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013 美波奏乃 2

 時間通り待ち合わせ場所の駅に着いてから、思い出した。二人が時間通りに来たことなんて一度もない。あたしもそれに合わせて、十分くらいはいつも遅刻していたんだった。うっかり忘れてしまっていた。

 犬の像の前、木陰のベンチに腰を下ろす。これからさらに暑くなるのかと思うとうんざりだ。どこでも夏はこういうものだけど、東京の暑さはひときわだった。サンダルを履いた素足にタイルの熱が伝わってくる。


 海や山が近い分、空の宮のほうが涼しい。それでも、汗ばんでしまう。寝起きの先輩を胸に抱くと、汗とシャンプーのまざった匂いがして、いけないことをしているような気分になったりする。


 先輩、今日は起きられたかな。……いつもあたしが起こされる方だから大丈夫か。


 ルームメイトのことを考えながらスクランブル交差点を眺めていると、ショルダーバッグの中でケータイが音を立てた。


『あ、カナノ?』

「ユキ? もう着いてるよー」

 えーマジ? ごめん! もうすぐ着くから、とはしゃいだ声でユキが言う。別に謝らなくたっていいんだけど。十数分、待ち合わせに遅れるっていうのは、あたしたちの暗黙の了解みたいなものだから。


 ユキとミサが人ごみをかき分けてやってくるのが見える。二人にわかるよう、手を振ってみた。


「マジごめん! 遅れちゃって」

「いやいや、いつも通りじゃん。ねえ、ミサ」

 そだね、とミサがうなづく。えー、なにそれひっどい。ってかミサも遅れてんじゃん!とユキが大げさにつっこんで、笑いあった。


 駅の近くのカラオケをミサが予約しておいてくれたらしい。中学の時の行きつけだ。東京の真ん中、しかもこの時期となると、ちゃんと手を打っておかなければ満足に遊べなくなってしまう。ミサは口数が多いほうじゃないけど、この中じゃ一番しっかりしている。……むしろ、一番のしっかりものがあんまり意見しないから、あたしたちはあんなふうだった、ともいえるのかな。


 カラオケボックスの中でふたりの姿を見ると、懐かしい気持ちがこみあげてくる。つまらない授業しかない日は、三人でここに来て時間をつぶすこともあった。いけないことだと知っていたけど、数回繰り返せば怒られ慣れて、罪悪感もなくなってしまうのだ。いまの星花でそんなことをするのは想像もつかないけど、あたしたちの中学には、「やってもいい」みたいな雰囲気があった。先生が怒るのも形だけだった。


「……ユキ、髪染めた?」

「あ、分かる? ここ、ちょっとブラウン入れたんだー。かわいいでしょ」

 カールした髪の内側のほうをいじりながら、ユキが言う。ユキにしてはおとなしめな染め方だったけど、気づくとそれだけで印象がかなり変わる。もともとユキは男受けしそうな顔立ちだから、よく似合っていた。


 ユキがアイドルグループの曲を予約する。ユキはアイドルが好きだ。学校をさぼってライブを見に行くこともあった。


「ミサは何かした? あ、待って言わないで、当てるから」

 ミサが居ずまいを正してあたしのほうに体を向ける。何か見つけることを期待されているようだった。


 ユキの歌声を聞きながら、記憶にある彼女と一つずつ比べてみる。うーん……なんだろう。髪は黒いままだし、髪型も前会ったときと同じように肩口で切りそろえられていて、いきなり変わってはしていない。ほかには……。


 あんまりじろじろ見ていたからか、ミサが恥ずかしそうにはにかんでいる。


「降参。どこ?」


 髪をかき上げる。柔らかそうな右の耳たぶが黒髪の間からのぞいて、あたしはどうりで探しても見つからないわけだ、と納得する。


 ミサの耳には、宝石を模した小さなピアスがついていた。血みたいに赤く輝いている。


「かわいいじゃん。あけたの?」

「うん。ちょっと痛かった」


 そりゃあ、皮膚に穴をあけるわけだしね。針か何かを刺すんだと思う。あたしは考えただけで無理だ。おしゃれのためにできる我慢は、雪が降っているときにショートパンツを履くくらいが限界。


「ミサ、彼ぴにあけてもらったんだって。ピアス。エロいよね」


 歌い終わったユキがマイクを持ったまま言う。スピーカーから大声で流れて、ミサがめったに見ないようなスピードでマイクを奪い取った。あたしのほうは驚いてそれどころじゃなかった。


「え、彼氏できたの?」

「そうだけど、エロくはない」

「手つないだ? キスは!?」

「した。えっちも」


「……なんだと」

 じゅうぶんエロいじゃん……。しかも、想像の100倍くらい進んでいた。ミサはあたしたちの中では最後だと思ってたから、その分ショックが大きい。つい数か月前まで中学生だったのに、高校生になったとたん、そんなことをやり始めるなんて。


「ユキは?」

「ウチも。……真っ昼間から猥談すんの?」

 ユキが面白がるように言う。そんなつもりはない。


「いや、ごめん……」


 星花女子で彼氏がいる子なんて、ほとんど聞いたことがない。もちろん、あたしにもいないし、経験もない。

 でも、それはふつうのことなんだろうか。もしかしたら、世間ではみんな、高校生の間に彼氏を作ったり、初体験を済ませたりするのかもしれない。女の子しかいない、閉鎖的な環境にいるあたしたちが知らないだけで……。


 ミサの歌が終わる。恋愛ドラマの主題歌を歌うつもりだったけど、そんな気分じゃなくなってしまって、ランキングにあった別の曲を適当に入れた。


 いけない。せっかく、ひさしぶりに二人に会えたんだから、楽しまないと。


 考えるのがめんどくさくなるくらい歌って、のどが嗄れる。もやもやした思いは、それでも消えてくれなかった。

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