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さよなら、わたしのラプンツェル  作者: 新井すぐ
8 邪波奏乃はささやかない
25/41

025 桜ヶ丘結奈15

 219の扉をノックした。返事の声もなく、しばらくすると、カギが外れる音がした。ドアが薄く開いて、うつろな目をした女の子が顔を出す。


「……30秒待ってください」

 ドアが閉まる。廊下を眺めながら、頭の中で1からカウントしていると、28くらいでチェーンががちゃがちゃ音を立てる。


「すみません、お待たせしちゃって。上がってください」

 お邪魔しまーす。


 汐音(しおん)ちゃんの部屋は、わたしたちの部屋とそんなに間取りが変わらない。でも少し狭く感じた。わたしたちの部屋だとローテーブルがあるあたりに、ベッドがもう一つあるからだ。二段ベッドじゃなくて、一段のベッドが二つ。


 汐音ちゃんもルームメイトと暮らしているようだけど、そのルームメイトはお留守みたいだ。まだ帰省中なのかな。


 適当に座っててください、と言われたので、クッションを借りて座る。


「ごめんね。急に押しかけちゃって」


 前に会ったとき、汐音ちゃんには部屋に招待されていたけど、わたしは汐音ちゃんの連絡先を知らない。それに、用事が用事なので奏乃ちゃんに教わるわけにもいかなかった。だから、アポなしで押しかけるほかなかったのだ。


「ぜんぜん大丈夫ですよ。ちょうどひとりのときでよかったです」


 氷を入れたグラスに緑茶を注いでくれる。汐音ちゃんは自分のグラスにも注いで、一気にあおった。


「……寝起きだった?」

「ち、違いますよ!」

 そんな全力で否定されると逆に怪しい。わたしがじとっとした視線を送ると、汐音ちゃんは目をそらす。


「……そんなことより、何の用事です? あ、奏乃が変なことしたとか? あいつ、むっつりしてるとこあるから……」

「あ、今日はそうじゃなくて」


 花火大会の帰り道でいきなり抱きしめられたのはびっくりしたし、奏乃ちゃんが何を考えてたのかいまだによくわからない。あれはいつものスキンシップだったのかもしれない、とも思う。でも、汐音ちゃんに相談しに来たのはそのことじゃない。


「奏乃ちゃんに、プレゼントあげたいんだ。誕生日のやつ。でも、奏乃ちゃんの好みとか、よくわかんなくて……」


 この前、汐音ちゃんに教わった奏乃ちゃんのお誕生日が、もう明後日に迫っていた。お誕生日に何かするなら、やっぱりプレゼントが一番いいと思う。サプライズであげるのを計画してみたけど、肝心のプレゼントの内容がまだ決まっていない。


 なるほど、と汐音ちゃんはあいづちをうつ。


「一応、ひとつは手作りのお菓子にしよっかなって思ってるんだ。でもそれだけじゃ寂しいから、何かあげたいなって」

「……先輩のあげたものなら、なんでも喜ぶと思いますけど」


「そ、そうかな」

 でも、さすがにブーメランとかを渡すわけにもいかない。紅茶は一緒に暮らしてるからあんまり意味ないし、ヘアピンや文房具だとありがちな感じがする。そう考えると、なかなか決めきれない。


「……あげるからには、超うれしがってほしいんですね」

 さすが汐音ちゃん。話の分かる女だ。うなづくと、汐音ちゃんはほほ笑む。


「桜ヶ丘先輩から見た奏乃って、どんな子ですか?」

 汐音ちゃんは、わたしにそんなことをたずねた。


「うーん……」

 いくつか思いつく。誕生日プレゼントに使えるかは分からないけど。


「……いいにおいがする?」

「最初にそれですか……。先輩もけっこうむっつりしてますね」

「やっぱなし! 今の取り消し!」

 わたしが腕でバツを作ると、汐音ちゃんは笑った。


「いいじゃないですか、先輩っぽくて。たしかにあいつ、匂いにけっこう気を付けてますよね。あと、日焼けとかめっちゃ嫌がりますよ。いつも4000円ぐらいする日焼け止め塗ってますし」


「え、そうなんだ」


 確かに、奏乃ちゃんの机の上にはたくさんそういう容器があったような気がする。奏乃ちゃんといるのは基本的に朝と夜で、お昼は一緒にいることが少ないし、いても部屋の中だから、あまりそういうところを見たことはなかった。


 でも、奏乃ちゃんがこだわりを持ってるものだと、気に入ってもらえるようなものを買うのは無理に近い。そういった意味では、日焼け止めはダメだ。


 汐音ちゃんも同じことを思ったのか、うーん、と頭を悩ませた。いいにおいがして、お肌にやさしいもの。奏乃ちゃんが喜んでくれそうなもの……。


 うーん……。


「あ、ハンドクリームとか、どうかな? いい香りのやつ」

「いいですね! 喜ぶんじゃないですか?」

 汐音ちゃんも賛成してくれた。我ながら、いいアイデアだと思う。でも、ハンドクリームをプレゼントとしてあげるためにはいくつか問題があって、それをクリアしないとダメなのだ。


「……でも、わたし、奏乃ちゃんがどんな匂いが好きかとか、わかんないんだよね」


 それが、ひとつめの問題点だった。汐音ちゃんは、それは大丈夫です、と手をひらひら振る。


「先輩が好きなやつを買ったらいいんじゃないですか? むしろ、そっちのほうが喜ぶと思います」

「え、なんで?」

「奏乃が、先輩と同じでむっつりだからですよ」

「もー! どういうこと?」


 怒って見せると、汐音ちゃんは笑いながら、すいません、と言った。


「あいつは、先輩が好きな匂いをいつでも嗅げるって方がいいんじゃないかなって。それに、先輩の好きな匂いは、先輩にしかわからないじゃないですか。そういうプレゼントをあげられるのって、桜ヶ丘先輩だけですよ」


 たしかに、そうだ。わたしにとっても、そうだった。奏乃ちゃんのきんもくせいみたいな匂いは、ただいい匂いってだけじゃなくて──奏乃ちゃんの匂いだから、落ち着くんだと思う。汐音ちゃんの言うとおり、奏乃ちゃんもわたしと同じなんだとしたら、きっと喜んでくれるはずだ。


 それに、わたしだけが奏乃ちゃんにあげられるプレゼントだっていうのは、わたしにもすごく魅力的だった。奏乃ちゃんは、クラスにも、マネージャーさんをやってるソフト部にもたくさん友達がいて、たぶんいっぱいお誕生日プレゼントをもらうだろうけど……わたしはルームメイトとして、わたしにしかあげられないものをあげたい。


「あと、もうひとつの問題だけど……」

「なんですか?」

「わたし、そういうおしゃれなハンドクリームとか、買ったことなくて……。百貨店とかにある、いかにもなお店で買うんだよね。ああいうところ、ひとりじゃ入りにくいなーって」

「………」


 もう、わたしが何を言うか、わかってしまったみたいだ。


「ついてきてもらえないかな……?」


 汐音ちゃんの顔には、「ならなんでハンドクリームとか言い出したのよ」と書いてあった。ごめんね、汐音ちゃん……。



 ***



 空の宮中央の百貨店にあるおしゃれなお店をいくつか回って、散々迷った挙句、最初のお店で見たものを買った。シトラスのような甘酸っぱい、でもどことなく懐かしくて、落ち着く香りがするハンドクリーム。パステルカラーの青とピンクのラッピングをしてもらった。


 地下の食料品売り場で、クッキーの材料を買う。奏乃ちゃんが好きそうな味も入れたいって汐音ちゃんに言ったら、じゃあきな粉とかどうですか、と教えてくれた。汐音ちゃんによれば、奏乃ちゃんのお昼ごはんは、週に二回は購買のきなこの揚げパンらしい。知らなかった……。


 材料を汐音ちゃんの部屋に持って帰って、そこでクッキーを焼いた。奏乃ちゃんにはまだ秘密だから、515で作るわけにはいかない。汐音ちゃんには、迷惑代として、クッキーを何枚かもらってもらった。


「ごめんね、朝からいっぱい手伝わせちゃって」

「いいえ、大丈夫です。こっちこそ、クッキーありがとうございます。奏乃、喜んでくれるといいですね」

「ふふ。ありがと」


 汐音ちゃんは、バレないように、と化粧品屋さんの袋の上から、白いお土産物の袋をかぶせてくれた。


 汐音ちゃんの部屋をおいとまして、五階への階段を上る。どこ行ってたんですか、と言われたときのために、「放送部だよ」と答える練習もしておいた。放送部だよ。お土産もらったんだ。


 よし。


 あとは、その日を待つだけだ。

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