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014 美波奏乃 3

 カラオケボックスを後にしたあたしたちは、近くのファミレスに入った。ここは深夜まで空いていて、お店の人もうるさく言わない。あたしたちにはうってつけの場所だった。いつかみたいに、今日もここで夜遅くまでだらだらするんだろう。


 ドリンクバーと山盛りのポテト、唐揚げを頼んで、じゃんけんする。負けた人がドリンクを取りに行く決まりだ。今日はミサの負け。


「あたしジンジャー」

「コーラ。ゼロの方ね」

「わかった」


 ミサが取りに行っている間、あたしとユキが残ることになる。何の話題を振ろう。話すことなら山ほどある。考えていると、ユキが先に切り出した。


「で、カナノはどうなの?」

「……何の話?」

「またまたー。そんなのえっちに決まってんじゃん」

 いやいやいやいや。決まってないでしょ。他にもする話いっぱいあるでしょ。


 ……でも、それはあたしから言い始めたことだし、ユキとミサのことをあたしが知っていて、二人にはあたしの事情を教えないというのも不公平だ。仕方なく、本当のことを告げる。


「まだ。彼氏もいない」


 お待たせ、とミサが三人分の飲み物を運んできた。こっちがカナノ、と琥珀色のグラスを滑らせる。


「じゃあカナノが最後ってこと……」

「ちょっと、お荷物みたいに言わないでよ」

 何の話をしていたか、想像がついたらしい。ミサの言葉にむくれると、ふたりに笑われる。


「ウチはカナノが最初だと思ってたけどなあ。カナノ、一番大人っぽいし、なんだかんだいって不真面目だったし。で、次がウチで、最後がミサ」


 胸のあたりをちらっと見て、ユキが言った。胸の大きさで大人かどうかを判別するらしい。……だとすれば、先輩なんか中学生だ。

 確かに、あたしは三人の中で一番不真面目だっただろう。父さんにも母さんにも何も言われないから、最低の出席日数だけ気を付けて、気分が乗らない日は休んだりした。スカートだって、けっこう短くしていたのだ。


「それに、中学卒業したら絶対髪染めると思ってた。改心して真面目ちゃんになった?」


 ユキの言葉に悪意はないと分かっていても、胸に刺さる。気を紛らわすようにジンジャーエールで舌を湿らせた。炭酸の泡が喉の奥で弾ける。内心を悟られないように、言葉をひねり出す。


「まあ、あたし女子校だし寮だから、あんまり出会いもないしね」


 もし、ユキやミサと同じ高校に入っていたとしたら、ユキやミサと同じように彼氏を作って、初体験も済ませてしまっていたかもしれない。ふたりとひとりとしてじゃなくて、中学の時のように三人として一緒に遊んでいただろう。今みたいに、ふたりに置いてけぼりにされているような気持ちには、ならなかったかもしれない。


 言ってしまってから、自分が星花を選んだことを後悔し始めていることに気付く。


 ──なんであたしは星花なんかにいるんだろう。


 ふたりと違う道を歩くことを選んだのは、たった数ヶ月前の自分だ。それなのに、今からでも戻ってやり直したい気持ちに駆られる。


「……あーあ、あたしも彼氏ほしいなあ」

 愚痴っぽくなってしまって、慌ててとりつくろう言葉を探す。クラスメイトや、ソフト部の紀香ちゃんたちが頭に浮かんだけど、口から出たのは別のひとのことだった。


「あ、でも、男子との出会いはなくても、楽しいよ。ルームメイトの先輩が、ちっちゃくてかわいいの。先輩なのに、妹みたいな感じで……」


 いつも考えてることだからなのか、話をつなぐのに苦労しない。


 こちょこちょに弱いから、つい手が出てしまうこと。それでも、怒ったふりはするけど、結局許してくれること。料理が上手で、学校がある日は朝ごはん作ってくれたりすること。でも先輩は朝弱いから、あんまり食べられなくて、結局あたしが二人分食べちゃうこと。一度、大喧嘩をしたときのこと。二回いっしょのベッドで寝たこと……。


 ふたりは、あたしが話し終えるまでさえぎらずに聞いていた。近況報告みたいなものだと思ってくれたのかもしれない。話しすぎた、と思った時には、ユキもミサも、なぜかにやにや微笑んでいる。


「……なに、その不気味な笑みは」

「ふふ。ウチは安心しましたよ、スクールライフをしっかりエンジョイしてるみたいで。それに、カナノさんが先輩のこと大好きなのは、よく伝わりました」

「……、」

 顔が火照る。そうやってきっちり言葉にされると、とても恥ずかしい。手の甲で冷やそうとしたけど効果が薄い。


「別に、そういうわけじゃないって。ルームメイトだし、そりゃ、好きか嫌いかでいえば、まあ好きなほうだけど」

「だってー」

「ねー」


 何を言っても笑われてしまう。悔しい。強引に、ふたりの彼氏の話題に変えて、ユキとミサにしゃべらせようとする。それさえも照れ隠しだと思われてしまう。


 ……先輩のせいだ。


 怒りの矛先を彼女に向けても、耳たぶの熱は引かなかった。空になったグラスを手に、居心地の悪いテーブルからしばらく離れた。

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