タイトル【冷たい太陽】
突き抜けるような青い空に、ほんの少しの瞬間だけ見とれた。空は大好きだ。色んな色があるから。自分の色に染まる夕方の空なんか特に好きで、自分の持ち物の中には空だけが映された写真集が数冊ある。
耳障りなノイズに空から視線を外して目の前の人の言葉に集中した。決していいものとは思えないマイクに向かって喚くように言葉を発する聞き取りずらい説明は、最早無用の長物と言ってもいい。全部手元に配布された資料に書いてあるのと同じ、テレビのアナウンサーの方がよっぽどシャレの聞いたことが言えるだろう。けれど、そこから意識を外すのはあまり賢明な判断ではないと知っている。なんせ今受けている説明は軍隊の選抜試験の概要。
この春、無事に士官学校を卒業した軍人一歩手前の奴らがどの部隊に所属するか、それを決める試験。因みに僕の希望は空挺部隊。大好きな空を自由に飛び回るなんてそんな贅沢が許されるなら最高だろう。
「それではこれよりペアを発表する!!」
その言葉が耳にしっかりと届いて、漸く気を引き締めてみた。このペアの良し悪しが合格に関わると言ってもいい。なんせ試験は全て2人一組だ。529番が僕の番号。これで運命が決まる。どう転ぼうとも頑張るとしかいえないけれど。
「ーーーーーーー次ッ!333と529!次ッーーーー」
333。333。周りを見回すと、運がいいことにその番号の紙を持った兵士がキョロキョロと同じように見回していた。背の高い、黒髪のそいつと目が合う。番号の書かれた紙を見せれば、表情が緩められた。
「はじめまして」
長ったらしい説明が終わり、互いのペアを探し始めた士官兵たちの間を縫ってそいつのもとにたどり着く。遠目から見ても背が高かったけれど近くで見るともっと高いのがよくわかる。珍しい黄色の目と夜空なんかと比にならないくらいの黒髪。自分も黒髪だけれど、灰色に近いからか綺麗だと言われることはないが、男にしては長い髪は程よい艶があり、綺麗だった。
「僕は赤。君は?」
「私は虎。よろしく、赤さん」
…こいつは本当に女かもしれない。
程なくして移動するように指示が入る。並んで足を進めつつ、話題、と思いついたことを口に出す。
「虎、希望の舞台はどこにした?」
「私は医療部隊ですね。赤さんは?」
「僕は空挺部…医療部?!」
「ええ。どうしました?」
「いや、なんでも……、というか敬語外そう、居心地悪いし」
「……ええの?」
「全然いいよー!こんなの気にする方が珍しくない?」
「…ハハッ、赤は変わってるなぁ」
「よく言われるけどどう言うこと?」
「いい奴ってことだよ」
口調が砕け、最初に見せた笑顔よりも本心に近いであろう笑顔は向けられていて嫌にならなかった。
だから、気づかないふりをしておいた。
射撃試験、特攻試験、撤退試験、空挺想定試験、司令試験……エトセトラエトセトラ…
「優秀過ぎじゃないですか?!?!」
「はっはっは、赤がここまでついてこれる奴だとはなぁ」
「付いて行くだけでも精一杯だよ!!」
そう、優秀だった。
どの試験においても彼は、虎は優秀すぎるの一言に尽きた。
百発百中、歩みに迷いはなく、引き際を察し、時に勢いだけで飛び込んで、的確な指示を飛ばし、付いて行くだけで本当に精一杯だ。
数時間前の自分を殴り倒したい。めちゃめちゃすごいのに当たるやんけ。最早周りのことに関して語る隙すらない。
「続いて対人戦闘試験だッ!ペア同士で組手を行うッ!!」
広場の少し外れのあたりで向かい合う。優秀な虎は、この対人訓練でも優秀なんだろう。
「虎ー、ちょっとは手を抜いてくれない?」
「抜かないよ」
「まじかー、いやーうん、あーじゃあ頑張る」
「頑張ってね、赤」
数時間の間にすっかり打ち解けたけれど、まだ壁がある。どうせ2人とも希望の隊に行けば一生顔を合わせるか合わせないかどうかだ。だからこそ、なんとなくここで逃すわけにはいかない。
【こいつ面白い。】
頭の中にこびりついた声が笑っていた。
「虎さん虎さん」
「なんだい赤さん」
「この勝負、勝った方が負けたほうの言うことを聞くとかいう賭けしません?」
「……なんで?」
「そっちの方が楽しくない?」
「…まぁいいけど」
「はじめッ!!!」
ガッと地面を抉るような勢いで虎が飛んでくる。最小限の力で体を大きく捻り、拳を僕の顔にたたきつけようと
「するよね」
右側へとステップを踏んでそれを避ける。避けられることを想定していなかったのか、ギリギリで受け身をとって振り返ってくる。その隙は大きい。その場で足を振り上げて回し蹴りを決めようとしたけれど、後ろに跳ねることで避けられる。互いに一発目は不発に終わったが、攻撃の手は休めてはいけない。空いた距離を詰める。相手も同じだったようでぶつかりそうになるけれど、それは回避された。正確には僕が腹に一発食らって吹っ飛ばされた。体が宙に浮く。ここで地面に叩きつけられれば復帰する前にもう一発食らうことになる。回避するために体を無茶に回転させて、空中で体制を整える。目の先に驚いた顔をした虎。地面に足がついた瞬間最初にやられたように飛びかかる。ギリギリのところで防がれた。
「っ……ははっ……」
「くっ……はっはっはハハハハハ!!」
同時に体をそらして、相手の顔面めがけて拳を振るう。やっぱり避けられて、僕も避けて、あとはただの喧嘩のような殴り合い。周りがざわつく。殆どのペアが終わったんだろう。殴って避けて蹴って避けて、たまに当たって、その度に立て直してあぁ、面白い。
黄色い目がよく似合っている。ギラギラと輝く太陽のようなそれが、僕を捉えた。
次の一手で終わりだ。次の一手、こいつを倒す、この優等生を倒す、一手。
無駄なくらい大きく振り上げられた拳。正統派に決めてくれそうで安心した。
「僕の勝ち!」
足払いを決めて、体勢を崩した虎の上に乗りかかる。
ついでに一発殴っておいた。
「いった……」
「殴ったからなぁ」
「はぁ……強いんだね、赤。もしかして今まで手、抜いてた?」
「とんでもない!!対人戦が得意なだけだよ」
手を引いて虎を立ち上がらせれば、周りから拍手が巻き起こった。これは試験じゃなかったか?まぁいいや。
「それで?」
「ん?」
「何を命令するの?」
「後の楽しみにとっておきなって!!試験がんばろ!!」
「……そっか」
寂しそうな顔をされてもまだ試験は終わらない。