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Decadent blue spring  作者: 吉戒 湖業
邂逅・覚醒
3/11

3







淡が目を覚ましたのは、それから何時間かたった頃だった。






太陽の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。




今は昼だろうか。




大きなあくびを一つついて、やおら立ち上がると

眠けまなこのままキッチンへと向かった。




蛇口を捻り、勢いよく飛び出た水を手で受け止め、それを口へ運んだ。



水を飲み終わると、次に顔を洗う。



ひんやりと冷たい水で顔を洗うたびに意識が覚醒していく。





五回ほど浴びた頃には意識は完全に覚醒していた。





今日一日にするべきことに思考を巡らせる。




そして思い付くのは




五日前に殺した死体を確かめにいく。





ということ......というか、もうそれしかすることがない。




高校生であればいくはずの学校へは半年はいっていないし




飲食店のバイトだって一週間は無断欠勤が続いている。




時間は十分すぎるほどあった。





一通り考え終わり、淡は顔についた水滴をシャツの裾でぬぐうと、今度は今着ているシャツとジーンズを借りた物であることを思い出した。





面倒なのでこのままいこうかとも思ったが、このまま着ていくと、帰りの着替えがないことに気がついたので今着替えることにした。




辺りになにか袋になるものはないか探そうとして、テレビのしたに、フローリングを傷つけないように引いた紙袋のことを思い出した。




紙袋をテレビの下から引き抜くと、すぐに下着になって、脱いだ服を無造作に紙袋の中へ入れた。




部屋の右側の壁にあるウォークインクローゼットから、二つしかないうちの一つのハンガーにかけられた、黒いジップアップパーカーと黒のカラーパンツを手に取ると、それに着替えた。




この前、服を一式駄目にしてしまったので、もうこれだけしかな

かった。




服を持っていないのは興味がないからだ。




淡は物にこだわりがなかった。だから部屋には物をほとんど置いていない。




しかし最低限はバイトの給料と親が残した金で買いそろえてある。




この服は必要最低限に買ったものだ。




安い生地のせいかあちこちから繊維が飛び出している。




ぐうーー




腹の虫がなる。





思い返せば一日くらい何も食べていない気がす

る。






.....あれ、食べたっけ?





ひどく記憶が曖昧なのはおととい徹夜したせいだろう。




ご飯を食べること、それが新しく追加された一日のすべきことだった。





ご飯が食べれるだけのお金があるのか不安に思った淡は

自分の財布を探した。




部屋は一部屋しかないので見つけるのは容易だった。




中を開いて見ると、一枚、二枚、三枚、ちょうど三千円分あった




これだけあれば十分だろう。




出掛けようと無造作に床に置いてあるナイフを拾い上げ、



刃が欠けてぼろぼろになっていることに気がつく。





「やっぱりか」





経験上、刃物は人一人分しか持たない。




他に刃物がないか部屋を探すと、キッチンの収納棚に二丁ほどあるのを見つけた。




しかし、どれも刃こぼれしていて使い物にならなそうだった。





「今日の予定、もうひとつ追加っと」





そう呟くと、紙袋を掴んで外へとくり出した。













まず最初に向かったのは金物屋だった。




淡が住んでいるアパートの周りは住宅街で、いつも閑散としていて人通りがほとんどない。




まして、平日の今日ならなおさらだった。




この街は細い路地や、道が入り組んでいて、



勝手がわからない者などは、あっという間にこの迷路に迷い混む。




何年か住んでいる淡ですら、迷ったあげく袋小路に行き着いてしまうほどだ。




商店街までの道は決めていたので迷うことなくたどり着けた。




最初の頃は一日かけてたどり着いていたものだ

と感慨深く感じた。




今ではそれも道を覚えることで解決した。




近所の人いわく遠回りをしているらしいが、決めた道を外れるときまって迷ってしまうのであまりチャレンジはしていない。




「安いよ、安いよ!! 今日は新鮮なブリが上がっているよ!」




魚屋を通りすぎるときに、ひげ面の店主が声をあげた。




愛想笑いでその場を通りすぎると店主は見るからに残念そうな顔をした。




今は人通りが少ない時間なのであまり売れていないのだろう。




隣町へいけば大型ショッピングモールや高層ビルがあるというのに、この町は昭和のまま時間が止まったようだった。




とはいえ閉められたシャッターが多いことから、ショッピングモールができたことで痛手を受けているのは間違いないだろう。








金物屋では気に入った小降りのナイフを一丁と肉包丁を一丁買った。



ナイフはパーカーのポケットの中へ忍ばせ、肉包丁は紙袋の中へ入れた。




肉包丁を買うのはこれがはじめてで、使い心地はどれ程のものか試したくなる衝動を抑えるのに必死だった。



もし仮に、万が一、あの男が生きていたらその時は使うとしよう。




商店街から隣町の方へ歩くと町並みが古いものから一気に新しいものへと変わった。




商業用のビルが立ち並び、大きな通りには車が何台も行き交っている。




ぐうーーー




早く何か食べよう...




いい加減限界が近い淡はどこか食い物屋がないか探した。




「テナント募集....ヘアーサロン.....山田法律事務所....」」




猫背になって虚ろな表情のままボソボソと目についた文字を読み上げながら道を歩いている、その様子を、行き交う人は異様な目でみる。




ママーへんなひとがいるー




見ちゃ駄目よ、何をしてくるかわからないわ





......なんだかとても失礼なことを言われた気がする。




「株式会社ヒイロ.....牛丼屋.....専門学校....!?」




自分の言った言葉を反復する。




「株式会社ヒイロ....牛丼屋!!」




足を止めて、見ると信号を渡った向こう側に牛丼屋があるのを見つけた。



急いで向こう側へ渡ろうと走り出したが、信号が赤になったので仕方なく待つことにした。


待っている間、手持ちぶさたを紛らわそうと、何の気なしに向かい側の人を見る。






何人かを見て、一際背の高い女性に目がついた。





その女性は腰まで長く伸ばした赤毛に薄い眉、目鼻が整っていて、顔だちは日本人には思えない。





その目は鋭い眼光をたたえており、気の強い女性のように感じた。




すらりと高い背は自分より高い。




もうすぐ春だというのに、その女性は、パンツルックの黒のスーツの上に黒のトレンチコートを着ていて、群衆の中に一人だけ違う世界の住人が迷いこんだようだった。





信号が変わる。




淡は人にぶつからないように早歩きで横断歩道を渡る。





人を掻き分けて進む。




黒づくめの女性は、淡とすれ違う間際






「人殺し」





と囁いた。










「.....えっ?」






振り返るものの、女性の姿は雑踏に紛れて見ることができなかった。




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