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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第二話「転生しちゃった私」

第二話「転生しちゃった私」


 ハーネリ様訪問の翌日、お母様やライナ達に見送られ、お迎えの馬車に乗り込む。


 ドアに大きく描かれた帝家の略式紋章――左右に竜を配した盾は、皇宮の公用馬車であることを示していた。


「困ったことがあれば、まずハーネリを頼るのよ」

「はい、大丈夫です」


 お父様は早朝に出仕なさっていたし、ご挨拶も済んでいる。

 兄様には……うん、落ち着いたら手紙を書こう。出征中で任地は不明だけど、帝都に置かれている所属騎士団の本部宛に出せば、きちんと転送して貰えた。


「じゃあ、いってらっしゃい、レナ」

「いってきます、お母様」


 ぽんぽんと優しく抱かれたので、私も抱き返す。


 あまり心配されていないのは、ハーネリ様への信頼の証であり、同時に皇宮という絶対無敵の職場のせいでもある。


 同じ帝都内だから、休みの日には日帰りの里帰りもできた。手紙のやり取りも安く済む。


 どことも知れない田舎町に向かうのとは、わけが違った。


「レナーティア様、お荷物はこの二つでおよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」


 御者さんに預けたのは、ベルト止めのトランク一つと、小物が一杯に詰まった肩掛け鞄だ。

 推薦状をはさんだ書類ばさみは、手に持っている。


 本当は愛用の剣も持って行きたかったけど、持ち込みはやめていた。せっかく特大の猫を被るのに、女官が剣など何に使うんだと聞かれたら、誤魔化しようがない。


「……ふう」


 からからと、馬車が皇宮へと向かうのに任せ、私は町並みを眺めていた。


 うちの屋敷は貴族街でも商業区に近い隅っこで、皇宮までは一刻――二時間ぐらいはかかってしまう。


 つらつらと、与えられる仕事のことなどを考えながら、『こちら』に生まれて十六年、我ながら馴染んでるなあと、私は身の上を振り返った。




 ▽▽▽




 私、レナーティア・エレ・ファルトートは、父は男爵にして騎士団の中隊長、母は貴族宅に出向いて魔法の手ほどきをする家庭教師という、比較的恵まれた家の長女に生まれた。


 ……いや、生まれというか、生まれ変わりを、してしまった。


 望んで生まれ変わったなら、もう少し身綺麗に身辺を整理していただろうけど、台所の炊飯器はタイマー通りご飯を炊いてるだろうし、友達にも両親にも挨拶はしていない。


 まあ、うん。

 仕事帰りの交通事故だから、どうしようもなかったけどね。


 歩道に突っ込んできた車とか、疲れた体でどうやって避けろと……。


 次に気付いた時には……生後数ヶ月から一年ぐらいだったのかな、ハイハイは出来たけどつかまり立ちは無理な、そのぐらいの年頃になっていて、しばらくは泣いて過ごした。


 落ち着いた頃には諦め半分、元のOL生活には戻れないだろうと思えていたから、こちらでの暮らしに馴染もうと頑張った私である。


 転生の案内をする神様なんていなかったし、魔王を倒せとも、聖女になれとも言われていない。


 だから……とりあえず自分に恥ずかしくないよう、前向きに生きていこうと心に決めた。


『はっはっは、レナはいい子だなあ!』

『はい、お父様!』


 両親も六歳年上の兄様も、幸いにしてとてもあたたかな人達で、私は幸せな子供時代を満喫した。


 中近世ヨーロッパ風の文化には不便を感じることもあるけれど、水も空気も美味しいし、案外悪くないなと思える。


 少なくとも、満員の通勤電車はないし、ストレスを感じる上司や顧客も存在しない。

 もちろん、こんなにのびのび過ごせるのは、子供のうちだけだろうけどね。




 しかし。

 生まれ変わりの混乱から立ち直った後には、希望と恐怖が待っていた。


『おおっ!』


 自分にも魔法が使えると知った時には、躍り上がらんばかりに喜んだ。


 でも、そんな喜び方では殿方が逃げてしまうわと、礼法の教師が呼ばれた。……行儀作法を教えるのに丁度いい年頃だったらしい。


 同じ頃、魔物の存在も知って目玉が飛び出るほど驚いた。


 アレは忘れもしない五歳の頃。

 魔物の住む辺境に遠征していた騎士団が帝都に戻ったというので、家族揃って凱旋パレードを見に行った時だ。


『きゃあああああああ!?』

『大丈夫だよ、レナ』


 通勤バスぐらいはある魔物――斬り落とされた首を背中に置かれたワニかトカゲのような怪物が、二十頭立ての超大型荷馬車で大通りを運ばれていく姿には、どう反応していいか分からなかった。


 画面越しのゲームならともかく、本能的恐怖というのかな、あんなモノが動いて自分に向かって来るとか……考えただけで逃げ出したくなる。


 騎士達は誇らしげに手を振っているし、集まった見物客も笑顔で大歓声を上げているけれど、そういう問題じゃない。


『え!? レナも鍛錬するのかい?』

『します! させてください!!』

『レナ!?』


 パレードの翌日、私はお父様に泣いてすがりつき、騎士を目指すグランダール兄様の鍛錬に加えて貰った。


 何はなくとも、脚力ぐらいは鍛えておかないと、あんなのが実在していて……もしも襲ってきたら、逃げることさえ選びようがない。


 しばらくして、お母様から魔法の練習も許可された時には、心の底から安堵した。


 RPGでよくあるような、身体強化の魔法は私の心に平穏をもたらしてくれたし、火の玉や雷撃の魔法は魔物に近寄らなくていいから、鍛錬にも力が入る。


 恐怖心が原因であったとしても、真面目に鍛錬していたことや、それまでに見せた才気……というか、うかつにも表に出してしまった前世から持ち込みの判断力や思考や知識は、両親の親馬鹿に火をつけた。


 十歳の誕生日を迎えてしばらく。

 今のレナなら大丈夫だよと微笑むお父様から、兄様と一緒に魔物狩りへと連れて行かれた。


『レナ、技量を見極めたいから、思いっ切りやりなさい。治癒術師もいるし、背中も気にしなくていい。私もグランも、絶対にレナを守るよ』


 護衛に雇われた傭兵達に見守られつつ、私は頷いた。……この頃にはもう、恐怖が薄れた代わりに、根拠のない自信を持っていたからして。


 練習用のなまくらではなく本物の剣を渡され、最初は畑を荒らす角付きの兎、次に人間よりも小柄なゴブリン鬼、お父様よりも大きなオーク鬼、これならまだ行けるだろうとばかりに長さ三十メートルはある大蛇や空飛ぶワイバーンときて、ついにはドラゴンまで狩らされた。……ワイバーンより後ろは、流石に魔法も使ったけど。


 その結果。

 傭兵達には報酬以外に高額の口止め料が支払われ、家族会議が開かれた。


 調子に乗ったのはいいけど、やりすぎてしまったようだ。

 レベルアップにスキルアップだとばかりに、ゲームのノリで鍛えまくったせいである。


 ……十歳にして単独でドラゴンを狩るのは、いかに魔法文化全盛のこの世界でも規格外だったらしい。


『これだけの才能、下手な相手にでも目を付けられれば、我が家では庇いきれん……』


 その頃には第一線を退き、騎士団の教官職に就いていたお父様は、頭を抱えて唸った。


『そうねえ、親馬鹿抜きにして、レナは天才よね』


 貴族の子を相手に魔法学の家庭教師をしているお母様も、ため息をついている。


『レナの気持ち次第だけどさ、いっそ女学院には通わず、騎士団に来ないか? 運良く叙任されれば……っていうか、騎士叙任ぐらいは簡単だろうけど、騎士団に入ってしまえば、そうそう手出しはされなくなると思う』


 つい先日、念願叶って騎士に叙任された兄様はそう告げた後、ただ、入団までの間が問題かなあと、苦笑いした。


『兄様、そんな簡単に叙任とか……。しかも当然、狭き門ですよね?』

『俺だってこの歳で騎士になれたんだ。レナなら余裕だよ』

『でも、騎士団は実力主義で、訓練も厳しいと……』

『あー、レナ』

『お父様?』

『グランの言うとおり、レナなら、簡単だ』

『へ!?』

『騎士団付き教官の私が、剣に賭けて保証する』


 だから家族会議をしているのだよと、お父様はソファに深々と背を預けられた。


 しかし、見かけだけなら私は普通の女の子。


 命の危険の前には美容など二の次……と思いつつも、幸い、ハードなトレーニングの割には筋骨隆々のゴリラ令嬢とはならなかった。

 剣ダコを隠して黙って立っていれば、男爵家のお嬢様っぽく見える。……見えてると思う。


 魔法ばんざい! である。


 結局。

 ああでもない、こうでもないと皆で悩んだ末、普段は特大の猫を被ることに決まった。




 その家族会議から、しばらく。


 私は十二歳で、帝都の帝立ゼフィリア女学院に入学した。


 帝国では上の方に位置するこの女学院、主に中級から下級の貴族や比較的裕福な平民が通う結構なレベルのお嬢様学校だったけど、入ってみればなかなかにファンタジーな場所だった。


 うちの領地には狼人族の狩人一家もいたし、本邸の執事ジヌイカーラは純血種のエルフだったから、そのことに驚きはしないけど……。


 ここにはあらゆる階層のあらゆる人種が集まっており、クラスメートには虎人族の伯爵令嬢やドワーフのお嬢様もいた。珍しいところでは身長三十センチほどしかない妖精族の姫殿下とも、お知り合いというか、大親友になっている。


 ただ……女子校ノリは、世界が変わっても同じらしい。


 大勢の友達もできたし、寮生活も楽しく過ごせたけれど、寮監先生に怒られて反省文を書かされた記憶も沢山あった。


 特に気を付けたのは、飛び級ぐらいかな。

 目立ってしまうと、何の為に実力を隠しているのか分からなくなるもんね。


 私は得意な魔法学や数学を無難にやり過ごし、余らせたリソースを若干苦手な史学や語学、礼法に割り振って意図的に成績を整えた。

 もちろん、選択授業だった剣術は自主的に回避している。


 可もなく、不可もなく。

 十二歳という、人間族にしては低年齢での入学を考慮に入れると、上の中あたりの成績と言えた。


 となれば、あとは卒院後の進路なんだけど、私はお爺様達のいる領地に向かおうと思っていた。


 兄様は帝国騎士として各地を転戦していたし、両親も帝都に仕事を持っている。


 だから、家族の誰かが領地仕事のお手伝いするなら私で、進路としても無難な選択だ。内政チートは無理でも、魔物退治ぐらいなら出来そうだった。……竜も狩りたいし。


 竜狩りは、下準備も全て傭兵団にお任せするから遠征費用も大きな金額になるけど、これが結構なお小遣い稼ぎになるのだ。


 今はもう、剣と魔法に自信がついたお陰で、魔物を見ても恐いと思わなくなっている。

 感覚を自主的に麻痺させたのかどうなのか……むしろ最近では、お宝付きの獲物にしか見えなくなっていた。


 魔法も剣も『お外』では内緒にしているので、実家の領地とその向こう、帝国外になる魔物の領域でしか狩りが出来ないのが難点だけど、数年掛けて稼いだお金は、お父様と兄様の剣を新調してお爺様に銘酒を樽で贈り、お母様とお婆様に聖印石のブローチをプレゼントした上で女学院の学費と寮費を全額払っても、まだまだ余裕があった。




 それにしても、この二回目の人生。

 適度に恵まれた暮らしは、私に心の余裕を与えてくれていた。


 このまま流されるのも悪くない。

 いや、十分に幸せなコースを、順風満帆に歩んでいると、自分でも思う。


 だから、卒業後は領地に戻ってお爺様お婆様に孝行しつつ、のんびり魔物狩りでもしながら前世では縁のなかった結婚をして、慎ましやかでもいいから幸せに暮らしたいな……などと、昨日ハーネリ様のお誘いに頷くまでは、漠然と考えていた。




 ▽▽▽




「レナーティア様、そろそろ到着いたしますので、ご用意を願います」

「はい、ありがとうございます」


 皇宮でも一際目立つ大きな外城門が、目の前に迫る。


 流石は世界に冠たる帝国の中枢、何かと忙しいのか、馬車が列を為していた。


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