みを浮かべる。


「でも、正解だよ。三問目は、もうちょっと簡単。きみは──美波奏乃は、何の役だと思う?」


 それこそ、ひっかけ問題にすらなっていない。一年四組のあたしが、二年一組の映画に出ているはずがないんだから。


 でも、彼女が求めている答えはそうじゃない。それを出さなければ、きっとカギを渡してくれない。もし渋谷先輩が映画に出ていないとして、それでも魔女の役なんだというなら──あたしは、何の役になるんだろう。


 解答の選択肢は、そう多くはない。いや、もう一つだけだ。


 塔の上の部屋から、どこかへ行ってしまったラプンツェル。部屋におびき寄せた魔女。そして、ラプンツェルに会いに来た、王子さま。


「……王子さま、とでも言うつもりですか」


 渋谷先輩はそれに応えることもせず、ステップを踏むようにあたしに背を向けた。そして──

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