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第十二話「キリーナ先輩」

第十二話「キリーナ先輩」


 朝練後、流石にがっつりの朝食は半分にして下さいとお願いして適量で済ませ、内城門に向かう。


 キリーナ先輩とは、朝のお茶の時間までに落ち合う約束していた。

 私も事件のことで呼び出しの可能性があったし、午後にはクレナリア様の所にお伺いする。先輩が居ないと私も他のお仕事が出来ないわけで、これは仕方がない。


 内城門に到着すると、昨日見かけなかった一際大きな騎士が、門を守っていた。

 前世で人気だったぬいぐるみのなんとかベアみたいな、あったかい雰囲気の顔つきをしていらっしゃる。


 よく見れば、頭の上に熊の耳があって、熊人族だと分かった。


「おはようございます。柏葉宮付きの筆頭女官、レナーティアと申します」

「本日の内城門警備主任、近衛第四中隊のダンマシュだ。筆頭女官殿が自ら足をお運びとは……」


 訝しげな様子になった騎士ダンマシュは、大きな身体を少し屈め、小声になった。


「……例の事件絡みで、何かあったのか?」

「いえ、そうではなくて……」


 どうやら、気を遣って下さったらしい。


 新任侍女の迎えを頼もうにも、元から柏葉宮にいた侍女は全員保護中、動けるのが私一人なのだと伝えれば、気の毒そうにされる。


 おおきな熊さんのぬいぐるみのような騎士は、イメージ通り優しいお方であった。


「衛門詰め所で休んでいるといい。その侍女より申告があれば、すぐ呼びにやらせる。……おい!」

「はっ!」

「女官殿を詰め所にご案内せよ!」

「了解!」


 詰め所は内城門の脇、見張り台付きの独立した二階建てである。


 お茶は自由に飲んでいいそうで、私は小さな厨房を――なんじゃこりゃあああ!?


「……お掃除、してもいいですか?」

「は!?」

「駄目でもします。騎士ダンマシュにはよろしくお伝え下さい」

「は、はいっ!」


 これは……ベイルの傭兵団の本部だって、もうちょっとましだ。


 厨房は、私がこれまでに見たどの台所よりも荒れていた。




「ふう……」


 私はまず、洗い場に水の魔法と火の魔法で熱湯を作り出し、鍋にヤカンに茶道具に……とにかく全てを、熱湯消毒の刑に処した。


 その間に水流の呪文や強風の呪文を併用し、調理台やテーブル、そして床の汚れをやっつける。


 続けて身体強化を詠唱、金属器を洗い皮やブラシでこすって磨き上げた。銀器なら専門家を呼ぶけど、鉄や銅なら力任せでも問題ない。


「……レナーティア様、何をしておられるのです?」

「え!?」


 気付けば、呆れ顔のキリーナ先輩がいて、こちらを向いてため息をついていた。




 茶器の洗浄と手入れは先輩にも手伝って貰い、改めて台所を見回す。

 短時間ながら気合いを入れた結果、これならなんとかお茶の用意をしてもいいかなって程度には、カビも汚れも追い出せた。


「ありがとうございました、先輩」

「それはいいけれど……」


 余人がいなければ『先輩』、誰かいるなら『侍女キリーナ』。

 そのぐらいの公私混同は、許されてもいいと思う。


「でも、なんでここまで酷いことに……。騎士団にも、お世話する侍女は居るのになあ」


 もちろん近衛騎士団にも、食事を用意する料理人や、洗濯掃除を引き受ける侍女はいるし、私も幾人かには挨拶している。

 近衛に限っては、正規の騎士のお世話や雑用をこなしつつ仕事を覚える『従士』――騎士の見習いはいないけれど、うーん……。


「配置や職掌の違いで、分かっていてもできないとか、理由はあるかもしれないわ」

「先輩?」

「例えば……この詰め所、内城門の外にあるでしょ?」

「はい」

「特別の指示でもない限り、『内宮』にある近衛騎士団本部の侍女が、内城門の外側、『中宮』にある詰め所まで出向くのは、不可能よ。もちろん、中宮に勤める侍女達が、近衛騎士団の詰め所に入るのもね」

「……あ!」


 まずい。

 非常にまずい。


 超絶に余計なお節介だったかも……。


「そこまで心配しなくても大丈夫だから。……とりあえず、お茶でも戴きましょう」


 ここは任せなさいと、キリーナ先輩は大きなお胸をとんと叩いた。




「騎士ダンマシュ、美味しいお茶をありがとうございました」


 私は先輩に教えられた台詞を、ほぼ棒読みした。

 騎士ダンマシュは、微妙な表情である。私が勝手に台所を片付けたことは、ご承知らしい。……って、先に宣言してたね。


「騎士ダンマシュ、レナーティア様は照れておいでなのです」

「……うむ!?」


 私に代わり、キリーナ先輩が前に出て見事な一礼をした。


「登城してわずかに三日、右も左も分からぬ中で優しき手を差し伸べられたこと、流石は近衛騎士と、レナーティア様は非常に感じ入っておられます。また、休んでよいとのお言葉に甘え、少々『調理具や茶器を使わせていただきました』。お礼には遠くありますが、その気持ちを形にすべく、詰め所の台所にお茶の用意を調えさせていただいております。任務の合間にご賞味下さいませ」

「ああ、うむ、そうか……」


 キリーナ先輩は、騎士ダンマシュに失礼いたしますと一礼して、小声になった。


「詰め所で休ませていただき、台所や茶器を使わせていただいたからには、綺麗にして返すのが礼儀である。……と言うことにしておいて下さいまし」

「心得た。……すまんな。それならば角も立つまい」

「いえ、ダンマシュ様のお気遣いに感謝を」


 ふむと二人が頷き合う。交渉が成立したらしい。

 これも一つのセクショナリズムの発露、今後は気を付けなきゃいけないなあ……。


「……セネガー、ヴェッテ、二人に休憩を許す。他の者も、順次交替で休んでよし。女官殿の用意して下さった茶だ、大事に頂戴してこい」

「はっ! セネガー、ヴェッテ、休憩に入ります!」

「ご馳走になります!」


 笑顔で駆けていく騎士に一礼し、騎士ダンマシュに向き直る。


「本当に、ありがとうございました」

「いや、構わぬ。……こちらも助かった」


 よい侍女をお持ちだなと微笑んで下さったので、私も笑顔ではいと返した。




 ▽▽▽




 早速失点をカバーして貰ったように、女官の仕事どころか、皇宮内の約束事が身に着いていないと自覚させられた私である。


「その為の専属侍女なのだから、きちんと頼ってね。分からないことは、誤魔化しちゃだめよ」

「ほん……っとうに、頼りにしてます、キリーナ先輩!」


 まずは近衛の女子寮に案内し、先輩の荷物を置いて本部の柏葉宮仮事務室へと足を向けた。


 最初だけはけじめをつけなきゃということで、二人で姿勢を正して向かい合う。


「では、侍女キリーナ。私の補佐をよろしくお願いします」

「畏まりました、レナーティア様」


 お茶を飲もうにも用意さえなく、仕方なしにお白湯を……駄目だ、ヤカンも茶器も、何もなかった。

 これら備品の支給申請や消耗品の発注、あるいは買い出しなどにも人手が必要で……はやく柏葉宮の侍女が解放されないと、ほんとに動きようがない。


 先輩には伝達事項というか、現在の特殊な状況も含めて、洗いざらい――剣のことも魔法のことも、ぶちまけた。


「……レナ、あなた、そんな小さな頃から戦いを?」

「はい。もう慣れちゃってますし、最初はお父様達も一緒に来て下さったので、それほど危険だという自覚はありませんでしたけど……一人で行く時も、きちんと護衛の傭兵を雇いますし、魔導具にもしっかりお金を掛けてます。今の方が、あれこれ安全策を取っているほどですよ」

「そう……」


 先輩はふうとため息をついて、首もとを開けた。

 胸の谷間から、聖印石のペンダントが取り出される。


「あの、それって……」

「ええ、レナからお土産に貰った聖印石よ。きちんと加工して貰ったの」

「わ、素敵です!」


 プラチナで出来た細身の台座に、シンプルな蔦の意匠。長八面体にカットされた聖印石に似合っており、とても美しい。

 私も一つぐらい、作って貰おうかな……。


「父の知り合いの職人さんにお願いしたのだけれど……男爵家に嫁ぐ時でも、これ一つで十分持参金になるって言われたわ」

「……へ!?」


 私が思っていたよりも、等級が上だったのかもしれない。


 そう言えば、ベイル達に野営地そばの小川で拾えるよと教えたら、眼の色変えて探してたっけ……。


 休憩中は、歴史の教科書で見たゴールドラッシュみたいだった。


「……皇宮の常識より先に、『女の子』の常識や『社会』の常識を教えた方がいいのかしら?」

「え、大丈夫ですよ。女学院でも、きちんと猫を被れてたと思うんです、けど……」


 先輩は、ドラゴンほど大きな猫だったのねと、再び大きなため息をついた。


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