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蛇の死骸

作者: 日野柚樹

 これは俺の親父から聞いた話なんだけどさ。ほんと、最近、いや、今朝あった出来事らしいんだ。

 親父、見たんだとさ。……何をって? 蛇の死骸だよ。

 何? 幽霊かと思った? そんなわけないじゃん。親父はそういった類の話全然信じないし、霊感があるわけでもないらしいし。もちろん俺も見たことないよ。


 で、まあ、話を戻すけど。親父、朝にごみを捨てようとしたときに蛇の死骸を見たんだってさ。

 もうこれだけで俺にとっては驚きだよ。だってここ東京だぜ? 東京のど真ん中だぜ。

 まあ、東京にもいるのかもしれないけどさ、俺が生まれてからこの方まで蛇なんて家の近所で見たことなかったわけ。

 


 で、まあ、どこにそれがあったかって言うと、何ていうのかな……ああ、説明がしづらいな。

 えっと、うちにはな、こう……玄関の前に柵があるというか、レンガっていうの? ああ、そうそうブロック塀だ。

 で、そのブロック塀の中に組み込む形でポストが取り付けられていたんだけど、それ去年の秋頃に取り外したんだよ。

 何でかって? ええと、アニキがバイク買ってさ。ポストの出っ張りがあると家とそのブロック塀の間にバイクが入らないっていうからポストの方を取り外したんだよ、親父がな。で、別の場所にポストを新しく付けたというか置いたわけ。ブロック塀の上にな。

 まあ、結局は別の場所に駐輪場を借りてそこにバイクを留めるようになったっていうんだから、壊し損だよなまったく。



 ……とまあ、そんな話はどうでも良いか。

 で、そのポストを取り外したらぽっかりと四角い穴ができたわけね。今も開いたままなんだけどさ。

 ……で、その四角いぽっかり空いたところに蛇の死骸があったんだとさ。……しかも干からびた状態で。

 その、な、四角い穴の部分は補強のために親父がガムテープを貼っていたんだけど、どうもそのガムテープの粘着部分に身体がくっついちまったみたいでそのまま身動きがとれなくなって死んじまったみたいだな。

 で、親父はその蛇の死骸を捨てちまったみたいだから、俺がその話を聞いたときにはもう見れなくなっていたんだけどさ。


 なんていうか、親父いわく、こう、蛇はその四角い穴の中で、玄関口の方を睨みつけるみたいに見て、口をこうぐわっと開いたまま干からびて固まっていたんだと。

 ……なんか、それ聞いて俺ぞっとしちまったんだわ。こう、別に何かあるわけじゃないんだけどさ。何かな。へんな妄想をしちまうっていうか。

 

 その……俺の家って、母親がすでに亡くなっているだろ。俺が大学に入ってすぐにさ。

 で、その……母親が守護してくれたのかな、っとか思ってさ。邪悪なものの侵入を防いでくれたのかな、とか色々考えたんだ。ま、妄想に近い話なんだけどさ。

 こう、蛇って邪悪なものであるとか聞くじゃん。神様の化身だとかいう話も聞くけどさ……。やっぱりあの見た目怖いし気持ち悪いし。

 へへ、まあ、妄想だよ妄想。一応うちには仏壇があるからさ、俺、毎朝それに向かって線香あげて手を合わせているからさ。

 まあ、昔はそういうスピリチュアル? っていうの? そういうの信じていたからその延長みたいなものというか、癖になっているというか。最近はそういったものに対しては半信半疑だけどさ。

 やっぱりどこかで信じている自分もいるわけね。

 ま、だから母親かご先祖様が守ってくれたのかな、なんてな。

 

 あー……と、えーと……あと……あとさ。俺ちょうど一年くらい前に仕事やめたじゃん。それで……これ今まで言ってこなかったけど、あんま良いやめ方じゃなかったというか、とにかく職場に迷惑をかける形でやめたんだ。

 まあ、はっきり言うと精神的にちょっとおかしくなっていたというか、まあ一般的に言うなら鬱ってやつかな。

 ……何? 引いた? そうだよ、ま、いわゆるメンヘラ野郎だよな、俺。

 ああ、もう今は大丈夫だよ。そのあと色々治療だったり自分で治し方をネットで調べたりしてだんだん良くなってはいたんだ。

 ま、その原因っていうのも色々あったんだけど、そのひとつに人間関係があったというか。

 でも、やっぱり消えなかったわけ。職場で受けた仕打ちとかね。まあ、いまもときどきふとしたときに思い出すよ。上司と、同僚の態度とか仕打ちとか、ね。

 誰もいないところに向かって罵声飛ばしたり、物を投げ飛ばしたりしていたわけ。

 ……へへ、引いた? ま、とにかくおかしくなってたんだよ。今はだいぶその症状も出なくなったんだけどさ。

 


 ……それで、さ。俺……どうしても気持ちの整理がつかなくて……いや、やっぱり俺、あのときおかしかったんだな。

 俺……呪いをやったんだ。……へへ、おい、やっぱり引いたよな。

 そう、呪いだよ、呪い。白い紙をはさみで切り抜いてさ、人型の形代をつくって、そこに……名前を書いたんだよ。俺にひどいことをした上司と同僚のな。

 ……やっぱり引くよな。俺、おかしくなってたんだよ。今振り返ると、やっぱりおかしかったわ、あのときの俺。

 で、その形代をペンで何回も刺したり……あと、ライターの火で燃やしたりしていたんだ。

 それも……一回じゃない。一回だけじゃないんだ。俺……何度も、何度も形代を自分で切ってつくっては名前を書いて、ペンでぶっ刺したり燃やしたりしていた。

 どうしても上司と同僚のことを思い出して、怒りとか悔しさとかが猛烈に襲ってきて。

 形代をつくっていないときも、思い出すたびに早く死んじまえっ! って心の中で叫んでいたんだ。いや、念じていたんだ。あのゴミ野郎が早く死にますようにってな。

 

 そう、で、俺が精神的におかしくなったのも、あいつらが俺に対して恨みつらみの感情を持って生霊になって襲ってきているからだ、とか変な妄想にも憑りつかれててさ。

 俺に生霊を飛ばして苦しめるなら、俺もお前らに呪いの念を飛ばして不幸のどん底に突き落としてやる、とか思い出すたびに念じていたんだ。

 もう、本当におかしかったよな、あのときの俺。

 ああ、で、それ……去年の春から……秋頃にかけての話な。


 それで、親父がその干からびた蛇の死骸を見た話をしたとき、いつからいたんだろうなって話になったわけ。

 で、親父いわく去年の秋頃からあそこにいたんじゃないかって……。

 いや、俺はそんな馬鹿な、とか思ったよ。

 親父も兄貴も俺も毎日家の出入りしていながら去年からまったく気づかなかったっていうのもすげー話じゃん。

 俺はいやいや、さすがにそれはないっしょ、って言ったよ。年明けてからあそこにいたんじゃねーの、って言ったの。

 でも、親父が今はまだ三月に入ったばかりだからそんなことあるか? って言ってさ。冬眠する前に動いて、あそこでそのまま動けなくなって死んだんだろうなってさ。



 いや、ま、だからな。俺が上司や同僚……特に同僚に対して何度も呪う気持ちを飛ばしたりしていたから、その……呪詛返しっていうの? そういった悪い念が蛇の形を借りてやってきたんじゃないか……とか。でも、母親が守ってくれたんじゃないか、なんてな。

 へへ、妄想もここまでくると怖いよな。ま、妄想だよ妄想。ただの妄想さ。よし、もっと飲もうぜ。へへ、変な話して悪かったな。

 

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