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第十五話「夏休みの予定」

第十五話「夏休みの予定」


 思わぬ角度からの不意打ちに心が折れそうになってしまった私はともかく、クレメリナ様はいろいろと吹っ切れたのか、楽しげですらあられた。


 お茶でも飲みながら相談しましょうと言われ、再び席に着く。


「レナ」

「はい、クレメリナ様」

「まずは『フラゴの光』商会、潰すわよ」

「……はい!?」


 クレメリナ様の目は、不敵さを湛えている。

 先ほどの宣言の興奮醒めやらぬ、というわけでもなさそうだけど……。


 でも……簡単に仰いましたが、つい最近、この内宮にて毒殺されかけたことをお忘れじゃないでしょうか?


 そもそも現在、クレメリナ様の手元にある『戦力』は、私とヤニーアさんのみ。

 国許から味方が来るとは聞いたけれど、今のところはご本人を合わせても三人きりだ。


「当面の目標、ということよ。今日明日の話じゃないわ」

「ええ、それは、はい……」

「もちろん、陛下にお約束したことは、守るわよ。……兵の代わりに商船を揃え、魔法の代わりに情報を放ち、矢の代わりに金貨を射る、そんな戦いね」


 あー、経済戦争……じゃないや、政争? 企業間闘争? よく分からないや。


 こっちにはお店の一つもないけれど……勝ち目がありそうなのか聞いてみたが、今は内緒と、教えてもらえなかった。


「さし当たって……そうね、お父様への贈り物を考えないといけないわ」

「はい」


 そう言えば『宿題』が出ていたなあと、思い出す。


 結局、いいアイデアは考えつかなかった。


「お父様に喜んでいただけると嬉しいけれど、如何にも帝国らしいお品だと……『フラゴの光』商会への嫌みになって、抜群にいいかしら」


 それはまた、したたかでいらっしゃいますこと。


「ふふ、たとえば……竜を二頭、とか」

「あー……」


 私の今いる双竜宮や、皇帝陛下の『双竜の帝冠』など、二頭の竜は帝国の象徴だ。


 わたくしは無事よと、クレメリナ様がフラゴガルダ国内に向けて主張するのには十分だろう。


「でもあの予算では、鎧一(りょう)分の竜革にもあやしいわね」

「ですねえ……」


 銀の置物なら買えるかしら等と小さく聞こえてくるけれど、示された二百アルムだと竜革の鎧は厳しかった。

 中古の傷ありなら、もしかしたら特売の出物があるかもしれないけど、国王陛下の誕生祝いには出来ない。


 もちろんのこと、生きた竜――竜は竜騎士の騎竜としてだけでなく、移動や運搬を請け負う竜便(りゅうびん)にも使われるので、竜牧場に行けば手に入らなくもない。……種類も限られる上にお値段はとんでもないし、餌代も洒落にならないけど。


 でも……。


「竜の皮なら、その金額で手に入らなくは……ないかも?」

「レナ?」

「あーっと、その……時間はひと月近くかかりますが、なんとかしましょうか? 一領と言わず、丸一頭とか」

「一頭分ならかなり面目を施せるけど……(ツテ)でもあるの?」

「えー、伝といいましょうか、本人といいましょうか……」


 私は自分を指さし、頷いた。


 竜なら毎年、夏のこの時期に狩っていたし、もしも狩りに行かせて貰えるなら、すごく助かる。お爺様や傭兵団長ベイルにも、就職したので今後は領地に戻るのが難しいと伝えておきたい。


 でも、クレメリナ様からは小さくため息を向けられ、お説教が始まってしまった。


「……レナ、貴女が魔術師として優れていることは、わたくしも知っています。わたくしの為に、骨を折ろうとしてくれていることもね」

「ありがとうございます」

「でも……幾ら貴女でも、竜は無理よ。わたくしも竜騎士団の観閲式に出たことがあるけれど、模擬戦でさえあれだけ激しいというのに……。そもそも、竜の皮が欲しいからなどという代替のきく理由で借りた女官を死地に送るなど、人の上に立つ者として、いえ、人として最低です!」

「あの……私、竜狩りには十一の時から行ってますが……」

「……え!?」


 虚を突かれたのか、きょとんとして素の表情を見せたクレメリナ様は、ものすごく可愛かった。




 本当に大丈夫ですからと念を押し、如何にして竜を狩るか、説明を加える。


 身振り手振りを交えつつ、陣地を作って餌を置き大型魔法杖で狩るのだとお教えすれば、クレメリナ様は大いに呆れられたご様子だった。


「……レナ、貴女は本当に女官なの? 実は皇帝陛下の密命を受けた裏の護衛と言われても、大して驚きようがないくらいだわ」

「あはは、今朝も似たようなことを言われました」

「あら。その方とは気が合いそうね」


 とにかく、方法については認めて貰えたので、実際の計画を練る。


 とは言っても、殆ど私の都合だけどね。


 ……ファルトートの領地まで高速馬車便で片道二週間、傭兵団と契約して準備と移動に一週間。運良く初日に狩れたとしても、西の港まで荷馬車を仕立てて一週間少し、そこからフラゴガルダまでは船で二週間。


 国王陛下のお誕生日は再来月の半ば、余裕は二週間弱しかない。

 いっそ経費に上乗せして、領地までは竜便を使ってもいいかな……。


「方便としては、クレメリナ様がお父上への贈り物に悩んでおられて、命を受けた私が良い品を探しに出かけた、ということにしたいと思います」

「これはそのままね」

「はい、そのままです」


 お世話する主人の要望を受けての外出は、これ以上なく立派な理由になるから、誤魔化す必要はない。


 おお、なんだか初めて、女官らしいお仕事を貰えた気がしてきた!


「現地での方針ですが、傭兵団と接触後、竜を狩り次第すぐに港へ馬車を走らせ、フラゴガルダへと直送出来るよう手配いたします。ただ、お預かりする予定の二百アルムだと、必要な数の傭兵を雇うには少々足りません。ですが、抜け道はあります」

「どうするのかしら?」

「こまめに精算するんです。狩った獲物を売ればお金になりますから、足りなくなったら売る、また狩る、その繰り返しで予算の確保と同時に、必要な竜皮一頭分を浮かせます。実際は、現場でのお金のやり取りが不可能なので、狩りの終了時に精算、つまりは商人同士が行う売り掛けのような感じになりますでしょうか」


 実は……ベイルの傭兵団には、銅貨一枚支払ったことがない。


 初回はお爺様がお財布付きで傭兵団の本部に同行して下さったけれど、長年つきあいのあるファルトート家への信用と同時に、ベイルは一度目の狩りでも護衛を率いていたから、既に私の腕前も知っていた。


 だから彼には、私の狩りが成功すると確信があったようだ。獲物の売却益と相殺するから、後で足りない分を請求すると言われ、契約だけが結ばれた。


 結果、お爺様にお金を出して貰うことなく済んだし、しばらくして、帝国商人ギルド経由で二千アルム近い金額の書かれた預かり証書が、帝都の屋敷へと届いた。


「でも、それじゃあレナがただ働きね……」

「出張中は女官として『お仕事』してるわけですから、お給金は普通に支払われますし……あ、贈り物にする竜の皮以外の獲物、貰ってもいいですか? 余ったら、ですけど……」

「それは構わないわよ。でも、それでいいの?」

「はい、もちろん。竜皮をフラゴガルダへとお届けするのに船を仕立てるぐらいの余裕は、十分作れると思います」


 万が一、竜が現れなかったとしても、竜皮一頭分ぐらいなら自弁してもいい……かな。


 例年通りなら狩りも上手く行くと思うし、ひと月少々の夏休みが堂々と貰えるなら、十分にそれぐらいの価値がある。


「じゃあ、お任せするわ。レナ、竜の皮一頭分を二百アルムで手に入れ、わたくしの名代としてヴァリホーラ陛下の生誕祭に赴き、献上して下さい」

「御意!」


 若干申し訳なさそうな表情のクレメリナ様に、私は笑顔を向け、おどけてみせた。




 ▽▽▽




「――というわけで先輩、しばらく出張旅行に行くことになりました」

「もうお姫様にお約束してしまったのなら、仕方がないけれど……侍女は私しかいないから、一緒に行くとこちらのお仕事が滞ってしまうわ」

「あ、向かうのはうちの領地なので、大丈夫です」


 私は騎士団の仮事務室に戻り、キリーナ先輩に竜を狩ってくると告げて、また……呆れられた。


 既に竜皮と一緒に持っていく添え状までお預かりしているので、後には引けない。


「表向きは、贈り物に良いお品を探しに行くということになっています。先輩には、お留守をお願いしたいんですが……」

「ええ、それは構わないけれど、こちらも……少し困ったことになっているの」

「何かありましたか?」


 明日、私の代理として先輩をクレメリナ様に紹介する約束もしていたけれど……。


「保護を解かれた柏葉宮の侍女達がね、揃って転属願いや退職願いを置いていったのよ」

「あらら……」

「お姫様の毒殺事件なんて、真っ先に巻き込まれるのは大抵侍女でしょう? 可哀想なぐらい怯えてしまっていたわ」


 無事に無関係と確認されたのは合計七人で、転属希望の四人は可能なら中宮での仕事がしたいと訴えていて、退職を選んだ三人は結婚を前倒ししたり、家に帰って子育てに専念するそうで……まあ、気持ちは分からないでもない。


 私とクレメリナ様は、犯人達に囲まれてさえ『得意な魔法を見せて!』『御意!』なんてやってたけれど、言われてみれば、普通は怯えて当然な気がしてきた。


 無理に引き留めて拗れるのもいやだし、人手集めは、もう少し時間の余裕もある。明日、離宮監様と人事監様に事情をお話しして、上手く計らって貰おう。


「それでね、レナ。少し考えたのだけど……私の知り合いを柏葉宮に呼んでも大丈夫かしら?」

「すっごく助かりますけど、いいんですか!?」

「ふふ、レナも幾人かは知っているかもしれないけれど、ゼフィリアの先輩方よ」

「あ!」


 そうだ、私がキリーナ先輩に補佐をお願いしたように、この皇宮内にも卒業生という繋がりならある!


 流石キリーナ先輩、頼りになります。

 私が思い出したのは先輩止まりで、その先までは考えもしなかったよ。


「中宮への転属希望なら、調整は少し大変かもしれないけれど、四人までは侍女の交替という形を取れるわ。それに……あの方達なら、毒殺未遂事件を聞いても、むしろ率先してご助力をいただけるんじゃないかと思うの」

「私、出発を一日延ばします。……竜便使えば、もうちょっと時間の余裕がありますから、先にキリーナ先輩の仰る四人全員と連絡をつけて、柏葉宮に来て貰いましょう!」

「じゃあ、レナのケーキもお願いね」

「……伸ばすのは二日にします」


 そうだ、引き抜き先の上役にも、きちんと話を通さなければいけない。

 強引なやり口は、必ず軋轢を生む。


「でも、キリーナ先輩はいいんですか? その……毒殺事件で、恐くなったりとか」

「レナがいるから、大丈夫よ」


 先輩、ほんとのほんとにありがとうございます。


 私はキリーナ先輩からアドバイスを貰いつつ、夕食まで、侍女の引き抜きと転属、そして出張に必要な準備に奔走した。


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