リスペクト
麻子先輩の真実を知り、更に接客業へ苦痛を感じた俺は、何時もの自分を騙す作業に入っていた。
もともと乗り気ではなかった。人が足りなくて困ってるようだったからしょうがなく始めた。合わなければ辞めるつもりだった。隆史に騙された。・・・だからこれは別に逃げるわけじゃない。
頭の中で何通りもの言い訳と、何十回もの辞める時のシミュレーションを繰り返す。
けれど変に臆病な俺は中々辞めると言い出せず、そのまま数日が過ぎていった。
そして今日こそは!と麻子先輩の前に立ち、さあ言うぞと思ったその時、先輩の口が先に動いた。
「猿君、明日休みだよね?一緒に忍者村、お客さんとして回らない?」
見た目は置いておくとして、優しい麻子先輩とはそれなりに仲良くなり猿君と呼ばれるまでになった。顔の真実を知ってからは変に緊張することもなく、いい距離感が保てている気がする。
先輩の先制攻撃に毒気を抜かれ、それもいいかと了承する。
これはデートなのか??と一瞬考えたが、麻子先輩の態度からして、そんな色気のある話ではないようだ。
いつもは裏口から入る忍者村に、初めて客として正面から入る。
全体的に時代劇のセットのようだ。
門をくぐると真ん中に一本道があり、両脇にお店が並んでいる。その中に見慣れた手裏剣小屋もある。
一本道のつきあたりには、シンボルとも言えるお城がそびえ立つ。お城と言っても四、五階建てのビルほどのコンパクトなものだ。
中は迷路のアトラクションで、てっぺんには望遠鏡があり、忍者村を一望出来るらしい。
麻子先輩に説明してもらいながら見て回る。
「手裏剣やろうよ。」
「勝負ですか?」
少し挑発気味に返答したにも関わらず結果は惨敗。まじか。
まさかこれほど手裏剣が難しいとは...。
お客さんにいつも下手くそと思っていたことを心の中であやまる。
しかしそんな手裏剣の難しさよりも、勝ち負けよりも気になったことがあった。手裏剣小屋の担当忍者だ。
先程から見ていると明らかに自分と接客方法が違う。
その男性忍者は、ベテランなどという言葉だけでは足りないほど違っている。
まず太鼓。点数が良いお客さんの最後の一投など、ここぞという所で盛り上げている。時にはデモンストレーションで百発百中の手裏剣術をみせ、上手く言えないが手裏剣小屋全体に一体感の様なものを感じる。
お客さんがとても楽しそうなのだ。
そんな俺の視線に気が付いたのか麻子先輩が口をひらく。
「あの人、佐藤哲也さん。私より一年先輩よ。なんかすごいでしょ?私の憧れの忍者なの。」
「好きなんですか?」
何となく流れで聞いてみる。
「あはは、違う違う。そんなんじゃなくってね?忍者として尊敬してるのよ。」
忍者としてって...本気なのか冗談なのかわからないような話しをしながら、そろって佐藤先輩に軽く会釈しお城のほうへと進んで行く。
お城の迷路やアスレチック、からくり屋敷に資料館一通り楽しく見て回り忍者カフェで休憩をしている時、麻子先輩がふと真面目な顔になった。
「さっきの話しの続きになるんだと思うんだけど、佐藤先輩のね。」
ストローに口をつけながら視線だけ麻子先輩にうつす。
「猿君は私達の仕事ってなんだと思う?」
なんだってなんだ?と思いながら適当に答える。
「ほぼ接客業じゃないですか?」
「違うよ私達は忍者なんだよ。」
まさしく今チャンネルをつけた方々は置いてきぼりをくらうようなセリフだが、麻子先輩はかまわず続ける。
「この仕事始めてすぐくらいの時だったかなぁ。小さい女の子が私を指差して言ったのよ。本物の忍者だ!って。」
麻子先輩と目が合う。
「それまではね。コスプレみたいなユニフォーム着て仕事する事に少し抵抗があったり、普通の会社勤めしている友達の前で自分の仕事伝えるのがちょっと恥ずかしく思ってたりしたんだけどね、その子の言葉で私は忍者なんだって思ったの。色々ひっくるめて現代の忍者!小さなきっかけだったんだけど、それから素敵な仕事だと胸はって思うようになったのよ。」
全て出し切ったのか、さすがに少し恥ずかしそうにしている。
麻子先輩の話を聞きながら自分の心が乱れているのを感じていた。
次の日、村長からの不意打ちに動揺する。
麻子先輩以外の忍者と今日、忍者カフェを担当してほしいと言われたからだ。
昨日から頭の中に登場し心を乱す忍者。そう佐藤先輩だ。
自分でも気が付いている。辞めたい気持ちがうすれている。
必死に理由を探すが...認めよう。
忍者かっこよかったなぁ。