003 桜ヶ丘結奈3
「そういうわけで、ラプンツェルの映画を撮ることになったよ」
カフェテリアのパスタをくるくる巻きながら、奏乃ちゃんがわたしの話にへー、とうなづく。わたしは冷やし天ぷらうどん。奏乃ちゃんの前には、大きめサイズのトマトクリームパスタと鶏の照り焼き。
休みの日はよく一緒に晩ごはんを食べる。奏乃ちゃんはいつも数人前の食事をぺろっと平らげてしまうから、桜花寮ではちょっとした有名人だ。わたしはいっぱい食べる奏乃ちゃんを見るのが好きだった。
「ラプンツェルって、読んだことある?」
「映画見たついでに、読みましたよー」
ほえー。ハナタカさんだ。マイナー童話なのに。
「ラプンツェルの王子さまって、あんまかっこよくないですよね」
「え? そう?」
いいんちょが急いで印刷してきたラプンツェルを見ても、王子さまがかっこ悪いとは、別に思わなかったけど。
「だって、頼んでもないのによじ登ってきたかと思ったら、今度は自殺しちゃうんですよ?」
「……言われてみると、たしかに」
白雪姫やシンデレラの王子さまは、お姫さまの命を助けたり、探して救い出したりしてくれるけど、ラプンツェルの王子さまはその前に自殺しようとしてしまう。結局自殺は失敗しちゃったけど、王子さまにしてはメンタルが弱いかも。
「ふふ。まあでも、先輩たちの作品なら、見に行きます」
「ありがと」
自分たちが作ったものを知っている人に見られるのは、ちょっと面はゆいものがある。奏乃ちゃんが来るって言うなら、わたしも彼女たちの出し物を見たい。
「奏乃ちゃんたちのクラスは?」
「お化け屋敷ですよー」
そう言って、奏乃ちゃんはこぼれるくらいシルバーに巻き付けたパスタをひとくちで食べてしまう。フードファイターみたいだ。
お化け屋敷かあ……。
わたしが何とも言えない表情をしているのに気付いたのか、意地悪な笑みを浮かべた。
「もしかして、先輩、お化け怖いんですか?」
「べ、べつに怖ないし!」
「えーほんとですかー? 今度、夜中にトイレついてきてーって言っても、ついて行ってあげませんよ?」
「そんなこと言った覚えないよ!?」
お化けが怖いというか……お化けも怖いんだけど、人がお化けになって驚かせてくるのはもっと怖い。わたしがびっくりするように出てくるから、びっくりするに決まっている。
いくら奏乃ちゃんのクラスとはいえ、お化け屋敷はなあ、と少し迷う。
「……もし行けたら行くよ」
「それ来ないやつじゃないですか! あ、そうだ、じゃあ前売り交換しときましょ? そうしたら、先輩も来てくれますよね」
「えー……」
退路を塞がれてしまった。
でも、奏乃ちゃんもお化けの役をするなら、絶対見たい。仮装しているだろうから、奏乃ちゃんだって分かるかは微妙だけど。
それに後輩の作品を見に行くのは、先輩としての義務でもある。わたしもたまには先輩っぽいことをするのだ。
「奏乃ちゃんもお化け役するの?」
「しますよー」
「うーん……。じゃあ、前売りもらったら一枚は奏乃ちゃんに渡すね」
誰かと一緒に入れば、怖さも半減する、と思う。奏乃ちゃんもシフトじゃない時があるだろうから、ついてきてもらってもいいかも。
でもそれじゃ、奏乃ちゃんのお化けが見られなくなってしまう。それはもったいない。
「やった」
まあ……ルームメイトの後輩のためなら、ちょっとくらい怖い思いをしてもいいかな、とか、思わなくもなかった。