024 美波奏乃 7
お店で浴衣から普段着に着替えなおして、寮へと続く大通りを歩く。星花女子たちがあれほど大きなお祭りを見逃すはずもなく、ときどきテンションの上がったカップルがいちゃいちゃしているのを見かけた。傍から見たら、あたしたちもあんなふうなのかもしれない。
もうはぐれる心配なんてないのに、花火を眺めていた時から、ずっと手を重ねたままだった。あたしはべつに気恥ずかしいとは思わないし、先輩も気にする様子を見せなかった。
「あーんは特別な日だけなのに、手はつないでくれるんですね」
先輩の右手をにぎにぎすると、握り返してくる。
「手、つなぐの、変?」
変って言ったらどうなるんだろう。今つないでる手をほどかれて、もしかしたら「特別な日」以外はつないでくれなくなるかも。それは、だめだ。
「ぜんぜん変じゃないです」
よかった、と先輩は小さくほほえむ。
「奏乃ちゃんの手、つめたくて気持ちいいんだ」
それなら、先輩のほうからつないでくれるのは、涼しくなるまでなのかな。それからは、あたしからにぎりにいかなきゃだ。
つないだ手を揺らしながら夜の街を行く。反対側の手には、お祭りで買った狐のお面がぶら下がっている。いつも買い出しに来るスーパーの前を通り過ぎたあたりで、先輩の手がするりと抜け出す。そのまま、彼女は、数歩先を行って振り返った。
「わたしね、今日、初めて花火見たの」
あたしは、目を丸くしたと思う。
「すっごく感動した。花火ってこんなのなんだ、って。誘ってくれて、ありがと」
ほんとうにうれしそうに、先輩は言った。誘ったのは先輩じゃないですか、と言おうとしたけど、口より先に体が動いてしまっていた。
「………」
「か、奏乃ちゃん?」
先輩が身を固くする。こんなことしたら先輩は嫌がるってわかっていた。でも、昂揚した気持ちを抑えるのは無理だった。
数秒だけ、先輩の小さいからだを、あたしの腕の中に抱く。汗ですこしだけ湿った肌や、薄まったシャンプーの匂いを、感覚に焼き付ける。先輩は、あたしのハグを受け入れることも拒むこともしないで、不自然な姿勢のままかたまっていた。
道行く女の子たちの冷やかしの視線が突き刺さるような気がした。腕を解くと、先輩は唇をとがらせる。
「もー、人前でそういうのはだめだってば」
「……ごめんなさい」
いつものスキンシップだと思ってくれたらしい。それでよかった。あたしも、いつも通りだと思い込むことにした。寝起きの先輩を抱きしめるのとも、宿題する先輩を後ろからハグするのとも、一緒。違うことなんて何もない。
会話を続けないと、変な雰囲気になってしまう。深く息をして、話題をしぼりだした。
「……もう夏休みも終わりですね」
「そだね。高校生最後の夏休みだったかもねー。来年は、夏休みだーなんて言ってられないかもだし」
先輩がつぶやく。湿り気のない声だった。きっと後悔するようなことはなかったんだろう。うらやましく思う。あたしは、もっとああしとけばよかったなあ、みたいなことが山積みだ。
もっと本を読みたかったとか、帰省以外の旅行に行きたかったとか。もっと先輩で……じゃなくて、先輩と、遊べばよかったとか。
「夏休み、やり残したこと、ないですか?」
先輩が「高校生最後の夏休み」にやり残したことがないとしたら、それはあたしにとっても、もちろんよかったことだけど。
「うーん……あと一つだけかなー」
「えー? なんですか、それ」
ひみつー、と小悪魔っぽく唇に人差し指をあてる。なんだろう。秘密にされると、余計に知りたくなってしまう。
「もうすぐわかるよ」
でも、先輩の楽しそうな顔を見ると、暴いてしまうのはもったいない気がした。