021 桜ヶ丘結奈14
小さなタブレットに、四人で額を集める。いいんちょと、莉亜監督、それから王子さま、わたし。映像が終わったあと、みんないいんちょのほうを見た。いいんちょは、もったいぶるように重々しく口を開く。
「……OKよ」
「やったー!」
莉亜ちゃんとハイタッチする。まだシーンをつぎはぎしただけで、文化祭で見てもらえるような形にはなっていないけど、とりあえずわたしたちの仕事はこれでおしまいだ。
「なんとか撮り終われてよかったわ。きっといい作品ができるわね。役者も撮影班も、おつかれさま」
「私はー!?」
「はいはい、栗橋さんもよく頑張ったわ」
むふー、と莉亜ちゃんが満足そうに笑みを浮かべる。
「明日からは映像班のみんなに頑張ってもらわないとだねー。じゃあ、解散!」
おつかれー、と口々に言って、クラスメイトが教室から出ていく。わたしもカバンを持って寮に帰ろうとすると、莉亜ちゃんに呼び止められた。
「ゆなっち! 今日こそどっか行こ?」
そう言って、きらきらした瞳で見つめてくる。
……どうしよう。今日は奏乃ちゃんが東京から帰ってくる日だ。長旅で疲れてるだろうし、できれば部屋でおかえりって言ってあげたい。それから一緒に晩ごはんを食べたりしたいと思う。いまからどこか寄ったら、晩ごはんどきはたぶん過ぎてしまう。
「……なにか予定?」
でも、奏乃ちゃんとは約束したわけじゃないし……。それに、せっかくのお誘いを二回連続でダメにするのも、よくない。断ったら、莉亜ちゃんしゅんとしちゃうだろうし。
「ううん、なんでもない。どっかって、どこにする?」
「やっぱクーネルかなー」
クーネル──クーネルヨンダースっていうのは、駅前にあるファストフード店のことだ。学校からも近くて、だらだらするにはちょうどいい。星花女子の放課後の行きつけになっている。
「いいんちょも行こー?」
莉亜ちゃんがいいんちょに絡みつく。うちのいいんちょはまじめで堅物だから、あんまり買い食いとかにはついてきたがらない。だからこそのいいんちょ、でもあるんだけど。
「あ、あたし? あたしはいいわよ、ふたりで楽しんできなさいよ」
「えー、行こーよー」
莉亜ちゃんが負けじと上目づかいで攻撃する。莉亜ちゃん、小動物みたいなところあるから、ああいうことをされると断れなくなっちゃうのだ。いいんちょがたじろいだのを見て、わたしも莉亜ちゃんに加勢した。
「いいんちょ、せっかく夏休みなんだからさー」
「ほら、ゆなっちもそう言ってるじゃん!」
「……しょうがないわね。ちょっとだけよ」
にしし、と莉亜ちゃんと顔を見合わせて笑う。
「るりちも呼ぼっか」
「そだね。電話してみる」
***
窓際の四人席に陣取る。わたしのトレーの上で、ストロベリーシェイクのプラカップが汗をかいている。ちょっと迷ったけど、ラプンツェル役をやってカロリーの消費したので、大丈夫ってことにした。
「あ、いたいた」
瑠璃ちゃんに手を振ると、胸の前で振り返してくる。チョコミントのタピオカを持ったまま、わたしの正面に座った。
「あれ? いいんちょも一緒じゃん。めずらしいこともあるもんだ」
「でしょー」
莉亜ちゃんがどや顔をする。瑠璃ちゃんはそれだけで、どういうことがあったのか察したみたいだった。
「ふーん……ってことは、映画、撮り終わったんだ」
「ほんとうに撮り終わっただけよ。まだ編集しなくちゃいけないわ」
「ふふ。まあでも、よかったじゃんか、ひと段落ついて。ラプンツェルもやるときはやるね」
ちらっとわたしのほうを見て、瑠璃ちゃんが言う。むっ、失礼な。わたしは普段からちゃんとやってるよ。
「放送部も、順調?」
「うっ、それが、じゃっかん押してるんだよねー……。だから、あんだけ大見得切っといてあれなんだけど、一日目のトークパートの放送原稿書いてもらうことになるかも……」
「全然大丈夫だよー」
さすがラプンツェル、と瑠璃ちゃんがおだててくる。調子がいいなあ、まったく。
「いやー悪いね。宿題の追い込みで忙しいだろうに」
「ううん。わたしはもう終わってるから」
「えっ」
瑠璃ちゃんじゃなくて、莉亜ちゃんがすっとんきょうな声を出した。まだ休みはあるとはいえ、夏休みももう後半戦だ。計画的にやってたら、だいたいのひとは終わってるだろう。
「そ、そっか……。ゆなっち、こう見えて頭いいもんね」
「こう見えてってなに!?」
わたし、バカっぽく見えるのかな……。奏乃ちゃんにもあほの子だと思われてたりして。
「るりちは?」
「私は夏休み前に終わらせちゃった」
「なにそれ! ルール違反だよ! スポーツマンシップないの?」
「夏休みの宿題にルールも何もないよー。終わらせたもの勝ち」
勝者の余裕をただよわせながら、瑠璃ちゃんが笑みを浮かべる。くっ……、と莉亜ちゃんが歯噛みして、すがるような目でいいんちょを見た。いいんちょは優雅にアイスティーをすすってから、口を開く。
「一日一教科やれば、五日で終わるわよ」
「………」
莉亜ちゃん、KO──。
テーブルのまんなかに置いたLサイズのフライドポテトをつまみながら、三人でしおれた莉亜ちゃんに水をかけてあげる。大丈夫だよ、すぐ終わるよ、莉亜ちゃん天才だから、とか言ってると、莉亜ちゃんも「だよねー!」って復活した。……まあ、現実はそう甘くはないからこういうことになってるんだけど、なぐさめにはなったみたいなので、よしとしよう。うん。
ポテトがなくなって、紙の容器に塩だけが残る。そうこうしているうちに、外がだんだん暗くなってきていた。瑠璃ちゃんとわたしは寮だからいいけど、いいんちょたちはあんまり遅くなると心配をかけてしまうだろう。
同じことを考えていたみたいで、いいんちょはそろそろ帰らないと、と言った。
「じゃあ、お開きにしよっか」
トレーを片づけて、クーネルを後にする。駅の方角の空が茜色に染まっていた。いいんちょと莉亜ちゃんとは、ここでお別れだ。
「また二学期、だねー」
「映画、楽しみにしてるよ」
「任せて!」
張り切る莉亜ちゃんに、いいんちょがほほ笑む。
手を振りあってから、瑠璃ちゃんと一緒に桜花寮へ歩きはじめた。生ぬるい夜の風を感じる。奏乃ちゃん、もう帰ってきてるかな。わたしの帰りが遅くて怒ってないといいけど……。
「いつになくうれしそうだね、ラプンツェル」
「え? そ、そうかな」
瑠璃ちゃんにつっこまれる。また顔に出ちゃってただろうか。汐音ちゃんにも似たようなことを言われたし、最近、そういうのが多いような……。
「ほー。隠し事はいただけないですなー」
「か、隠し事とかしてへんよ」
ほんとにー? と顔をのぞきこんでくる。
高校に入ってからとはいえ、瑠璃ちゃんとはいまのところ一番付き合いの長い友達だ。わたしのことになると、とてもするどくて困ってしまう。
「……ほんとに、なんでもないよ。奏乃ちゃん帰ってくるだけ」
「あー。最近静かだと思ったら、いなかったんだ」
瑠璃ちゃんは、わたしたちのおとなりさんだ。寮の壁はそんなに厚く作られてないから、わたしたちが暴れたり言いあったりしている声は、隣にも聞こえてしまう。わたしがこちょこちょをされて笑っているときの声とか、筒抜けなんだろうなあ……。ちょっと申し訳ない。
「ごめんね、いつもうるさくて……」
「ううん。それくらいがちょうどいいんだよ」
姉妹のけんかを見守る親戚のおばさんみたいなことを言う。瑠璃ちゃんがいいならいいんだけど、奏乃ちゃんにはもっとこちょこちょをひかえてもらいたい。
「ラプンツェルは、王子さまに会うのをいつも楽しみにしていたんだ。今の結奈ちゃんみたいにね」
「……奏乃ちゃんは、べつに王子さまっぽくはないけど」
瑠璃ちゃんは、くくくっと笑った。
ゆっくり歩いて、学校に帰り着く。おいしそうな匂いを漂わせているカフェテリアを通り過ぎ、階段のほうに向かった。
「……瑠璃ちゃん、あの部屋使ってる?」
三階のあたりで、ふと思い出して尋ねた。この前あの部屋に行ったとき、瑠璃ちゃんが使ったような跡は見当たらなかった。あの部屋は、部長さんたちから、わたしたちふたりに与えられたものだから、わたしだけがいっぱい使うっていうのも不公平な気がする。
「あの部屋は、もういいよ。結奈ちゃんの好きに使って」
「………」
「なんで不満げ?」
わたしがむすっとすると、瑠璃ちゃんはまた笑った。
わたしたちの部屋がある五階にたどり着く。カギを探してカバンの中を手探りしていると、「ねえ」と呼ばれた。
「私がきみをラプンツェルにしたのは、どうしてだと思う?」
「へ?」
いつものひょうひょうとした瑠璃ちゃんではなかった。渇いた笑みで、わたしを試すような目をしていた。けっして、わたしをからかうために聞いてるんじゃないと分かる。
「……わたしがちっちゃいから、じゃないの?」
ラプンツェルの13歳という設定にちょうどいいのが、クラスにはわたししかいなかったからだと思っていたけど……瑠璃ちゃんには、何か別の理由があるのだろうか。
瑠璃ちゃんは、ため息とも諦笑ともつかないような、短い息を吐いた。
「なんでもないよ。おやすみ」
そう言って、瑠璃ちゃんは、手品みたいになめらかに、手のひらからカギを出す。514の部屋のドアが閉まるまで、わたしは彼女の後ろ姿を眺めていた。
瑠璃ちゃんのあんな顔を見たのは初めてだった。戸惑ったまま、わたしはなかなか見つからない515のカギを探した。