第四十五話「北星宮」
第四十五話「北星宮」
滞在先に指定された北星宮は、北を向いている港を望むゆるやかな丘、その中腹に建てられていた。
柏葉宮の倍じゃきかない大きさで、別棟だけでなく庭園も充実している。ちっこい園遊会ぐらいなら、十分開けそうだ。
「北星宮付き筆頭女官、ミスレサと申します。王妃陛下をお迎えする栄誉を頂戴いたしましたこと、北星宮一同、感謝いたします」
「フラゴガルダのフェリアリアです。お世話になりますね、ミスレサ殿」
本館に一歩入れば、両側に数十人の侍女侍従を従えた筆頭女官殿が、私達をお出迎えしてくれた。
筆頭女官は、離宮を屋敷にたとえれば、差配を任された女主人でもある。
……私もこれ、やらなきゃいけないのかな?
「お手をどうぞ、フェリアリア様!」
「ありがとう、セレン」
フェリアリア様にはのんびりとご休憩……もとい、船旅の疲れを十分に癒していただく為、セレンをジェリーサ殿のお手伝い役に指名して騎士シェイラも護衛に送り出し、北星宮側にあとをお願いした。
「近衛連隊隷下北海州警護部、北星宮警備隊隊長、ラダルフ・イーリであります!」
「近衛騎士団第三中隊所属、騎士マッセンだ。よろしく頼む」
ミスレサ殿の先導で階段を上るご一行を丁寧に見送ってから、リュードさんと騎士マッセンは警備の詰め所に向かった。
「筆頭女官付きの専属侍女、ペリーファと申します。どうぞ、執務室の方へ」
私はもちろん、キリーナ先輩と共に筆頭女官執務室で打ち合わせだ。
部屋の主たるミスレサ殿はフェリアリア様の歓待中でお留守だけど、ペリーファさんが副官って感じなのかな?
先ほども二階に消えた主賓一行を見送った後、指示を幾つも出していた。
「早速ですが、ご予定の詳細を確認をさせていただきます」
「よろしくお願いします」
北星宮への滞在は二日、主賓は非公式の帝国訪問かつ療養中、歓待の為に舞踏会を催す必要もなかった。
万が一に備えたお医者さんの待機なども、レスベル宮務官から連絡が行った時点で手配済みである。
代わりに、食事のお好みやお昼寝の有無など、細々とした聞き取りも多かった。
裏を返せば、迎賓離宮はそのぐらい細やかな気遣いと対応を求められるのだと、突きつけられているも同然である。
本来なら、申し送りとして先にこちらから用意しなきゃいけないものだったのかもしれないと、気づかされた。
……小国とはいえ、王妃陛下がお付きの侍女を一人しかお連れでないなんて、明らかに少なすぎるわけで、非公式の訪問を伝えていたこともあって、それとなく察していただいてるようだったけどね。
ついでに、裏方部屋であるはずの執務室内もよく整えられていて、隙がない。……もちろん、お仕事関係のお客様に対する応接室として使われることも多いので、私も今後は気をつけておきたいと思う。
打ち合わせの後、キリーナ先輩と二人で行動の見直しと反省をして、それから今後の予定の確認をもう一度しておく。
「離宮の運営って、大変そうだなあと思ってましたが、今更ながら緊張してきました……」
「ふふ、レナはいつも通りでいいのよ。実務は私達に任せなさいな。それがたぶん、一番上手く行くわ」
日程には余裕が……というか、帝国に戻った今は、慌てて逃げる必要もなくなっていた。
だから焦ることはないんだけど、フェリアリア様がクレメリナ様と早くお会いできるよう急ぐべきかは、微妙なところで……。
もちろん、フェリアリア様第一の旅でその体調に合わせるようにシフトも組んでいるし、少なくとも、帝都の中枢には状況が伝わっている。
結局、臨機応変しかないなあと、答えになっていない答えを胸に、ご機嫌を伺いに行った。
「お加減は如何ですか、フェリアリア様?」
「大丈夫よ。ふふ、体調はかなり戻ってきたかしらね」
最近は、大分砕けた様子で接して下さるので、私の気分はとても楽になった。
リュードさんのお陰か、クレメリナ様のお陰か、はたまた私の努力かは横に置いて、確かにフラゴガルダの王宮で初めてお会いした時よりは、お顔の色もましになってらっしゃる。
でも、侍女のジェリーサ殿は、首を横に振られた。
「食もお進みですし、手足のしびれも徐々に取れてらっしゃるようですが……まだ元に戻られたとは言えません」
「そうかしら? ジェリーサは心配性ねえ……」
「このジェリーサ、フェリアリア様が嫁いでいらしたその日より、ずっとお側におりました。ご無理と空元気ぐらいは、すぐに分かります。……無茶をしなければ大丈夫、というところまで回復されていらっしゃるのも間違いございませんが、まだ旅程は残っております。治りかけの油断で体調を崩しては、クレメリナ様との再会が遠のいてしまいますわ」
「……そうね、焦っては駄目よね」
ラピアリートからは、またもや船での移動になる。
帝都まで馬車で数日がたごと揺られるよりは、広い船内を動き回れる方がまだましと、ミスレサ殿やレスベル宮務官だけでなく、リュードさんも頷いていた。
後で聞いたけど、この北星宮は陛下や殿下といった称号をお持ちのお客様に、不自由なくお過ごしいただく為の離宮だった。
迎賓離宮の中でも特別で、帝国東方の『黄葉宮』、先日通ったザルフェンの近郊にある『白浪宮』と並び、地方離宮ながら格付けは中宮離宮と同じにされているという。
結局、北星宮滞在中は、出席者が私と筆頭女官ミスレサ殿だけというご挨拶を兼ねたお茶会が開かれたぐらいで、事件もなく拍子抜けするほどあっさりと過ごせてしまった。
……事件はないのが普通なんだけど、配属直後の柏葉宮で毒殺未遂事件を体験していたお陰もあり、多少は身構えていた私だった。
▽▽▽
北星宮の滞在は、予定通り二日で終えた。
フェリアリア様のお身体については、ジェリーサ殿も、これなら残りの旅程も大丈夫と、頷いておられる。
昨日など、杖をお使いになられつつも、楽しそうにお庭の散歩をされていた。旅続きながらも回復に向かわれているのは間違いないと、私も胸をなで下ろしている。
「レナーティア様、馬車の用意が調いました。川船も準備完了と連絡が来ております」
「ありがとうございます。大変お世話になりました」
北星宮の二階からも見えるけど、遡れば帝都に続くラプの大河は、河口のラピアリート付近だと、川幅が数リーグにもなった。
懐かしの帝都までは残り数日、最後まで気を抜かずに旅を進めよう。
「では、出発願います」
「はっ、了解であります!」
河口側の港までは、そう遠い距離じゃなかった。
到着ですと、馬車を降りた先で待っていたのは、水蛟馬――巨大な馬の上半身と長さが私十人分でも足りない大きな蛇の下半身を持つ魔物で、飼い慣らすのは難しいけど船を曳けるほど力も強い――を六頭も繋いだ、かなり大きな川船である。
屋形船って感じでもないけれど、オーグ・ファルム号の半分ぐらい、二十メートル近くはあるのかな、やたら大きく長い後楼には大きめのガラス窓が幾つもついていて、要人送迎用の豪華船だと思われた。
「ようこそ、『バハ・ルータ』号へ!」
船長さんのにこやかな敬礼に迎えられた船客が乗り込むと、すぐに済んだ音色の笛が吹き鳴らされ、バハ・ルータ号がするすると動き出して……って、早っ!?
モーターボートとは言わないけれど、明らかに、馬車とは比べ物にならないスピードが出てる。
「早くて驚いたかい?」
「は、はい! すごく早いって聞いてましたけど、こんなに早いんですね……。リュードさんはご存じでした?」
「うん。ラプの大河を行くハイドレクウス曳きの川船は、特別だからね」
大河なので緩やかな流れはあるけど、海に比べて波も穏やかで、魔法仕掛けの波切りもついているので揺れも少なく、このぐらいは余裕らしい。
でも、リュードさんが口にした特別の意味は、私が想像した以上だった。
……私は最初、馬車便の旅から逆算して、船なら帝都まで五日ぐらいになるだろうから、フェリアリア様のお体を配慮して休憩日込みの七日ぐらいが適当かなと、見積もりをしていた。
ハイドレクウスの六頭立てなんて、六頭立ての馬車と同じくらい贅沢だなと思っていたんだけど……ある意味、竜に乗るより貴重な体験だったかもしれない。
昼、夕方、夜、翌朝と、替え馬よろしく六頭のハイドレクウスが交換されること、実に四回。
高速馬車便で八日掛かる帝都までの道のりは、一日半に短縮されてしまった。
「あれが帝都の外郭だよ」
「おっき……」
「セレンは初めてだったよね?」
「はい、もちろん!」
さあて、ここからが忙しくなる。
まずは皇宮と連絡を取って、フェリアリア様の受け入れについて確認し、必要な手配を行わなきゃいけない。
お衣装もお忍び姿のままでいいのか、お着替えのために宿を手配した方がいいのか、その場合の警備はどうするのか……。
でも大丈夫。
ふっふっふ、昨日の内に、船の中で現状報告を兼ねた分厚い質問状を書いたから万全だ!
……分からないことだらけで、自分でもちょっと情けなかった。




