救世主
心臓が喉辺りまで上がって来ている。背中でも叩かれようものなら吐き出しそうだ。
ーなぜなら、俺は今、舞台袖で待機しているー
時間はさかのぼること一時間前。
手裏剣小屋でのバイト上がりにトイレへ寄るため、何時もと違う道から更衣室に向かった。最近は心に余裕ができたからか家でよくゲームをする。帰ってレベル上げでもするかなんて考えていると、あからさまに困った顔の麻子先輩と目が合った。
それが全ての始まりだった。
忍者村には、小さな舞台がある土日祝日には【ニャンジャ君の忍者ショー】がある。俺もちゃんと見たのは、親戚の綾ちゃんと来たときの一度だけだ。
ストーリーは、悪者忍者がお客さんに絡む、そこにニャンジャ君が助けに来るが敵に捕まる、正義の忍者がみんなやられそうなところで、元気の元のお魚をニャンジャ君に渡すと必殺技で敵を殲滅する。良くあるストーリーだがニャンジャ君以外の忍者達が良く動くため人気のショーだ。
今日はそのショーの裏方手伝いをしていた麻子先輩と先程目が合ってしまった。明らかに何か問題が勃発しましたよの空気を感じる。最悪のタイミングだ...いや向こうにしたら最高なタイミングだろう。
麻子先輩が言うには、一度目の公演で接触事故があり、その場は何とか乗りきったが一人はケガで強制退場。もう一人は腰が痛くてフラフラ状態。で、代わりの人材を探していたところに俺が通りかかったわけだ。
「セリフもないし、ただ斬られるだけだからお願い!猿くん出てくれないかな?」
麻子先輩には何時もお世話になっているし、断る訳にもいかない。
「わかりました。やりますよ、出来る事なら。ただ、演技とかド素人ですからね!?」
しかし、まだ一人足りないらしい。そこへ腰を痛めた人が、
「役を代わってもらえるなら、最後のちょっとなら俺も行けると思う。」
と言う事で二回目の公演が始まった。
順調にストーリーは進み、ニャンジャ君が捕まって、正義と悪の忍者が入り乱れる。
そして時間は冒頭に戻る。
後は俺が出て行き、斬られるのを合図に腰を痛めた人がニャンジャ君に魚を渡す。そして必殺技でエンディングだ。
深呼吸を一つ。タイミングをはかって舞台へ飛び出す。
小さな舞台だか緊張はする。
さあ斬ってくれ!と思うが、なかなか斬られない。
ん???
不思議に思っていると悪の忍者達の視線が舞台袖に注がれている。
不自然にならないようチラッとそちらを見て見ると、腰の人が完全にダウンしている・・・
いやいやいや... まじか。
俺が斬られた時点で悪が勝利してしまう。しかしこれ以上のばすことも出来そうにない。
いっそのこと悪の忍者を便利丸の錆びにしてしまおうか、だがそんな事をしたら俺が主役になってしまう。
焦る俺。いや俺だけじゃない、舞台上が緊張に包まれている。
そんな時久しぶりに心の中に音楽が鳴り響く。
にんにんにんにににんにん♪にんにんにん♪
にんにん音頭だ。
俺は決心すると悪の忍者さんに小声で言う。
「斬って下さい、はやく!」
悪の忍者さんも観念したかのように俺に斬りかかる、その瞬間...
「忍法!!【後方大回転の術】!!!」
ぐるん、ブオン。ぐるん、ブオン!ぐるん、ブオン!!
大声で叫んだあと、俺は刀をよけるようにバク転をした。一回、二回、三回、そのまま舞台袖に消えすぐさま魚を拾い上げ舞台へと飛び出す。
「ニャンジャ君!!!」
叫びながら魚を渡す。
ここまでくれば、あとはニャンジャ君の必殺技が炸裂するだけだ。だが、悪人と一緒にニャンジャ君にやられる訳にもいかず『ドーン』という爆発音と紙吹雪の中、まるでダブル主演の様にニャンジャ君と舞台に立ち尽くす俺。
舞台の上で気持ちいいほどの拍手を浴びるが、背中は冷や汗やら何やらでびっしょりだ。
それでも何とか無事二回目の公演は終了した。
舞台袖に引っ込むとありがとうの嵐だった。
出過ぎたことをやらかしたんじゃないかと少し不安だったが、ニャンジャ君ショーの皆さんからは大分感謝してもらえたので結果オーライということで。
正直もうこんな思いはごめんだが、お客さんの拍手の中で感じた達成感と興奮は当分忘れられそうにない。それに無意味だと思っていた特技のバク転が役に立ったことが嬉しかった。
麻子先輩にはご飯を奢ってもらい、噂を聞き付けた師匠には当分いじられるのだった。




