ディープインパクト
麻子先輩に言われたので、バイト終わりに村長の所へ寄る。
「失礼します。お疲れ様です。」
着替えた忍者服を手に持ち挨拶をする。
「あーはい、お疲れ様。どうでしたか?」
他愛もない会話の後、服装の管理やタイムカードなどの注意事項や連絡事項を一通り説明してもらう。
そして、さー帰るかという時に、疑問がうかんだ。
「村長さん、お聞きしたいんですが、おばちゃんは忍者の格好してませんよね?なんで俺忍者なんですか?」
村長は少し不思議そうに答える。
「忍者以外も働いてるよ?けど、今回は忍者の募集だからね。今忍者が少ないんだよ。隆史君に聞いてない?」
未だに隆史の術の中なのかと疲れが増す。
「まー、明日もよろしくね。ヤルキマンマンマン。」
お疲れ様でーす。と力なく挨拶し家へと向かう。
まだ明るいが風呂に入り、飯を食い、軽く落ち着いた所で携帯電話を手に取る。
今のところ辞めるつもりはない。無いからこそ隆史に文句を言う必要がある。
我ながら面倒臭い性格だ。
しかし、電話に出た隆史の第一声は、
「事故った。」
驚いて自分の用事を忘れる。
「えっ!怪我は!?」
「あーまぁ平気。渉送ったあと事故って、さっきまで警察と喋ってた。相手がごねてなー。」
「まじかーなんかわりぃな。」
多少の罪悪感を感じる。
「ドライブレコーダーあれ良いぞ。ごねてたやつもドライブレコーダーあるって言ったら黙ったよ。やっぱ記録は必要だよなぁ。お前も気を付けろよ。じゃーなー。」
突っ込めなくなるような話題を重ねられ、何も言えなかったと同時に、どうでもよくなってしまった。
無言で部屋のゴミを拾い布団に入った。
久しぶりに夢を見た。
小学生高学年ぐらいの自分。一番夢に溢れ、自信に満ちていたときだ。
バク転が得意だった。中学生位までは自慢だったんだ。
けれど何時からか、そんな特技しかない自分が恥ずかしくなっていった。
漠然とあの頃は楽しかったなぁと、なんとも言えない気持ちで目が覚めた。
バイトに行く準備をする。
今日からは送迎車はない。バスを使う。
遠い距離ではないので、迷う様なことも無いだろう。
何があるわけでもなく一週間が過ぎ、研修も今日が最終日だ。
慣れると大分余裕もでてきたが、特にすることもない。
バイト終了時刻になると麻子先輩がやってきた。うむ。美しい。
麻子先輩も今日は、同じ時間に上がるらしい。
少しソワソワしつつ、明日からの仕事内容やシフトの話しをしながら一緒に更衣室へ向かう。
誰か聞いてくれ。今の俺なら地球を割れるかもしれない。
なんと、麻子先輩に歓迎会を兼ねて軽くご飯に行こうと誘われた。
おめでとう!俺!
光速で着替え汗の匂いをチェックし、忠犬よろしく女子更衣室の扉が開くのを待つ。
そして、今まさに、その扉が開く...
今俺は家にいる。
麻子先輩とご飯を食べて来たが、何故か大半の記憶が失われている。
ディープインパクトとはこのことか!
まさに衝撃!麻子先輩が麻子先輩が...!!
ブスだった...。
...いや、少し言い過ぎだろうか。ブスかどうかは人によるかもしれない。
しかし、スカイツリーより高く上がったハードルの落下衝撃はとてつもなく...いややめよう。
マスクの上からの彼女を見て、俺が勝手に盛り上がっただけだ。
しかしもう、忍法【巨乳の術】にはかかりそうにない。
少なくとも俺は。
麻子先輩との食事から二日後。今日もバイトだ。
忍者なんて恥ずかしい格好は、比較的隔離された手裏剣小屋ならばそれほど苦痛ではなかった。
しかし俺は今、麻子先輩とオシャレなカフェでにんにんしている...。
研修が終わり、手裏剣小屋以外にも人手に余裕がある時は仕事を覚えなくてはいけなくなったのだ。
その結果、今俺が立っている忍者カフェだ。
ただただオシャレなカフェなのにウェイターが忍者。
シュールすぎる、恥ずかしすぎる。
恥ずかしさのあまり、膝は曲がり、猫背になり、下を向き、無心で注文されたものを運んでいたが、若い女性二人組のお客さんのリアルな声を聞いてしまった。
「あの忍者めっちゃ忍んでない?」
「それな!」
「じわるー。」
俺にこの手の接客業は向かない。バイトやめたいと思った。