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終わりと始まり(1)

サーシェ、十六歳の誕生パーティー

 ネルガスト様が仰った通りに、わたくしたちが寝室に籠っていた間、いっさいの邪魔は入らなかった。

 公爵家の従者様は、文字通りに鉄壁の防御を披露なさったらしい。その防御力の高さは、是非とも別の機会で披露していただきたかった。


 諸々の手続きを飛び越してネルガスト様と体を重ねたことに、戸惑いを抱いたものの、後悔はなかった。

 剣の鍛錬によって硬くなった手は驚くほど優しく、丁寧に、わたくしに触れてくださった。

 初めてのことで不慣れなわたくしを気遣い、終始、穏やかに声をかけてくださり、「愛してる」と囁き続けてくださった。

『今日は時間がないし、サーシェも初めてだから、一度だけにしておくよ。……正式に婚姻を結んで住まいを共にすれば、時間を気にせずにいくらでも出来るからね』

 僅かな間の後に告げられた言葉に顔が引き攣ってしまったけれど、それだけわたくしを愛してくださっていると思えば嬉しい。……いいえ、少し怖い。


 ちなみに、街中には娼館という施設がある。独身男性はそのような場所で、しとねに関することを学ぶという。

 高位貴族になると気軽に娼館へ足を運ぶわけにはいかず、その道の教師を屋敷に招いて、手ほどきを受けるのだとか。


――もしやネルガスト様も、教師の女性とそのようなことを……。


 事が終ってみれば、確かに、彼の仕草は初めてとは思えないところが多々あったのだ。

 仕方のないことだとはいえ、胸の奥になにかがつかえたように苦しくなった。

 そんなわたくしの表情に気付いたネルガスト様は、すかさず強く抱きしめてくださる。

「どうした?出来る限り優しくしたつもりだったが、やはり、きつかったか?」

 不安そうな声音に、私は胸の内を正直にお伝えした。

 すると、ネルガスト様は優しく微笑んで、鼻先に口付けを落としてくださった。

「私は講義を受けただけで、実践は一度もしたことがなかった。なにしろ、私のすべてはサーシェのものだからね。例え練習でも、他の人間と肌を重ねることはしたくなかったんだよ」

「で、ですが、とても慣れたご様子で……」

 口ごもりながら零した言葉に、

「実践経験はなくとも、想像上では何度もサーシェを抱いてきたからね。それが活かされた結果だろう」

 ニッコリと笑顔で返されたのは、耳にしたくなかった言葉の第二弾だった。


 いえ、今はそのようなことに気を割いている場合ではなかった。一刻も早く、誕生パーティーの会場に顔を出さなくては。

 そうは思うものの、四肢に力が入らない。

 ベッドにクタリと身を投げ出しているわたくしを鍛え上げた逞しい胸に抱き込み、頬擦りを繰り返しているネルガスト様に声をかける。

「あ、あの……」

「なんだい?」

「そろそろ会場に向かいませんと……」

 オズオズと申し出れば、切れ長の目元が穏やかに細められた。

「ああ、そうだね。可愛いサーシェを誰にも見せたくないけれど、やはり、けじめは大事だからね」

「けじめ、でございますか?」

「そうだよ。君が誰と結婚をするのか、はっきりさせるべきだと思うんだ」

「は、はぁ」

 誰にはっきりさせようとなさるのか。私の両親に改めて宣言なさるのだろうか。

 理解できていないわたしくしが口を小さく開けて呆けていれば、額に唇が押し当てられた。

「ねぇ、サーシェ。君は、私だけを見ていてくれるね?」

 その声は、切れるほどに真剣そのものだった。そんなネルガスト様に、偽りのない想いを言葉にする。

「もちろんでございます。わたくしは、ずっと、ネルガスト様だけに想いを寄せてまいりました」

 すると、いっそう笑みを深めたネルガスト様が不思議なことを口になさった。

「うん、嬉しいよ。さてと、今から邪魔な羽虫たちを叩き潰すかな」

「ネルガスト様が、そのようなことをなさる必要はございせん。お手が汚れてしまいますから、我が家の使用人にお任せください」

 武芸に長けた方ですから、恐るべき反射神経をもって、羽虫一匹たりとも逃しはしないのでしょうが、彼がすべきことではない。

 真面目に申し出れば、ネルガスト様が苦笑を浮かべられた。

「サーシェのそういう所は、たまらなく可愛いよ。おかげで、羽虫が周りを飛び回っていても、まったく気づかなかったのはありがたいね」

 そのお言葉に、ドキリとする。

 幼い頃には野山を走り回っていたので、多少の虫が寄ってきても平気だ。だから、小さな羽虫がわたくしの周りを飛んでいても、ほとんど気に留めることがなかった。

 伯爵令嬢として、ネルガスト様のお相手として恥ずかしくないように振る舞ってきたけれど、粗忽者の過去が知られたら嫌われてしまうのでは?


――いけないわ。ほんの少しでも、そういった素振りを見せないように気を付けないと。


 その決意が見当違いなものだったとは、わたくしはまったく気づいていなかった。


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