第十話「近衛騎士団女子隊」
第十話「近衛騎士団女子隊」
キリーナ先輩には明日から宮内府に来て貰う約束をして、片付けなきゃいけないお仕事を指折り数えつつ用度長執務室に戻れば、何故か近衛の青い制服を着た女性が待ち構えていた。
「レナ、お客様よ」
「おお、貴女がレナーティア殿か! お初にお目に掛かる、近衛騎士団女子隊のモラーヌだ」
「レナーティアです、お待たせいたしまして申し訳ありません!」
わ、モラーヌ隊長だ!
この方は帝国に於ける女性騎士の頂点で、名前だけは私もよく知っていた。
「お気に召さるな。貴女に用があるのも間違いないが、会議が予定より早く終わって、午後は時間が空いてしまったのだ」
「いえ、お会いできて光栄です!」
差し出された手をぎゅっと握る。
モラーヌ隊長は見かけ三十路手前、近衛騎士団に入団する以前は西方の地方騎士団で活躍し、『紅い牙』の二つ名を轟かせた英傑である。
そんな有名人に握手して貰えるなんて、テンションが上がるじゃない!
ふっふっふ、いつぞやの兄様の助言通り、騎士団所属の女性騎士は、もしかすると将来目指すべき存在になるかもと、以前からチェックしていたのだ。
「ところであの、モラーヌ隊長。御用というのは……」
「レナーティア殿に礼を、と思ってな。ああ、フラゴガルダの一件ではなく、女子寮での話だ」
「はい?」
昨日、女子隊の宿直室で一泊させて貰ったけど、どちらかと言えば、お礼を言うのは私の方じゃないかと思う。
朝食も美味しかったし!
「今朝、一晩世話になったからと、風呂掃除をしてくれただろう?」
「あ、はい」
少しはお礼になればいいかなと、浴場の水垢とカビを、魔法で綺麗さっぱりにした。
でも……現代知識と魔法の力を組み合わせた少々特殊な魔法ではあるけれど、ほんとに片手間で、わざわざ隊長さんがお礼を言いに来るほどでもないと思う。
「女子寮付きの侍女達もよくやってくれているが、流石に風呂掃除のためだけに、手練れの魔法使いなど呼べぬのでな、いや、ありがたかった。おほん、それはともかく、うちの連中から貴女の本来の職場、柏葉宮が閉鎖中と聞いた。これも何かの縁、しばらくでいいなら、女子隊の空き室を寮付きで提供したいと思うのだが……ついでに女らしさというものを、うちの連中に多少なりとも教えてやってくれないだろうか」
元小隊長室だから執務机もそのままだと、モラーヌ隊長は笑顔である。
……うちの連中は本当にがさつで、そこもなんとかしてやりたいんだが云々と言う部分については、聞こえなかったことにした。
「レナ、このお話を受けてくれると、私も助かるのだけど、どうかしら?」
「私も助かりますが……」
本来なら、女官も侍女も柏葉宮に用意されている使用人宿舎に寝泊まりするんだけど、当面は無理だった。
「でもハーネリ様、横紙破りになったりしませんか?」
「それは大丈夫よ。宮内府の庁舎に空き部屋がないのは本当だし、離宮監のザイタール様には私から一言申し上げておくわ」
「では……っと、あ」
「どうかしたの、レナ?」
「いえ、すみません」
忘れてた。
キリーナ先輩の寝床……じゃなくて、お部屋も用意して貰わないと、先輩が宿直室行きになってしまう。
「モラーヌ隊長、相部屋で構いませんので、補佐役の侍女も、騎士団の寮に入れて貰うことは出来ますか?」
「それならお安い御用だ。四、五人までなら、すぐにでも」
「お言葉に甘えさせていただきます!」
「心得た!」
モラーヌ隊長が再び手を差し出して下さったので、私も嬉しくなってしっかりと握り返す。
「どうぞ、レナとお呼び下さい」
「うむ。……ほう?」
「どうかなさいましたか?」
「先ほどもおやっと思ったが、いい剣ダコだ。レナ殿は剣も嗜まれるのだな」
「レナ、貴女、騎士になりたかったの?」
「あっはっは……」
一発で、ばれた。
▽▽▽
「近衛の女子隊は、女性皇族の身辺警護が主な任務だ。必要な人数に応じ、増減される。今は少ない方だから、部屋も空いているのだ」
モラーヌ隊長に連れられ宮内府を辞して騎士団に向かう途中、内城門の詰め所に寄り、キリーナ先輩の通行許可を申請する。
書類の書き方は、ハーネリ様に教えて貰っていた。
「ほう、レナ殿のお父上は、帝都第一騎士団のゴトラール殿なのか!」
「え、父をご存じなのですか!?」
「ああ、もちろんだとも。ゴトラール殿の教え子や元従士なら、幾人も本隊にいるぞ。そもそも近衛に教え子が複数いるという時点で、ゴトラール殿の優秀さが分かるというものだ」
帝国には、皇帝陛下を総騎士団長と仰ぐ六つの帝国騎士団と、各地の軍管区に属する地方騎士団、合わせて二十幾つもの騎士団がある。
中でも近衛騎士団は別格だ。全騎士団の頂点に位置していて、帝国騎士または地方騎士から優秀な者が推挙されて選抜試験を受ける形式で、隊員を確保していた。
もちろん女子隊も、同じ試験に合格しなければ入れない。
だから、複数の騎士を選抜試験に合格させたお父様は相当に遣り手、ということになるらしかった。
騎士団の教官は当然ながら軍人で、家じゃお仕事のことは聞いちゃいけないだろうなと思ってたけど……実はお父様って、結構すごい人なんだろうか?
「時間が出来たなら、手合わせしよう」
「是非、お願いします!」
モラーヌ隊長は、もちろん帝国屈指の強者として、世間に知られている。
そんな手練れに稽古を付けて貰えるなんて、滅多にないチャンスだ。
剣と魔法はそれなりに上達したけれど、まだまだ強くなれそうな手応えも感じている私だった。
さあここだと案内された部屋は、用度長執務室と同じぐらいの広さだった。
見かけ、六畳間四つ分ぐらいかな、加えて小さな厨房付きの控え室まである。
壁際には書類棚、その反対側にはソファと応接机まであって、至れり尽くせりだ。
場所は近衛騎士団本部の二階で、隣近所は女子隊の小隊長さん達の執務室で占められていた。
「【強風】、【誘導】」
窓を開け放ち、軽く掃除する。
荷物の少ない今でないと、面倒だ。
「さて……」
ようやく居場所が定まったので、最初が肝心と執務机に向かえば、椅子もふかふかなら、机もしっかりとした作りで、気分が高揚する。
当座の活動に必要な消耗品や備品、道具類を書き出すのがまず最初のお仕事なんだけど……その為のインク壷とペン、藁紙の束とそれらを入れてきた鞄さえ、ハーネリ様から借りていた。
それがまとまったら今度は形式を整えて支給申請書を作り、用度部に提出しなきゃならない。
本格的な要望は柏葉宮が再開してからになるけど、キリーナ先輩やヤニーアさんにも相談かな。『必要な物』の中には、クレメリナ様がお好みの茶葉なども含まれるからね。
それから……そうそう、キリーナ先輩も双竜宮へと出入りするのに許可の申請が必要だ。これはすぐに書こう。
あ、侍女と言えば、事件に無関係な柏葉宮の侍女達も、今後は私が上司になる。
一旦は交替で休暇、希望があれば配置換え、かなあ。
事件には無関係だったとしても、流石にショックも大きいと思うし……。
扉がノックされ、集中していたことに気付く。
もちろん、開けてくれる人などいないので、慌てて走った。
「お待たせしました!」
「やあ、レナ殿。一緒に夕食でもどうかと思ってな」
「ありがとうございます。是非、ご一緒させて下さい」
わざわざ迎えに来て下さったらしい。
恐縮しつつ、少しだけ待って戴いて机を片付け、寮の食堂に向かう。
食堂には結構な人数がいて、みんな、モラーヌ隊長を見つけると敬礼するか、トレイを持ったまま一礼した。
「女子隊は侍女や職人、料理人まで含めて全部で二百人ほどだが、どれほど暇でも四半分は任務中で、全員が揃うことはないのだ」
ここもトレイを受け取って並ぶセルフ方式で、女学院の食堂とシステムは一緒だ。
ただ、雰囲気は下町の食堂に近いものがある。
ふふ、女学院大食堂のカフェっぽいお洒落な空気も好きだったけど、こちらはこちらで活気に満ちていて嫌いじゃない。
「手の空いている者は傾注せよ!」
モラーヌ隊長の一声で、喧噪が一瞬にして静まった。
「こちらは本日より女子寮の仲間となる女官、レナーティア殿だ。しばらく、我が隊でお預かりする事になった。一挙一動を見習い、以て女を磨く糧とせよ」
すんごい言われようだ……。
でも女子力については、明日来るキリーナ先輩にお任せした方がいいと思う。
自分ががさつだとまでは思わないけど、野営しながら荒野や森を転戦してドラゴンを狩るぐらいは平気な私である。見本になるかどうか、自分でも微妙だった。
「内宮柏葉宮付きの筆頭女官、レナーティアと申します。モラーヌ隊長のご厚意にて、本日よりしばらく、近衛騎士団女子寮でお世話になります。皆様、よろしくお願いいたします」
「見ろ、礼一つとっても洗練された仕草だろう! お前達、嫁に行きたいならほんとに見習えよ!」
にやりと笑ったモラーヌ隊長が、相好を崩して私の頭にぽんと手をのせた。
途端、食堂が『女子校の休み時間』になる。
皆、大体二十代の前半から中盤ぐらいかな、お姉さま方だから、社食に近いかも……って、女子隊の食堂だから、ある意味、正しいのか。
「おお、本物のお嬢様だ!」
「レナーティアさま、こっち! こっちにどうぞ!」
なんだろう、この状況……。
嬉しいけど、大歓迎すぎて、ちょっと腰が引けそうになる。
「ふん、お前達の魂胆などお見通しだぞ」
「へ!?」
「いやあ……」
「はっはっは……」
苦笑気味のモラーヌ隊長から、女騎士さん達が目を逸らす。
魂胆って、何があるんだろう?
「皆、レナ殿が風呂上がりに見せた、髪を乾かす魔法を教えて貰いたくて仕方がないのだ」
「ああ、あれですか」
私の中ではドライヤーの呪文と呼んでいる、オリジナルの複合魔法だ。たまに、洗濯物にも使う。
サービスで、何人かの髪も乾かしたっけ……。
こちらでは、髪を乾かすと言えば、微風を集中させる魔法が良く知られていた。
でも、それほど難しくはない代わりに、時間も掛かるし冬場は寒い。
火系統の呪文は、火をつけると燃えてしまう髪の毛には使いにくいだけでなく、威力を絞ると乾きが遅くなるわけで、微風の方が幾らかましとされていた。適温を正確に保つには、かなり高度な技量が必要だ。
中級以上の魔術が使えるなら、水を操る呪文で髪の湿気を取り去ることも出来た。但し、魔力の消費はかなり大きいし、コントロールも難しい。水分抜きすぎると、痛んじゃうもんね。
ただ……ドライヤーの呪文は便利なんだけど、実は他の人へと教えるには少々問題もあった。
「お教えするのは大丈夫です。でも……」
「うむ?」
「魔力は少なく済むのですが、操作が結構複雑なんですよ。系統で言えば、風と炎の初級攻撃呪文で制御は中級、ちょっと間違えたら髪が燃えてちりちりになります」
「攻撃呪文なのか!?」
「はい。失礼して……」
私は指輪を意識しつつ、右手を開いて左手に向けた。
ほぼ毎日使うので無詠唱の呪文行使にも慣れてるけど、ここは発声した方が分かり易いかな。
「【待機】【微風】【半減】、【待機】【単炎】【半減】【半減】、【統合】【誘導】【連続】【固定】、【発動】。……こんな感じです」
「うわ、長っ!?」
「ほう……」
炎の呪文を行使しつつも、微風を併用して周囲の空気を巻き込み、温度を下げているからこそ、髪の毛や洗濯物を乾かすのに使えるわけだけど……。
ほぼドライヤーが再現できている代わりに、制御の魔法語が多すぎて面倒な呪文でもあった。
少々お金と時間が掛かっても、いずれは魔導具に仕立てたいと本気で考えている私である。
「どれ……おお、元が攻撃呪文かと思うと、なんとも不思議だが、暖かくて気持ちいいな! しかし、二系統同時行使か……。魔力消費も少ない上、微細且つ正確な術式構築の訓練にもなりそうだが……マリアリス、どう思う?」
名を呼ばれた騎士マリアリスは女子隊の副長さんで、すらりとしていて格好いい人だ。背もうちの兄様と同じくらいあるかも。
「目的は不純ですが、訓練に取り入れましょう。全員は無理でも、魔法戦主体の者には技量向上が見込めるかと」
「決まりだな」
早朝練習の時に、希望者に講師をしてやって欲しいと頼まれる。
私を囲む皆さんの目が、やる気に満ちあふれ、輝いていた。