第八話「国王陛下への贈り物」
第八話「国王陛下への贈り物」
「ところでレナ、話は変わるのだけど……」
「はい、何でしょうか?」
ヤニーアさんがお茶の入れ替えに戻ってらして、クレメリナ様はふうとため息をつかれた。
「再来月、お父様のお誕生日があるの。丁度四十歳で節目の歳、大きな園遊会が催されるわ。わたくしは『遊学中』で出席できないけれど、贈り物ぐらいは用意したくて……何か良い知恵はないかしら?」
そう言えば、今年の春の初め頃、帝国でも皇帝陛下の生誕四十周年記念祭があったっけ。
女学院も祝日休みになったので、よく覚えている。
「レナはお父上に、何か贈ったことがある?」
「はい。以前、剣を贈りました」
「剣?」
「父は騎士団にて教官をしておりますので……」
「なるほど、ご職業に関係する贈り物、ということね」
あの時は、愛剣の刃こぼれが酷くなってきたとお父様が零してらしたのを聞き、お誕生日も近いし丁度いいやと、同級生に紹介して貰った鍛冶屋に引っ張っていった。
自分専用の特注品なんて初めて手にしたよと、頭を掻きながら嬉しそうにしてらしたので、私も贈った甲斐があったというものだ。
でも私のお父様なら、うーん、他のお品であれば、普段遣いの道具とか、美味しいお酒だと喜んで貰えそうだけど……。
「あの……国王陛下への贈り物って、どのような物が多いのでしょうか?」
「そうね、宝飾品や美術品はもちろん、装飾魔法杖、魔結晶、軍船や商船……よく訓練された竜も比較的多いかしら。珍しいところだと、海図もあったわね」
「海図って、海の地図ですよね? 実は宝の地図だったとか……?」
「ある意味、国の宝になったかしら。新発見の離れ小島と周辺の海域が、丸ごと献上されたの。飛び地だけど、嵐を避けるのにいい入り江があったから、送り主の評判は上を向いたわ」
それは流石に、無理。
私はかくんと俯いた。
「予算の都合もあるから、王女にはそこまで無茶な要求はされないわよ。でも、その予算内で最大限、お父様を喜ばせつつ周囲が驚くような贈り物がしたいの」
クレメリナ様は再び、何か良い知恵はないかしらと、私に笑顔を向けられた。
▽▽▽
予定は特にないけれど、事件のお陰で動きようもなくてクレメリナ様はお暇らしいが、私はお断りを入れて宮内府へと戻った。
せめて、女官としてある程度まともに活動出来るようにならないと、私だけでなくクレメリナ様も困るのでこれは仕方がない。
それにしても、国王陛下へのプレゼントかあ……。
示された贈り物の予算は二百アルム――金貨二百枚で、庶民なら、夫婦二人に子沢山の家族が二十年は余裕で暮らせる金額だった。
それぐらいじゃなきゃ示しがつかないとか、国力の喧伝とか、色々あるんだろうけど……ああ、そうか。
贈り主の度量や羽振りを周囲に知らしめる『発表会』を兼ねているけれど、国家としてトータルで見るなら、単なる無駄や不必要な贅沢にはならないんだ。
商船を商人に貸し与えれば、それはそのまま王国の税収増へと繋がった。
軍船や竜は、国を守る軍事力として使うことが出来る。
宝飾品は飾るしか使い道がないけれど、王家の財産は即ち国家の蓄えだ。
……ほんと、上手くできてるなあ。
今日明日中ってこともないけれど、何かまともなアイデアを考えておかないとね。
「失礼いたします、ハーネリ様」
「お帰りなさい、レナ」
これも申し訳ないながら、柏葉宮が閉鎖中なので、用度長執務室に間借りして小さな机を置かせて貰っていた。
空き部屋が出来たら、優先的に回して貰えるらしいけれど……って、そうだ、寮の手続きも今日中っていうか、今夜の寝床が確保できてない。
「殿下のご様子はどうだったかしら?」
「とても落ち着いてらっしゃいます」
「それは重畳」
昨日、騎士リュードとのごにょごにょ……には大層呆れられたけど、そのすぐ後、ごめんなさいと抱きつかれ、泣かれた。
このぐらいなら平気ですよと慰めれば、自分が無理を言って借りた親友の娘が出仕初日に毒殺なんてされたら、十回死んでも詫びきれないと、更に泣かれている。
離宮監のザイダール様も気遣って下さったけど、私とクレメリナ様が気にしていないだけで、政治的な裏事情は横に置いて、周囲から同情が集まっているようだと、今更ながら気付いた私だった。
事件が捜査中なので、関係者には箝口令が敷かれている。でも、あれだけの騒ぎになったわけで、知る人は多かった。
「そうでした、ハーネリ様。ご相談があるのです」
「なあに?」
「私の補佐をしてくれる侍女を探したいのですが……」
今朝、離宮監様から伺ったことを、そのまま話す。
ふんふんと頷かれたハーネリ様が、書類をばさりと整えながらこちらを向かれた。
「そうねえ……。屋敷に誰か、皇宮の侍女が勤まりそうな子はいる?」
「いえ、特には思いつかないです」
我が家の王都屋敷のメイド達は、信用もできるし仲良しだけど、皇宮には呼べない。
女官の登用試験に比べて、侍女のそれが甘いということはなかった。私の通っていたゼフィリア女学院ほどではなくても、少なくともどこかの学院は卒業してなきゃ、口頭で行われる問答や、礼法の試験がパスできないだろう。
侍女の試験は平民でも受けられるが故に、倍率は狭き門と言われる女官の更に十数倍となる。
それほどまでに倍率が変わる理由は、貴族と平民の人口比が主要因であり、同時に皇宮という天下無敵すぎる就職先の、人気度の高さの現れでもあった。
「じゃあ、レナの通っていたゼフィリア女学院の卒業生に、侍女勤めをしている者はいないかしら?」
「侍女……あ!」
「心当たりがあるの?」
「はい!」
仲の良かった先輩が去年、侍女の試験に受かっていたのを思い出した。
すぐに引き抜けるわけじゃないけれど、声を掛けないと始まらない。
私はハーネリ様から『女官レナーティアに便宜を図ってやって下さい』と記された短い書き付けを貰い、二階の人事部署へと足を向けた。
「ほう、君がレナーティアか? 昨日は大変だったと聞いた」
人事監のペタン様はご年輩の魔人族で、ものすごく髭が長かった。ハーネリ様によれば、なんと五十年も同じ地位にいらっしゃるらしい。魔人族は成長が遅い代わりに、長命で魔力も大きいと知られていた。
「お気遣い、ありがとうございます。……内宮をお騒がせいたしましたこと、改めてお詫び申し上げます」
「幼き姫の命が守られたのだ。少しの騒ぎは許されよう。それで、用向きは?」
柏葉宮付きの筆頭女官に指名されたが、補佐の人選で困っているのですと、書き付けを差し出す。
「ふむ、その者の名は?」
「帝都西街区の出身で、キリーナと申します。昨年の採用です」
キリーナ先輩は商家の生まれで、平民ながら寮長を務めていた才媛だ。
でもお堅いだけの人じゃなくて、夜のお茶会――パジャマパーティーを見て見ぬ振りしてくれるような先輩で、皆からも好かれていた。
私は若年での入学だったから、随分と可愛がられたように思う。
「昨年か。……【浮遊】【選別】【対象・キリーナ】」
ペタン様が杖を振ると、後ろの書棚から分厚い名簿がふわふわ飛んできて、魔法でぱらぱらとめくられた。
……人名だけで検索出来るなんて、地味に凄い魔法なんじゃないだろうか?
噂に聞いたことがあったけど、初めて見たよ。
しばらくして、名簿のぱらぱらがピタリと止まる。見事にキリーナ先輩のページだった。
「この者で間違いないか?」
「はい、この人です」
「うむ」
続いて、ペンが宙に浮き、インク壷の蓋がひとりでに開き、藁紙と羊皮紙が棚から飛んでくる。
あっと言う間に経歴の書かれた名簿の写しと、異動の命令書が出来上がった。
ついでにハーネリ様の書き付けにも、ペタン様のお名前と一言が追記される。
「一年目の新人であれば、引き抜きもさほど問題にはなるまい。あちらの上役、アランゼナにこれを見せなさい」
「はい、重ねて御礼申し上げます」
ほんとにすごいです、その複写魔法も。
そりゃあ、五十年も重要な役職を任されるはずだと、私はお手を煩わせたお礼を口にしつつ、一人納得した。