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Decadent blue spring  作者: 吉戒 湖業
邂逅・覚醒
2/11

2








男と女が怒鳴りあっている。





その二人が誰か知りたくて顔を見たけれど、もやがかかったように見ることができない。





彼らが何を話しているのか子供である僕には理解できなかったけれど、それが生半可な感情ではないことは、会話の雰囲気から明らかだった。





と、我慢しきれなくなったのか男が女に殴りかかった。





頬を力一杯に殴られた女は床に倒れ、その上へ男が馬乗りになる。






男は再び何度も何度も殴り始めた。









女が痛みから泣き始めた。






もうやめて、もうやめて。助けて、助けて。






黙れ!お前が悪いんだぞ!こんなことになったのは全部お前のせいだ!





あたりに女を殴る音が響き続け、そして次第に女は声をあげなくなり、ピクリとも動かなくなった。





殺してしまったのかと男が手を止めた、その刹那






ぐさり






男の首にハサミが刺された。





頸動脈を刺された首からは凄まじい量の血が吹き出て、あたりは一瞬にして血まみれになった。





男は両手で押さえて必死に止血を試みているが、それもむなしく

最後に恨めしそうな顔をすると血泡を吹いて絶命した。





僕は恐怖から声をあげることもできずにただその場所で立ちすくんでいる。





女は体の上から男をどけると、血に濡れた手を虚ろな目で見つめた。





ハハッ....ハハハハハハハハハハ!!






笑い声が部屋中に響き渡る。





ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!





女はなおも笑い続ける。





その狂気を含んだ笑い声が、まるで耳の奥から心にまで染み込んでいくような錯覚を感じ、僕は思わず、その場に吐きたい衝動に駆られた。






やがて笑いがおさまると、女はよろよろと立ち上がって、おぼつかない足取りのまま何処かへ歩き出した。





僕はまだ、身動きがとれなかった。











キッチンにたどり着いた女は、震える手で引き出しから包丁を取り出すと、





それを自分の首へあてがった。







ごめんなさい






悲しげな表情の女が僕に向かって静かにそう言い、目から一粒の涙がこぼれ落ちた。





そして僕が止める間もなく、









女はあてがった包丁で首を切った。









血しぶきが上がり、女が力なく崩れ落ちた。











女が死んだことは、男が死んだときよりも、何故だか悲しくて、






僕はその部屋で一人涙を流していた。
























目が覚めるとそこはいつもの自分の家だった。







淡は眠い目をこすり、床から起き上がると、体の節々の傷みに顔をしかめた。






どうやら気がつかない間に眠っていたらしい。





何か嫌な夢を見ていた気がする。






とても古い、昔の....





そこまでで淡は考えることを止めた。






嫌なことは思い出さないことに越したことがないからだ。





今の時間を確かめようと時計を探して部屋を見渡すが、すぐにそんな物はないことを思い出した。





締め切ったワンルームの部屋には家具がひとつもなく




唯一テレビだけが部屋の隅にポツンとおいてある。






だがこのテレビも、以前拾ってきたものだ。






これがなかった時には家に物は一切なかった。





淡はテレビで時刻を確認しようと、置いてあったチャンネルを手に取りテレビの電源をつけた。







画面を見るとちょうど夕方のニュースがやっていて画面の右上に現在の時刻が表示してあった。





18時35分





ほぼ十二時間は寝ていたことになる。





昨日の夜から今日の朝六時まで淡は一睡もしていなかった。






なぜなら警察が家を訪ねるならば昨日の夜か

今日の早朝だと予想していたからだ。






ならば最後の時を寝て過ごすのはもったいない、と思ったが

特にすることもなかったので、楽しみにとっておいたカップ麺を食べたり、テレビを見ていたりして時間を潰していた。






だが、ついに警察は家の扉を叩くことはなかった。






それまで自分の人殺しに自信を持っていた淡がこう感じたのには理由がある。






それは四日前のことだった。





殺しを終えて暗い夜道を歩いていると、背後から後をつけられている様な気配を感じた。





すぐに、後ろを振り向くもそこにはポツポツと街灯の光が落ちたアスファルトの道が続いているだけで、人の影はなかった。





初めは気のせいかとも思ったが、淡の第六感が違うと主張した。





淡は生まれつき気配を消すことも、感じることも得意な方で





今まで足がつくことなく人殺しができたのもこの能力があったことが大きい。





しかし、そんな淡でも追跡者の明確な位置をつかむことができなかった。






そしてそれほどまでの手練れなら間違いなく、警察か、そうでなければ幽霊の類いだ






幽霊はともかく、警官に簡単に捕まるのもシャクなので、その日はあえて回り道をして家に帰った。





そして途中何度もまいてやろうとしたがことごとく失敗に終わった。





まくことを諦めた淡は、近づいてきたら殺そうと考えてポケットの中の刃物を握っていたが、家の近くまで来たところで、気配は嘘のように消え去った。












この時間帯はニュース番組を放送しているチャンネルが多い。





ニュースの内容はどれも政治家の不倫騒動で持ちきりで





『皮崎市連続殺人事件』






についての特集を組んでいるテレビ局は一局しかなかった。





世間は誰が天に召されるよりも、誰が誰と下半身で天に召される事のほうが気になるらしい。






アナウンサーが顔写真と共に被害者の名前を読み上げていく。




『被害者は、東京都に在住の――――――――』




そのうちの三人には覚えがあって一人は殺った記憶がない。





そして最後の一人を読み上げられたあとも、四日前に殺ったあの男の顔は現れなかった。







.....妙だ、もう四日はたっている。





隣には人が住んでいたし、第一この季節なら三日と待たずに腐敗して誰かに気づかれるだろう。





その時、淡はあることを思い付いた。






現場へ戻るか....?






あの場所へ戻ってこの目で死んだことを確認したかった。





本来、殺害場所へ戻るなどあり得ない行為だったが





淡はどうしてもそれを確かめたくなった。







通常、殺したことは隠すべきことだが、こと淡に限っては殺人に憎しみや後ろめたさがなく




むしろ自分がしたことを世間に公表したいと常々考えていた。





それは自分でも、どうかしているのはわかっている。






テレビの電源を消し、再び床に横になると、目をつぶり、明日に備えて前よりも深い眠りにおちた。

















とある廃墟の一角で、十歳くらいの少女が何やら無線に向かって話をしている。







少女の髪は金髪で、肩の辺りで切り揃えられたショートヘアーだった。






ぴったりとした黒い作業着のような服を着ていて、少し覗いた肌は病的に白い。





小柄なその姿はとても華奢だった。






しばらく話した後に無線から聞こえたのは凛とした女性の声だった。




女性の声が少女に何かを言うと





少女は二、三度頷いて、





すこし経ってから思い出したようにハッとして





「了解...........です。」





と短く返事をした。






どうやらこれが無線での会話だということを忘れていたらしい。






無線のスイッチを切り、ため息をついてカーテンを開けた。




窓から差し込む月明かりが少女の右耳についた逆十字のピアスに反射する。






望遠鏡をのぞきこむとターゲットはまだ家にいるようだった。





少女の小さな手に力がこもる。





それは怒りを通り越した明確な殺意だった。





あのマンションにあった無惨な死体を見てから、日に日にその思いは強くなっている。






ああ憎い。殺したい。






握った拳からは血が流れていたが、少女に気に留める素振りは無かった。





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