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さよなら、わたしのラプンツェル  作者: 新井すぐ
6 ラプンツェル
18/41

018 ラプンツェル2

 小さく窓を開けると、春のそよ風が舞い込んでくる。


 窓のすぐ近くにつばめの巣ができていた。たぶん、遠い南のあたたかい国で冬を過ごしてきたんだろう。この国に春が来たから戻ってきたのだ。今年はおうちをわたしの部屋のおとなりにすることにしたらしい。


 もしわたしが小鳥だったら 翼があったなら── 


 鼻歌を歌いながら鳥さんの子育てを眺めていると、塔の下から聞き慣れない声がした。


「ラプンツェル、髪を下げてくれ!」


 いつもの魔女さんの声ではなかった。よく伸びる、透き通った男のひとのような声だった。


 見下ろすとひとりの青年が立っていた。首をひねりながら、とりあえず言われたとおりにする。どうしてかわからないけど、もしかしたら、魔女さんが魔法で男のひとの姿になっているのかもしれない。魔女さんが来るのはたいてい夜だけど……。


 部屋にとぐろを巻いている金色の髪を下ろす。やがて青年は、わたしの部屋の高さまで塔を登ってきた。


 男のひとの格好をしているけど、まるで女のひとのようなきれいな顔立ちをしている。目が合うと、青年はすこし驚いたような顔をしたあとにっこり笑った。魔女さんはいつも含んだような笑い方をするけれど、男のひとの笑顔はそうじゃなかった。このひとは、魔女さんではない気がする。


「こんにちは」

「こんにちは。それから、はじめまして──」


 わたしは彼を部屋に上げた。男のひとを見るのも、魔女さん以外のひとと話すのも初めてだったけど、怖くはなかった。彼が女のひとみたいで、しかもやさしそうだったからかもしれない。


 彼は自分のことをこの国の王子だと言った。新しくお(きさき)さまになるひとを探して歩いていると、塔の上からわたしの歌声が聞こえてきたんだとか。でも塔には入り口も階段もない。昨日魔女さんが上がってくるときに、わたしに髪を下ろさせるのを見たらしい。


「こんなに美しいお嬢さんがいるなんて、思わなかったよ」


 王子さまはお世辞もお上手みたいだった。


 それから日が暮れるくらいまで、わたしは彼と話した。彼はこの国のことなら何でも知っていた。魔女さんから聞くか、本で読むくらいでしか外の世界のことを知らなかったわたしにとって、彼の話はとても新鮮で、おもしろかった。


 また来るよ、と言って、彼は去っていった。


 わたしは、彼に会うのが楽しみになっていた。



 ***



 王子さまと会うたびに、ずっとわずらっていた「孤独」っていう病気が癒えていくのを感じた。この塔での生活も、王子さまとお話することを考えると、退屈じゃなかった。


 秋が始まりそうなある日、王子さまはわたしにプロポーズした。


「わたしがお妃さまに?」


 王子さまが本気でわたしを愛しているだなんて考えたこともなかったから、わたしはとても驚いた。でも、お妃さまになれば、お城に住んで、いつでも王子さまに会うことができる。わたしにとって、それはとっても魅力的だった。


「わたしも、お妃さまになりたいわ。けれど、わたしは自分でこの塔から出ることができないの。魔女さんに尋ねてみてもいいかしら」


 王子さまはそのとき、整った顔立ちをすこしくもらせた。そして、そのあとすぐにうなづいた。


「もちろんだよ、ラプンツェル」



 その夜、わたしは魔女さんに王子さまとのことを話した。魔女さんはけげんな顔をして、わたしに尋ねた。


「その王子さまとは、どうやって知り合ったんだい?」

「王子さまが、塔の下から、わたしの髪を下ろしてくれって……」


 すると、彼女は猫のような瞳で、わたしをきっと睨みつけた。


「ラプンツェル……きみは、外の世界と切り離していたつもりだったのに。私を騙したんだね」


 魔女さんは聞いたこともないような、怒りに震える声でわたしにそう言った。


「ち、違うわ! そんなつもりは……」


 わたしの叫びも聞かず、魔女さんはローブの下から大きな鋏をとりだして、長い髪をひっつかんだ。痛くはなかったけれど、一度も切られたことのない髪の毛に刃物を当てられるのが怖くて、わたしは泣き出してしまいそうになった。耳元で乱暴に髪が切られていく。恐ろしい音が響く。


 やがて、塔の下まで届くほどだったわたしの髪は、肩くらいの長さになってしまった。


「もう、きみが王子さまに会うことはないよ」


 それから、わたしは魔女さんに、どこか遠いところへ連れていかれてしまった。草木も生えない、砂漠のような場所だった。


「きみはそこで、一生孤独に過ごすんだ。きみが生きていることにも、きみが死んだことにさえ、誰も気が付かないよ」


 魔女さんはそう言い捨てて、消えてしまった。


 乾いた地面に、わたしの瞳からいくつもの水滴がこぼれ落ちた。

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