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8 感想戦、そして

 昼さがり、果物かごを手にしたオソは、監視役の警官たちとともに一軒の邸宅の前に下り立った。門を入り、玄関の呼び鈴を鳴らす。扉をあけて現れた執事らしき壮年の男はすでに用向きを承知と見えて、驚いた顔もせずにオソを応接間に案内した。しばらくして部屋に入ってきたのはこの家のあるじ、白い髪と白いひげをきちんと整えた年配の男である。オソはていねいに頭を下げた。

 「白の指し手どの、大事にいたらなかったようで重畳に存じます」

 相手は笑って応じた。

 「そうかしこまらないでくれたまえ。白の指し手は本日付けで辞任したよ。いまここにいる私は、勝負にやぶれたただの男だ」


 アレンヤの劇的な生還によって国じゅう沸き返り、興奮がおさまらぬまま半月がたっていた。この半月のほとんどを、白の指し手は寝床で過ごしていた。アレンヤ生還の知らせを受けて、驚きのあまり卒倒したのである。儀式はほかの者が代理で務めた。

 オソが見舞いに行きたいと希望したところ、今日になってようやく許可が下り、こうして両者の会見となったのだった。二人が儀式以外で顔を合わせるのは、遊戯の店で遭遇したときをのぞけば、白の指し手がオソの家庭教師を務めていたとき以来だった。


 白の指し手だった男は、オソの前でしゃんとして椅子にすわっていた。顔からはやや肉が落ちたようだが、話しぶりは穏やかで力強く、動作もしっかりしていた。

 オソはすすめられた椅子に腰をおろし、肩の力を抜いてもういちど切り出した。

 「では、あらためまして。先生、大したことがなさそうで安心しました」

 「それだけかね?」

 男はほほえみながらさぐりを入れてくる。オソも苦笑いした。

 「かないませんね、先生には。そうですね、今回の件では先生に謝らなければならないかもしれません。僕のしたことのせいでずいぶん驚かせてしまったようですので」

 「実際かなりこたえたよ。君は最初からこうなることを狙っていたのだね」

 「狙っていたとまでは言えません。しかし、こうなってほしいという気持ちはありました」

 アレンヤが予定どおり新しい航路を開拓して帰ってきただけだったなら、それは政府の想定のうちであって、驚くにはあたらなかった。だがアレンヤがなしとげたのは、まったく別のことだった。

 新大陸発見!

 それは西の海のはるかかなたに、こちらがわの人間にはまったく知られることなく横たわっていた。西へ西へと進んで自分の大陸の東端をめざしていたアレンヤは、途中でこの知られざる大陸にぶつかったのである。

 そこにはすでに人間が住んでいた。黒の民でも白の民でもない、赤い色の肌をした未知の民が文明を築いていた。大きな人口を有する国があり、こちらがわの大陸とは違う進歩をしていたが優れた文化や技術があった。

 アレンヤの船は向こうの大陸に着いたときに座礁して大破してしまったので、新しい船を作る必要があった。赤の民の国は総力を挙げてもとの船におとらぬ性能の船を建造した。それには半年以上の月日がかかり、そのあいだアレンヤの一行はこの国の人々とさまざまな話をしたりいろいろな場所をおとずれたりして、大いに見聞をひろめた。ついに船ができあがると、アレンヤの一行のほかに赤の民の使節団も乗り込んで東へと出航し、来る時とは逆に大洋を西から東へと横切って、ついに故国に戻ってきたのであった。

 いまや国じゅうが新大陸に興味津々であった。政府は使者たちを招いて今後の二つの大陸の関係を話し合い、出版社や雑誌社はアレンヤの航海記を刊行する権利をめぐって火花を散らし、造船所には新しい船の注文が殺到し、家庭や職場や学校や居酒屋や井戸端会議などありとあらゆる場所で人が二人以上集まりさえすれば新大陸の話題が出ないことがない。

 かの国でもいま、大洋を渡ることのできる船を何隻も作りはじめているという。いずれは多くの船がこちらの大陸を訪れることになるだろう。国交が結ばれ、海をこえての交易もおこなわれるようになるだろう。

 こうした事実の数々がこれまでの世界をぶちこわしたのである。神々は黒の民と白の民をつくり、千年遊戯を与え、それが指し継がれるかぎり世界がつづいていくことを約束したとされている。だが、赤の民はそのなかのどこに位置づけられるのか? なぜ神々は赤の民を千年遊戯に参加させなかったのか? もし儀式が行われなくなって世界がほろびるとしたら、そのとき赤の民も巻き添えを食うのは筋がとおらないのではないだろうか?

 新聞や雑誌で、また折々催される討論会や講演会で、さまざまな論者がさまざまな議論をぶちあげ、これまでの世界のありかたへの疑いを呼び起こした。もはや儀式は神聖なもの、侵すべからざるものではなかった。儀式は死んだのだった。

 白の指し手だった男が問うたのは、こうした結果をオソがすべて予想していたのかということだった。

 「ばくちみたいなものですよ。ほかに勝ち目を見出だすことができなかったから、薄い可能性に賭けるしかなかった。それだけです」

 「君の見方はそうかもしれん。だがこちらは、このようなことになるかもしれないなどとは考えもしなかったのだ。君がアレンヤ君の航海に出資したいと言い出したことがあっただろう。それを認めるべきか否かを話し合う会議には私も出席していた。もしあのときにこんな結果になることをちらりとでも予想していたなら、出資を許可することはなかっただろうな。それどころか航海そのものを妨害してやめさせていた」

 男は慨嘆した。

 「要するに、君のほうが読みが深かったということだ」

 「儀式は今後どうなるでしょう」

 「ただちに廃止されることはない。しかし、儀式に多額の予算が割り当てられていることは、これまでも批判されていた。今後予算が減らされるのは避けられまい。君の手当ても削られてゆくだろうし、少ない手当てではいつまでも君を儀式にしばりつけておくことはできない相談だ」

 男はオソの顔をのぞきこんだ。

 「そうなったら、というかまずまちがいなくそうなるだろうが、君はどうするのかね。ちゃんと奥さんとお子さんを養っていけるのかね」

 奥さんことエレナはまだ気持ちの整理ができていなかった。アレンヤは帰国早々に屋敷に手紙をよこして、これから新大陸との交易をして金をつくる、と言ってきた。かの地にはこちらの大陸にはない産物があまた存在するらしい。よほどのへまをしなければ大もうけできる、と気炎を上げていた。さらにアレンヤは二人に子供が生まれたことへの祝いを述べ、手紙の最後に、借金を返せるだけの金がたまるまでにエレナは心を決めてほしい、と書いていた。

 どうやらアレンヤもすでに察しているようだが、エレナは態度を決めかねていた。オソと子供のもとにとどまるか、アレンヤと一緒になるか。オソとしては、自分が口を出すことではないと思っている。ともあれ、エレナが自分のもとにとどまることを選んだ場合の生活の算段はしておかねばならない。

 オソは椅子の上で姿勢を正すと、あらたまって話し出した。

 「じつは今日は、そのことをご相談しようと思ってまいりました。先生、率直におたずねしますが、僕が一日遊戯の職業的な指し手を目指すとしたら、何か問題はあるでしょうか」

 「ある」

 男はきっぱりと言い切り、オソは落胆した。だが男は笑ってつづけた。

 「君のような才能のある若者が新たに入ってきたら、私のような年寄りにとってはたいへん厳しいことになる。大問題だ」

 「それは……すみません」

 「だがそのほかには問題はあるまい。君の棋力はあの店の主人を通して聞いている。少なくとも指し手としての最低限の実力は持っていると見てよかろう。政府はいい顔をしないだろうが、いまとなっては君が自活の道をさぐるのを止めることはできん。どうしてもぐずぐず言うやからがいれば、私が説得に当たってもよい」

 そこまで言うと、男は席を立って、壁ぎわの棚から一日遊戯の盤と駒を取ってきた。

 「だが、君が一日遊戯の指し手になるのを後押しするとなれば、やはり一度はじかに実力を見ておかなくてはなるまい」

 男の老いた顔のなかで、目がきらきらと光っている。もっともな理由をつけているが、本心はただオソと勝負したいのだ。オソはふかぶかと一礼した。

 「よろしくお願いします」

 そして二人は駒を並べはじめた。


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