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プロローグ「お嬢様の夏休み~三年前~」

プロローグ「お嬢様の夏休み~三年前~」


『こちら西! お嬢、来たぜ! 赤だ!』

「『りょーかーい!』」


 西の森で見張っていたベイルから、魔導伝話が来た。


「みんな、赤だよ!」

「合点! 赤だ! 赤が来るぞ!」


『来るぞ来るぞ……丘こえた!』


 草木で偽装した軍船用の大型魔法杖――がっしりとした三脚に据えられた、私の背丈よりも大きな設置型の杖――を上空に向け、詠唱の準備に入る。


 この大型杖、重い、高い、運用が面倒と悪い意味で三拍子揃っているものの、攻撃魔法の術式補助についてだけは最高だ。どこかの貴族の持ち船に装備されていたという中古品だが、この杖を購入してからは、戦果を挙げるのが極端に楽になっていた。


『東、異常なし!』

『南、同じく!』


 赤なら炎種、対立属性である水の魔結晶を杖の術式変換部にはめ込む。高価な魔結晶が使い捨てになるけど、そこは予算に折り込み済みだ。


 小さく汗を拭い、杖を構え直す。

 魔物避けの膏薬を塗りたくったお陰で、体中が薬草臭い。けれど、安全には変えられなかった。


『川通った! ……羽ばたき、緩んだ!』


 私の隠れた岩陰からは、目標の位置が見えない。ベイルの合図だけが頼りである。


 本当は距離で『あと幾ら』と告げて欲しいけれど、目視での観測じゃ無理があった。


「【待機】、【起動】【魔晶石】、【氷槍】【倍力】【倍力】、【鋭化】【圧縮】【圧縮】、【加速】【誘導】【追従】……」


 私にも、風を切る音が聞こえてきた。


 目標は私のいる岩場の前に繋がれた豚が目当て、飛行速度を弛めてばさりと舞い降りる直前がチャンスだ。


 ……もちろん、豚を繋いだだけでは効果がない。魔法で特定方向に『臭い』を送って、ようやく相手を引っかけられる。

 狩りその物よりも、こちらの仕掛けの方が面倒くさいほど、手間が掛かっていた。


『来るぞ……今!』


「【解放】!」


 合図で即座に魔法を放つ。

 起動した術式動作部が輝き、一瞬で力を使い果たした魔結晶が霧状の魔力残滓となって周囲に白い煙霧をまき散らした。


 放たれた氷の魔槍は、少し外れたけれど、そこは私の目と連動した【誘導】の術式が補う。




 行けっ!




 黒い影が私の上を通り過ぎ、大きく苦悶の咆吼が轟いた。


『いいぞ! 首元どんぴしゃりだ!』


 ぐしゃりと木々を倒しつつ、目標が墜落する。


「急所行けた! みんな突撃!!」

「おっしゃああああ!! 野郎共、続けえ!!」

「おおおおお!!」


 私の大声に、同じく偽装して隠れていた傭兵達が飛び出していく。


 目標――空の王者ドラゴンも、致命傷を与え地上に追い落としてしまえば、手練れの傭兵達の前には哀れな獲物でしかない。


 彼らも慣れたもので、一番高価な竜の背皮に傷をつけない余裕すらあった。


「『ベイル、他は?』」

『見えねえな』


 岩に上って周囲を警戒しつつ、あっと言う間に息の根を止められ、解体されていく炎種のドラゴンを見る。

 中型ってところかな、一昨日狩ったやつよりは、少し小振りだ。


「『そろそろ狩り場変える?』」

『いや、引き上げだ。……怪我人なしに大量の獲物はありがてえが、お嬢、そろそろ学校が始まるんじゃねえのか?』

「……あ」


 すっかり忘れていたが、今の狩り場は帝国の領域外でうちの領地まで徒歩で丸四日、更に領地がある帝国西方辺境から女学院のある帝都までは、奮発して高速便の馬車を使っても二週間は掛かる。


「『ほんと、忘れてたわ』」

『ま、そういうこともあらあな』


 私は引き上げ準備を傭兵のみんなに告げるべく、岩場からぴょんと飛び降りた。




 ▽▽▽




 その日の夜営は南の川から少し外れた森の中で、昨日の昼間、竜狩りの合間に獲った鹿の肉が焼かれた。


「おお!」

「うめえ!!」


 胡椒を中心とした香辛料を揉み込んで焼いただけのシンプルな(あぶ)り肉だけど、これが妙に美味しい。

 おまけに骨とすじ肉を根菜と一緒に煮込んだスープがついていて、味だけなら野営とは思えないほど。


 料理番のターダルお爺ちゃんはこの道四十年の大ベテラン、流石である。

 これでパンが堅焼きパンじゃなければ言うことなしなんだけど、それは贅沢の言い過ぎというものだった。


「なあ、お嬢」

「なーに、ハイネン?」


 お酒は入ってないけど、結構な収穫と美味しい夕食に、みんなの顔も明るい。


「帝都って、やっぱしお嬢みたいな綺麗な子が沢山いんのか?」

「馬鹿ハイネン! おめえ、お嬢に何聞いてやがんだ!」

「そりゃ、綺麗な子は沢山いるけど……」

「お嬢も律儀に答えなくていいから!」


 私が雇った『黒の槍』傭兵団は、全部で二百人ほどの大所帯だ。

 普段の主な仕事は、近隣領主に雇われての街や街道の警備で、地元から離れることは滅多にない。


 今回同行しているのは古株を中心とした二十人、彼らとももう三年の付き合いになる。


「な、なあ、今度紹介してくれよ!」

「うちの女学院、一番上は王族だっているんだよ。ハイネン、万が一婿入り出来たとして、玉座の間でお行儀良くできる?」

「そりゃあ……うん、無理だな」


 この傭兵達、顔は恐いし態度も……褒められたものじゃないけど、仕事には真摯でこちらが学ぶことも多かった。もちろん、今じゃ態度も気にならないし、馴染んでしまえばどうということもない。


「お嬢、確認してくれ」

「はーい」


 団長のベイルは手練れの魔法使いで、見かけによらず数字にも強い。


「えーっと、ワイバーンが中八頭に大二頭、グリフォン一頭、ドラゴンが炎種二頭に風種二頭、水種一頭。……ふんふん、ほい了解」


 二週間でこれなら、十分に大戦果と言えた。私も非常に満足だ。

 獲物のリストと総費用を再度確認して、差し出されたペンでサインをする。


 雇用費の他に、獲物の解体料に収穫物の運賃に遠征費用、商人への売却手数料も掛かるけど、それも含めていつもベイルに丸投げしていた。


 もちろん、手間賃以外に戦果の二割を追加報酬として約束している。


「いつも悪いな、楽に儲けさせて貰って」

「いいっていいって。私も助かってるし」

「おう。取引が全部終わったら、ギルド経由で金を送る」

「ええ、お願い」


 流石に帝都までお金を持ってきてくれとか……隊商護衛のような旅仕事でも絡んでいるならともかく、『黒の槍』傭兵団は地域密着型なので無理がある。

 

 大きな街には大概ある帝国商人ギルドの支部に行けば、手数料と引き換えに送金を請け負ってくれた。

 でも、安心安全で確実な代わりに、手数料は五分(ごぶ)――五パーセントと結構な金額になる。


 但しこの金額、一概に暴利とも言い切れない。田舎の一軒家どころか、帝都でそこそこのお屋敷が買えそうな大金を持ち歩いて届けることを考えれば、護衛料にしては安価とも言えた。


「まあ、また次の夏休みには戻ってくれ。皆も今じゃ楽しみにしてる」

「はーい」


 この狩りも楽しいんだけど、どうしても距離がネックだ。

 女学院を卒業したら、お爺様を手伝って領地で過ごすのもいいかもしれない。




 私は翌朝、後始末をベイルに託して野営地を出発、強化魔法まで使って二日で領内に駆け戻った。


(せわ)しないなあ、レナは」

「ですねえ」

「いつもごめんなさい、お爺様、お婆様」


 お爺様お婆様にご挨拶アンド戦果の報告をして、傭兵装備からお出掛け着にチェンジ、執事のジヌイカーラに高速馬車の駅亭まで送って貰う。


「……まあ、大丈夫でしょ」


 馬車が予定通りに走ってくれるなら、始業式までは三日の余裕があった。


 


 ▽▽▽




 二週間『少々』の旅路で帝都に到着して実家で一泊、女学院の寮に戻れたのは、結局始業式の前日だった。


「お帰り、レナ!」

「おっそーい!」

「ただいま、エフィ、ミューリ!」


 同級生達に迎えられ、ほっと一息つく。

 慌ててる時に限って崖崩れで回り道とか、どこまでお約束なんだほんとにもう……。


「どうだった、夏休み?」

「レナの実家って、西の方だっけ?」

「うん、西南の端っこ。楽しかったよ。綺麗な小川のある森で、鹿のステーキを食べさせて貰ったの」




 傭兵率いてドラゴン狩ってました。

 戦果は五頭。

 この夏は超絶にボロ儲け出来て、懐もあったかです。




 ……などとは、口が裂けても言わない。


 私は一応、この帝立ゼフィリア女学院でも悪目立ちしない程度には、お嬢様でもあるのだ。


「わ、なんか素敵!」

「でも、森の中なんて、恐くなかった?」

「平気だよ。二十人も傭兵がいたし。そうだこれ、二人にお土産」


 ミューリがふわっと飛び上がり、私の肩に座った。

 彼女は小さな妖精族だから、もちろん重くもなんともない。


「これって……え!?」

「うそ!?」


 二人に渡したのは、聖印石の原石だ。

 小指の爪ほどと結構大きいので、二人とも驚いてる。


「川で拾ったの。大丈夫、加工前だし魔力も封じてないからお安いって。……たぶん」

「そりゃそうだけど……」

「……ねえ?」

「私も自分用に幾つか拾ったから、ほんとに気にしないで」


 あの狩り場は全く人が入ってない帝国の領域外だから、割と何でも手つかずなのだ。


 ドラゴンさえ巣くう危険な土地なんか、ベイル達だって、私がいないなら狩りには出ない。


「あら? お帰りなさい、レナ」

「ただいまです、キリーナ先輩!」


 一学年上のキリーナ先輩は、幼い私を気遣って、いつも面倒を見てくれる。


 私も後輩を可愛がりたいと常々思っているけれど、比較的低年齢で入学した私は、今度三年生になるというのに、未だ学院で最年少だった。……新入生には是非期待したい。


「はい、先輩にもお土産です!」


 わーいと先輩に抱きついて甘える。

 身長差のせいで、私の顔の所に先輩の大きな胸がくるけど、気にしない。


「まあ、これ……聖印石!?」

「ですです!」


 夏休みには竜を狩り、学院では仲良しの先輩や同級生達と楽しく過ごす。


 そのどちらも、私の大切な『日常』だった。



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