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6.化け花退治

「じゃあフィー、ちょっと危ない魔術使うから離れててくれ」


 これから、初めて攻撃用の魔術を使う。もし制御を外れたらどうなるか──そう思って言った言葉に、しかしフィーは首を振る。……ついさっき死にかけてたから心配なのだろうか? しょうがない。


「……分かった。じゃあ、俺から絶対に離れないでくれよ。術者に影響はないらしいけど、それがどこまでの範囲か分からないし」


 首の辺りにしがみつくフィーを横目に見ながら、俺は思考を切り替え、この煙幕が晴れないうちにと行動を始めた。暗闇の中、手探りで見付けた道具箱を手元に引き寄せ、その中から小さなナイフを取り出す。鋭い切れ味のそれを、ルビーから出した照明代わりの炎で軽く炙って消毒すると、右手で持ち、慣れた手付きで左手首へ滑らせた。


「っつ……」


 痒みにも似た痛み。不快なそれを無視して、淡々と準備を進めていく。滴る血を右の指ですくい、左の手の平に六芒星を描き、円で囲んだその中心にアメジストを配して呪文を唱えた。


「宝石魔術・()水晶。全てを跳ね退く孤独の外壁、あまねく否定す斥力の壁、それは私を守る盾」


 魔法陣が輝き、中央のアメジストへ向かって、魔法陣の図柄ごと魔力が流れ込む。全てのエネルギーを吸いこんで励起したアメジストが神秘的に輝き、生み出した念力で空気を固定して、俺の命綱たる障壁を生み出した。

 続いて、未だ流れ続ける血を使ってもう一度魔法陣を描く。一本の線にも似た、閉じた瞳の絵を記し、その両端に小さなルビーとアメジストを置く。


 大きく深呼吸をして、辺りを確認する。黒い霧はもう大分薄くなってしまっていた。心臓の音が酷くうるさい。霧が晴れるまでに間に合うのか、いや間に合わせなければならない。なにより死にたくないし、これからあの腐れ植物に一発ぶちかましてやるのだから。


「──空気を裂いて槍が飛ぶ。(いくさ)の予感に(しょう)が震える」


 アメジストに微かな光が灯る。


「それは竜の息吹だろうか。それとも山の怒りだろうか。怯える民の願いは(つの)る」


 ルビーがぼんやりと光った。魔法陣が輝き始める。描かれた眼が大義そうにそのまぶたを開き、ギョロリと目玉を動かす。


「しかし願いは叶わない。秘めた嚇怒(かくど)が大地を揺らし、地鳴りが家屋を突き崩す。東の空に、赤き竜の影を見た」


 俺の周囲から噴き出た炎が、真紅のドームを作り上げた。霧を焼き払い、空気を焦がして、業火が俺を包んでいく。俺は更に手首の傷を切り付け、痛みに顔をしかめながらも、零れる血を掬っ端から陣の中の瞳に注いだ。


「竜が迫る。火炎が空に登って満ちた。主の帰還に歓喜を示す、火山の宴」


 霧が晴れ、視界が開ける。目線の先に、あの化け花が岩塊を掴んでいるのが見えた。その光景を無視し、手の平に何度も何度も血を注いでは呪文を紡ぐ。血を失い過ぎた体が酷く重い。揺らめく炎が完全に視界を埋め尽くした時、大きな衝突音が耳を(ろう)し、あの花が大岩を投げたのだと察した。


「全てを無視し、見下しながら、竜が大きく息を吸う。それは原始を再現せんと、大地を溶かす炎の前兆。絶望の声が辺りに響く」


 一切を気に留めず、ただ無心に呪文を唱える。燃え上がった炎が頭上に収束し塊となった。莫大な熱量が肌を焦がし草原を薙いで存在を示す。溜まりに溜まった炎が轟々と唸る。俺は流れる脂汗を意図的に思考から外して、喘ぐように最後の一節を唱えた。


「竜が口を開いてそして──そして世界は燃え落ちた(ドラゴンブレス)


 炎に満ち満ちていた塊が、ゆっくりとバランスを失うように前へ傾き──爆炎が宙に線を描いた。

 轟! という飛翔音。赤い軌跡を残して飛ぶ火炎の槍が、花の頭へぶち当たる。衝突の余波が体を揺らし、ぶわりと広がった熱波が髪を揺らす。視界の先で、花弁と炎が空気へ散った。


「……よっしゃ……」


 たとえ伝承の万分の1に過ぎない威力であろうと、こんな植物を仕留める程度なら全く問題のない大火力。首元のフィーがばしばし肩を叩いてくる。傷に薬を塗った俺は手を突き上げ、フィーと共に喜びの声を上げた。


「ははははは、やったな! いやー案外大した事ないじゃないか! これならそんなに怯える……事も……」


 言葉は尻すぼみになって結ぶ先を見失った。首元のフィーをもう一度ゆっくり見ると、喜んでいるというより、必死に何かを訴えてくるようにこちらを叩いていた。嫌な、嫌な予感がする。

 根本的に受け付ける事ができない異物感。体中の魔力がそれ(・・)を拒否しているように蠢く。


「Cyuuuriaaaaaa!!!!」


 甲高い、耳障りな咆哮を上げて、頭を失った植物がゆらりとこちらを向く。ツタを束ねたような本体がぎちぎちと震えて──突然、地面に触手を突き刺す。それは先程までのような地面を抉るための動きではなく、放射状に、体の周囲全てに突き刺すような刺し方で。肌が泡立つような不快感を感じ取った。


 とっさの直感に従い、軋む体をおして横へ転がった。直後、地面から生えた無数の触手が俺のいた場所を叩き、大地を砕いて土の飛沫(しぶき)を上げる。細かい土の欠片が無数に降り注ぎ体中を叩いた。

 ヤバい。これは、無理だ。一瞬で思考が撤退に転じ、服の中に入り込んだフィーを落とさないようにしながら全力で走る。


 が、駄目。例の嫌悪感に従い必死にブレーキをかけると、今まさに俺が走り込んでいたであろう場所を触手が貫く。きびすを返し、スタミナ切れの足をどうにか動かして別のルートから逃げようとするも、俺の走る速度を追い抜いて地面から触手が飛び出る。


「クソっ……!」


 思わず足を止め、ほんの刹那の間だけ、次はどうすれば良いんだと思考を巡らす。その僅かな隙を突くように、再びの予知めいた不快感。


「がぁっ!」


 足首を刈るように植物の鞭が飛ぶ。回避など出来るはずもなく、俺は無様に地面へ叩き付けられた。痛む体へ飛ぶ追撃を、先程の魔術からずっと握りっぱなしの宝石になけなしの魔力を送り、生み出した炎でなんとか撃退する。相手がひるんだ隙を突いて這うように立ち上がり、再び逃走に入った。心配そうなフィーに構っている暇もない。


「クソ! これ、どうすりゃ良いんだよ!」


 荒い息で悪態を吐く。何か言わなければ心が折れそうだった。その間にも触手はその数を増やし、逃げ場を潰すように生えていく。俺は仕方なく、疲れた体に鞭打って走った。ほぼ確実な死を先延ばしにして、逆転の目を考えるため。

 しかし時間は相手の味方であり、俺の敵だ。今は極度の興奮で痛みもないが、落ち着いてくれば手首の傷も痛んでくるだろうし、走れば走るだけ体力を消耗することだろう。が、相手はこっちと違って、時間が経てば経つほど(つた)状の触手を増やしていくのだ。これなら最初から逃げに徹していれば良かった、などと後悔しても後の祭り。


「っはぁ……はぁ……ああもう、こんな時に味方がいれば! せめて俺を守って魔術練る時間を稼げるくらいの奴! ついでにあの腐れ植物を倒せるならなお良い! 誰か……誰かいないのか……」


 触手どもは余裕を見せつけるかのように俺の周囲を取り囲み、逃げ道を塞いでいく。だが、今の所この触手どもはこちらに軽いちょっかいをかけて転ばせたりしてくるだけで、全然本気で攻撃してこない。その気になれば今すぐ俺を殴り倒してそのまま殺せるだろうに、一体何のつもりなんだろうか? 抵抗する時間が与えられているのは有り難い限りだが……

 考えている間にも、じわじわとこちらを追い詰めるように触手が攻撃してくる。肩をかすめ、足を叩き、体制を崩すように飛んでくる触手へ、吐き捨てるように悪態を()き、苛立ちと焦りの中、考えて考えて考えて、そして唐突に思いつく。


「誰か……誰か味方が……誰か? そうじゃん! 『今すぐここ来い』! 『俺を守れ』!」


 喉の奥から絞り出すように異界の言葉を口に出す。複雑怪奇な文法と、容易には発せぬ音から成る悪魔の言葉は、上位の存在にどこまでも忠実な彼らへの命令。


「Gugyyyyy!」


 果たして、そいつはやって来た。一匹の悪魔がどこからともなく表れ、凄まじいスピードで俺のそばまでやってくると、俺を庇うように仁王立ちする。その光景に思わず一匹だけか、と舌打ちを漏らして、直後にそれは贅沢な話だろうと首を振る。一匹だけでもダメージで送還されずに残っているのだ、現状では心強い味方だろう。何ができるというわけでもあるまいが。

 呼び出された悪魔は健気にも俺を守ろうとし、その手に持ったスコップで植物相手に応戦する。が、正直なんの役にも立っていなかった。俺と同じく跳ね飛ばされ、転ばされて、良いように弄ばれているだけだ。一応、心なしか向こうの攻撃が分散されて思考に余裕が出ている気はするが、触手の数は増え続けているので大した違いは感じられない。


 ……この状況を打開する手段が、ないこともない。が、それは更なる血の消耗と、この先ずっと危険を抱えるという代償が必要だ。これ以上血液を失えば本当に死ぬかもしれないし、将来に渡る危険を飲み込むだけの度量もない。が、迷っている暇はないのだ。迷っている暇は……


「っふぅ、はぁ……なあフィー! お前魔術使えるか!? 10秒だけで良い! 時間稼いでくれ!」


 そう言いながら手の中のアメジストをローブの中のフィーに渡そうとするが、フィーはなかなか受け取ろうとしない。どこか悲しそうな瞳でこちらを見つめているだけだ。何かを訴えているようにも感じられるその視線に、しかし考えを巡らせるだけの余力がない。


「頼む! このままじゃどう足掻いても生き残る道が見えないんだ。頼むよ……」


 俺の情けない嘆願を聞き、真剣な顔になったフィーはこちらをじっと見ると、やがて宝石を受け取り、ローブから空に飛び立った。


 ──妖精種はその多くが豊富な魔力を持ち、更にその魔力を使って様々な悪戯を仕掛けることで有名だ。妖精魔法と呼ばれるそれらの内の多くは、鍵を開けづらくしたり、ボタンを外したり、人を転ばせたりといった些細なものだが、真に強大な妖精魔法使いともなると、人の性別を短時間だけ変えたり、一時的に年齢を操作したり、金属を布に変えてみたりといった、魔術よりも魔法に近い不可思議を起こすことができる。つまり、妖精とはもともと魔術を操ることのできる存在なのだ。それはフィーも例外ではないはずで、単純な宝石魔術程度ならば、そばで魔術を使う俺を見ているのなら、きっと──


「────♪」


 キィィィン! と甲高く()んだ音が響き、膨大な魔力が俺の周囲を埋め尽くした。透き通った、半透明のスカイブルー。

 それに驚き呆けている悪魔の肩を掴み、こちらを向かせて『動くな』と命じる。悪魔の心臓に右手を突き付け、もう大分少なくなってしまった魔力を喉に流し込んだ。悪魔の言語は、抑揚や音の高低でまるっきりその意味を変えてしまうので、長文になればなるほどその難易度は桁外れになっていく。だがやらねば俺に未来はない。ないのだ。


「『隷属せよ! 汝は我が奴隷、欲望の体現者!』」


 人のみが悪魔に行える、絶対の隷属契約。


「『汝、我を害する事(あた)わず。汝、我が(とも)を害する事(あた)わず。我が命令は絶対であり、我が意思は汝の指針』」


 だが、当然それには代償が必要だ。こんな木っ端悪魔にくれてやるには大き過ぎる代償が。


「『故に、汝が命は我が命、我が魂は汝が魂!』」


 未だ呆けたままの悪魔と、突き出した俺の手に、双方の心臓から伸びた黒く細い鎖が絡み付く。


「『()ってここに契約を為す。悪魔と人の、(ふる)き約定に従い名を与えよう。名とは力を示すが故に』」


 指先ほどの太さしかない鎖が俺の手の甲に吸い込まれる。手の甲から来る、焼けた鉄を押し付けるような痛みに歯を食い縛って、ただただ言葉を吐いた。


「『今、ここに契約は為った。汝の名はグィレルオ! 死が二つを分かつまで、我等が運命は等価となろう──』」


 悪魔の心臓と、俺の心臓から伸びた鎖が、俺の手の甲に溶けるように逆五芒星を描く。伸ばされきった鎖が一瞬だけピンと張り、色を失うように消え去った。そして同時に、限界を迎えたフィーの障壁がパリィィィン! という騒々しい音を立てて砕け散る。


「さあ、最初の命令と行こうか」


 俺は悪魔と──いや、グィレルオと契約した高揚感のまま、傷の治りかけた手首をナイフで切り裂き、苛立つように迫る触手を無視して、手首の傷を押し付けて血を右手の甲に注いだ。


「『(術者)の血を吸い位階を上げろ!』『我が敵を討て!』」


 手の五芒星が暗く輝き、ここに来てようやく事態を理解し始めたグィレルオへ魔力を送り込む。悪魔が黒いもやに包まれ、その中から、濡れた木の枝を纏めてへし折ったような鈍い音が連続して鳴る。興奮に笑う俺を狂獣の触手が捉え、宙へ引きずり上げた。

 四肢を拘束され、吊り上げられてなお笑ったままの俺に、槍の穂先みたいに先の尖った触手が狙いを定める。目の前に表れた死の危険に、けれど恐怖は湧かなかった。


「あははははは! もう無駄だ! もうお前の勝ち目はない! 俺は賭けに勝ったんだ! 『この草を切って俺を地面に下ろせ!』」


 黒いもやから飛び出た黒い影が、黒い軌跡を残して(いまし)めを裂く。ざまあ見ろ! そう思いながら、解放された俺は重力に従って尻から地面に激突し、背骨に響いて頭まで抜ける痛みに声も出せず悶えた。


「……ぉ……お、ま……!」


 確かに安全に下ろせとは言ってないけどさぁ! もどかしげに両手をわきわきさせながらしばらく悶えていると、幾分か疲れた様子のフィーがふらふらと俺の頭に落ち、着地した後、そこを叩いてけらけら笑う。どうやら人の醜態(しゅうたい)を見て笑える程度には元気なようだな、と冗談混じりに言うと、笑いながら誤魔化すようにこちらのローブへ潜って隠れた。


 さて、なんだか(なご)やかな雰囲気になってしまったが、まだまだ殺し合いの真っ最中だ。見ると、例の植物は突然の反撃にうろたえ、こちらを攻めあぐねていようだった。こちらを庇うように、筋骨隆々の姿となったグィレルオが立っている。グィレルオは、先ほどまでの貧相な姿から一転、盛り上がった胸筋の上に厳つい頭を乗せ、長くぶっとい腕を地面まで垂らしており、これこそ悪魔であると言わんばかりの風格を備えていた。

 コントを終えたこちらをグィレルオが振り返って(にら)み、うなるように言う。


「『契約者よ。私に名と力を与えた事だけは、ひとまず感謝しておこう。それだけは感謝に値する。それだけはな。だが知恵も無く愚鈍であった同胞()を騙し使役した事、あまつさえ私に奴隷の契約を結んだ事……。貴様に死の安息は訪れないものと思え。例え次元を越えようとも、必ずや貴様の魂を奪い取り、永劫の責め苦を与えてくれる』」


 ……こっわー。


「『もちろん分かってるさ』『悪魔と契約するというのはそういう事だ』」


 まあ大人しく魂をくれてやる気はないけどな。俺の返事を聞いたグィレルオが、喉の奥で笑う。


「『いいだろう、契約者よ。ならば──あの醜い(あわ)れな生きものを、()く楽にしてやろうぞ。さあ、貴様の魔術を撃て』」


 黒い歯を剥き出しにして笑うグィレルオに、俺は笑って返した。




「いや無理。もう魔力ねぇわ」


 秒でグィレルオが振り返る。呆けた顔は小悪魔時代と同じだった。つーか人の言葉分かるのな。







 悪魔って、便利だなぁ、って思います。


「『契約者よ。その締まりのない間抜け顔を晒していないで、こちらの後片付けでも手伝い(たま)え』」


 フィーと一緒にぼーっと眺めていれば、優秀な悪魔くんがなんとなく全部を解決してくれる。素晴らしいですね。いやぁさっきの狂獣との死闘は涙なしには見れなかった。凄いなー。憧れちゃうなー。


「『おい契約者よ、聞いているのか? 私も先ほどの戦いでかなり消耗している。いくら貴様が優秀な魔術師であろうと、あんな雀の涙ほどしかない血では充分に力を出せん。働かないのならばせめて血を寄越せ』」


「いやだから血も魔力も限界なんだって。つーか結構血やったよな? どっちにしろ無理だって。これ以上絞ったら死ぬぞ俺」


「『……こちらとしてはさっさと死んで貰った方が良いのだが』」


「おい聞こえてんぞクソ悪魔」


「『聞こえるように言っている』」


 とことんかわいくない悪魔だな。悪魔にかわいげがあっても怖いが。


「『それより契約者よ。このような植物、さっさと燃やしてしまえば私が苦労して千切る必要もなかろう。火種に必要な程度の魔力など、大した労苦でもあるまい。なぜ燃やさんのだ? 先は散々燃やしていたというのに……』」


「あー、それな。濃度が違うっぽいんだよ。だから無理」


 良く分かっていない様子のグィレルオへ、仰向けに寝っ転がりながら説明する。ここら辺はこの依頼を受けると決めた時に魔導書で調べてある事だ。


「だから、んー……あいつら(狂獣)ってさ、澱んだ魔力を糧にして生きてるだろ? だからさ、下手に燃やしたり砕いたりしたらその澱んだ魔力が周囲に拡散して、大気とか土壌とかを汚染しちまうわけ。そしたら普通の生物が()めなくなって、敵のいなくなった場所を狂獣が占拠して、さらに澱んだ魔力を生産して……っていう悪循環だ」


 澱んだ魔力とは、通常の魔力を使って生きる生物にとって害悪に等しい。摂取すれば吐き気、頭痛、耳鳴り、寒気、目まい、立ち眩み……その他もろもろの症状を発し、自然治癒できない程に摂取すれば狂獣へと転じてしまう、毒のようなものだ。俺としては腐った魔力は毒のようなものを持ち、魔力と同じ様に取り込もうとするとその中にある毒を吸収してしまう、という説を考えているがそれが正しいのかは分からない。狂獣周りの事柄は魔導書にもあまり詳しい記述がなく、今の所、予測とも言えない予想しかできないブラックボックスと化している。現実へ帰るまでに暇があれば、ぜひその仕組みを解き明かしてみたいものだ。


 あんまり話を聞いていないのか、フィーは俺の鼻の上に登り、そこをてしてしと叩いてきていた。くすぐったさに思わず笑いがこぼれる。グィレルオの方は、長々とした説明を咀嚼し、理解し終えたと同時にちょっと待てと疑問を発する。


「『待て、では最初に燃やしていた分はどういう……』」


「あー、あのくらいの薄い(・・)魔力なら、適当に空気中へ逃がせば正常化できるんだよ。でもこいつ、どうやら一本の狂獣が他のやつが吸ってた魔力を根こそぎ奪って巨大化したみたいなんだな。今頃、地面の下はさぞかし綺麗になってるだろうよ。そいつが濁った魔力をぜーんぶ吸っちまったんだから」


 それでも、腕を組み未だに納得がいっていない様子のグィレルオ。叩き疲れたのだろうフィーがぺちゃりと崩れ落ちてぐでーっと大の字になる。


「『……では、この細かくした分の狂獣はどうするのだ? まさか灰にして埋める訳にもいくまい』」


「さあ? 知らね。依頼主がなんとかしてくれるんじゃないか」


 俺の適当な返事を聞いたグィレルオが、やれやれと両手を上げて作業に戻っていった。すまんな、疲れててお前の相手できる元気残ってないんだわ。わざわざ片付けさせてるのも、俺が休んでる間の時間潰しみたいなとこあるし。


 そうやって、のんびりした時間が流れた。グィレルオは無表情で植物を千切り裂き、俺はその音をBGMに微睡(まどろ)む。鼻の上にフィーを乗せたまま、夢の世界へ旅立ちそうになった時、


 ずるり、と完全に力の抜けたフィーが滑り落ちた。

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