表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さよなら、わたしのラプンツェル  作者: 新井すぐ
1 カロリーゼロ
2/41

002 桜ヶ丘結奈2

 わたしの通う私立星花(せいか)女子高校には、星花祭と呼ばれる文化祭がある。学園の多くの生徒にとっては一大イベントだ。もちろん、それはわたしにとっても例外ではない――いや、わたしたちにはひとしおだった。高校二年生が文化祭の主役なのだから。高三は受験だなんだで「お祭りだー」なんてのんきに構えていられないし。


 クラスや部活、人によっては有志の企画まで準備がある。夏休みにもかかわらず、校舎にはちらほら人影が見えた。まだ一カ月以上あるとはいえ、みんな忙しそうだ。


 昇降口の掲示板には、味気のない事務連絡のコピー用紙に混じって、色鮮やかな映画やコンサートのちらしが目立つ。わたしのクラスは何をすることになるのかな。去年は確か……メイド喫茶だった。できれば、もう思い出したくない。


 教室のドアを開ける。一斉にわたしのほうに目が向いた。ところどころ空席はあるものの、いつもの授業のときみたいに、ほとんどのクラスメイトが自分の席についていた。え、なになに。


「桜ヶ丘さん、遅刻ね」


 いいんちょが教壇の上に立っていた。黒板にはすでにいくつかのアイデアが並んでいる。ちらっと時計を確認すると、一時を少しだけ回っていた。急いだつもりだったのに、ダメだったかぁ……。


「ご、ごめん……」

「罰として、何か一つアイデアを出しなさい」

「えー……いいんちょ、厳しいー」


 クラスから笑いがこぼれる。

 黒板には、メイド喫茶、劇、たこ焼き屋、などなど当たり障りのないアイデアが並んでいる。メイド喫茶は当たり障りありまくりだけど。去年の惨状を知ってなおメイド喫茶を推す人がいるとは。このクラス、恐ろしい。


「えーっと、映画とか?」

「……意外とまともね」

「まともじゃないの期待してたの!?」

 ひどい。わたしはいつだってまともだ。


「ちなみに何の?」

「な、なんのって……」

 そこまで考えてなかった。もしここでオリジナル、とか言っちゃったら、脚本とかやらされるかもしれない。


「何かの童話とかだと、一から考えなくていいんじゃない?」

「何の童話よ」

「うぅ……」

 うーん……。シンデレラとかは高校生の文化祭でやるようなものでもないし……。


「あ、ラプンツェルとか! 映画もやってたし」

 ラプンツェルはグリム童話の中では有名じゃないけど、だからこそ向いているかもしれない。我ながら当意即妙というか、ナイスアイデアだ。ふふん、と自信ありげに言うと、いいんちょも納得してくれた。


「なるほど……。桜ヶ丘さん、戻っていいわ。ほかに何かある?」


 それから、お化け屋敷とか、休憩所とか、いろんな意見が出て、結局投票になった。わたしは言い出しっぺな手前、ラプンツェルの映画に手を挙げる。


 それでまあ。


「投票の結果、高等部二年一組は映画をやることになりました。異議があるひとは?」


 どういうわけか、そうなってしまった。


 ……で、ラプンツェルってどんな話?



 ***



 映画のおかげで知名度は上がったとはいえ、シンデレラや白雪姫と違って『ラプンツェル』はみんなが知ってるような童話じゃなかった。……わたしも知らないんだけど。日本人の三割しか知らないかもしれない。


 というわけで、コピーされた『ラプンツェル』が手元に配られる。いいんちょが図書館まで行って、全員の分を印刷して帰ってきた。すごい熱意だ。


 子供向けの童話ということもあって、そう長くはない。あらすじだけならプリント一枚の半分に収まるくらい。


「読み終わったわね。まずは脚本が必要ね……。やってくれるひとはいるかしら」


 ちらっといいんちょの視線を感じたけど、プリントに目を落として気づかなかったふりをする。わたしに頼ろうったってだめだからね。わたしは放送部もやらなきゃなので、忙しいのです。


「はいはいはーい! 私やる!」

 ………。

 クラスに沈黙が舞い降りる。


「……いるかしら?」


 いいんちょが何事もなかったかのように会議を続行した。


「なんで無視するの!?」

「いや、あんたに書けるの?」


 わたしも莉亜(りあ)ちゃんに脚本を任せるのは一抹の不安を禁じ得ない。いいんちょもそうだし、たぶんクラスメイトもだいたいそう思っているだろう。莉亜ちゃんっていうのは、そういう子だ。


「か、書けるよ! セリフを書けばいいんでしょ?」


 世の脚本家さんを怒らせるような大胆発言をする莉亜ちゃん。


「まあ今回に限っては、そうともいえるけど……。ほんとにほかにやりたいひといない?」


 残念ながら。


「……わかったわ、栗橋さんだけじゃ不安だから、あたしも手伝う。みんな、それでいい?」


 さんせー、と口々に言う。まあ、いいんちょがついていてくれるなら心配はないと思う。それに、もうストーリーはあるから、取り返しのつかないようなことにはならないだろう。


「じゃあ、来週の月曜までに脚本をLINEに上げておくわ。次は配役と係を決めるから、そのつもりで」


 はーい。まあ、わたしはどの配役につくつもりもないけどね。衣装係があったら、それでお願いしよう。


 今日はもう解散みたいだ。早く桜花寮に帰ろう。鞄をひっつかむと、莉亜ちゃんに呼び止められた。


「あ、ゆなっち。この後どこかいかない?」

「あー……」


 ごめん、今日は奏乃ちゃんとごはん食べる約束してるの、と謝ろうとしたけど、その必要はなかった。


「くーりーはーしーさーん?」

「ひぃぃ!?」


 いいんちょの圧を背中に感じたのか、莉亜ちゃんがひきつった声を出す。……もしかしたら、いまから彼女には執筆地獄が待っているのかもしれない。まあ、彼女が言い出したことだし……。


「莉亜ちゃん、がんばってね!」

「み、見捨てないでー! ゆなっちー!」


 悲痛な叫びを聞きながら、わたしは振り返らず515号室に向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ